AWC お題>白い恋文   永山


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#409/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  12/12/23  20:07  (357)
お題>白い恋文   永山
★内容
 こたつに両手両足を突っ込み、窓の外を眺めていた千谷が、突然叫んだ。
「お! 雪だぜ」
 高校生のときからの友達だが、千谷は寒がりのくせに雪が好きらしい。
 麻雀牌を用意していた僕は手を止め、つられて外を見た。確かにちらつく白
い物があった。曇天を背景とした四角いスクリーンの中で、次から次へ、はら
りはらりと落ちていく様が分かる。
「結構、一粒が大きいな。積もるかもしれないな」
「どうでもいい」
 首を竦め、いよいよ寒そうにした千谷に対し、くわえ煙草の寺前が素っ気な
い口ぶりで言った。興味なさげだが、一番遠くから来ている寺前にとって、公
共交通の運行状況は特に気になるはず。
「いい感じに冷えてきたねー」
 脳天気に近い明るさで、台所から出て来たのは夕森。両手には湯気を立てる
平皿、その皿の上には、それぞれ揚げ物と炒め物が盛ってある。僕ら四人の中
で、料理の腕前が頭一つ抜けている彼は、マンションのこの部屋に着いてすぐ、
甲斐甲斐しく何品か作ってくれていた。
 昼前に菓子パンとスナック菓子を食べただけで、昼食には半端な時間になっ
ている。
「それで? 食べながらやるのか、食べてからやるのか、どっち?」
 皿を持ったまま、置き場所に困ってうろうろする夕森。僕は他の二人を見た。
「まだ牌をばらけてないんだし、先にがっちり食うか」
「そうだな。冷めるのも嫌だ」
 僕は麻雀牌の箱を閉じ、ロックした。夕森はスペースのできた卓上に皿を並
べると、台所に引き返す。小柄でちょこまかとよく動く。いい奥さんになれる
ぞとからかわれるタイプだ。やかんを火に掛け、電子レンジでご飯を温め始め
た。
 少しでも手伝おうと、僕は小分けのための皿を運ぶ。
「雪で思い出した」
 こたつ布団から片手だけ出し、小皿を引き寄せようとした千谷は、その動作
を止めて呟いた。こっちを向いて顔を見るので、僕は聞き返した。
「何だよ」
「今頃だったよな、あれ。高一の今頃」
「だから、あれって何」
「菜生人がラブレターもらったの」
 にまっと笑い、しししと品のない声を立てる千谷。途端に、夕森が飛んで来
た。僕の「あー、あれか」という反応よりも遙かに盛大に、「何なに、ラブレ
ター? 面白そう! 柏崎君、もてたの?」と騒ぎ立てる。
「うるさいぞ」
 寺前は灰皿で煙草の火を消した。茶色がかった前髪をかき上げ、その低い声
で、僕に向けて続ける。
「だが、興味はある。聞かせてくれ」
「……別に、話すほどのエピソードはない」
「いや、ある」
 僕の否定を、千谷が否定。勝手なことを。丸みのある顎をなで、とくとくと
語り出した。
「本人に代わって、話して進ぜよう。あれは俺達が高校一年のとき、だから四
年前だな。終業式の前日ぐらいだったっけ。今日みたいに雪が降って、積もり
始めていた」
「思わせぶりで、ロマンティックなシチュエーションだね〜」
「雪は、あんまり関係ないんだけどな。まあ、終業式が近いってことは、授業
もほぼ終わっていて、早めに帰れる訳。あの日も午前中で授業が終わって、俺
と柏崎と他数名で、帰ろうとしていた」
「ちょっと、千谷。話すのは許すとしても、正確に頼む」
「ん? どっか違ったか」
 真顔で問い返してくる千谷。本当に覚えていないようだ。尤も、些細なこと
なので、覚えていなくて当然か。
「あのとき、僕は呼び出されていたんだ」
「え、そうだっけ」
「そうだよ。登校してきたら、下足箱に手書きのメモが入っていて、『授業が
終わったら中庭の、物理室の窓の前に来てください』とか何とか」
「全然、記憶にない。メモ、見せてくれたか?」
「いや。見せる必要がないからな」
「なるほど。よし、あとは菜生人が話せ」
「……」
 他の二人の様子を窺う。僕はあきらめて、自ら話すことに決めた。
「メモには名前がなかったんだけど、いかにも女子らしい、こぢんまりとして
いるが綺麗な字で、見覚えもあった。誰それだってすぐに思い浮かべるのは無
理だったけど。ただ、ノートの切れ端に書いてあるのは、引っ掛かった。女子
なら、こんな物に書くだろうか。便箋とまでは言わずとも、正規のメモ用紙を
使うぐらいはするんじゃないか」
「男子のいたずらを疑った訳か」
 寺前はよそを向いたまま、火を着けていない煙草を弄んでいる。僕は頷いた。
「男子とは限らないけどな。女子が僕を担いだ可能性もあると、そのときは考
えた」
「そんな〜。柏崎君、もてそうだよ、真面目な話。――あ、話、ストップして
てね。お湯、沸いたから」
 台所にダッシュする夕森。彼に言われると、少し嬉しい。言動は幼く見える
が、なかなかの観察眼を持っているのだ。
 ともかく、話は一時中断し、遅い昼食の準備が整った。食べ始めるのと同時
に、話も再開する。
「当時の菜生人は、コンタクトじゃなく眼鏡で、見た目ガリ勉タイプだったか
らな」
 夕森の“もてそう”発言を受けて、千谷が注釈する。唐揚げを飲み込んでか
ら、続けて言った。
「それでも、結構いい線行ってたみたいだぜ、あとから聞いたとこによると」
「聞いたって誰から」
 初耳だった。僕は箸を止めて尋ねた。
「誰って、女子だよ。何人かが言ってたから、間違いないと思うぜ。えーと、
全員は覚えてないが、生徒会で書記をやってた関屋とか、三年間クラスが同じ
だった渡辺とかの証言」
 どちらも覚えている。あの二人の証言なら、信頼度が高い。高校時代、僕自
ら動いていれば、彼女ができていたのかなと僅かに後悔を覚えた。
 それはさておき。
「無闇に疑うのはよくない、というか信じたい気持ちが強かったので、行って
みることに決めた。メモは、その文字をしっかり頭にたたき込んでから、折り
畳んで生徒手帳に挟んだ」
「書いたのが誰か、会う前に探るために?」
「そう」
「一つ、質問があるのだが」
 寺前が手を挙げた。さすがに食事中は、煙草を手放している。
「話を聞いていると、端から告白されるものと決めて掛かっていたようだが、
それは何故だ?」
「……メモの内容を信じると決めた時点で、告白以外は思い浮かばなかった」
 我ながら、不思議な心理構造だ。思わず苦笑してしまう。
「メモを入れるぐらいなら、最初から告白の手紙を入れれば早い気がするんだ
が……ま、思い浮かばなかったのなら、しょうがない」
 寺前も笑っていた。僕は再び箸を動かし、おかずを一口食べた。
「それで、メモを書いた相手を探そうと、些か緊張して教室に入った。クラス
の誰かだという確信はあった。僕は一学期、クラス委員を務めたから、全員の
筆跡を目にする機会が何度もあったんだ」
「でも、比べるためには、改めて字を見なきゃ。心当たりの人に頼んで書いて
もらうなんて、無理だろうし」
 夕森が手のひらを合わせて言う。過去の出来事を、今、心配してもらっても
な。
「うん。結果から先に言えば、確定できなかった。一応、やれることはやった
んだ。二学期の委員長に接触して、クラス全員の字が書いてある資料的な物が
手元にないか、探りを入れたり、職員室に担任を尋ねて、机の上をちらちら探
したり。でも、無駄だった。名簿の類は、ほぼ一〇〇パーセント、ワープロで
作り直されるから、テスト用紙でも見るしかない。だが、テストは全て終わり、
返却も完全に済んでいた」
「絞り込みすらできなかった訳か」
「いや、記憶頼みで何人か浮かんではいたんだけどね。そこからさらに絞り込
もうとはしなかった。考えてみたら、当人が書いたとは限らないもんな」
「あー、そうかも」
 皆の同意を得る。物語の世界でしか見たことないが、告白の呼び出し一つ取
っても、当人の代わりに友達が相手を呼び出すという流れは、腐るほど描かれ
てきたはず。
「時間がないこともあって、相手の特定はあきらめた。今思えば、行ってみて
のお楽しみって感じだけど、当時はやっぱりどきどきした。落ち着かなくてさ。
早く終われって思ってたよ」
「相手も落ち着かなかっただろうに。よく観察していれば、気付けたんじゃな
いか?」
 千谷の冷静な意見だが、それは違うと僕は首を横に振る。リアルタイムで経
験すれば、そんな余裕がないことを理解できるだろう。
「とにかく学校が終わって、僕は確か、おまえに掴まらないよう、さっさと教
室を出た」
 千谷に対して、にやっと笑ってみせた。千谷もやっと思い出したか、「ああ
っ」と手を打った。
「そういえば、あのとき、やけに早く、姿を消してたような」
「出て行くのを待とうかとも思ったんだが、そうしなくて正解だったな」
 また笑ってから、僕は記憶の鮮明な再生に努めた。窓外のちらつく雪が、思
い出と重なる。
「中庭に出て、校舎の案合図を頭の中に描いた。物理室の位置を確かめ、その
窓の前に立つと、すぐに相手は現れた」
「かわいい人? きれいな人? それより、同級生というのは当たってたの?」
 かしましい夕森を静かにさせつつ、千谷の顔を見やる。……どうやら、名前
も僕に言わせたいようだ。
「同級生だったよ。宇治田美咲さんと言って、実は小学校が同じだった」
「へー! ひょっとして、小学生の頃から――」
 またうるさくなりそうな夕森を、寺前が無言で抑える。それから僕に聞いて
きた。
「宇治田って子の見た目は、どうなんだ」
「美人だよ。昔風って言っていいのかな。おとなしめだけど、しっかりしてる
感じ」
「黒髪ロング、おでこを出して、色白か?」
「だいたい当たってる。おでこは出してなかったな。髪はストレートのときと、
三つ編みのときと、ポニーテールのときがあった。小学校のときはポニーテー
ルが一番似合っていて、高校になったら三つ編みの方が」
「何だかんだ言って、よく見てるじゃないか」
「そういうこと。要するに、悪い気はしなかった。いや、それどころじゃない
な。顔は平静を装ったけれど、有頂天になったと言ってもいいくらい」
「それで、何て告白されたの?」
 寺前から夕森に質問のバトンが渡る。僕は小さく首を左右に振った。
「直接の告白じゃなかったのさ。最初に千谷が口走っただろ。ラブレターを手
渡された。あれをラブレターと言っていいか、迷うんだが」
「どういうこと?」
 食事も忘れて身を乗り出す夕森に、千谷が勝手に答える。
「開けてびっくり、中は白紙と来た」
 当時を知らない寺前と夕森が、え?と声を上げる。千谷は右手の甲を口に宛
がい、笑いを堪える。でも堪えきれなくて、飯粒が飛んだぞ、ほら。
「白紙って何にも書かれてなかったってこと?」
 僕は首肯し、ため息をついた。
「ああ。タイミング悪く、千谷らが通り掛かったから、その場では開封できな
かったんだ。あとで開けてみたら、何も書いていない薄紅色の便箋が一枚。あ、
末尾に名前はあったな。『宇治田美咲』って」
「当然、あとで相手に事情を問い質したんだろうな」
 寺前は質問を投げるだけ投げで、小皿に取ったばかりの炒め物をかきこんだ。
「それができなかった。翌日、学校に行って聞くつもりが、姿が見えない。終
業式が終わって、担任から話があった。宇治田さんは今学期限りで転校するこ
とになりました、とね」
「何だそりゃ。別れが辛くなるから出発するまで言わないで欲しい、っていう
やつか?」
「そうみたいだった。先生以外には極々親しい女友達にだけ話して、あとは誰
にも言っていなかった」
「そうか。しかし、追跡不可能ではない。新しい連絡先を聞いて、電話でもす
れば済む」
「そうしようかどうか迷って、結局してないんだよな」
 答えると、僕の隣で夕森が大声を上げた。何で!と。耳を塞ぐレベルの音量
だ。
「わざわざ思わせぶりに呼び出しておいて、白紙の手紙を渡してきて、翌日、
何にも言わずに転校って、そりゃないぞと。何だかばかにされた気分になった
から、かな」
「いやいやいやいや。そう決め付けられる?」
「だって、白紙だぞ。いたずらとしか思えない。恐らく、あのとき千谷達が通
り掛かって、一緒に帰っていなかったら、もうしばらく付き合わされて、どこ
かに隠れてみていた女子達に笑われていたに違いない」
 当時そう考え、今も思っている。おかげで女性不信が募り、これまでに恋人
付き合いした相手は一人もいない有様だ。
「言い切れない気がするなあ。宇治田さんは手紙、どんな風に渡してきたの? 
恥ずかしそうじゃなかった?」
「そりゃ、恥ずかしそうだった。頬を赤らめて、俯き勝ちで。でも、引っ掛け
るためなら、それぐらいの演技はするだろう。転校が決まっているのなら、ど
んなにこっぱずかしい演技をしても、かき捨てられるしな」
「いたずら説だと、一つ分からない点がある」
 寺前まで疑問を呈し始めたのには、驚かされた。
「種明かしがないことだ。柏崎、おまえを笑うためのいたずらだったなら、お
まえに種明かしをして、どっきりでしたー!とやらない限り、完結しないだろ」
「かもしれない。だが、千谷達の介入で、中途半端な形で終わったから、種明
かしをやめたのかもしれない」
「それならそれで、いたずらだったと打ち明けるべきじゃないか? 万が一に
も、おまえが嘘の告白を真に受けて、白紙のラブレターの謎に頭を悩ませ、宇
治田さんの転校先にまで押しかけてくるようなことがあったら、色々と厄介だ」
「そんなことするかっ」
 全力で否定した僕に、寺前は箸で差し示してきた。
「だから、たとえばの話だ。ここは一つ、別の可能性を探るつもりで、考えて
みようじゃないか。いい、暇潰しになる」
「暇潰しなら、麻雀がある」
「麻雀より、柏崎君の昔話の方が面白いよっ」
 声に振り向くと、小さな子供みたいに目をきらきらさせている夕森がいた。
まったく、しょうがないな。
「まず……あぶり出しだったってのはどう? 白紙の手紙を渡してぽかんとさ
せたあと、二人きりでストーブに当たりに行って、文字が浮かんでくる、とか」
 いかにも夕森らしい意見。と、笑うことはできない。
「違うな。あぶり出しじゃなかった。真っ先に試したんだ」
「あ、そうなの。やっぱり、本当であって欲しい気持ちはあったんだ?」
「まあな。とにかく、あぶり出しじゃなかった」
「その宇治田さんが、化学に強いのなら、他の化学反応を用いた可能性もゼロ
じゃないな」
 今度は寺前の意見。僕は首を傾げた。
「他の化学反応は、考えもしなかった。ただ、宇治田さんは理系は不得手で、
文系が得意だったな、確か」
「では、この線もなし。他には……入れ忘れとか」
「告白の手紙の中身を入れ忘れ?」
 つい、素っ頓狂な声で反応してしまった。寺前らしくもない、あり得ないこ
とを言い出すからだ。
「分からんぜ。案外、緊張して、入れ忘れることはあるかもしれない」
「うーん。いや、やはりおかしい。入っていた便箋には、名前が書いてあった
んだ。本当に入れ忘れなら、何も入っていないか、または何も書いていない便
箋が一枚だったら分かるけど」
「入れ忘れではなく、入れ間違いはどうだ?」
「間違いというからには、ちゃんと文章をしたためた便箋は用意していたが、
手違いで、練習か何かに使うつもりの物を入れてしまったってことか」
「ああ。名前だけ先に書き、本文をじっくり考えるつもりだったと解釈すれば、
ない話ではあるまい」
「そこまで丁寧に準備をしておいて、最後に間違えるかなあ?」
 夕森が否定的な見解を示す。僕も首を縦に振って同意した。もし入れ間違い
なら、本来入れるはずだった、文章の書かれた便箋が机の上に残るはず。それ
に気付かない事態なんて、まず起きないだろう。
「だな。あと、考えられるのは」
「いたずら説だな」
 千谷が言い出した。意味が分からなくて、僕ら三人は千谷の顔をじろっと見
据えた。
「いたずら説ではないっていう前提で議論しているのに、何を」
「そのいたずらってのは、女子が菜生人を担ぐってパターンだろ? 俺が今言
ってるのは、女子が宇治田さんを担いだパターンだ」
「……よく分からんな」
 顔をしかめ、小さく首を傾げる寺前や夕森。きっと僕も、彼らと同様、怪訝
な表情になっていただろう。
 千谷は飯茶碗を空にすると、得意げに語り出した。
「説明して進ぜよう。宇治田さんは転校することを友人に打ち明けた際、思い
を秘めている男子がいることも話したんじゃないか。それを聞いた友達は調子
に乗って、宇治田さんを焚きつけた。行ってしまう前に、告白しちゃえと」
 焚きつけるの使い方がおかしいが、まあ、スルーしておく。
「その気になった宇治田さんだが、すぐにはよい文章が浮かばない。そこへ友
達が助け船を出す。文章は私が考えてあげる。美咲は最後に署名だけして」
 声色なんか使わなくていい。今度はスルーせずに、注意してやった。
「宇治田さんはありがたくヘルプを受け、名前だけを書いた便箋を渡した。と
ころが渡された友達も、実は菜生人に気があった」
 何だって?
「このまま宇治田さんに告白されては、先を越されてしまう可能性がある。邪
魔をしてやりたい、でもあからさまにいい加減な文章を書くのも気が引ける。
そこで、白紙のラブレターという妙手に辿り着いた」
「妙手かねえ」
「実際に妙手かどうかは、問題じゃない。いたずらを仕掛けた本人がそう感じ
れば、事態は転がる。で、終業式前日の朝、すでに封をした手紙を友達から渡
された宇治田さんは、中身を確認することもできず、想いを寄せる柏崎菜生人
君に渡してしまったって訳だ」
「ユニークな仮説だが、非現実的でもあるな」
 僕が即座に指摘するも、千谷は「そうか?」と意に介さない様子。そこへ夕
森が口を挟んだ。
「とんでもなくおかしいよ。ラブレターの代筆自体はあり得たとしても、それ
は書く内容だけでしょ。実際に筆を走らせて書くのは本人。これ常識」
「常識か?」
「常識だよ」
 常識かどうかはさておき、僕の言いたいことは夕森が代弁してくれた。
「分かったよ。でもな、俺の素晴らしい説を否定すると、もう何も残らないぞ」
 確かに。どの道に進んでも行き止まり。この感触は、結局のところ、最初の
前提が誤りだったということになりはしないか。つまり、宇治田を含めた女子
によるいたずらだったと。
「僕、気になってることがあるんだ」
 唐突に夕森が席を立った。何か言うのかと思ったら、空いた皿を片付け始め
た。
「少し考えをまとめたいし、落ち着いて話したいから、しばらく待っててよ」
 僕らは、と言うか僕は、ちょっぴり期待することにした。

「最初っから気になっていたのは、下足箱に入ってたというメモ」
 演説するかの如く、一人立った状態で夕森。彼の熱弁を、僕と千谷と寺前は、
コップ片手に床に座り、拝聴する。
「いたずらだろうと本気の告白だろうと、どうしてメモ、ラブレターという二
段階にしなきゃならないのかって」
 それは……と言おうとして、はたと止まる。
「言われてみれば、そうだな。目的が何であろうと、手紙を下足箱に入れてお
けばいい。二度手間にする必要はない」
 寺前による賛同の合いの手に、夕森は満足そうに微笑んだ。
「それじゃ、宇治田さんはどうして二段構えにしたのか。メモで呼び出したな
ら、待ち合わせ場所では口頭でやり取りをするのが常識。なのに、宇治田さん
は手紙をくれた。しかも、中身は白紙も同然。これってよく考えてみると、呼
び出してからは何も言っていないことになるよね」
「……ああ、そうだな」
 終業式前日、積もりだした雪、下足箱のメモに呼び出されて、異性から手紙
を渡された。これだけシチュエーションが揃ったおかげで、告白が完結したと
思い込んでいた――そう気付かされる。
「きっと、続きがあったんだよ。宇治田さんは、柏崎君に手紙を渡し、そのあ
と、口頭で告白するつもりだったんじゃないかな」
 どうしてまたそんな面倒な段取りを。
 感想は他の二人も同じだったらしい。すぐさま、千谷が口を開いた。
「告白が二段階はおろか三段階になってるぞ。何で、わざわざややこしいこと
をするのかの解決になってない」
「ややこしくなったのは結果的にであり、ややこしくした原因は千谷君、君に
ある」
「え、俺? 何でだ?」
「さっき言ったように、手紙を渡したあと、告白しようとしていたんだよ、宇
治田さんは。その直前、現れた君が、柏崎君と一緒に帰ってしまったんじゃな
いか」
「……ま、事実、俺はあのとき、柏崎と一緒に帰ったが、だからって宇治田さ
んが声で告白しようとしていたかは分からん。だいいち、白紙のラブレターの
謎は残るんじゃないか?」
「白紙のラブレターは、宇治田さんが柏崎君を驚かせたかったのが一つ」
 驚かせたかった。どっきりの仕掛けだというのか。
「それともう一つ。宇治田さんの想いを表していた」
 白紙で表す想い? それって一体……。
「鈍いなー。宇治田さんは白紙の便箋で、こう言い表したかったんだよ。『あ
なたへの想いは書き切れません。だから会って直接伝えます』と。僕はそう信
じるね」
「……よせよ」
 何て恥ずかしい解釈なんだ。

           *           *

「――お、電話。ちょっと外す」
 千谷は振動を感じ取って、腰を上げると、尻ポケットに手をやりながら、部
屋の外へ移動した。取り出した携帯電話のディスプレを見ると、懐かしい名前
が表示されていた。少し前に口にした名前でもあり、偶然に驚く。
「――よう、関屋さん。珍しいってか久しぶりってか。同窓会でも開くつもり
か? え、違う。じゃあ何。ああ、柏崎の連絡先なら知ってるよ。てか、今、
柏崎の部屋。代わろうか。いいのか。うん? 柏崎の番号を教えてもいいかっ
て、誰にだよ。……あ、宇治田さんに。そりゃいいよ。いい、いい。菜生人本
人の許可はいらねーよ、多分。それにしても、何だって今頃になって、こんな
タイミングに」
 できすぎの偶然に苦笑を浮かべつつ、千谷は電話の向こうの関屋に聞いた。
 返ってきた答は明快だった。
「雪のせい? 日は同じだし、雪の降り方もそっくり、と。そうかあ、四年ぶ
りだもんな。思い出して当然てことか」
 千谷は柏崎の携帯電話番号を伝えると、三人のいる部屋を見た。
 そして、寒さにぶるっと身体を震わせ、急いで戻ろうと思った。

――終わり





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