AWC お題>ゲームのルール>キーワード 上   永山


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#388/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  11/11/24  23:55  (386)
お題>ゲームのルール>キーワード 上   永山
★内容
 受付窓口で保証預かり金を納め、正式なエントリーを済ませた僕は、早速、
初戦の相手と引き合わされた。面識のない男子生徒で、ほっとする反面、一年
先輩の二年生だと知り、不安も起きる。複雑な心境だ。
 これから僕と彼は、私立鶴波学園学園祭名物・イワザルゲームで闘うのだ。
 知らない人や、外部から学園祭に来てくれた人のために、ルールを簡単に記
しておこう。まず……相手にキーワードを言わせたら勝ち、一勝とカウントさ
れる。負ければ退場。それ以降はゲームに参加できない。今日の昼一時から夕
方四時までの三時間に何勝を稼げるかを競い、最多勝利の者が優勝となる。
 キーワードを言わせるのに暴力は禁止。ただし双方が合意すれば、格技の授
業にある柔道か剣道で勝負を決するのは認められている。もちろん、他の平和
的な体力勝負、徒競走とか腕相撲なんかは可。要するに、双方が合意すれば勝
利条件を追加してもOKってことだ。たとえばキーワードを増やすとか、じゃ
んけんで決めるとかでもいい。優勝賞品は三万円分の商品券。どちらかという
と名誉の方が大きい。だからこそ名物とされ、代々続いているのだろう。
 ルール説明に戻ると、キーワードは実行委員会の抽選によってランダムに決
められる。キーワードを言わせたかどうかの判定は、審判がいる場では審判に
直接聞いてもらうが、長期戦が起き得る故、審判不在の場合もある。そんなと
きのために、実行委員会支給のICレコーダーに録音する。エントリー時の預
かり金は、このICレコーダーの分だ。競技終了後に返却すれば、お金が返っ
てくる。
「実行委員の花芝だ。互いの紹介を兼ねて再度確認するが、二年生の鴻池君に
一年生の森本君で間違いないな?」
 相手は「ああ」と言い、僕は黙ってうなずいた。
「スタート時刻が迫っているので、そろそろキーワードの提示と行こう。なお、
時刻は本校舎時計塔の表示に従うが、何らかのトラブルにより同時計が止まっ
た場合は、実行委員会のある第三会議室の壁時計を代わりとする」
 僕は腕時計と携帯電話、それぞれの表示時刻を本校舎の時計と比べ、合って
いることを確かめた。
「それでは、キーワードは……これだ」
 花芝委員ははだけた学生服の懐から、真っ白な封筒を取り出した。ご丁寧に
も、封蝋されている。手早く開けられ、中から一枚の、やはり白い紙が現れた。
三つ折りにされたその紙を広げ、内容が僕らに示される。
『ねすこ』
 ネス湖か。平仮名で記されるのは、同音異義語でも認められるからだろう。
「覚えたな? 立会人なき場で相手にこれを言わせ、録音に成功したときは、
速やかに実行委員会に知らせるように。勝利確定の後、次のマッチメイクを行
う。――もうすぐ十三時のチャイムだ。健闘を祈る」

「よろしくお願いします」
 とりあえず、僕は先輩に敬意を表し、先に頭を下げて挨拶をした。無論、レ
コーダーは録音状態にしてある。相手もそうに違いない。ちなみに録音を始め
ていいのは、勝負開始が告げられて以降とされている。
「森本君は、本気で優勝を狙っているのかい?」
「そりゃそうです」
「結構。去年も参加したんだが、最初の相手が最悪だった。一年女子でお遊び
で参加したんだな。ゲームそっちのけで、彼氏と二人であちこち見て回るもん
だから、こっちは大変だった」
「どうしたんです?」
 僕らはどこへ向かうともなしに、歩き出した。花芝委員も今のところ、着い
て来ている。
「しょうがないから、二人の邪魔をするようなことを仕掛けた。じきに相手は
鬱陶しがって、キーワードを言ってくれたよ」
「なるほど。そういうのもありなんですか」
「ああ。ルール上、脅迫や買収だって禁じられてはいない。――そうだ。初参
加の君のために、勝負に入る前にルール確認をしておこう」
「ルール確認?」
 目の高さを赤い風船がすれ違う。下を見ると、小さな子が風船の紐をしっか
り握り、在校生女子のあとをちょこちょこと追い掛けていた。
「この勝負、どうすれば勝ちになるのか、言ってみな」
「どうすればって、基本的には、こうして話をしながら相手にキーワードを言
わせたら勝ち、ですよね」
「そのキーワードって何?」
「それは――」
 おっと。
「人が悪いなあ、鴻池先輩。引っ掛かりませんよ」
「だめか。実は去年、この手でやられた」
「上級生から?」
「ああ。三年生で口がうまく、美人だった」
 色香に惑わされたということだろうか。このあと、もしも美人と当たったら
気を付けよう。
「先輩。条件付けを提案したいんですが、いいですか」
 僕はキーワードが提示されてから、作戦を考えていた。思い付いた策を試し
てみよう。
「聞いてみないと、イエスともノーとも言えないな」
「クイズを出し合うんです。自分が相手の出題に正解し、自分の出題に相手が
答えられなかったら勝ち。相手は負けを認めて、キーワードを口にする」
「面白そうだけど、キーワードが答になるクイズを出すのも認めるのか」
「“ネッシーがいるとされる英国の湖は?”とかですか。そういうのはなしに
しましょう。でも、クイズのやり取りとは別に、もしキーワードを言ってしま
ったら、その時点で負け。クイズは無関係になるってことでどうでしょうか」
「……分かった。自分から言い出すぐらいだから、クイズに自信があるんだろ
うが、早く決着するにはいい方法かもしれない。こっちも得意だしな。同意す
る」
 鴻池先輩と僕は立ち止まり、後ろを振り返った。沈黙したまま立ち会いを続
けている花芝委員に、勝負の追加条件と同意したことを伝える。ただちに承認
された。ただ一つ、こう付け加えられた。
「クイズの正当性に関して、解答側から異論が出た場合、私が判断する。また、
解答の制限時間は原則二分とするが、問題の傾向によっては延ばすこともある
とする。かまわないな?」
 異存はない。出題順の決定はじゃんけんで行われ、先輩が先行になった。
「森本君がクイズマニアなら、一般的な知識を問う問題よりも、ディープでマ
ニアックな問題の方が答えにくいと思うんだが、何が不得手なのか分からんか
らなあ。最初に出すなら、ここは常套手段で……よし、問題。第一回流行語大
賞はまるきんまるび、では第二回は?」
 なるほど。常套手段というのは、僕が生まれる遙か昔のことを出題するって
意味か。しかし、鴻池先輩はどうしてそんな昔の流行語大賞を知っているのや
ら。
「えっと、『現代用語の基礎知識』か何かが選定するやつですか、それって」
「ああ。テレビやネットでも話題になる、有名なあれだよ」
「……全然確信ありませんけど、答えないと損だし。実は、日本史の授業中、
原先生が余談で言っていた気がするんですよ」
「日本史?」
 片方の眉をつり上げ、怪訝がる表情をなす先輩。僕は探り探り――その実、
ある程度の自信を持って――答を口にした。
「イッキじゃありませんか? 一気飲みを呷るコールの」
「せ、正解」
 認める鴻池先輩。歯ぎしりが聞こえそうだ。
「そうか、日本史の授業って一揆か。つまらん駄洒落を」
 原先生の悪口が始まりかねない雲行きに、僕は先を急ぐことにした。時間を
なるべく掛けたくない。
「あの、次はこっちが出題する番ですけど、もういいですか」
「あ? ああ、そうだったな」
 追い込まれていることを思い出した、そんな風に鴻池先輩は表情を引き締め
た。僕は時計をちらと一瞥し、早速出題する。
「では、行きます。国際連合教育科学文化機関の略称は?」
「クイズと言うよりテスト問題みたいだな。簡単だ、ユネス――」
 即答しようとしていた先輩が、はたと黙る。気付いてももう遅い。僕がさっ
き正解した時点で、僕の勝利は確定している……と思う。先輩は、クイズに正
解できなければ負け。「ユネスコ」と正解を答えても負け。何故なら、「ねす
こ」が含まれているから。
「だめだ、やられた」
 抜け道を探していたらしい鴻池先輩だったが、やがて花芝委員に向かって、
「ねすこ」と言った。そして負けの宣告を受け入れた。

 次の対戦相手と引き合わされるまでに、およそ十分間、待たされた。
「あら。森本君だ」
 目の前に現れたのは、幼馴染みで同級生の倉田さんだった。思わず出そうに
なった動揺の呻き声を、手のひらで口元を覆うことで押さえる。まさか、僕が
好きな子も参加しているとは。
「キーワードは……これだ」
 僕の気持ちなんかお構いなしに、花芝委員はキーワードを発表した。
 示された文字を認識し、僕は今度こそ動揺の呻き声を漏らした。その上、思
わず読んでしまいそうになったが、さすがに歯止めを掛けることができた。
『あいらぶゆう』
 僕は花芝委員の方を向いた。
「本当に抽選で決めてるんですか?」
「正直なところ、たまに恣意的にキーワードを決めることはある。ついでに、
組み合わせについてもね。尤も、今回がそれに該当するかどうか、自分は関知
していない」
 当たり前のように、そんな答が返ってきた。うーむ。このゲーム、侮れない。
僕の個人情報が実行委員会に漏れ伝わっているのかも。
「それではスタートだ。健闘を祈る」
「早速だけど、条件の追加を提案するね」
 実行委員の合図の言葉が終わるや、倉田さんが切り出した。彼女の方は、こ
のキーワード設定に全然動揺していないらしい。僕はレコーダーの録音ボタン
を押しつつ、相手の話に耳を傾ける。
「難しいことじゃないわ。ゲームを三本先取に変えるの。このキーワード、英
語だとすれば、三つの単語に分解できるでしょ。それを、じゃんけんで負ける
度に、順番に言うっていうのはどう? レコーダーに録音して、ひとつなぎに
すればキーワードの完成」
「つないだ音でも認められる?」
 花芝委員に尋ねた。腕組みをして楽しげに見守る彼は、短く「イエス」とだ
け答えた。それから思い出した風に付け足す。
「ただし、『あ』や『い』といった一音だけをつぎはぎしたものは、認めない
こととしよう」
 そりゃそうだ。僕は倉田さんへと向き直り、考えながら答える。
「時間短縮になるのはいいとして、じゃんけんじゃ運任せの部分が大きすぎる
ような……」
「じゃんけんには拘ってない。そっちの提案を聞いて、問題なければ、変更し
てかまわないから」
「じゃあ……」
 考えどころだ。じゃんけんでは運の要素が強すぎるから論外なのは当然だが、
一回戦と同じクイズでいいのかな? 倉田さんとは今でも会話する方だ(対女
子という範囲で)が、クイズが得意かどうかは分からない。小学校時代まで遡
っても、クイズのやり取りをした記憶が……ない。ということは、クイズに関
心がないから話題に上らなかったと考えていいのか?
「意見があるのなら早く。そうだな、あと一分沈黙を続けると、相手の条件を
受け入れたと見なすよ」
 花芝委員に急かされ、結局、クイズを提案した。一回戦、これで勝ったんだ
し、験がよかろう。倉田さんもこの提案を飲んだ。
 委員が決めたルールは、制限時間や、キーワードが答になるようなクイズは
だめという点は一回戦と同じ。出題者は正解された場合、解答者は正解を答え
られなかった場合にキーワードの一部を言わねばならない点が異なる。前回は
一問ずつ出し合ってともに正解、もしくはともに不正解だったときは、キーワ
ードを口にしなくてよかった。今回は先攻が若干有利かもしれない。難問を出
し続ければ、そのまま押し切れる可能性が高い。
「出題する順番は、じゃんけんで決めてもらう」
 じゃんけんぽん――負けた。ショックだ。
 頭を掻く僕の前で、倉田さんはしばらく考えていたが、やがて言った。
「えっと、じゃあ、これで。お笑いコンビオリエンタルラジオの二人が行う代
表的なギャグと言えば何?」
 簡単なクイズにほっとしたのも束の間。
「ぶ――」
 危ない危ない。僕が一回戦で用いた手口にそっくりなのに、引っ掛かるとこ
ろだった。『武勇伝』と答えたら、『あいらぶゆう』の『ぶゆう』として使わ
れる。
 答えなければ『あい』だけで済むのだから、ここは不正解の道を選ぶべきか。
ただ、すでに『ぶ』を言ってしまったので、文字数に差はないことになる。で
は正解を答えて、相手に『あい』と言わせるのがましだろう……。
 そこまで考えたが、ふとあることが閃き、正解しない方が賢明だと結論づけ
た。
「分かりません」
「え? 本気で言ってる?」
「いや、作戦だけど。そういう訳で、『あい』。録音した?」
 キーワードの一つ目の単語を口にした僕は、花芝委員に顔を向けた。
「クイズの正解を出題者の口から聞きたいんですけど……」
「確かに、道理だ。クイズの出題者が正解を知らない問題を出すのは、許され
ない」
 この展開を、倉田さんも予想できなかったらしく、目をしばたたかせてしば
しぽかんとしていた。次いで唇をかむ仕種を見せた(かわいい)かと思うと、
やおら、生徒手帳とペンを取り出し、空白のページにさらさらと字を書き付け
た。それを僕の方に向ける。
 そこには当然、『ぶゆうでん』と記してあった。
「これが正解よ」
 残念。うまく逃げられた。と同時に、僕も書く物を用意する必要があるなと
思い、手帳とペンを取り出そうとした矢先、花芝委員が口を開いた。
「これ以降、キーワードの一部が答になるクイズも禁止する。理由は簡単、見
ていて面白くない。同傾向の出題を続ければ、先手必勝だ。必勝法があるゲー
ムはゲームではない」
 勝負の途中ではあったが、尤もな理由であったので、僕も倉田さんもこれを
受け入れる。
 このあとは純粋にクイズ勝負になる。
 先制を許した僕だったが、次の出題で巻き返し、『あい』と言わせることに
成功。続く倉田さんからの出題には正解し、『らぶ』を言わせた。
 逆転してリーチを掛けた僕は、一気に決めるつもりで、とっておきの問題を
出した。クイズと呼ぶよりも、パズルと呼ぶ方がふさわしいだろう。
「では問題。3−3=4が成り立つのはどんな場合が考えられるでしょうか」
 言い終わって相手を見ると、倉田さんは意外そうな顔をしていた。
「それでいいの?」
「うん?」
 変な返しに、僕はきっと怪訝がる表情をしていただろう。その間隙を突くか
のように、倉田さんは素早く答えた。あとから思えば、問題を変更されるのを
避けたかったのかもしれない。
「図形だよね。三角形の角の一つから小さな三角形を切り落とすと、台形、つ
まり四角形になる」
「せ、正解。よく分かったね、こんな短い時間で……」
「だって、小学生のとき、森本君が私に出したパズルよ、これ」
 がーん。
 忘れてた。小学生時代に倉田さんとクイズを出し合う仲だったっけ? そん
ないい思い出を忘れていたことにもショック。傷心の僕に、倉田さんの追い打
ち、「はい、キーワードを言って」と促された。この失敗とショックを早く忘
れようと、早口で応じた。
 と、そのとき気付いた。倉田さん、確か今、「キーワードをゆって」と言っ
たような……。記憶が刺激され、脳裏に閃きが走る。こんな手で勝利と認めら
れるかどうか、それに倉田さんにこんな勝ち方をしていいものなのか。
「花芝委員! キーワードが完成したので聞いてください」
 結局、勝利を優先した。挙手して、ICレコーダーを示す。
 倉田さんの目が見開かれるのが分かる。努めて気にしないようにし、レコー
ダーを操作した。
『あい』『らぶ』『ゆう』
 断片をつなぎ合わせたため、いささか間延びしており、アクセントというか
イントネーションはひどいものだったが、倉田さんの声がキーワードを確かに
言った。
「いつの間に三つ目まで」
 倉田さんの疑問に、僕は再びレコーダーを操作した。該当部分を再生する。
『――じゃんけんで負ける度に、順番に言うっていうのはどう?――』
 ここの「順番に言う」、これを使った。倉田さんは「言う」を「ゆう」と発
音する人だったのだ。僕の方も二回戦が始まってから、「ゆう」と発音したか
もしれない。早く気付いた者勝ちと言えよう。
「事前に、つないだ音でも認めると約束したことでもあるし、何ら問題なし。
この勝負は森本君の勝ちとする」
 宣告を受け、ほっとすると同時に、倉田さんの顔をちらと見た。半ば、恐る
恐る。
「おめでとう。次も頑張って」
 笑顔で激励された。今度は心底ほっとした。嫌われていないと分かっただけ
で今は充分。
 倉田さんは携帯電話を取り出し、誰かと話している。多分、友達にゲームが
終わったことを告げているのだろう。そしてこのあと、学園祭を楽しむに違い
ない。
 立ち去る間際、彼女の声が学園祭の喧騒にまぎれ、僕の耳に届いた。
「森本君がもし優勝できたら、さっきのキーワード、ちゃんとした形で言って
あげてもいいかな、なんて」

 ふわふわした気持ちで、三回戦に臨むことになってしまった。いかん。頭を
振って、気合いを入れ直す。
 今度の対戦相手は、生徒ではなかった。用務員のおじさん、というと失礼に
なるくらい若い、用務員のおにいさんといったところか。言うまでもないが、
用務員の仕事は校舎の夜間見回りやごみの管理だけでなく、施設や機械類の整
備まで含まれる。言い換えると、その分野の専門的な技術・知識を身に着けた
相手なので、クイズ勝負は避けた方がいいかもしれない。
「上塩入(かみしおいり)だ。よろしく」
 相手は快活な調子で言った。これまで気にしたことがなく、何とも思わない
でいたけれど、いい声をした人だ。見目もよく、二枚目役者で通りそう。
 僕も名乗って、それから花芝委員に尋ねた。
「あの、対戦する者同士の勝利数は、バランスが取れているんですか」
「確実ではないが、序盤戦では、なるべく揃えるようにしている」
「どうも。ということは……」
 スタートしてまだ一時間半も経っていない。上塩入さんも相当強いと見るべ
きだ。
「私も勝負の前に、質問しておきたいのだが、いいかな」
 上塩入さんが言った。
「答えられる範囲でなら。どうぞ」
「現時点で、最も勝ち星の多い者は何勝で、何名いるのか。教えてもらえるだ
ろうか」
「何名いるかは無理だが、勝利数なら、先ほどマッチメークのために本部に寄
った折、確認済み。その時点では、三勝が最多となっていました」
 大人相手であるせいだろう、花芝委員の話口調が、時折丁寧になる。
「返答をありがとう。三勝か。なら、まだまだスピードアップを心掛けないと
いかんな」
 上塩入さんは、僕を見据えてきた。相手の方が頭一つ分、背が高いため、見
下ろされる格好になる。
「森本君。これまでに君も多分、二勝を挙げているんだろう。お互いに勝ちパ
ターンがあると思う。追加条件を駆使したパターンであるなら、とりあえず、
それぞれの条件を言ってみるというのはどうだい」
「えっと、クイズです、僕の場合」
 早口で言われて、考える間もなく返事してしまった。
「私はしりとりだ。さっきは『ストロベリー』と『シェイク』を言わせて勝っ
たんだよ」
 キーワードを念頭に置いた状態でしりとりを始め、矢継ぎ早に『す』で攻め
られたら、思わず言ってしまうのかもしれない。
「そろそろキーワードを発表して始めたいが、いいかな? 我々立会人の交代
時間の兼ね合いもあるし」
 花芝委員が言った。異存はない。
 キーワードは『なし』。
 これは――短い。短すぎる。迂闊に喋ることができなくなるレベルだ。そう
思っている間に、委員の掛け声で対戦スタート。
 上塩入さんも思いは同じらしく、黙り込んでいる。片手を顎の辺りにかざし、
何か上策がないか考える風に見受けられた。
 僕もまた考える。そして、とりあえず、倉田さんのことを思い出して、ペン
と手帳を取り出した。開いているページに、追加条件について記述する。
「追加条件の提案で。これ」
 なるべく短く喋って、委員と対戦相手に意思表示し、生徒手帳の記述を見せ
た。
“しりとりを受けてかまいません。ただし、僕が単語を言い、次に上塩入さん
が十秒以内に答えてしりとりを終わらせる。これを三十回繰り返し、上塩入さ
んが全てクリアできたら僕は負けを認め、キーワードを言います。どうでしょ
うか”
 長めの文章を読み終えた上塩入さんは、僕に手帳を貸すよう、身振りで示す。
手帳とペンを渡すと、何やら書き始めた。じきに返事を見せられた。
“確認。しりとりを終わらせるとは、『ん』で終わる単語を答えることか? 
たとえば君が『空手』と言ったとして、私が『天丼』と答えれば一つクリアに
なるのか?”
 僕は大きく頷いた。まるでジェスチャーゲームだ。
“確認。リーダーのような『ー』で終わる単語は何をしりとりすればいいのか。
同様に、ペルシャのような小さな字で終わる単語は”
 僕は手帳を返してもらい、返事を書き付けた。
“どちらでも好きな方でかまいません。リーダーなら『だ』『あ』両方OK。
ペルシャなら『や』『しゃ』両方OK”
「了解。応じる」
 しりとりに自信を持っているだけあって、上塩入さんは快諾した。花芝委員
にも了承され、彼は腕時計を外して持ち直した。秒数を計るためだ。
「では改めて――スタート」
「にし」
「しきん」
「さかな」
「なんきん」
「まめ」
「めいん」
「らんかすたー」
「たーざん」
「らんかしゃー」
「――やきん」
 にやっと笑う上塩入さん。
「しない」
「いでん」
「かない」
「いこん」
「なかい」
「いごん」
「ながい」
「――いらん」
「さらい」
「いぜん」
「たらい」
「いんげん」
「まさい」
「いしん」
「とろい」
「いさん」
 僕は単語を言うのを中断し、花芝委員に顔を向けた。
「こういうのも認めてくれるなら嬉しいんですが」
 録音していたICレコーダーを停止し、今し方、相手の言った単語を再生す
る。当然、『いさん』という音声が流れた。
「これがどうかしたのか」
 訝しむ上塩入さん。僕は黙ったまま、最前の単語を逆再生してみせた。
『なし』
 アクセントは無茶苦茶だが、間違いなくそう聞こえた、はず。
 僕は上塩入さん、花芝委員両名の顔を見やった。先に口を開いたのは、花芝
委員の方。
「なるほどね。言葉を逆再生すると、ローマ字で記述したものを後ろから読む
のと同じ音になるんだっけか」
「そうか。『いさん』はISANで、逆から読むと『なし』になる」
 上塩入さんが感嘆したように言った。
「認められますか」
 僕が判断を仰ぐと、花芝委員は困った表情を露わにした。
「何しろ、初めての事例。軽々に断を下せることでは……」
 と、本部に連絡を取ろうとする素振り。そこへ上塩入さんが言った。
「認めてやりなよ。私は認める。見事に引っ掛けられたもんな」
「そうですか」
「もし仮に認められないとしても、私の負けは動かない。さっき、思わず『な
し』と言ってしまったからな」
 そうして苦笑する上塩入さん。僕と花芝委員は、一拍遅れてそのことに気付
いた。
「このあともがんばれよ。応援するぞ」

――続く




 続き #389 お題>ゲームのルール>キーワード 下   永山
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