#389/598 ●長編 *** コメント #388 ***
★タイトル (AZA ) 11/11/25 00:02 (227)
お題>ゲームのルール>キーワード 下 永山
★内容
〜 〜 〜
ゲームは佳境を迎えていた。
七回戦の、そして残り時間から恐らく最後になるであろう相手は、学校一の
口達者と名高い二年生の勅使河原先輩。去年、一年生にしてイワザルゲーム準
優勝を飾った(優勝した三年生はもう卒業したからこの人が学校一だ)他、ス
ピーチコンテストで優秀な成績を収め、ディベートの模擬授業では先生をも圧
倒したと聞く。
他にもまだ退場していない参加者はいるらしいが、勝ち星の点で優勝の可能
性があるのは、六勝を挙げている僕と、七勝を挙げているという勅使河原先輩
の二人だけになっていた。ここで僕が勝てば、文句なしの優勝。二十分あまり
という残り時間なら、もっと与しやすい相手とぶつかって一勝を挙げ、同点優
勝を狙う方が可能性が高そうだが、マッチメイク権を握っているのは、実行委
員会だから仕方がない。それにやはり、直接対決してこそ盛り上がる。
「最初に宣言しておく。僕はいかなる追加条件も受けない。純粋に、キーワー
ドを言わせることで勝負を決したいからだ。ただ、時間の問題があるのもまた
事実。そこでだ、勝負開始後、我々は喋り続けることにしようじゃないか。沈
黙が十秒以上生じた場合、二人とも負けを認める」
当人は条件の追加を認めないと行っておきながら、随分縛りのきつい条件を
提示してきた。それも有無を言わせぬ調子で。
相手のペースに巻き込まれては、勝ち目は薄い。ここは断るべき。それも普
通に断るのではなく、少しでもペースを取り戻すための断り方をしよう。
「勅使河原さんがキーワードを言ってくれるのなら、その条件を受けますよ」
「ふふ、面白い。気に入ったよ」
勅使河原先輩は憤慨する様子もなく、にやりと文字が浮かびそうな笑みを見
せた。
「言ってやってもいい、と言ったらどうする?」
「ええ?」
混乱させられた。が、それは一瞬のこと。すぐに理解できた。
「そうかあ、『キーワード』って言うだけなら、何の痛手にもなりませんよね」
「ははは、その通り。ますます気に入った。察しがいいのは嫌いじゃないよ」
勅使河原先輩はそれから立会人の方を見た。委員は城ノ内という人に交代し
ている。ちなみに小柄な二年生女子。
「キーワードを発表して、勝負を始めてもらいたい。彼とは楽しめそうだ」
「分かりました。キーワードは『さんかしかく』。それでは勝負開始です」
極めて事務的に、城ノ内委員が告げる。僕は例の巻紙に記されたキーワード
を目で確認しつつICレコーダーの録音ボタンを押し、相手の出方を窺った。
「森本君。君のこれまでの勝ち上がりについて、知りたいな。どんな条件を追
加してきたんだろう?」
「……準優勝の勅使河原さん相手にそれを言うのは、手の内を晒すようで恐い
な」
「勝負の世界で謙遜は美徳にならないが、所詮は準優勝、一番ではないさ」
内心、どきりとする。というのも、所詮は準優勝云々のみを聞かされていた
ら、きっと僕は「ご謙遜を」と返していたに違いないから。心を読まれた気分
になる。
「長引かせたくないのは、お互い同じだろう。前言撤回して、条件の追加を受
け入れてもいい。森本君の提案を言ってみたまえ」
「……クイズを出し合って、自分は正解し相手が不正解だった場合に、相手は
キーワードを言わねばならないルールで、勝ったことがあります」
「クイズか。手っ取り早くていい。運の要素が低めなのもいい。だが、君の得
意なものを一方的に受け入れるのは不公平だ。クイズで勝負し、そのあと私が
提案する条件でもう一勝負。決着するまで、これを繰り返す。対等な勝負と思
うが、どうかな」
「そちらの条件を聞いてみないと、何とも」
「さほどややこしくない。カードを三枚用意する。一枚の裏にキーワードを書
き、あとは何を書いてもいい。三枚を伏せ、一枚を相手に選ばせる。攻守交代
して同じことをやったあと、キーワードを自らが選んでしまい、かつ、相手に
キーワードを選ばせることができなかった者が負けだ。君の得意なクイズと組
み合わせて、四つの関門をクリアした者が勝者になる。
それともう一つ、付け加えたい条件がある。これはクイズ、カードどちらに
も適用したんだが、一度使った戦略の再使用は当人であろうと相手だろうと一
切認めないことにしたい。どうかな」
時間の短縮という目的からすると、煩雑な仕組みは真逆だが、強敵と闘うに
は関門が四つあるというのは落ち着いて闘える状況と言えなくもない。
戦略の再使用禁止というのは、どうだろう。たとえば僕がこれまでに使った、
キーワードを含む正解やローマ字逆読みといった作戦が、それぞれ一度しか使
えないことになる。その一方で、相手に真似をされると困ることもある。禁止
は一長一短か。まあ、一度なら使えるのだから、応じてもかまわないと判断し
た。
「受けます。ただ、順番を入れ替えて欲しいですね。先にカードのやり取りを
体験しておきたいんです」
「分からないな。クイズで勝利して精神的に優位に立った上で、次に進む方が
いいとは考えないのか。まあいい。森本君の自由だ」
条件の追加が承認され、次いで白紙のカードとそれを置くための机が、城ノ
内委員の手によって用意された。どうやら前回準優勝者の特権で、前もって準
備させておいたらしい。机を往来の邪魔にならない場所に設置したあと、クイ
ズの解答及びカードの選択にかけていい時間は、クイズが三分、カードが一分
に決まったところで、本格的に勝負スタート。
「では、私が先にカードにキーワードを書く。三枚のカードが机に置かれてか
らカウントダウン開始だから、森本君は早く選ぶことだ」
それから僕は、後ろを向かされた。無論、先輩が書くところを見ないように
するため。カードにちょろっと書くだけにしては、随分待たされるなと感じ始
めた頃に、ようやく「いいよ」と声が掛かった。
「さあ、選びたまえ」
勅使河原先輩は、机に並べられたカードの上で、右手をさっと振った。
「ん?」
予想外の光景に、僕は思わず唸る。瞬きの回数が多くなった、と自覚したの
は少し経ってから。
カードは三枚全てに、『さんかしかく』と書いてあったのだ。
「これ……?」
「裏表を間違えたのではないし、キーワードを書き間違えたのでもない。さっ
き取り決めたルールを思い返して欲しい。一枚のカードの上にキーワードを書
きさえずれば、あとは何を書いてもいい。そして、キーワードの書かれたカー
ドを選んだら負けだ」
「そんな。絶対に勝てないじゃないですかっ」
「当然、これは今回限りの戦略だよ。ルールの盲点を突くというね。次回、君
が書く番からは、キーワードを書いていいカードは一枚のみになるだろう。で
なければ、ゲームとして成り立たない」
「……」
きたない、という言葉を飲み込んで、僕は真ん中のカードを選んだ。そうい
うやり口が認められるのなら、いくらでもやり用はある。
僕は次の回、思い付いた策を早速実行した。
一枚のカードの裏に『さんかしかく』と書き、残る二枚の裏には『キーワー
ド』と書いてやった。これはルールの抜け穴を利した戦略であり、先ほどとは
違う。 実際には、勅使河原先輩は一分経過ぎりぎりまで考えた挙げ句、『さ
んかしかく』と書かれたカードを選んだ。が、あとの二枚には『さんかしかく』
と書かれていないことを明らかにしなければいけない。僕がめくった。
「……面白い!」
文句一つ言わず、悔しがる表情の片鱗すら見せずに、勅使河原先輩はこの回
の負けを受け入れた。こういうやり取りが好きなのだろう。
「最初のカード選択は引分けだな。クイズ勝負はどうする? 先ほどの順番を
守って、私から出題かな。それともお手本を示してくれるかい?」
「僕から出します。もう考えておいたので、行きますよ。『肉食獣・野菜チー
ムと草食獣・果物チームが野球で対戦した。肉食獣・野菜チームが二点リード
で迎えた九回裏。草食獣・果物チームの攻撃もすでにツーアウト。しかも出塁
ランナーなしも、迎えるバッターは八番インパラ。応援する誰もが万事休すと
感じる中、インパラは奇跡の一振りでホームラン。試合はそのまま草食獣・果
物チームのさよなら勝ちとなった。どういうことなのか、説明してほしい』と
いう問題です。なぞなぞみたいなもんです」
「……」
問題文をメモに取っていた先輩は、その書き付けた紙を手に持ち、じっと視
線を落としていた。横手では城ノ内委員が時間を計っている。
先輩はなかなか答えなかった。最初は考え、悩んでいるのだろうと思ってい
たのだけれど、どうも変だと気付いた。先輩の視線は、メモ書きよりも、手首
の腕時計によく向けられているようなのだ。制限時間の経過なら、城ノ内委員
が三十秒ごとに知らせてくれているのに。
「残り三十秒」
委員の声が掛かる。でも先輩は黙ったまま。それは十秒を切ってカウントダ
ウンが始まってからも変わらず、とうとうタイムアップになった。
「ちっとも分からないな。正解を教えてほしい」
悔し紛れなのか、笑みを浮かべながら求める先輩に、僕は答えようとした。
が、「いや、やっぱり自分で考えて答を見つけたい気もする。待ってくれ」と
手を翳して制する勅使河原先輩。そこへ城ノ内委員が割って入り、「問題とし
ての正当性を確かめたいので、出題者の口から正解を聞かないといけません」
と告げる。僕は多少のいらだちを覚えつつ、答の説明をした。
「答は――何ら不思議な点はない。何故なら、最終回の攻撃で草食獣・果物チ
ームは、ツーアウトの時点でランナーに梨と鹿が出ていた。『鹿も出塁、ラン
ナー梨も』ということですから。そこへホームランが飛び出せばスリーラン。
三点入って逆転さよなら勝ちは当然です」
「なるほど。よく分かった」
これまたあっさりと受け入れる勅使河原先輩。少しぐらい抗議してもおかし
くない、強引ななぞなぞなのに。
「じゃあ、勅使河原さん。今度は問題を出すのをお願いします」
「まあ、待ってくれ。森本君ほどクイズは得意じゃないんだ。ましてや、作る
となるとね」
「自作じゃなくても、知っている中で難しいクイズを出してくれれば、それで
かまわないんですよ」
「そうか。では記憶の糸をたぐって思い出すとしよう」
と言って腕組みをして、いかにも考えている風に首を捻るポーズを取る。
僕は焦れて、天を見上げた。その途中、校舎の時計塔が視界に入る。
――あ。
分かった! 勅使河原先輩の狙いは、時間切れなんだ!
無理に勝負に行かなくても、あとおよそ十分間粘れば、勝ち星一つの差で逃
げ切れる。冒頭、いきなり宣言を始めた段階で、この人は時間切れに持ち込む
ことを念頭に置いていたのかもしれない。何という狡猾さ。
条件提示の際、出題するまでの時間に制限を設けなかったのが悔やまれる。
常識外れの長考は実行委員から注意が与えられ、早くするように促されるだろ
う。だが、それを待っていては、この回にクイズで勝利を収められたとしても、
次のカード勝負が済む前に、時間切れになる可能性が高い。
どうにかしなくては。必死に考える僕の前で、先輩はまだ問題を考えている。
いや、恐らくははそのふりだけだ。だって今、勅使河原先輩の目がちらとこち
らを見て、笑った気がする。
畜生っ。時間はどんどん過ぎる。残り七分を切り、やっと城ノ内委員が忠告
を出してくれた。
「解答時間に三分を与える必要があるし、このあとまだ勝負が続くので、すぐ
に出題してください。思い浮かんでいなくとも、出題しなければいけません。
たとえば簡単な足し算問題でも」
「しょうがない。それじゃあ……『ばら』を漢字で書け。あ、だめだ。僕も書
けるかどうか自信がない。うーん、『りんご』にしよう。『りんご』を漢字で
書け。これでいいだろう?」
僕は余計なお喋りをせず、生徒手帳を適当に開いて『林檎』と書き、そのペ
ージを破くと、相手と委員に見えるように机に置いた。
「こりゃ驚いた。早いな。正解」
芝居がかって話す勅使河原委員の前で、僕は携帯電話を取り出した。心当た
りに電話を掛け、ある人の電話番号を知っていないかを聞く。幸い、知ってい
たので教えてもらう。対戦相手と城ノ内委員が何か言っているが、今はこの電
話が僕の“生命線”、かまっている余裕がない。
教えてもらった番号に電話し、相手が出るや、用件を述べる。
「上塩入さん、お願いがあります。可能ならばすぐさま――」
細かい指示を早口で伝えると、やってみるという返事があった。
残り時間五分ちょうど。
カード選択の勝負が始められた。今度は先に僕がカードを選ぶ側になった。
先輩はさすがにカードにキーワードを書くだけの行為にじらし戦法は無理が
あると判断したのか、それとも最早時間切れを確信しているのか、手早く書き
終えた。
油断ではないのだろうけれど、筆圧が高く、どれにキーワードを記したのか
は比較的容易に分かった。僕は素早くその一枚を選び、自ら裏返した。高い筆
圧は引っ掛けではなく、ちゃんと『さんかしかく』とあった。
「素晴らしい。これで僕は追い込まれた訳だが……果たして次のカード選択の
勝負、最後までできるかな? 午後四時まで一分を切れば、僕がカードを選ぶ
制限時間を使い切ることで時間切れは確定し、この勝負は引き分け。自動的に
僕の優勝になる。あと――」
腕時計を見ながら喋っていた勅使河原先輩は、「五秒だ。四、三、二」と続
けた。僕はカードのセッティングを急ぐ。
「――ゼロ。城ノ内委員、まだカードを選ぶ時間のカウントダウンは始まって
いないよね?」
委員はこくりと頷いた。先輩は片手で軽くガッツポーズを取る。
「よし。終わりだ。いい勝負だった」
僕はやめない。カードを選ぶように仕種で促す。
「あきらめが悪いのはよくない。何と言われようと、僕は選ばないよ。――ほ
ら、時間切れだ」
自身の腕時計の文字盤を、右手人差し指でこんこんと叩く先輩。が、その後
ろから城ノ内委員が静かに言った。
「――いえ、まだです。終了時刻まではあと――」
どれだけ時間が残っているかを言おうとする城ノ内委員だけれども、その顔
は困惑がありありと浮かんでいる。彼女の目線は本校舎の時計塔に向いていた。
僕は確信した。上塩入さんが間に合ったのだと。
僕は学校の施設を管理する立場のあの人に頼み、時計塔の時計を操作しても
らった。
その針がイワザルゲームの終了時刻を示さないよう、逆回転させることを。
「馬鹿な!」
時計塔を見て、勅使河原先輩が叫ぶ。すぐさま、城ノ内委員に食って掛かっ
た。
「あの時計は故障したに違いない。すぐさま第三会議室の時計で正確な時刻を
確かめてくれたまえ!」
「――いえ、その必要はありません」
城ノ内委員の淡々とした物言いに、勅使河原先輩は「何故だっ?」と絶叫気
味に言った。去年の準優勝者らしくない、感情的な物腰だった。
「ルールでは、本校舎の時計塔がだめな場合、実行委員会のある第三会議室の
壁時計を代わりとするはずだが?」
彼の猛抗議に、城ノ内委員は即答はしなかった。相手が落ち着くのを待って
から、見解をゆっくりと諭すように述べた。
「その措置は、本校舎時計塔の時計が止まったときに限ります。現在、あの時
計は止まってはいません」
――終わり