AWC 最後に残るのは? 3   永山


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#385/598 ●長編    *** コメント #384 ***
★タイトル (AZA     )  11/07/01  00:08  (333)
最後に残るのは? 3   永山
★内容

「おまえら! 用意はいいか? 今度は八人だ。早い順に八人までだから、せ
いぜいがんばれよ!」
 マンソンはすっかり調子付いていた。ルークに言われた通りにやれば、楽々
勝ち抜ける。その安心感が自信につながっていた。号令を掛け、自分達の派閥
に入っていない十五人の走る様を、高みの見物と洒落込む。
「おお、感心感心。今度はちゃんと全員が走ったな。あー、やっぱり、若い方
が有利だなあ。これは公平じゃないから、次からはやり方を変えないといけな
いねえ」
 などと独りで声高に喋る内に、レースは終わった。目の前に並んだ八人に対
し、「次の投票では俺、マンソンの名前を書くんだ」と指示を出す。
 と、そんなマンソンの顔に影が掛かった。見上げると、ハリスが仁王立ちし
ている。
「言いてえことがあるんだが」
「い、言やあいいだろ」
 迫力に圧倒され、二、三歩後退したマンソンだったが、強がってみせる。
「尤も、聞くかどうかは俺様の自由だけどな――ぐあっ!?」
 ハリスが胸ぐらを掴んでいた。太い腕の発揮する力は、マンソンを爪先立ち
させてお釣りが来る。
「嫌でも聞け。てめえらのやり方が気に入らんのだ」
「こ、これは立派な作戦だろうが。出遅れたおまえが悪い……」
「そんなことじゃねえってんだよ」
 掴まれていた襟元が緩み、代わりに強く押された。バランスを崩し、よろめ
くマンソン。また数歩後退して、辛うじて地面に倒れ込まずに済んだ。
「何でさっき、パトリックを狙った?」
「し、知らねえよ。俺はルークの言う通りにしただけだ」
「それでよく偉そうにしてられるな。おまえの情けないところを見れば、他の
奴らも考え直すんじゃねえか?」
 ハリスがマンソンを再度ひっ掴まえ、一発食らわした。
 声もなく転がったマンソンの前に、やっと駆け付けた衛兵が立ちふさがる。
さらに役人が声を張る。
「やめんか! これ以上の騒ぎは、投票に関係なく奴隷に徴用する!」
「ふん。これで充分だ」
 ハリスがきびすを返し、いつの間にかできていた人垣を割って、立ち去った。
 マンソンは相手が遠ざかったのを確認してから起き上がると、唇を手の甲で
拭った。血は出ていなかった。
「――次で終わりにしてやるぜ、ハリス! 後回しにしてやるつもりだったの
によ。馬鹿が、てめえでてめえの寿命を縮めやがった!」
 わめき立て、ルーク派の仲間十六人がかたまっている方へと走る。
「予定変更だ。おまえら、次の投票はハリスを書け」
「いいのかねえ?」
 アイクが聞いた。ルークにやり込められたのは都合よく水に流し、ちゃっか
りとこちらの陣営に着いている。
「ルークの指示は、名前の書かれていない奴から沈めろ、だったが」
「はっ、かまうものか。遅いか早いかだけじゃねえか。次で俺は二位になるん
だから、ハリスがほえ面かくとこを見るには今度しかないしな。俺が抜けたあ
とは、またおまえらで指示された通りにやりゃあいいだろ」
 マンソンが指差すと、アイクは肩をすくめた。この仕種が癖になっているよ
うだ。
「へいへい、分っかりやしたよ、マンソン。せいぜい、ルークと再会して、ど
やされないようにおべんちゃらを使いな」
「何だと」
「おおっと。そろそろ投票開始だぜ」
 マンソンの怒りに、アイクは両手で「どうどう」のポーズをした。そのまま、
投票に向かう。
「くそっ。あいつが助かったら、懲らしめてやらなきゃ気が済まねえ」
 右の拳を握り締めるマンソン。
「何かいい罰がないか、あとでルークさんに聞いてみるとするか」

 役人は集計結果を記した紙を受け取り、一瞥をくれると、ほんの少しだけ笑
みを覗かせた。一瞬だったため、気付いた者はいなかったろう。
「さて、第六回投票の結果だ。一位は十七票でハリス!」
 これに、マンソンが飛び跳ねて喜びを露わにした。衛士に素直に従い、広場
から連れて行かれるハリスへ、「ざまあみろ」「のたれ死んじまえ」などと罵
詈雑言を浴びせるも、役人に睨まれてすぐにやめた。
「まあ、ハリスも悪いがな。さっきみたいな揉め事はもう御免だぞ。徴用先で
は大人しくしてろ」
 形ばかりの注意をすると、役人は改めて手の内の紙に目をやった。
「続いて二位を発表する。二位は十五票で……ナイジェル。以上だ」
 発表が終わると同時に異音がした。
 音のした方角を見ると、マンソンが大きく姿勢を崩し、前のめりに倒れ込ん
でいた。彼にとって意外すぎる結果に、四つんばいの姿勢で、惚けた面を上げ
ている。
「ちょ、ちょっと。ちょっと待ってくれ!」
 慌ただしく立ち上がり、こけつまろびつ、膝をがくがくさせながらも、役人
に追い付くと、その後ろ姿へ取りすがろうとする。当然、衛兵が得物を向けて
牽制する。
「な、何かの間違いではないでしょうか」
「――んー? 何がだ?」
「お、俺の、いや私、マンソンのはずなんですよ、二位は。もう一度見てくれ
ませんかね」
 槍の切っ先と役人の眼光にたじろぐマンソンだが、必死に主張した。が、返
答は冷酷だった。
「無駄だ。二位は十五票でナイジェル、間違いない」
「そんなことは……ないはず……」
「これ以上、根拠のない疑義を申し出るのであれば、侮辱したものと見なし、
おまえを即刻、徴用してやることになるが、いいのか」
「い、いい、いえ、滅相もない。取り下げますです、はい」
 泡を食って両手を振るマンソンに、役人は風を起こすような勢いで背を向け、
足早に去った。
「よかったのぉ、マンソンの坊や」
 うなだれ、首を捻るマンソンに、クオーティが声を掛けた。顔を起こしたマ
ンソンの目に、クオーティの他にもルーク派に属さない面々が映る。その中か
らラウルが進み出て、その陽気な声を発した。
「ハリスさんにびびって、先着八名様が誰の名前を書いたのか、確認しなかっ
ただろ。それが運の尽きさ。今回、俺達は一枚岩だったんだよ」
「……おまえらっ。そんなことをして、ただで済むと思っちゃねえよな。この
あとの投票で、全員、奴隷行きにしてやるぞ!」
「頭を働かせれば、そんなことはあり得ないと分かるはずだがの」
 クオーティがわざとなのだろう、好々爺然とした笑い声を立てながら言った。
そこから一転、厳しい調子に変わる。
「そんなことよりもだ、坊や。てめえ自身の次を心配した方がいいんじゃない
のかい?」
「はあ? 何を訳の分かんねんことを言ってやがる、老いぼれが」
 口汚く罵るマンソンのすぐ前で、クオーティは一方向を差し示した。
 つられたように振り向くマンソン。そして彼は見た。
「あいつら……何で、あんな恐ろしい顔をしてるんだ?」
 ルーク派の全員が冷めた表情でマンソンを見ていた。戻るのを今や遅しと待
ち構える彼らからは、ぴりぴりとした気配が漂う。
「七回目の投票で一位になるのは、おまえかもしれんな」
「俺は、俺は悪くねえぞ。ルークに言われた通りにやっただけなのに……」
 その場にへたり込んだマンソンは二つのグループの間で、視線を右往左往さ
せた。すでに孤立を感じ取ったらしい。
「自分の名前を書かせるときに手抜かりをしといて、何をほざくか。ま、だい
たいが、ルークの策略自体、完璧じゃなかったってこともある」
「そんな……馬鹿な……」
 こちらの理屈に関しては、まだ理解ができていないようだ。ショックが大き
かったせいかもしれない。マンソンは「信じられねえ」を連発した。
「さあて、俺達の話はこれでおしまいだ」
 膝を折り、中腰になっていたクオーティは、大儀そうに身体を伸ばした。
「あとは向こうに戻って、言い訳に精を出すこった。坊やの崇め奉るルークの
分もしっかり弁護してやれよ」

 最早完全に瓦解したルーク派は、いくつかの小グループに分裂する兆しを見
せていた。ただし、一点においてのみ意見が一致している。すなわち、マンソ
ンを次回投票で一位にすることでは。
「二位になるにはどう振る舞えばいいか……。問題は」
 アイクはクオーティら十三名の様子を覗き見た。第六回投票での団結ぶりを
次も継続して発揮するようであれば、二位はあの中から出る可能性が高い。
「とは言え、奴らにしても、二位を狙って一位を取ってしまう危険はある。何
らかの保証が欲しいはずなんだ」
 アイクは向き直り、今の段階での仲間を見た。仲間と言ってもジェイソンと
オレイリーの二人だけで、票としてなら裏切りの心配が低いものの、策を立て
ることに関しては頼りにならない。いや、ジェイソン達にしても、アイクより
良案を出す奴が誘えば、あっさり移るだろう。
「何か意見は?」
 それでも一応、話を振ってみた。
 ちょうどそのとき、オレイリーの視線がアイクを通り過ぎて、その後ろに向
けられるのを感じ取った。
「そちらが、話があるようですが」
 オレイリーに言われずとも、振り返ったアイク。クオーティとラウルが立っ
ていた。
「やあ、アイク、オレイリー、ジェイソン。一時的に組まないか」
 話し掛けてきたのはラウル。頬を綻ばせ、目尻を下げたその表情は。
「……単刀直入だな」
「時間がないんでね」
「じゃあ、クオーティの立てた作戦を聞かせてもらうとしよう」
 アイクがクーティに顔を向けると、ラウルは「ひでえな。まあ、その通りな
んだが」とつぶやき、引っ込んだ。代わって前に出たクオーティは、努めて無
表情を作っているようだ。
「一位、二位ともに独力で決定できる組織作りを目指しておるんだ。現時点で
の参加人数三十においてそれを満たす絶対多数は、一位が過半数の十六、二位
は残りのまた過半数だから八。合計二十四名だな。この人数を集め、次回以降
六回の投票で残りの六人を順次、一位にする。二位は我々の中から一人をくじ
引きで選ぶ。無論、くじは不正が行えない形でやるし、投票用紙に書いた名前
の確認も徹底する」
「はぐれ者の六人を駆逐したあとはどうする?」
「組織を解散、再編成して同じ手段を執るか、それとも違うやり方が編み出さ
れるか……残った奴らで思うようにやるさ。そうせざるを得まい」
「要するに、自分の投票権で、今後六回の安全と二位抜けできる可能性を買う
ってことだ」
 アイクはオレイリーとジェイソンの顔色を窺った。二人とも理解しているよ
うだ。
「で、乗るかね? 返事は早いとこ頼む。保留はなしだ」
 クオーティが聞いてきた。アイクは一つだけ聞き返した。
「これまでに確保できたのは何人だい?」
「十九人」
「俺達を加えると二十二。目処は立っているか。よし、乗るよ。仮に二十四人
に達しなくても、状況は今と大差ない。むしろ爪弾きされる方が恐ろしい」
 アイクとクオーティは右の拳を軽く合わせた。

 ――徴用か解放か。
 湖上の島での投票は、最終局面を迎えていた。
 現在、参加対象者は三名。カーズの悪友デモンの他、シールズとソントンな
る男が残っている。
「ここまで人が少なくなれば、俺でも分かるぜ」
 解放を確信したデモンは、考えていることを声に出した。シールズとソント
ンの前に立つと、胸を反らせて勝ち誇る。
「シールズ。おまえはあと一人しか書く名前がないだろ? 知ってるんだぜ」
 人差し指を突き付け、次いでそれをついと水平移動させた。今度はソントン
に向ける。
「シールズが書けるのはソントン、おまえだけだ。そしてソントンが書けるの
もたった一人、シールズが残っているだけだよな。誰が誰を書いていないか、
俺、ちゃんと掴んでいたんだぜ」
「そんなことは当たり前だよ」
 シールズが唇を尖らせる。なよなよした外見だが、声の響きは荒っぽい。横
領で捕まった彼は数字には強いものの、投票では運に恵まれず、ここまで残っ
てしまった。
 もう一方のソントン、こちらの罪状は贈賄で、どちらかと言えば人に使われ
る立場であり続けた。頭は悪くないにも拘わらず、投票においてはどっちつか
ずの態度を取り続け、最後の三人に入る始末と相成った。
 そして彼ら二人は、島に着いてからの知り合いで、そこそこ親しいのだが、
今までの投票で一度も連携していない。この段に至ると、協力しても無意味と
なっていた。
「当たり前ってんなら、俺が誰に投票できるか、言ってみな」
 大きな態度を崩さないデモン。シールズは「俺とソントンの二人を書けるん
だろ」と早口で吐き捨てた。
「よく知ってるな! そうとも! つまりは、おまえらの運命を握ってるのは
俺という訳だな」
 デモンは二人の前を行ったり来たりし始めた。
 シールズはそれを目で追い、ソントンは前を向いたままでいる。
「おまえら、助かりたいか? 助かりたいよな」
 答えるまでもない質問に、シールズもソントンも無反応だった。デモンは足
を止め、やや不満げに唇を歪めたが、じきに笑みを漏らす。並びの悪い歯が除
いた。
「助かりたければ、分かり易く態度で示せよ。俺に入れられたら、一位になっ
てしまうんだぞ」
「態度?」
 怪訝そうな表情を作って片目を瞑り、やがて噴き出したのはシールズ。ソン
トンの方は寡黙を貫いていた。
「俺が女か、あるいはおまえが男色家なら、たっぷりとサービスしてやっても
いいんだけどな。生憎と俺は男だし、おまえは女好きだったよな、宗旨変えし
てなけりゃ」
「うるせえ!」
 だん、と地面を踏みつけるデモン。
「他にあるだろ、他によぉ。外に出てから、俺に何をしてくれるのか、言って
みろ。比べて、気に入った方を助けてやる」
 言ってみなとばかりに、耳に手を当てた。しかし、応じる声はソントンから
もシールズからもなかった。
「ん〜? どうした。言わなきゃ分からねえんですけど? 二人とも、それな
りに金を貯め込んでいるはずだぜ。なくたって、家や土地を売れば、そこそこ
の金になるだろ」
「君にそれを与えると約束しても」
 ソントンが口を開いた。デモンだけでなく、シールズもびっくりしたように
目を向ける。
「意味がないだろう」
「何で? 俺は金と引き替えに、おまえらのどちらかを助けるって言ってるん
だぜ? そんなことも分からない馬鹿じゃないよねえ、ソントンさーん?」
 顔を近づけたデモン。ソントンはぼそりと言った。
「馬鹿は私じゃなくて、君の方だろう」
「――いい加減にしろよ、おっさん!」
 胸ぐらを掴んだデモンだが、彼の拳が炸裂する前に、衛兵が飛んできた。少
人数になったおかげで、騒動が起きれば即座に駆け付けられるよう、近い距離
で備えているのだ。
「しねえよ。何もしねえってば」
 力を抜いたデモン。
「ここまで生き残っておいて、暴力奮ったおかげで、問答無用に奴隷行きにさ
れちゃあ、たまんねえしな。あ、ソントンのおっさん、これが狙いか」
 ソントンは服の乱れを直すだけだ。デモンは衛兵の手前、再び脅す訳にも行
かず、せいぜい嫌味な台詞を吐くにとどまった。
「そっかあ、なるほどなあ。危うく引っ掛かるところだったぜ。いやあ、よか
ったよかった。おっさんの知恵よりも俺の頭が上回ってたおかげだ」
 それからおもむろに投票用紙を取り出した。
「まだ時間はあるけど、もう決めたぜ。あとから色々言ってきても、聞いてや
らねえからな、絶対に」
 デモンは書くふりをした。そして、ソントンが泣きついてくるのを予想して
待った。だが、ソントンに動じた気配は微塵もなく、それがデモンを苛立たせ
た。
「私とシールズのどちらかが解放されるのなら、若いシールズの方がまだ世間
のためになるだろう。いい選択だと思う」
 淡々とした口調のソントンに、デモンの両目は奇異な物を観るようなそれに
なった。
「……ははん。ソントン、おまえは解放に執着してないふりをして、俺に逆の
行動を取らせようっていう腹だな? そんな芝居には引っ掛からねえよ」
「どう受け取ろうと勝手だが」
 ソントンは言葉を切り、ため息を入れた。
「――君は近い将来、自分は愚か者だったと噛み締めることになるだろう」
「ああ、そうかよ! 分かった、もう本当に決めたぜ。馬鹿が」
 デモンは宣言通り、紙にソントンの名を書いた。
「シールズ、儲けたな! おまえからは何も取らねえから、安心しろよ。あー
あ、早く投票時間になんねえかな!」

 一位、ソントン、二票。
 二位、シールズ、一票。
 役人がこれを発表するや、ソントンは自らの足で奴隷行きの道を歩き出した。
衛兵が両脇を固めるが、当人は暴れるどころか取り乱すこともなく、静かに出
て行った。
 デモンはこの頃にはわめきすぎて、喉が痛くなっていた。最後にもう一つぐ
らいなじり倒してやろうと考えていたが、やめにしたほどだ。
「デモン」
 シールズが声を掛けた。ソントンが喋り始めて以後、ほとんど黙っていたの
は、デモンの機嫌を損ねるのを恐れたからである。結果が確定し、ようやく安
心できた。
「礼は言わないぜ」
「そりゃそうだな」
 少しばかり涸れた声で、デモンが応じる。
「ソントンのおっさんが俺をあまりにも怒らせるから、儲け損なっちまったぜ。
ま、外に出たら、酒ぐらいおごってくれや」
「……礼の代わりに、一つ、教えてやる」
「ん?」
 シールズの重苦しい響きの物腰に、初めて嫌な予感を覚えたデモン。
「ソントンの言葉に嘘はない」
「何のことだか分からんね」
「じゃあ、分かるように言ってやろう。俺がおまえに酒をおごるのは無理だ。
何故なら……」
 シールズは語尾を濁し、目を斜め上に向けた。自分の耳の辺りをかすめたそ
の視線につられ、デモンは振り返った。
 頭二つ分ほど高い巨漢の衛兵が立っていた。その隣では役人が退屈げに、丸
めた帳面でぽんぽんと音を立て始めた。
「そろそろ行くぞ、デモン」
「あ、ああ、分かった、いや分かりました。お待たせしてすみませんね」
 平身低頭するデモン。衛兵は腕をがっちりと掴んだ。
「痛ててっ! もう少し優しくできねえの?」
 伝わってくる力の強さに、思わず口が悪くなる。だが、衛兵は改めなかった。
そのまま、ずるずるとデモンを引きずる。
「おい、ちょっと。自分で歩けるって!」
「離すことはできん」
 後ろから来る役人が告げた。
「どうやらおまえは勘違いしているようだから、事実を伝えると逃げ出す恐れ
が強い。それを防ぐための措置だ」
「ど、どうして俺が逃げるんだよっ」
 立ち止まろうにもできず、首から上のみ後ろに向けて、必死に声を出す。そ
うする合間にも、デモンは自分が連れて行かれようとしている場所について考
えた。この方向は……さっき、ソントンが出て行ったところと同じ!
「デモン、おまえを奴隷として徴用する」
 出口が近くなって、役人は伝えた。
「なっ、な、何でだよ!」
 無理に身体を捻ろうとすると、腕がちぎれそうになった。無力なまま、引き
ずられる。
「やはり、勘違いしておったな。最初に説明したであろうが」
 役人は小馬鹿にした口調になった。
「規則の5に、こうあったろう。『全参加者の運命が決まるまで繰り返される』
とな」
「だからぁ! 俺は最後の一人として生き残ったじゃねえの!」
 役人は衛兵に命じ、立ち止まらせた。そして、呼吸を乱したデモンに、説い
て聞かせる。
「参加者の運命は投票で決められるのだ。だから、一人になっても投票は続け
られる。おまえは誰に投票できる? 誰にも投票できん。規則の4『書く名前
がなくなった者、投票しなかった者は徴用』に則して、おまえは徴用されるの
だ」
「ば、馬鹿な……」
 萎れた草花のように崩れ落ちるデモンを、衛兵が強引に立たせる。
「くそ、俺は自分の名前を残しとくべきだったのか……」
 後悔するデモンに役人は笑い声を上げ、首を振りながら教えてやった。
「いやいや。仮に自分自身に投票できたとしても、その一票で一位になる訳だ
から同じことだ。おまえの運命は、三人になった時点で決まったのだよ」
 デモンは一際わめき、抵抗した。わめき声はやがて叫び声と変わった。
 衛兵はデモンを木材のごとく扱って引きずる。役人はそのあとをまるで急き
立てるように付いて行く。
 デモンの姿がついに広場から見えなくなると、程なくしてその煩わしい声も
聞こえなくなった。

――END




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