AWC NOU書き   永山


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#499/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/05/13  22:20  (182)
NOU書き   永山
★内容
『加納《かのう》さんに昨日告白して失恋して、苦悩してる。
 翌日、加納さんが顔がいいだけのうすっぺらい男と一緒に歩いているのを見掛けて、
このうらやましい奴めと思った。』


「これ、落としたみたいだよ」
 拾った紙切れにざっと目を通してから、その落とし主に声を掛けた。放課後の長い廊
下、少し前を歩く女子の名前は犬飼沙羅《いぬかいさら》さん。色白の整った顔立ちを
していて、ちょっと冷たい感じのする人。でも男子に隠れファンは多い。僕もその一人
だけど、そんな感情はおくびにも出さないでいる。
 犬飼さんは一学期のクラス委員長で、ルールに厳格なタイプ。だけど拝み倒されると
弱いタイプでもあるらしく、色々見逃してもらった子も多いらしい。続けてクラス委員
は出来ないから二学期の今は何もないけど、三学期になると多分返り咲くんだろうな。
「何――あ」
 振り返った犬飼さんは、今まで見たことのないような焦りを表情に浮かべていた。
「あ、ありがと。読んだ?」
 早口でお礼を言って、確認してくる。
「そりゃまあ、目に入った分は」
「作文だから」
「へ?」
「事実を書いたんじゃなく、フィクションだから」
「うん、そうだろうね。明らかに言葉遊びだもの」
「え。ひと目見ただけで分かったの?」
 犬飼さんの顔から焦りが消えて、代わりに興味が湧いたって風な目を向けてくる。
 僕はクラスでは恐らく目立たない方で、女子とはあんまり話をしたことないし、男子
ともごく仲のいいのが二、三人いるだけで、あとは女子と変わりないくらい会話が少な
い。
 そんな男子が、言葉遊びを看破したことが、よほど驚きだったのか。
「まあ、最初からリズムがね。かのう、きのう、くのうって。その次の“けのう”と“
このう”はどうするんだろうと思って探したら、あったから」
「分かる人には分かるのね」
 嘆息して、紙片を学生鞄に仕舞う犬飼さん。
「見破られたらだめなの?」
「そういうんじゃないけれども……出来たら、あとの方で種明かしして、驚かせたいと
思っていたから」
「種明かし? クイズか何か?」
「……意外と喋るじゃないの」
 驚かれてしまった。やはり僕は無口キャラだと思われていたようだ。
「うん。興味のあることには当然喋る。前の委員長が、何をしてるのか興味を持った」
「……クイズじゃないわ。小説」
「へえー。書くんだ? 国語や古文、得意だもんな」
「関係ないわ。ほんのお遊びで。今度の連休、小さな子達を相手に読み聞かせを行う
の。そのお話作り」
「ん? 仕事体験てもう募集あった?」
「それは二年生になってから。私が今言ったのは、市民講座のお話作り教室のイベント
なの」
「へえー。てっきり、ネットに投稿する小説かと思った」
「それなら手書きで書かないわ」
 確かに、さっき拾った紙は手書きだった。
「ああ、題材が題材だしね。言葉遊びを入れながら書くのって、何度も訂正するから、
手書きの方が考えを広げやすい」
「なるほど。分かる気がする。てことは、他にもあるんだ、言葉遊び?」
「……何その、見せてほしい的な目付きと手つきは」
「正解。見てみたい」
 両方の手の平を上向きにして、出してくれるのを待つポーズ。
「暇なの?」
「暇と言えば暇かな。体育祭の練習が続くせいか、宿題少なめだし」
「見せるとしたら、条件が一つある」
「何?」
「言葉遊びのアイディアを出してちょうだい。うまく行かないところがあるのよ」
「うーん、出来がよくなくても文句言われないなら」
「努力の痕跡が見られたら、不出来でも文句は言わない。どう?」
 やや挑戦的に言われて、僕もその気になった。黙ってうなずき、承諾する。
「それじゃ、立ち話も長くなると疲れるから、教室に戻りましょうか」


『「あのう……」
 振り返ると、学校内では超有名人の伊能忠照《いのうただてる》君が立っていた。
 周りの評判だと、彼は典型的な右脳人間で、絵の上手いのがその証拠だと言われてい
たけれども、そういう考え方は迷信と言うことになっている。お脳の出来がしれるとい
うやつだ。実際、伊能君は論理パズルも愛好する。』


「これはまあ、悪くないね。小さな子には難しい言葉もあるけれども」
 犬飼さんが最初に見せてくれたのは、あのう、いのう、うのう、えのう、おのうを順
に織り込んだ文章だった。ア行から順番に、“〜のう”を付けた言葉を織り込むのが言
葉遊びのテーマとのこと。
「よかった。でも、次はちょっと問題ありよ」


『刺された佐野《さの》。うめき声を漏らしながら倒れる。
 「さあ。一緒に死のうか」彼を見下ろし須能《すのう》が言う。
 もうだめかと思われた刹那、妹尾《せのう》探偵が飛び込んできた。
 「そのう……復讐を果たすにしても相手を間違えてはいけませんよ」』


「えっと、どこが悪いのか分からない。妹尾は普通『せのお』だろうけど、『せのう』
と読む場合もあるし」
「小さな子達に読み聞かせるのに、刺されただの死ぬだのって表現がいいのかどうかっ
てことよ」
「あ、そういう。小学生探偵が殺人事件をばんばん解決する漫画があるくらいだし、い
いんじゃないの」
「そうなのかな。私も、危ない表現だからと言って、過剰に遠ざけるのはいいことじゃ
ないと思ってる」


『|田ノ上《たのうえ》の知能は財津《ざいつ》の上だったが、新手の上杉《うえすぎ
》の登場により、ほんとのウルトラトップの座から転落した。』


「これは短くていい。けど、人の名前が多いのはちょっと興ざめだ」
「そうだよね。これまでにも個人名をたくさん使っているし、気になるところだわ。現
時点で出来ているのはここまで。このあとはできる限り個人名を入れずに、“をのう”
まで行きたいんだけど、さすがに無理かしら」
「とりあえず、ナ行は難関だね。なのう、にのう、ぬのう、ねのう、ののう……待て
よ」
「何か思い付いた?」
「……大きな農場の農家に脳天気な外人の布売りが来て買値の上乗せを迫られたが、
『ノ、ノー!』っと断った」
「――ぷっ」
 珍しい。こんな犬飼さん、初めて見た。肩を震わせたかと思っていたら、堪えきれな
くなったみたいに吹き出したけど、そんなに面白い?
「個人名を入れずに、よく即興で思い付くなって感心したの。ただ、ノーはノオかノウ
か微妙かもしれないけど」
「外国語の発音は恣意的に解釈していいことにしよう」
「勝手ねえ。ま、他にいいのを思い付きそうにないし。次のハ行に移るとしましょう」


『ハノーバーの町は放火により火の海になりましたが、決して再建不能ではなく、未来
への失われない希望が、犯人逮捕の動きにつながりました。』


「“へのう”が若干、苦しいけれども、割ときれいにまとまってない?」
「委員長も自画自賛するんだ」
「私は前委員長よ」


『悪魔の噂のある集金人に未納分を請求されて素直に払うと、妻から無能呼ばわりされ
た挙げ句、家から放り出された。明日からは形見の瑪瑙など物売りをして暮らすことに
なる。』


「“ものう”の物売りが不細工だわ」
 捻り出した回答の弱点を、ずばり指摘されてしまった。先程の仕返しかもしれない。
「でも、これも他にいいのを思い付きそうにないわね。はい、次」


『「あのばあさん、何や外人さんに道聞かれて困っとるみたいやのう。おい、おまえ大
学出とったやろ。ちょっと行って助けて来たれ」「へい、アニキ――あーはん? のー
のーのー、ここは阪急、阪神はあっち。昔のブレーブスと、今のタイガース。ゆのう
?」……「外人さんが増えるのも困りもんよのう」』


 また肩を震わせる犬飼さん。今回はちょっと狙って考えてみたけど、さすがにそこま
で面白くはないと思う。
「無駄に長いのよ!」
 次、行ってみよう。


『ラノウが離農してルノーを乗り回して、おのれの腕前に感激して一言。「わが生涯に
一片の悔いなし!」』


「ちょ、ちょっと。それはラノウじゃなくてラオウでしょっ」
「ばれたか」
 僕はわざとらしく、というか芝居がかって頭に手をやった。書き直すとしよう。


『僕らのうるち米が売れなくなったので離農してルノーを買った。おのれの腕だと道路
の上からはみ出してばかりだった。』


「不思議なもので、著しくスケールダウンした感じを受けるわね」
「同感」
 ラオウの偉大さを確認したところで、次が最後だ。僕はある意味、思いを込めて書い
てみた。


『今日、クラスの男子から交際を申し込まれたわ。ノーって答えるのにはちょっと惜し
い気がしたから、友達からならって答えておいた。忘れないよう、その子の名前をノー
トに書いておこう。』


「……これって?」
 犬飼さんにじーっと見つめられると、さすがの僕でも顔を逸らしてしまった。
 すると僕の耳に彼女の言葉が届く。
「そういえば、あなたの名前、フルネームでは覚えていないのよね。教えてくれる?」
 僕の名字すら知らない人が多い――読者《あなた》もそうでしょ?――中、犬飼さん
は覚えてくれてたらしい。
 それだけでも充分嬉しいけれども、僕はフルネームを答えた。

 おわり





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