AWC 一月の事件    永山


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#53/569 ●短編
★タイトル (AZA     )  03/01/06  22:00  (366)
一月の事件    永山
★内容
 神野利克は慎重なハンドル捌きで、雪解け水により黒く濡れたアスファルト
道を走っていた。左右には白く染まった田畑が広がり、朝の太陽の光を反射す
る。
「もっと飛ばせよ」
 真っ直ぐに延びる道路の先を顎で示し、助手席の江森太朗が言った。
「凍結路面じゃあるまいし、何をちんたら走ってるんだか。人も自転車もいな
いんだし、こんなときぐらい、すかっと」
「まずいだろう」
 ルームミラーに視線を飛ばす神野。後部座席には男の子が一人、横たわって
寝息を立てている。今年の四月で小学三年生になる彼、元川良二の手には、お
もちゃのロボットが握りしめられていた。
「何がまずいって? 起きたってかまやしないだろう」
「もしも座席から転がり落ちて、怪我でもされたらことだ。そうでなくても、
おもちゃが壊れるかもしれない」
「あんなおもちゃ、お年玉でいくらでも買えるだろうに」
 肩をすくめ、苦笑する江森。剃り残しの髭を見つけでもしたか、しきりに喉
の辺りを触っている。車の揺れで、うまく掴めないに違いない。折もおり、段
差を通過して、車体が大きく上下した。
「おっと――無事か」
 神野は後ろを気にしながら言った。さすがの江森も振り返る。前方に向き直
り、「ああ。寝てるよ」とつぶやくようにして伝えた。さらに、首を左右に傾
けてから、神野に聞く。
「夕べ、俺はへべれけになっちまったから覚えてないんだが、どうして良二の
坊主だけが残ったんだ?」
「おまえ、酒、飲み過ぎだぞ」
 思い出した神野は、つい、忠告口調になった。
「いいじゃねえの。おまえの金で買ったんじゃなし」
「まるでおまえが買ったと言わんばかりだな。はっきりさせとくと、俺の親戚
が用意してくれた酒だからな」
「さもしいことを正月から言うなよ」
「ちょっとは遠慮とか慎みというものを知れ」
「会って六日も経てば、そんなものいらんだろ」
 年末の二十九日、神野は社会人になってから初めての里帰りをした。二年ぶ
りだった。江森を呼んだのは、昨早春の下宿先でのトラブルの際、世話になっ
たお礼のつもりだった。元々、同僚の中では一番の親友だと思っていたし、社
交的で大らかな奴なので問題なく打ち解けるものと見ていた。結果……大らか
すぎた。
「泊めてもらっているという意識はないのか。少なからず、恥ずかしくなった
ぞ」
「あるさ。だからこそ、サービスに努めたんじゃないか。おじいさんやおじさ
んの酒の相手をして、ああなった」
「潰れるまで飲むか、普通……」
「気にするな。それよか、こっちの質問に答えてくれ」
「ああ……どうしてと言われても困るんだが、四兄弟の内の良二だけが、泊ま
っていくと言い出して、元川の叔父さんも承知したんだ」
「俺が酔ったあとは、おまえが遊び相手をしてやったのか。随分、なついてい
たようだが」
「俺しかいないんでね。真夜中までテレビゲームさせられた」
 疲労感が甦り、こめかみを揉む神野。ついでに思い起こしたことがあった。
「江森。おまえに感心したことが一つあった。初めて会った子供達に、よくぞ
お年玉を渡したもんだ。ちゃんと用意してたんだな」
「おお、俺も言いたかったのはそれよ」
 大笑して、胸を叩くポーズを取る江森。だが、シートベルトが邪魔で、うま
くいかなかったようだ。
「そういう具合に、大人にも子供にもサービスに努めてるんから、多少の無礼
講は大目に見てもらわんと、引き合わんわ」
「しょうがないねえ。ところで、おまえはいくら渡したの?」
「お年玉のことか? 三千円だ。お年玉をやる立場は初めてだったから、相場
がよく分からんわい」
「四人とも同じ額か」
「てことは、おまえは年齢によって区別したのか」
「上から、五千、四千、三千、二千にしたよ」
 神野の返事に、江森は何やら計算をした。
「おまえの方が二千円の多く出してるな。効率的かつ公平なのは俺だが、子供
らに感謝されるのはおまえ」
「あのな。どっちがさもしいのやら」
「いやあ、俺は真面目に話してるよ。本当は三千円なんて半端な額じゃなく、
一人に一万円ずつ、気前よく渡してやりたいんだが、四人はきついぜ。あれが
一人、いや、せめて二人兄弟までなら、一万円ずつあげられるのにな」
「ちょっと待て。それ、計算が合ってないぜ。二人に一万円ずつなら、合計二
万。その二万を四人で割れば、五千円ずつになる。にもかかわらず、三千円ず
つしか渡さないというのは、どういうこった?」
「細かいことは気にするな」
「五千だ三千だの世界で、二千の差は決して細かくはないぞ」
「分かった分かった。六千ずつだ。今年の俺は、己の欲を満たすだけで精一杯。
一万ずつ渡したいと言った手前、引き下がれなくなったのだ」
「分からないでもない。一万ずつぽーんとやりたいっていう心理にしても、充
分うなずけるし。まあ、リッチになるこった」
「お互いにな。それにしても……」
 前後を見通した江森。次いで、時計を見やる。
「まだなのか、元川さんの家は。やけに長く走ってる気がする」
「直線がほとんどだから、そう感じるんじゃないか? じきに着くさ」
「早く送り届けて、街に繰り出そうぜ。満喫してやる」
「二人旅ってのもなあ、女とならいいんだが」
「おばさんでもいいのか?」
「『俺好みの女』に訂正するよ」
 幾分白けた笑いが車内にあふれたとき、目指す家の屋根が見えた。

 可もなく不可もなくスタートを切った神野だったが、二月半ば、平日だとい
うのに寮の自室にいた。事故で自宅療養を余儀なくされたためである。営業の
車に同乗した際、停止中に後続車から追突され、鞭打ち症になった。それだけ
ならまだしも、路面が凍結していたため、車が横滑りし、街路樹に激突。打ち
所が悪く、左肘の骨にひびが入った。
 昼下がり、食事を終えた途端に呼び出し音がなった。
 携帯電話は片手で扱う物だが、神野の場合、いつも左手を使っていたので今
は不便で仕方がない。違和感に舌打ちしつつ、ボタンを押す。
「母さん?」
 実家からだった。時間帯からして、父は仕事中。よって母親からであると、
容易に推測できた。
「大丈夫かいっ?」
 気負い込んでいるが、どこか沈んだ声で、向こうが聞いてきた。大げさだな、
鞭打ちとひびぐらいで。それに、昨日の夜、電話をくれたばかりじゃないか。
そんなことを思いながら、神野は息子として、努めて優しい声で「大丈夫だよ」
と答えた。
「本当に? 悪化してないね?」
「嘘なんか言わないよ。元々、大した怪我じゃないんだ。肘が動くようになっ
たら、すぐに現場復帰するさ」
「よかった……」
 深い吐息が感じられた。胸をなで下ろす母の姿を想像するのは、難しくなか
った。
「ど、どうかしたの?」
 ようやく、変だなと思い始めた神野。
 電話の向こうで、母がまたため息をついた。落ち着こうとしているらしい。
「健三君が、亡くなったのよ」
「……健三って、元川叔父さんとこの?」
 三男坊の名前だ。賢いが、素直すぎるきらいがあった。いじわるクイズを出
されては正解できず、悔しがっていた顔が浮かぶ。
「そうよ。決まってるでしょ」
 神野は叔父の子供達四人の顔を一緒に思い浮かべつつ、「……いなくなった
ってことかい?」と聞き返した。
「違うのよ、死んだのよ」
「死んだ? でも、健三君はまだ小一で……」
「事故なのよ」
「何で?」
 動揺の余り、やり取りが食い違ってしまった。母は「だから事故で」と繰り
返したあと、続ける。
「午前中に、学校の体育で、校内マラソン大会の練習があったんだって。本番
と同じコースを走って。川沿いの道を走ってるとき、健三君が急に外れて、土
手を下って、道路側に出てしまったらしいわ」
 情景を思い浮かべながら、神野は黙って聞いていた。同じコースを走った記
憶がある。
「勢いが付いてて、止まれなかったみたいなのよ。ちょうどやって来たトラッ
クに跳ねられて……」
 母親が慌てて電話してきた理由が、分かった気がした。全く関係ない事柄で
も、同じ交通事故だ。心理的に、結び付けてしまったに違いない。
「あの土手下の道路って、ガードレールがあったような気がするんだけど」
「そうなの? よく知らないけれど、だいぶ傷んでいたようだから、撤去した
んじゃないかしら。あの辺り、木も植えてあるし」
「ふうん……」
「それよりも、明後日、お葬式だから。帰って来られる?」
「うん。どうせ今、会社休んでるし、顔を出すくらいなら、何とかなる。叔父
さんや叔母さん、どんな様子? それに、兄弟達だって、ショック受けてるだ
ろうに」
「真也さん達は、今はまだ夢の中みたいな感じよ。気丈に振る舞ってるけれど、
あとからがっくり来て、放心状態になるんじゃないかと、心配で。できる限り、
私達が手伝ってあげなくちゃね。子供の方が、率直に感情が出てるわ。と言っ
ても、泣き叫ぶとかじゃなくて、表情が強張ってる。後々、心の傷にならなけ
ればいいんだけれど……」
 同意し、くれぐれもよろしく言っておいてと頼んでから、電話を切った。

 夏期休暇を利しての里帰りも終わって、社員寮に戻り、いよいよ明日からま
た出勤だという日の夜、神野は土産物の饅頭を夜食とした。
 電話の呼び出し音が部屋に小さく響いたのは、饅頭を頬張った瞬間だった。
 母親からであり、神野は先走って、「何? 忘れ物でもしてたかな?」と不
明瞭な口調で聞いた。だが、伝わらなかったらしく、「何言ってるの」などと
言い替えされる始末。やむを得ず、飲み込めなかった饅頭を口から引き出し、
包み紙の上に戻す。
 母の口調は忙しなかった。
「それより、信じられないでしょうけど、優一君が事故で亡くなったわ」
「え?」
「そっちではニュースでやってない?」
 自らを冷静にさせたいのだろうか、一言一句を明瞭に発音した母。
「ニュースは見てないから。何でまた……」
「川に落ちて。昨日、昼過ぎに遊びに出てから帰らなくって、みんなで捜して
たら、青年団の人が、優一君を見つけてね」
「信じられない……この間、遊んだばっかりだったのに」
「私も信じられないよ」
「叔父さん達の様子は? 何かこう、立て続けだし、心配だ」
「前と同じように、表面上は気丈に振る舞っているけれど、何しろ二人目でし
ょう? かなり辛いに決まっているわ。私達身内だけになると、泣き崩れてし
まうこともある」
「だろうな……他の子達も動揺してるんじゃないかな」
「あ、うん、そうねえ。でも、良二君はしっかりしてる感じ。一番上のお兄さ
んになったんだから、しっかりしなくちゃいけないという自覚が出てるのかも
しれないけれど」
「あんまり気を張りつめさせるのもよくないと思うよ。子供だからなおさら」
「うん。まあ、良二君は優一君と二人一緒で遊びに出て、途中で別れて帰って
来ただけに、責任を感じてるのかもしれないみたいね」
「そうなのかぁ。生きてる優一君を最後に見たのが、良二君だったかもしれな
い訳か」
 良二の気持ちが分かるような気がした。あのとき自分が、一緒に帰ろうと声
を掛けていれば、兄は助かったかもしれない……子供心にそう考えているに違
いない。
「そういえば、事故に間違いないの?」
「念のため、警察が調べているわ。何もなかったら明後日通夜で、明明後日が
葬儀になるんだって。おまえも参列できるかい?」
「明明後日か……帰省したばっかりだから、ちょっときついけど、帰れるよう
に努力するよ。ああ、江森の奴も行きたいと言うかもしれない。あいつ、結構
情に厚くて、前に健三君が亡くなったとき、どうして教えてくれなかったとど
やされた」
「そうね。四人の子達とよく遊んでくれたし、いい人に見えたし、かまわない
んじゃない?」
 神野は、たとえ数日遅れになっても、線香をあげに行こうと意を強くした。

「おかしい」
 江森が唸った。一日三本と決めているらしい煙草を、指に挟んだまま、腕組
みをした。かと思ったら、身を乗り出し、手前のテーブルの灰皿を引き寄せ、
ライターを取った。
「何がおかしいって?」
 神野は自販機横の屑篭に、空き缶を放ると、椅子に戻る。
 寮の談話室には、二人以外、誰もいなかった。
 蛍光灯がごくたまに明滅する下で、江森は煙草に火を着けた。さして味わう
様子もなく、煙を吐き出す。
「どこからどう見たって、おかしいじゃないか」
「叔父さんの子供が今年に入って二人、事故で死んだこと自体は、おかしいけ
れど、不幸な偶然としか言いようがない」
「それで納得してるのか」
「納得も何も……現実だよ」
 江森の憤慨が理解できない。神野は首を傾げた。
「常識的に考えてみろよ。同じ一家の子供が二人続けて、それも半年の内に死
ぬなんてことが、果たしてどの程度の確率で起きるのか」
「そんな確率は、計算では出ないだろ。統計値から、一応の確率は出るだろう
けど、当てにならない。暮らしている環境や個人の性格とかが、重要だ」
「おまえ、変なところで理系っぽいな。まあ、いい」
 煙草を灰皿に押し付ける江森。煙が真っ直ぐに立ち昇る。
「俺、あることを思い出したんだ。だから、気になってる」
「あることって、江森しか知らないような――」
「違う。おまえも知ってる。言ったのは俺だが、おまえも聞いていた」
 謎かけみたいな言い種に、神野の困惑に拍車が掛かった。それでも考えてみ
る。
「おまえと元川叔父さん達との接点は、年末年始のあのときだけだよな」
「焦れったいな。おまえの運転で、次男坊を送り届けてやったろ」
「ああ。覚えてるよ」
「あの車中、俺は言っちゃならないことを言ったのかもしれない。寝てると思
ってた次男坊が、本当は目覚めていたのかもしれない」
「……思い出した」
 思い出せなかったことが思い出せたときは、通常、すっきりとして、顔色も
明るくなるものだろう。しかし、今の神野は全く逆だった。洗剤を口に含んで
しまったような嫌な感覚に襲われ、表情に影が差す。
「あの、お年玉の額がどうこうってやつか。あれを聞いた良二君が……まさか。
そんなこと、あるものか」
「長男と最後に一緒だったのは、次男なんだろ」
「だから、良二君が優一君を死なせたって? 馬鹿々々しい」
「証拠はないが、否定もできまい。突き落とすぐらいなら、子供でもできるさ」
「おまえの見方を認める訳じゃないが、万が一、もし仮に、だ。良二君が優一
君を川に突き落としたとして、じゃあ、健三君の場合は、どうやったんだよ。
マラソンの練習に、こっそり付いていったとか言うんじゃないだろうな。同じ
時刻、良二君は学校にいたはずだ」
「たとえば、三男坊に、こう言い含めておいたらどうだ? 川沿いの道のある
地点――標識の下とか、分かり易い地点――を道路側に下った地面に、いい物
を埋めておいた。明日の体育の時間中に見つけられたら、おまえにやるから探
してみな、と」
「……そりゃあ、そう言われりゃ、一年生だものな。コースを突然外れて、土
手を駆け降りるかもしれない。だが、道路まで飛び出すか?」
「道路に出る間際の地面すれすれに、針金を張っていたとしたら? あるいは、
敢えて木の根っこがたくさんあるところを、問題の地点に選んだら?」
「ぐ、偶然性が強すぎる。そんないい加減な」
「小学生なら、この程度の計画でも不思議じゃない。それにな、プロバビリテ
ィの犯罪と言って、百パーセントではないが、うまく行けば死に至らせること
ができる、それでいて犯人は安全圏にいるというやり口があるんだ」
「お年玉のことだけで、兄弟を死なせる訳がない」
「俺達が気付かないだけで、仲が悪かったのかもしれないぞ」
「いいや。それはない。叔父さんや叔母さんの話を聞いていれば、分かる」
 意固地になって反論するが、どことなく空回りの気がする。
「仲がよくたって、これだけは許せないとか、譲れない、気に食わないなんて
部分があれば、どうだ? お年玉の額の話がきっかけで、一気に走り出してし
まった」
「江森さあ……自分で言ってて、恐くならないか? 嫌な気分になるのが普通
だと思う」
「ああ、俺の想像が当たっていたら、嫌な気分だ。だけど、確かめない訳には
いかない」
「どっちだっていいじゃないか。済んだことだ。万々が一にも、おまえの言っ
たことが事実を射抜いていたとしても、今さら……」
「直接聞かなくてもいい。来年のお年玉を、今年と同じ額にすれば、何か反応
があるだろう」
「……できるかよ。それに、喪中にお年玉って、変じゃないかな……」
「放っておいたら、次男坊は、最後の一人までやっちまうかもな。それでもい
いのか」
「馬鹿っ、あり得ない。何度でも繰り返すが、仮に当たっていても、二人まで
だ。お年玉が目当てなら、一人っ子になる必要はない。一人でも二人でも、同
じ額を出すと、おまえはあのとき言ったんだから」
「そうだったな――って、神野。おまえさあ、今の話、本気で聞いてたの?」
「は?」
 いつの間にか下を向いていた視線を戻すと、正面には、江森のにやにや笑い
があった。嘲っているのではなく、しょうのない奴だといった雰囲気を滲ませ
た表情だ。
 口を開けっ放しにした神野に、江森は新たに取り出した煙草を摘み、その指
で差し示してきた。
「真面目に聞いてたみたいだな。冗談に決まってるだろ」
「な……んだ。いや、俺も、そうかなと、薄々思ってはいたんだけど」
「嘘つけ。目つき、顔つき、口調、態度、ついでに貧乏揺すり、どれも大まじ
だったぜ」
「そ、そうか」
 慌てて顔をこする。
「何で、そんな質の悪い冗談を言ったんだよ」
「おまえが結構、深刻な感じに見えたからさ。自分では気付いちゃねえんだろ
うけど、ぼーっとしてるときが多くなってる。仕事でも、ミスが増え始めてた
しな。親戚の子供二人が死んだことに、影響を受けてるんだと思って、ちょっ
と言ってみたんだよ。ショック療法のつもりなんだが」
「ショックありすぎだよ……」
 事情を飲み込み、大げさに胸をなで下ろしてみせた神野。ついでに、大きく
吐息し、「母さんの血を受け継いでるからかな」と呟いた。
「何だそりゃ。どういう意味?」
「心配性だってことさ」
 自嘲気味に話し、肩をすくめた。

「元気出して行けよ」
 葬式には合わせられなかったが、線香を上げに戻って来た。そんな神野が良
二をつかまえて話を聞いたのは、やはり心配性だったせいに違いない。ただ、
良二がやったのかどうかを問い質すためでは、決してない。
「ところでさ」
 良二の遊び相手――キャッチボール――を務めながら、神野はいささか不自
然ながらも切り出した。ちなみに、四男・康四郎のゲームの相手は、江森がや
っていた。
「なーに?」
 存外、張りのある声で、力強くボールを投げ返してきた。乾いた音が、近く
の塀で反射したのか、よく響く。
「お正月のこと、覚えてるかい?」
「んー、だいたい」
「それじゃ、僕が車で送っていったことは?」
「覚えてるよ」
「気持ちよさそうに眠ってたなあ。ロボットの角がほっぺたに当たってて、痛
くなかったか?」
「ああ、あれ」
 ボールを握ったまま、投げずに腕を振り下ろした良二。グローブを填めた手
を下げた神野は、どうした?という風に、顔を覗かせた。
「あのときね、起きてた」
 悪戯を見つかったときの顔をするや、良二はキャッチボールを再開した。慌
てて構える神野だったが、取り損なってしまった。
 あのときの自分と江森との会話を聞いていたかどうか、それだけを確かめる
つもりだったが、あっさりと判明した。
 ボールを追い掛け、草むらから拾い上げると、投げることなく、神野は子供
相手に話し掛けた。
「起きてたのに、寝てるふりをしてたのか。何で?」
「寝てたのに、途中で目が覚めた。そしたら、お年玉の話してるのが聞こえた
から、面白そうと思って、寝たふりしてた」
「面白そうか……で、どんな話だったかは、覚えている?」
「うん。人数が少ない方が、もらえるお年玉が多い」
 思わず、グローブで頭を抱えた神野。まだ夏だというのに、うなじの辺りに
冷や汗を感じたのは、気のせいだろうか。
「そのこと……誰かに話した?」
 真相がどうであろうと、あのときのやり取りを良二以外の誰も知らなければ
いい。そう考えることで、おしまいにしようと、神野は考えた。
「話したよ」
「だ、誰に?」
「兄ちゃんや弟達に」
 一瞬、焦りを覚えた神野だが、続く台詞に安堵した。
「兄弟に話しただけ……?」
「あたりきしゃりきだよ。他の人には関係ない話だもんなあ。言ったって、し
ょうがない」
「そうか……。で、話したら、みんな、何て言ってた?」
「うーんと、あんまり覚えてないけど……えっと、兄ちゃんは、大人のじじょ
ーも分かってやれよって言ってた」
「……はは、は」
 疲れた笑いが、勝手にこぼれた。
 江森の冗談を引きずっていたために、ずっと悩んでいたのが、すっきりした。
この様子なら、江森の冗談はまさしく冗談だ。こんな小さな子が、兄弟を殺す
なんて恐ろしいことをするはずがない。
 確信が持てた神野は、改めて笑い声を立てた。と言っても、線香をあげに来
た身としては、派手にやらかす訳に行かなかったが。
「ねー、何してんだよー。ボール、早くー!」
 良二のすねた口調が、鼓膜を刺激した。

 年末を迎え、帰省支度を始めた神野に、母から電話があった。
「今度のお正月は、浮かれるんじゃないわよ。こんなのって、呪われていると
しか思えなくなってきたよ、私は」
「何か、投げ遣りだな。……まさか」
「そう。また」
「え……じゃ、じゃあ」
 思わず、康四郎君が?と口走りそうになったのを、辛うじて留める。だが、
脳裏には、これまでのことはやはり良二の仕業だったのか……という疑念が渦
巻いていた。ともかく、母の次の言葉を待った。
 ――それは、神野を絶句させるのに充分な内容だった。
「良二君が……。火鉢の火が、服に燃え移って」

――終





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