AWC 十二月の事件   永山


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#137/569 ●短編
★タイトル (AZA     )  03/12/27  21:55  (223)
十二月の事件   永山
★内容
 確認から戻って来た刑事は、険しい顔つきで玄関先に立った。
「泉場さん。さっき伺った電話の話、確かですね?」
 その念押しに、何かまずいことを口走ったのだろうかと、泉場大悟郎は急な
不安に駆られた。しかし、一度言ったことを取り消す訳にも行かない。変わら
ぬ態度で肯定した。
「間違いなんかあるものか。刑事さんの仰る時刻に、わしは自宅に電話した。
ほれ、そこにある」
 顎を振って、一方向を示す。そちらには、昔ながらの黒電話が細長い台の上
に鎮座していた。玄関に程近い場所に置いているのは、昔ながらの習慣で、隣
近所の人に貸すためだ。
「となると、困ったことになりますよ」
 ちっとも困った風でない刑事は、顎をさすった。泉場をまともには見ず、彼
は続けた。
「確認したところ、童夢君は、電話なんかなかったと言っている」
「そりゃあ、そうだろう。そのとき、電話には誰も出なかったんだから。留守
番を頼んだのに、出て行ってしまうとは、いかにも子供らしいなと微笑ましく
思ったさ。口は達者になっても、まだ小学一年生だから仕方がない」
 何のために刑事がこんなことを調べているのか、まだ知らされない泉場は、
苛立ちを抑えつつ答えた。冬休みを利用して、初めてこの田舎町にやって来た
孫の童夢が、何かに巻き込まれたのは間違いないようだが。
「ところがですねえ。お孫さんは、『ずっと家にいた、一人で留守番をしてい
た』と証言している。それが嘘かどうかが重要なんですが、あなたの証言と照
らし合わせると、どちらかが嘘を吐いているのは明らか……」
「ちょっと待ってくれないか。ベルが故障しているのかもしれない」
 泉場の見解に、刑事は少し間を取ってから首肯した。
「昨日、帰宅してから電話は鳴らなかったんですかね」
「うーん、覚えてないが、多分、鳴らなかったんじゃないか」
「じゃあ、私が電話をしてみますか。いや、お貸しした方が早いな。これでそ
の黒電話に掛けてみれば、一発で分かる」
 と言って、刑事はスーツのポケットから携帯電話を取り出す。それを渡され
た泉場だが、扱い方が分からない。教えてもらって、やっと掛けることができ
た。
 じりりりん。電話のベルは正常に鳴った。
「これで決まりですな」
 文字通り、決め付ける言い方をする刑事に、泉場は反論を試みる。実際、穴
はたくさんあるように思えた。
「いやいや。だから、童夢が外に出ていたのは、恐らく間違いないんだろう。
あの子は叱られるのが恐くて、嘘を言っとるんだよ、きっと。しかし、それが
罪になるとでも? 都会育ちの子供にとっちゃ、田舎の風景が珍しいのかしら
ん。この寒さにも負けずに、昼間は外で走り回っておった。昨日も同じように
しただけだろうさ」
「同じでなかった点が一つ、あるみたいなんですよ」
 ふーっと、煙草の煙を吹かすような仕種で息を吐き出す刑事。言いにくそう
にしているのは分かるのだが、いい加減、はっきりさせてもらいたい。泉場は
強く思った。
「昨日、子供が亡くなったのは、ご存知ですね。崖から転落して」
「もちろんだ。枡田さんとこの十二郎君」
 顔を思い浮かべる泉場。童夢と同い年で、会って間もないと言うのに早速仲
よくしていたようだが、まさか年の瀬が押し迫った昨日、事故で死ぬとは、運
命とは分からぬものだ。両親や双子の兄の十一郎は、まさか兄弟揃って正月を
迎えられないとは夢にも考えなかったに違いない。
「そういえば、葬式がまだのようだが……。もしかすると、事故ではない疑い
が出て来たのかね」
「ほほう、なかなか察しのいい。解剖で時間を取ってましてね。と言うのも、
十一郎君の証言で、事故ではなく、突き落とされたんじゃないかという見方も
出て来ましたので」
「突き落とされたとは、ひどい。信じられん話だ」
「その証言が、童夢君が十二郎君を押したというものなんですがね」
「何だと。馬鹿な」
 心中では朧気ながら嫌な予感が既に生まれていたのだが、明確な言葉にされ
て、怒りが湧いた。声を荒げる。
 だが、刑事は落ち着き払った声で質問を発した。
「まあまあ、冷静に。子供同士のことだし、我々も大っぴらにせず、慎重に調
べているところなんですよ。ご存知の通り、童夢君のご両親にもまだ連絡して
いませんしね。そこのところの配慮を理解していただかないと、やりにくくて
仕方がない」
「しかし、あの子がそんな」
「あり得ないと言い切れますか? 無理でしょう。小さい頃は嘘を吐くもんだ。
明らかに嘘と分かる嘘を平気でね。それに、突飛もない行動をする」
 決め付ける口ぶりの刑事に反発を覚えたが、話す内容自体には、頷かざるを
得ない。泉場は一般論として認めてから、それでも反論した。
「童夢がそんなことをしでかしたとしたら、絶対に態度に現れる。いくら平気
で嘘を吐くと言っても、ことの重大さが全然違う。それくらいは、子供にも分
かるはずだ」
「嘘かどうかを、心情だけで言い争っても水掛け論になる。そこで、我々警察
が動いてる。その結果、留守番をしていたという嘘を吐いたことが分かったん
ですよ」
「ともかく、童夢に会わせてくれ。連れて行ってくれ」
 孫は外で遊んでいるところを警察官に話し掛けられ、そのまま交番に行き、
事情を聴かれているという。目の前の刑事が言うには、優しく接しているし、
お孫さんは楽しそうしているとのことだが、鵜呑みにできない。たとえ面で笑
っていたとしても、さぞかし不安がっているに違いない。
「もちろん、かまいませんとも。ただ、二人だけで話をされるのは、まだご遠
慮してもらうことになる。口裏を合わせられては困りますんでね」
「早く孫と会って、言葉を掛けてやるのが先決だ」

 童夢は、泉場が想像していたよりは、確かに元気そうだった。だが、泉場の
姿を見た途端、パイプ椅子を蹴飛ばして飛び付いてきたほどだから、やはり心
の中では不安だったのだろう。
 まず、どんなことを警察官から聴かれたのかを尋ねる。返ってきた答から、
枡田十二郎を突き飛ばしたかどうかについてはまだ問い質されていないと判断
できた。
 先の刑事と制服警官とが同席する中、泉場はさらに童夢に聞いた。
「なあ、童夢や。昨日はちゃんと留守番していたか?」
「したよ! 帰って来たとき、ちゃんといたじゃない」
 泉場が帰宅した際、孫は確かにいた。テレビゲームを一人でしていた。泉場
の妻は病院からまだ帰って来ていなかった。
「うん。帰って来たときは、いた。でも、その前に出なかったか?」
「出てないったら。しつこいなー、おじいちゃんも刑事のおじさんも」
 膨れっ面で答え、警官の方をじろっと見やる童夢。泉場は浮かんだ苦笑を引
っ込めると、重ねて質問した。
「昨日も言ったようにおじいちゃんはなあ、四時頃、お家に電話したんだけど、
つながらなかったんだよ」
「電話の音なんかしなかったよ」
「鳴らなかったと言うけれど、聞こえないはずないと思うんだ。童夢は四時頃、
どこにいたか覚えとらんか?」
「覚えてるよ。どこにいるも何も、ずっとゲームしてた。だから、テレビのあ
る部屋にずっといたってこと」
「便所に立たなかったか?」
「トイレに行ったのは、もっとあとだった」
「そうか……」
 落胆が声にしっかりと出てしまう。テレビのある部屋とは、食堂兼居間で、
玄関から一番近い。耳の遠い泉場の妻でも問題なく聞こえるぐらいだから、小
学生の童夢に聞こえぬはずがない。
「昨日は、枡田君兄弟とは遊ばなかったか?」
「午前中だけ。昼からは家にいたじゃない。知ってるでしょ、おじいちゃんも」
「うむ。そうだったな」
 留守番させていた二時間以外はな、と胸の内で付け足した泉場。信じてやり
たいのは山々だが、こうして面と向かって相手をしていると、なるほど、子供
というものは目をきらきら輝かせて堂々と話すから、その裏に隠した何かがあ
るとしても、なかなか見抜けそうにない。
 しかし、だ。
 泉場は思った。
 嘘を吐くのが天才的に上手だとしたら、何故、電話が掛かってこなかったと
言い張る? 電話は確かにあったが、ちょうど便所に行っていて、出るのが遅
れ、切れてしまった、とでも言った方が、もっともらしいし、それ以上疑われ
ないではないか。
 電話はなかったと言い張るからには、何か理由があるはず。それとも、子供
だからそこまで知恵が回らないだけなのか……。
 考えを押し進められなくなり、泉場は大きなため息を吐き出した。大きく股
を開いて腰掛けたままうなだれる姿が、よほど疲れた風に見えたのか、童夢の
「おじいちゃん、大丈夫?」という声が聞こえた。
「ああ、平気じゃよ。――刑事さん」
 泉場は家まで訪ねてきた刑事を振り返った。立ち上がり、ひそひそ声で話を
続けた。
「こんなこと言いたくないんだが……うちの孫の言葉を疑るなら、当然、十一
郎君の方も疑ってみるべきだと思うんだが……」
「一理あるかもしれませんな。だけど、現実的ではない。弟が死んで、友達を
陥れるような子供というのは、さすがに私どもでも想像できませんねえ」
「……ですな」
 泉場はあっさりと認めた。何故なら、刑事に同感だからだ。孫かわいさ余り、
他人様の子供を疑うのはどうかと悩んで、それでも口にした意見だったが、言
わなければよかったと後悔の念を覚える。
「顔色がよくないようですが、もしも泉場さんにとって、望ましくない真相だ
ったとしても、悪いようにはしませんよ」
 誠意がさほど感じられない口調の慰めを聞き流し、泉場は再び椅子に座った。
童夢に聞いておくべきことが他にないか、考える。
 そのときだった。
 交番の奥から、電話のベルの音がじりりりりん、じりりりりんと鳴った。制
服警官が小走りで向かい、送受器を取り上げる。
「はい、こちら……あ、その件でしたら」
 はつらつとした声が交番内によく響く。
 と同時に、童夢のあどけない調子の声も聞かれた。
「あれれ。今、電話の音した?」
 見開いた目で何回も瞬きをし、泉場を見つめてくる。
 だが、質問の意図を飲み込めない泉場は、同じように目をぱちくりさせるだ
けで、答えようがなかった。とりあえず、「どういうことだい?」と聞き返す。
「だって、電話の音しなかったでしょ。なのに、警察官の人、電話みたいに喋
ってる。あれ、電話じゃないのかなあ」
 向きを換えて椅子の上に膝立ちをし、背もたれを左手で掴むと、童夢は遠く
の黒電話を指差した。
「いや、あれは電話だよ、もちろん」
「ふーん。じゃあ、警察の電話って特別なんだね? 初めて見る形だ。音がし
ないのに、電話が掛かってきたのが分かる仕組みになってるなんて、凄いな」
 泉場の困惑が拡大する。ここにある電話は、泉場の自宅にあるのと同じタイ
プなのだ。にも関わらず、「初めて見る形」とは、訳が分からない。
「童夢、何を言ってる? あれなら、おじいちゃんの家にもあっただろう?」
「ほんと? 知らないよ、僕。見たことない。気付かなかった。どこに?」
「玄関を入ってすぐに、台があったろう。その上だ」
「……あ、言われてみれば、そんな感じのがあったような気がしてきた。でも、
あそこにあったの、電話?」
「そうだよ。電話だ」
 最近の子供は、黒電話を知らないのか……。
 泉場は小さな驚きを受けていた。考えてみれば、携帯電話が大流行りで、ダ
イヤル式の電話すら珍しい昨今なのだから、知らなくて無理もない。
 もしかすると、昨日も電話のベルを聞いたが、どこに電話があるのか分から
ず、出なかったのかもしれない。いや、それなら電話があったことをはっきり
言うはずだ。
 ヒントを掴んだ気分になった泉場だったが、敢えなくリタイアした。視線の
先では、通話を終えて戻って来た警官と、刑事が何やら言葉を交わしている。
 その二人に、童夢が突然、話し掛けた。
「ねえねえ、刑事のおじさん。寝てる人を起こしてあげないの?」
「ん?」
 刑事と警官が同時に振り向いた。前者が口を開くが、その話し相手は、同僚
だった。
「ここは二人で勤務してるのか?」
「いえ。私一人であります」
「そうだよな。……坊主。何で寝てる人がいると思ったんだ?」
 刑事の乱暴な口ぶりに、泉場は眉を寄せたが、言われた童夢は気にする様子
は全くなく、即答した。
「当ったり前だよ! だって、目覚ましが鳴った!」
「目覚ましぃ?」
「鳴った! ほら、さっき、電話に出る前、じりじりって」
「……」
 刑事と警官、そして泉場の三名は、顔を見合わせた。呆気に取られた顔を誰
もが見せている。
 そんな大人達の脇では、小学一年生の童夢が椅子を離れ、飛び跳ねながら身
体いっぱいを使って主張していた。
「ねえ、目覚まし鳴ってたでしょ! 鳴った、鳴った!」
 さながら、耳障りなベルのごとく。

           *           *

 分かってみれば、ことは単純明快極まりなかった。
 童夢は電話のベルを知らなかった、ただそれだけのこと。泉場の掛けた電話
は確かに自宅のベルを鳴らしたが、現代っ子である童夢にとって、それは電話
の音ではなく、目覚まし時計の音にしか聞こえなかった。自宅にある洒落たデ
ザインの電話は薄いグリーンでプッシュホン式、音も軽やか。両親の持つ携帯
電話にしても、着信メロディを設定しているため、黒電話のベルの音に接した
ことがなかった。
 当日、ゲームに夢中の童夢は、電話の音を最初は無視したものの、なかなか
鳴りやまない“目覚まし時計”があまりにうるさく、止めるために寝室へ向か
った。が、枕元にあった時計に触れるか触れないかのタイミングで電話が切れ
たため、目覚ましが止まったと思い込み、それっきり忘れてしまったらしい。
 なお、枡田十二郎の転落死は、事故で決着した。兄の十一郎が、事故を泉場
童夢のせいにしようとしたのは、前日にゲームでこてんぱんに負け、そのリベ
ンジを期した竹馬でも負けたのが相当なショックだったのが発端のようだ。木
登りやかけっこ、三角ベース等では圧勝したというだけに、なおさらだろう。
都会の子供にかなわないスポーツが一つでもあるのが、よほど悔しかったに違
いない。
 蛇足だが、兄が弟の事故に関与したのでは?などとは、夢にも考えては……。

――終





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