#105/569 ●短編
★タイトル (AZA ) 03/07/31 23:25 (207)
七月の事件 永山
★内容
見つけた。
女の子が泣いている。鳴いて啼いて哭いて。
だから関わることにした。
十代半ばぐらいで、それにしては着飾っている方だろう。この季節にぴった
りの明るい色のサマードレスに、やや短めのスカート。アクセサリーもきっと
通常より多く着けている。
「どうした」
声を掛けると、くしゃくしゃの表情をした面を起こして、その子は僕を見た。
何かを云ったみたいに口を動かしたものの、僕の耳には届かない。
再度、彼女が口を開く。
「待ち惚けを喰わされて」
「なるほど。いつから」
「今日は何日」
「七月七日だよ」
「じゃあ、朝から。十時頃」
「そうか」
「あなた、警察か補導員の人なの。家出じゃいわよ、云っておくけど」
「こんな格好の警官や補導員はなかなかいまい」
僕は腕を広げ、マントの前を少し空けた。少々、寒い。
「そうよね。コスプレみたい」と、彼女は納得の顔になる。涙はどこかへ行っ
たらしい。
「コミケにはあとひと月以上あるんじゃなかったっけ。それともどこかでそう
いうパーティがあるとか」
「そろそろ君の両親が来る」
僕は無理矢理話を転じた。
「えっ」
「ここに、君に会いに来る」
小首を傾げた彼女は、そのまま不思議そうに目を丸くし、質問してきた。
「何で。ちゃんと断って出て来たのに。確かに少し遅くなるのは間違いないけ
れど。だいたい、どうしてあなたがそんなことを……やっぱり警官なんじゃな
い」
僕は分かるまで説明をするつもりでいたが、やめた。必要がなくなったのだ。
そう、彼女の両親がちょうど現れた。派手でない花束を抱え、缶ジュースやお
菓子、ぬいぐるみなんかを用意して。
「……何、あれ」
気付いた彼女は、親に駆け寄ろうともせず、ただ見つめる。
父親も母親も黒っぽい服を着て、沈痛な面持ちで俯く。自分達の子供に気が付
かないでいた。足どりも軽くない。
「私……死んだのね」
彼女は悟ったような声で云った。
自らの立場をおおよそ解した彼女に、僕は僕の知る範囲で詳しい話をした。
君は一年前の七夕に彼氏と待ち合わせるため、ここに来ていた。日曜の朝だ
った。約束の時刻を三十分ばかり経過しても、彼氏は姿を見せなかったが、君
は待っていた。携帯電話を持っていなかった。そしてとうとう一時間が過ぎよ
うとした頃、大型トラックがこの前の通りに差し掛かった。スケジュールが遅
れ気味だったそのトラックは、制限速度をオーバーし、急カーブを曲がりきれ
ず、横転し、歩道に突っ込んだ。歩行者数名が、満載の砂利に埋まった。さら
にトラックが火を噴く。結果、三人の死者が出た。その内の一人が君だ。
「他に死んだ人達は、どこにいるの」
「ここにはいない」
「成仏したっていうやつかしら」
「それは僕にも分からない。君が幽霊かどうかすら、確証はないんだよ」
「幽霊じゃないのなら、何なのよ。だって、誰も私のこと気付かなかったし、
話し掛けても相手にしてくれなかったのよ。この辺から動くことさえ、ほとん
どできなかった」
「幽霊の定義がないから、断定のしようがないというだけさ。本当に幽霊かど
うかは分からないが、俗に云う幽霊なんだろう、恐らく」
「……それなら。私の身体のあるとこに行きたい。身体に戻ったら、生き返れ
るんじゃないの」
「事故は一年前に起きた。残念ながら、とうの昔に荼毘にふされている」
「うーん……だったら、他の人に乗り移って、その人の口を借りて、話し掛け
ることはできるんじゃないの。自分が死んだと分かった途端に、会いたい人、
いっぱい浮かんできてるんだけどなあ」
あまり建設的でない気がするが、比定はしない。乗り移り、できなくはない。
当人の能力や資質、それに相手との相性も大切と聞く。
「誰に一番会いたいのか、教えてくれるか。練習がてら、協力してあげよう」
「じゃ、じゃあ」
言葉を途切れさせ、両親の方を見やる彼女。父と母は歩道の片隅にしゃがみ
込み、線香の煙に巻かれながら、手を合わせていた。行き交う人々が時折、好
奇の視線を投げ掛けているようだ。
「お父さんとお母さんにはとりあえず会えたし、急ぐことないと思うから、星
彦かな、やっぱり」
「彼氏だね」
「待ち合わせして会えないまま、一年過ぎちゃってたら、向こうも怒るかな。
あ、怒るも何もないのかな、こっちは死んじゃったんだから」
「会いたいのは君の方だ」
それだけが大事なんだろう、多分。
「そう、会いたいよ」
「一年経っても会いたいのなら、喜んで身体を貸そう。見るだけでいいのなら、
彼を連れて来るという手もあるが」
「話したい。私の意識がここにまだいるよってこと、伝えたい」
「そのことを伝えるのはかまわないが、一般の者に伝えた途端、君は今の霊の
ような存在ですらいられなくなる。その危険性が高い。気を付けた方がいい」
「そんな。意味ないじゃない。ねえ、私、どうしたら成仏できるの」
「成仏という概念に当てはまるかどうかの判断は――」
同じ講釈をくり返そうとした僕を、彼女は首を振って遮った。それから、現
場より立ち去る両親の背中を目で追いながら、「そういうんじゃなくってさあ」
と口走る。
「今の私のこの状態が済めば、どうなるのかってこと。時間が経ったら、歳を
取って本当に死ぬのかしら。いずれ消えてなくなるんだったら、星彦に全部話
して、すぐ消えてもいいんじゃないの。同じことよ」
「それは答えられない質問だ。僕自身未体験の領域だし、噂に聞いただけでも
様々な展開があって、一口では語れない」
「案外、頼りにならないのね」
「僕は、定めを正常に機能させるのが主な役割でね。君のような存在が見える
ばかりに、こんなことを……。まあ、愚痴はよそう。義務はなく、気紛れに接
触してるだけだしね」
「ふーん。あなたに注目されて、私は運がよかったってことになるのか……」
彼女は親指の爪を噛む仕種を見せ、暫し考え込む風に目線を下げた。が、そ
れも束の間。身だしなみを整えるかのように、両手で頭や服の表面をはらうと、
こうべを垂れた。
「よろしくお願いします。とにかく、星彦に会いたい。今、彼はどこにいるの
か、あなたなら分かっているのよね」
おおいに利用してくれて結構。
「あのさ、そっちはとっくに知ってると思うんだけれど、お世話になるんだし、
自己紹介しとくね」
彼女は名乗った。実を云うと、僕は彼女のことを何も知らない。死んだ彼女
を取り巻く状況を理解できるだけなのだ。
そのことは口に出さず、こちらも名乗るとしよう。
「金糸雀セブンだ。よろしく」
「見た目にぴったりの、変な名前ね」
乗り移った彼女とともに、星彦のいる場所に行った。女の一人暮らしする部
屋だった。
往々にしてよくあることだが、星彦には新しい女がいた。それぐらい、咎め
まい。死んだ彼女よりもずっと年上、大人の女性であってもかまうまい。
しかし、前の彼女が亡くなってから丁度一年目の今日、墓参もせず、事故現
場にも来ず、ただただ新しい女といちゃついているのは、どうかと思う。
「金糸雀さん」
彼女の声が、内から聞こえる。
「何だ」
「あなた、今、わざと私に教えたんでしょう。私が中にいるからって、口に出
さずに」
「ちゃんと届いたようだね」
僕は感心してみせた。一年前の事故当日、星彦は端から待ち合わせ場所に来
る気がなかったこと。それを彼女に、そっと教えてあげたのだ。初めてにして
は、うまく受けとめてくれたものだ。
「ここいらで新しい情報を与えないと、君が暴走して、即刻、彼氏と新しい女
のいる現場に踏み込みそうだったからさ
「煽ってるつもりな訳、これって」
「背中を押してあげたまで。呪いのお手伝いは、僕の得意分野だ。たいしたこ
とはできないが」
「どういう意味よ」
「やってみせる。君さえよければね」
彼女がこっくりとうなずくのを、僕は感じた。
「承知した」
僕はマントを裏返して、郵便局員のユニフォームに転じさせ、素早く身に着
ける。どこからどう見ても、郵便局員に見えるだろう。怪しまれるとしたら、
時間帯だけだ。
「電報です」
部屋の玄関前で、故障しているかもしれないブザーを鳴らし、さらに声を張
り上げた。薄着の女が現れるまで、一分ほど待たされた。「何」という抑揚を
欠いた物言いと共に、こちらを誰何する。星彦の方は当然、出て来ない。
「電報です。こちらの……姫山歌織さんと、牛島星彦さん宛に電報です」
「はあ。私宛はまだ分かるけれども、星彦宛まで?」
部屋の奧を振り返り、呼ぼうかどうしようか迷う様子の出た女。僕はかまわ
ず、読み上げた。
「かなしばるね」
僕は言霊繰り士。無論、自称だが、事実できるのだから仕方あるまい。
自分の名前に使われる音を操る程度なら、朝飯前のお茶の子さいさいという
やつ。別の言葉に置き換えることで、他の人や物に作用させられる。
「え」
女が再び振り返ったときには、僕はもう消えることに成功していた。
「何がどうなったのよ。分かるように云って」
内なる彼女が叫ぶ。僕は胸をとんとんと叩いた。
「君の思い込みの強さ次第だ。どちらか一人くらい、死ぬような目に遭うかも
しれない」
後日判明したのは、死にかけたのは星彦の方で、女は傷害罪で捕まったとい
うこと。七夕の夜、星彦と女が枕を並べて睡眠中に、女に金縛りの症状が出た。
女はとよほど恐ろしかったのか、ところかまわず、手近にある物を何でも鷲掴
みにして身悶えた。その掴まれた一つが、星彦の首だったという次第。
「金糸雀さぁん」
このときの彼女は、僕の周りをまだうろうろしている。すっかり、懐かれて
しまったようだ。
「嘘教えてくれたんじゃないの、私に」
「何のことだか」
喫茶店でモーニングセットを食べているのに、話し掛けられては邪魔でしよ
うがない。他の人には見えないのだから、あからさまに応対することもできや
しないのだ。
「あのあと、私ね、死にかけの星彦の枕許まで行って、私はここにいるぞって
ことを全部ぶちまけてやったのよ。すっきりしてあの世に旅立とうと思ってた
のに、変化なし。いつまで待てばいいのよ」
「幽霊の君が囁いたって、相手には聞こえないんだよ。説明しなかったっけ」
小声で答える僕を、彼女は鼻で笑った。
「当たり前でしょう。ちゃーんと、看護婦の一人に乗り移って実行したわ」
何と。早くもそこまでの技量を身に着けていたとは、予想だにせず。
彼女は得意がったあと、再び膨れっ面になった。
「で、どういう訳?」
「それは多分、星彦に未練がなくなってから、真相をぶちまけたからだろう。
順序が逆だ」
「そんなものなの」
「多分ね」
アメリカンコーヒーをすする僕の前で、彼女は仁王立ちする。テーブルの上
にだ。断っておくと、彼女の身体は物体を無条件に突き抜ける訳ではない。こ
ちらも注意しておかないと、食器を蹴り飛ばされる。
「でもさ、でもさ。未練がないんだったら、それこそさっさとこの世にばいば
いできて当然と思うんだけど」
「それは恐らく……」
僕はともかく、彼女をテーブルから降ろした。食べたい物があれば云うよう
にと促す。あとで乗り移させて僕がその何かを口に運べば、彼女自身が食べた
のとほぼ同じであろう。
「じゃ、チョコレートサンデーとチーズケーキセット」
僕は項垂れながら、その二つを注文した。変な目つきになったウェイトレス
を無視し、彼女への説明を済ませようと思う。
「君がいわゆる成仏しないのは、恐らく、ここ数日の間に、この世への新しい
未練ができたんだよ。それもきっと、彼氏への未練よりもずっと大きいのがね」
「ううーん。それなら、心当たりがなくもないかな」
両肘を突き、手の平に顎を乗せるポーズを取った彼女は、僕の方をじっと見
つめてきた。
「金糸雀さんのせいかも」
「……万が一のことを考えて、きっぱり云っておくが」
「うんうん」
「僕は女だからな」
――終