AWC ハンバーガーショップにて


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#148/569 ●短編
★タイトル (ryu     )  04/02/23  15:48  (195)
ハンバーガーショップにて
★内容
 
 俺は一ヶ月前に高校を卒業した。
 夜学で、しかも一回ダブってるから、卒業するのに五年もかかっちまった。
 でも、途中で諦めることなくどうにか卒業出来たわけだから、自分で自分を誉めてや
ろう。
 さて、今度は働き口を見つけなければならない。もう少し遊んでいたいのが本音なん
だけど、うちは俺が小さい頃に両親が離婚して、お袋が女手一つで俺を育ててくれたか
ら、今度は俺が働いてお袋に少しでも楽させてやりたいと思っていた。
 とはいえ、稼げる仕事はなかなかない。
 夜学に通っていた頃、昼間は建築現場で働いていたんだけど、この不況で会社が潰れ
ちまった。
 せっかく五年も働き続けて、卒業したら正社員にさせてもらえる約束もしたのに。ま
ぁ、愚痴っても仕方がないんだけど。
 俺はコンビニで就職情報誌を買い、ハンバーガーショップに入って、チーズでもチキ
ンでもない、一番安いハンバーガーとコーラを注文した。
 店内では、サラリーマン風の男が険しい表情で経済新聞を読み、作業服を着た髭面の
オヤジが煙草をプカプカとふかしながら、何やらブツブツと独り言を言っている。
 もう朝の九時半を回っているのに、あいつら会社に行かなくていいのかと余計なこと
を考えつつ、俺は自分の出来そうな仕事を見つけては募集記事欄にボールペンでチェッ
クを入れていた。
「お待たせしました」
 ウェイターがやって来た。
「どうも」
 ふとウェイターの顔を見ると、不気味な笑みを浮かべている。
 俺は目を合わさずに、さっさとハンバーガーをパクついた。肉が多少パサついている
が、腹が減っている時は何でも美味く感じるもんだ。
「おーい」
 ハンバーガーを半分食べ終えたところで、どこからともなく女の子の声が聞こえた。
俺は目をこらして店内を見渡したが、女の子の姿はどこにもない。
 空耳でも聞こえたかと思い、俺はコーラを一口飲んだ。すると
「こっちこっち」
 また声が聞こえる。
「誰なんだ? 俺を呼ぶのは?」
 と返事をすると
「あなたが両手に持っている物を見て」
 と相手が急(せ)かす様に言った。
(俺が持っている物?)
 食べかけのハンバーガーを見ると、肉とレタスの間から、ピンク色のストライプ服と
ミニスカート姿のウェイトレスがヒョコっと顔を出した。
 どういうわけか、彼女は俺の親指程の大きさだった。ニコニコ笑っている彼女の顔を
見て、これは幻ではないかと疑りつつ、俺は何度も自分の目をこすった。
 彼女はピースサインをしたり、チョコマカと踊ってみせたり、まるでアイドルの様に
自分の存在をアピールしている。
 ついに俺はイカレちまったのかと何度も自分の頭を叩いてみたが、やはり彼女の姿は
ハッキリと見えていた。
「そんなに驚かないでほしいなぁ」
 上目使いで俺を見る彼女。
(何言ってんだ。自分の食べているハンバーガーの中から小人が現れたのを見て、驚か
ない奴があるか)
「あなたの世界にも、確かミニモニとかいうアイドルがいたでしょう?」
 そりゃいるにはいたが、ここまでミニの娘(こ)はいない。
「俺に何の用だ?」
 そう訊ねると、彼女は自分の小さな顔を俺の鼻先にまで近づけて、カン高い声を上げ
た。
「あなた、悩んでいるでしょ?」
「ハッ? 何かの勧誘ならお断りだぜ」
 彼女はブンブンと大きく首を振って、またカン高い声で喋り続けた。
「ちがーう! そんなんじゃないの。私はね、困っている人を助けてあげる妖精なの。
だからあなたに悩みはないかと質問したのよ」
「妖精だって?」
 俺も彼女と同じくカン高い声を上げた。
 小人で妖精なんてディズニーアニメじゃあるまいし、やっぱり俺はマジでイカレちま
ったのかもしれない。
 それに、さっきから店内にずっといる二人の男には、この妖精と名乗っている女の子
の姿が見えないのだろうか。ウェイターだってそうだ。
(まさかあいつらもこの妖精の仲間なのか? そうだとしたら、ここはどんなハンバー
ガーショップなんだ? まてよ。そうだ、これはきっと夢だ。夢の中だったら何でもア
リだもんな)
 えらくリアルな感じはするが、これは現実の世界じゃないと自分に言い聞かせ、俺は
妖精との会話を続けた。
「悩みっつーわけでもねぇけど、仕事を探しているんだ」
「仕事ですって?」
 妖精は驚いた顔をしてピョコンと飛び跳ねた。いちいちリアクションがオーバーだ。
「それなら、とてもいい仕事があるわよ」
 嫌な予感がした。
「まさかここでウェイターかコックで働けなんて言うんじゃないだろうな」
 妖精はウインクをして、右手の親指と人差し指をピストルのように構えた。
「ビンゴ! でもウェイターじゃないよ。あなたの友達をこのお店に連れてきてくれれ
ばいいの。ただそれだけでお金が貰えま〜す」
「そっか。で、もしやるとしたら、いくら貰えるんだ?」
「一人あたり百円かな?」
 俺は妖精が顔を出しているハンバーガーを一気に食った。
「冗談じゃねぇ。やらねーよ」
 俺の友達は皆忙しいのに、そんなに大勢の人数をこのハンバーガーショップに連れて
来られるわけがない。
 それに一人連れてくれば百円なんてあまりに安すぎるし、普通に働いた方が稼げる。
「こんな美味しいハンバーガーをあなただけが食べるなんてもったいないと思わない?
 ねぇ、お金の事は考えるから、試しに一ヶ月だけでもやってみてよ」
 俺の頭の中で妖精の声が聞こえた。
「うるせーな。やらねーと言ったらやらねーよ。もう消えてくれ」
 それっきり妖精の声が聞こえなくなった。
 ここで夢が終わるのかと思ったのだが、まだ続きがあるらしく、目が覚めることはな
かった。

 何だかスッキリしない気分で家に帰ると、普段は一日中つけっぱなしのテレビの音が
聞こえてくるはずなのに、どういうわけか異様に静かだった。
「お袋〜、ただいま」
 お袋の返事はない。買い物にでも出かけたのだろうか。
「いないのか」
 俺は台所に行き、コーヒーでも飲もうとお湯を沸かそうとした。すると台所の冷たい
床に、お袋が仰向けになって倒れていた。
「お袋! どうしたんだ?」
 俺はお袋の頬を何度か叩いたが、目を覚まさない。急いで救急車を呼び、病院へ向か
った。
「お母さん、聞こえますか? 今、病院に向かっていますからね」
 救急隊員が何度もお袋に声をかけるが反応がない。脈を打っているので生きているの
は間違いないのだが、俺はお袋が死んでしまうのではないかと心配で仕方がなかった。

 病院に到着すると、お袋はすぐ集中治療室に運ばれた。
 検査が終了するまで待っていて下さいと看護婦に言われ、俺は病院の廊下にある長椅
子で、どうかお袋が助かりますようにと懸命に祈った。
「お母さん、大変なことになっちゃったねぇ」
 突然、俺の頭の中であの妖精の声が聞こえた。
「何だお前、まだいたのか?」
「まぁね。そんなことより良いことを教えてあげるよ」
 まただ。この妖精は、この言葉が口癖みたいだ。
「なんだよ、良いことって」
 妖精は俺の目の前に姿を見せて手を振った。
「私の魔法で、お母さんの病気を治してあげる」
 俺は長椅子から立ち上がって大声を上げた。
「本当か? 絶対か?」
 妖精は得意気な顔をして、右手の人差し指を左右に振った。
「その代わり条件があるわよ。言わなくてもわかっているでしょ」
「ああ。お前の店で働けってんだろ? わかったよ。でも、ホントにお袋の病気が治っ
たらだぞ」
 まったく小ずるい妖精だ。まさか突然お袋が倒れたのも、この妖精仕業じゃないかと
一瞬思った。
「じゃあ契約成立ね。この書類に拇印を押して」
 俺は早くしないとお袋が死んでしまうのではと焦ったばかりに、書類をよく読まず、
妖精の言われるがままに契約をした。
「サンキュー! これでOK。じゃあ、もうちょっと待ってて」
 そう言うと、妖精は俺の前から姿を消した。
「おい、お袋はどうなるんだよ!」
 誰もいない廊下に向かって一人叫んでいると、集中治療室から医者の先生が出てき
た。
 俺はすがる様な思いで先生にお袋の病状を訊ねた。
「安心しなさい。お母さんは危険な状態だったが、奇跡的に回復したよ。しばらく入院
することになるが、命に別状はない」
 先生の話を聞き終えた瞬間、俺の体の力は一気に抜け、嬉しくて涙が止まらなかっ
た。
「先生、本当にありがとうございました」
 去って行く先生の後ろ姿を見つめながら、俺は何度も頭を下げた。
「良かったねぇ。お母さんが助かって。私にもお礼を言ってもらわなきゃねぇ」
 妖精が現れた。
「そうだ。きみのおかげで助かったんだもんな。本当にありがとう」
 妖精は契約書をちらつかせながら、さっそく明日から出勤してねと言って消えた。
 お袋の病気も良くなったし仕事も決まったし、夢の中の出来事とはいえ、もう何の問
題もないかとこの時は思っていた。

 翌日、俺は妖精との約束どおり、例のハンバーガーショップへ向かった。
 店内に入ると、気味の悪いウェイターがビシッと姿勢良く立って俺を迎えた。
「約束どおり来たね」
 どこからともなく妖精の声が聞こえた。
「ああ。ちゃんと来たぜ。で、どうすればいいのか説明してくれ」
 ウェイターが右手を自分の胸の前まで上げて握り拳を開くと、妖精が現れてニッコリ
笑った。
「昨日も話したけど、あなたは自分のお友達を呼んできてくれればいいの。ここのハン
バーガーを食べてもらって、それを宣伝してもらえばいいのよ。ただそれだけ。簡単で
しょ?」
「わかった。ちょっと待っててくれ」
 俺はジャンパーのポケットから携帯を取り出すと、仲間に連絡を入れ、時間が出来た
らこのハンバーガーショップに来てくれと頼んだ。
「とりあえず三人つかまえた。これからここへ来るってよ」
「そう。良かったわ。ところで契約書はちゃんと読んでくれたよね?」
 そういえばあの時、お袋の事に気を取られて契約書を読まずにサインをしたのを思い
出した。
「そうだ、もう一度見せてくれ」
 妖精が魔法をかけて契約書を大きくした。
 改めて見た契約書は、何やら細かい字でゴチャゴチャと文章が書かれており、その内
容を読んで俺は愕然とした。
 契約書の一番最後の行には、こう書かれている。

“この契約を交わした者は、一生この規定を守って働くこと。守れない場合は死もやむ
を得ず”

 俺は慌てて妖精に抗議した。
「おい! 何だよ、この契約書は。あまりに勝手じゃねぇか」
 今までニコニコと愛想よく笑っていた妖精は、急に鋭い目つきで俺を睨みつけた。
「契約書をちゃんと読んでいないお前が悪いのだ。私と契約を交わしたからには、きち
んとそれに従ってもらうぞ、いいな」
 低くしゃがれた声でそう言うと、妖精は悪魔に姿を変えた。小さいとはいえ、魔法を
使う悪魔だ。俺は恐ろしくて身がすくんだ。
「わ、わかった。契約どおりにするよ」
(契約書にサインをしてしまっている以上、文句を言う事は出来ない。逆らえば殺され
てしまう。それに仲間にまでこんな目に合わせてしまうのか)
 俺は自己嫌悪に陥り、暫し呆然とした。
「何を突っ立っている? さっさと働け」
 糸が切れて墜落してしまう凧の如く、俺はフラフラとしながら再び仲間に連絡を入れ
た。悪夢なら覚めてほしいと願ったが、これは間違いなく現実だった。
「アハハハ! お客様のご来店が楽しみだ。従業員希望の者は死ぬまで働き、ハンバー
ガーを食べた者は魂を奪われる」
 俺の背後で悪魔が高らかに声を上げて笑い、無口なウェイターが呟いた。
「うまい話には気をつけろとは、まさにこの事ですねぇ」

 了





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