#384/598 ●長編 *** コメント #383 ***
★タイトル (AZA ) 11/07/01 00:01 (414)
最後に残るのは? 2 永山
★内容
次の投票開始までの時間は、重苦しい雰囲気で幕を開けた。ほとんど全員が
疑心暗鬼に陥り、会話一つ交わされない状況がしばらく続いた。が、それは十
分足らずで終了を迎える。
「このままでは埒が明かない。とにかく話し合おう」
キングの呼び掛けがきっかけになった。誰もが話し合いを潜在的に願ってい
たのだろう、ことはすんなりと運んだ。
とは言え、多くの者は鋭い眼光で疑いを向け合っている。罪人であることを
抜きにしても、警戒を解ける状況ではないのだ。
目付きを悪くした連中が、ぞろぞろと中心部に歩み寄る。精神的疲労が積み
重なっているせいか、一人が地べたにどっかと腰を下ろすと、右に倣えする者
が次から次へと出た。
「俺の正直な心境を言おう」
キングが口を開いた。車座の中央に立つことはなく、そのままの位置、その
ままの座った姿勢で始める。
「さっきの投票で、抜け駆けをしようと、俺は俺自身の名前を書いた」
聴いている者達に、特に大きな反応はなかった。予想の範囲内だったという
ことか。
「抜け駆けは失敗に終わった。その上、俺は他のみんなと比べると、投票に書
ける名前が少なくなってしまった。この差は重い」
すり専門のキングは、名前に反して比較的貧相な容貌をしているが、今の喋
り方には人を惹き付ける力があった。
「はっきり言って、焦りがある。だからこそ、こうしてみんなに声を掛けた。
何故だか分かるか?」
突然、聴衆に問い掛けるキング。問われた側は、首を捻るか微かに笑う程度
で、返事はしなかった。
「俺達の中から助かる者を一人でも多くしたいからだ」
キングの口調は、ここぞとばかりに熱を帯びる。
「各自が勝手に投票していたら、奴隷行きの人数は間違いなく増える。何故か
って? 投票で一位になった奴だけでなく、投票できなくなった奴も奴隷行き
だからだ。てんでばらばらに投票した場合、書く名前のなくなる奴が確実に増
えるんだ。投票したのが一位や二位になったのならいい。問題は、三位以下に
なった場合だ。書ける名前を一つ、無駄にしたことになる。これが何度も繰り
返されると、一位にならなくても、投票できないがために奴隷行きだ」
「おまえの辿る運命じゃないのかい?」
誰かが茶々を入れた。笑う者もいたが、キングは怯まなかった。
「分かってないな? それだけじゃあ済まないんだぞ。投票できなくなった者
が退場させられるってことは、そいつの名前も書けなくなるってことだ。次は
あいつに投票しようと考えていたのに、その“あいつ”がいきなりいなくなる
可能性が出て来る。連鎖的に、投票できなくなる者が続出する事態になりかね
ない」
場に静けさが降りた。
キングの指摘した事実を、元から認識していた者も当然いただろうが、半数
以上はたった今気付かされた、そんな空気が流れる。
「そういう馬鹿げた状況を避け、一人でも多く助かるには、投票前にくじ引き
でもして、一位になる者と二位になる者を決め、計画的に投票するしかない。
そうすれば、俺達の半分は絶対に助かる。そしてここが重要なんだが、助かる
人数は半数が最大。これ以上はない」
キングは演説を終えたが、沈黙がしばらく続いた。言いたいことがありそう
な者はそこかしこに見受けられても、目立つことを嫌っているようだ。目立つ
と投票の標的にされかねない――三度の投票を経て、そんな漠然とした感覚が
参加者の頭に根付いたのかもしれない。
だが、場の静けさを破る者があった。キングと立場を同じくするアイクだっ
た。年若く、日焼けした肌と立派な体躯はスポーツマンか肉体労働者のようだ
が、罪状は結婚詐欺である。
「キングの主張は理解した。で、確かめさせてくれ。キングはくじ引きで一位
と二位を決めて投票する作戦を実行しようと言うんだな?」
「言うまでもないだろう。無駄死にを増やしてもしょうがない。くじに運を任
せることこそ、公平な解決策」
「やるというなら、俺は反対はしない。みんなはどうだろう?」
アイクが尋ねるが、場の反応は芳しくなかった。組織票による確実な勝ち抜
けという幻想にしがみついている者もいれば、キングの提案を現実的と認めつ
つも確率の悪さに尻込みする者もいるだろう。この状況を利して、次回、二位
になるにはどうすればいいかに脳細胞をフル回転させている者もいるはずだ。
「ジェイソン、君は?」
アイクは個人的に声を掛けた。無論、自分やキングと同じく、このジェイソ
ンも抜け駆けに失敗したに違いない――と踏んでのこと。
「俺は……どっちでもいい」
頭を左右に振るジェイソン。
「俺は盗みで捕まった。あんた達みたいに知能犯罪には無縁で、その頭脳もね
え。さっき、アブラハムを真似て失敗して、もう懲り懲りだ。他にいい作戦が
あるんなら乗るが、ないんならくじ任せでもかまわねえさ。むしろ、その方が
俺には分があるかもしれねえ」
「自棄を起こすなって。それじゃあまるで、他人の意見に流されますって宣言
してるようなもんじゃないか。いいように利用されるのが落ちだぜ」
アイクの口ぶりが忠告じみた調子になった。
「さっき失敗したのは、猿真似をしたせいさ。俺はそう思うことに決めた。次
は、自分の頭で考えて切り抜けてやる。ジェイソンもそうすべきだな、うん」
ジェイソンが感心した風な目線をアイクに送ったのと同時に、別のところか
ら声が上がった。
「そんなこと言って、アイクはジェイソンを取り込む気なんだよねえ? 端で
聞いてると、あまりにも見え透いていて、笑ってしまいそうだ」
ルークという若白髪の男だった。偽金造りや偽文書作りなどを取り仕切る手
配師として、裏社会ではかねてから有名な男だ。それほどの知能犯が目立つリ
スクを冒してまで発言したのには、何か狙いがあるのかもしれない。
「さあね。どう受け取ろうと自由だ。ジェイソンが自分で考えて判断すればい
い」
アイクは慎重を期しつつも、用意していた答を口にした。
「確かにね」
ルークはジェイソンには答えさせず、素早く言葉を継いだ。
「では、そのくじ引きとやらをやってみるがいいよ。一位になると決まった者
は、必死になって逆転の策略を考え、実行するだろうね。たちまちにして、キ
ングの提案は崩壊する。絶対に」
「くじを行うとなったら、取り決めには従ってもらう」
キングが不愉快そうに反駁した。だがルークは鼻で笑った。
「仮定の話をするよ。くじで一位を宛がわれた奴が、外に途方もないお宝を隠
し持っているとしよう。必要な人数に、『私を助けてくれたら分け前をたっぷ
りやる』と声を掛け、投票する名前を変更させたらどうなる?」
「そ、そんな餌を示されてもだな。自分自身が解放されるかどうかが確実じゃ
ないんだ。餌に食いつくかどうかは微妙だろう」
戸惑い混じりのキングの再反論に、ルークは「果たしてそうかな」と受けた。
「くじ任せでも五分五分なんだよね。仮に生き残れたとしても、外に出て無一
文じゃあお寒い限り。だったら、分け前にありつける可能性に懸けてみる男が、
この中には大勢いると思うのだが」
「く……」
やりこめられたキングは、片手で頭を抱えた。全員によるくじ引きをあきら
めたのは明白だった。
「アイク、ジェイソン。君らはどうするね」
ルークが聞いた。
アイクは大きく肩をすくめた。その仕種で、くじ引きには拘らないという意
思表示になっている。
ジェイソンの方は渋っている。策略合戦に巻き込まれると、自分の身が危な
いことだけはよく承知しているからだろう。
「どうしたどうした? 自分の頭で考えたら、熱が出て来たか?」
煽る声の主はマンソン。年寄りからのひったくりばかりやっていたけちな泥
棒で、本来は小心者だ。今の彼が威勢のよさは、ルークの腰巾着に収まったこ
とから来るものだろう。
「いいかい、ジェイソン」
ルークが諭すような口調に転じた。
「キングがくじ引きを提案したのはどうしてだと思う? 考えてみなよ」
「それは、さっきキングが言った通りだろ。なるべく大勢が解放になるように」
「いやいや。それだけじゃあないさ。このルークが思うに――」
と、彼は立ち上がり、キングの前まで来ると、見下ろしながら指差した。
「――この男は正直に話すだの、なるべく大勢を助けるだのと調子のいいこと
を言いながら、自分が確実に助かる道を取ろうとしていたのだと思うよ」
「な、何を馬鹿な」
キングも立ち上がったが、その決して立派でない胸板にルークから拳を添え
られ、気圧されていた。台詞も封じられたようだった。
「ごまかそうとしてもだめだよ、キング。このルークはお見通しさ。すりが得
意な君にとって、くじ引きで二位の当たりくじを自由に引くぐらい、簡単なこ
とだろう、とね」
「はあ? そんな考えは全く――」
キングの否定する声は、一斉に沸き起こった非難の嵐に飲み込まれた。「裏
切りを許すな!」とマンソンが必死に煽り立てる。
……そして投票が行われた。
四度目の投票にして、初めて二位が二人となり、解放の権利が一つ、失われ
た。キングの奸計(?)を看破したルークを二位で解放してやろうという小集
団と、このあとの展開も視野に入れて主導権を取らせまいと、ハリスを二位に
しようとする小集団が牽制し合った結果、ともに十一票で終わったのである。
一位? 一位は言うまでもなくキング。十三票が入った。
これにより、次の投票に臨むのは三十四名になった。
「まったく、キングの奴も使えない」
ナイジェルがハリスの隣で大げさなため息をついた。二人は、この島に来て
から意気投合した仲だ。ナイジェルが脱獄の罪で島送りになったという点に、
ハリスは好印象を抱いていた。
「ルーク憎しの感情だけでルークに投票したんでしょうが、間違っている。状
況を読み、ハリスに投票してくれれば、ルークにほぞを噛ませてやれたのに」
「ありゃあ仕方がないさ。完全に我を失って、説得どころじゃあなかった」
「ですね。まあ過ぎ去ったことをぐちぐち言うのは、もうよします。それより
も、生き残る算段をしないと」
ナイジェルは広場の反対側を見やった。ルークとマンソンが中心になって、
集まりができている。しかも徐々にではあるが膨らみつつある。
「ルーク達の計略も心配だ」
「うむ。俺達も今から動くか、それとも奴らの出方を見た上で動くか……」
「すでにだいぶ時間が経過しているので、出方を見るしかないでしょう。残念
ながら組織作りという点では、ルーク達の方が上ですし」
「……おまえさんは落ち着いているな。俺より若いのに。感心させられる」
「ん、そうですかね」
とぼけた調子で応じるナイジェル。煙草があれば悠然とふかす姿が、楽に想
像できた。
「僕の場合、奴隷行きになったとしても、それならそれで脱獄、いえ、脱走を
試みる楽しみがあるからでしょうか」
「楽しみと来たか。まったく、大したたまだな」
「実際、外部からの手引きさえあれば、意外と簡単に逃げられるかもしれない
と踏んでいます。奴隷と呼ぶからには、外での強制労働があるでしょう。この
島や監獄から抜け出すよりは、障壁が少ないはずです。その分、兵士は山ほど
配置されているでしょうが」
「……」
「どうしました?」
ルーク達の動きを観察していたナイジェルは、不意に黙り込んだハリスに気
を止め、視線を戻す。ハリスも俯きがちにしていた面を起こし、ちょうど見合
う形になった。
「なあ、ナイジェルよ。もしもおまえさんが外から手引きするとしたら、中に
いる仲間をうまく脱走させられるか?」
「うーん、どうでしょう。脱走する当人の能力も重要だから、一概には言えま
せん。僕自身の手間を言えば、脱走するよりも手引きする方が楽だし、確実な
仕事をやってのけますよ」
「そうか。なら、俺も少しは安心していいのかな」
「え、ハリスさん……」
「俺はさっきの投票で、仲間からの援護は終わったも同然だ。意識して二位を
狙うことは、まず絶望的だ。覚悟しといた方がいいと思ったんだ。おまえさん
の自信溢れる言葉を聞いて、まだ希望は残ってるんだと安心した訳だ」
「……それには僕が無事に解放されなければなりません。大難関だ」
ナイジェルが冗談めかして言うと、ハリスは相手の肩を叩いた。
「何とかするさ。それが俺自身のためにもなるんだから、なおさらだ」
彼ら、受け身に回らざるを得ないハリス達とは対照的に、ルークの準備は完
成を迎えようとしていた。
「十八人、確保できましたよ、ルークさん」
マンソンの報告に、ルークはにんまりと笑みをなした。注目を浴び、気持ち
よさげにする映画スターのようだ。
「結構だね。これで勝てるよ」
つぶやき、そして集まったマンソンとその他十六人の仲間を見つめ返す。
「真っ先に言っておく。この計は私が考えた。最大の功労者は私、ルークだ。
よって、最初に解放の栄誉に与るのもこのルークである。文句あるまい」
自信に満ちた口上に、彼以外の十七人は一瞬、呆気に取られた。
「ル、ルークさんが最大の功労者だってことは分かるけれどよ」
マンソンが恐々と口を挟んだ。顔色を窺いながら言葉を繰り出す。
「一番に抜けられたら、あとの俺達が困るんじゃあ……」
「安心していいよ」
相変わらずの笑顔でルークは言った。
「発案者がいなくても、この仕組みは簡単に扱えるのだよ。十八人中十七人は
絶対確実に助かる。これまでに四度の投票が行われ、四人が解放されている。
一方、あのキングの言葉――助かるのは最大で半数だというのは真実故、最初
の四十一人の半分、高々二十一人。二十一から四を引くと――マンソン?」
「えっと、十七、です」
「そう。このルークが編み出した計略によって救える人数と一致する。皆は、
これから授ける戦法を忠実になぞればいいだけ」
「だ、だから、その戦法を早く」
「まだだ」
ルークは時刻を確かめた。
「早い内に知らせると、漏れる心配があるからね。ぎりぎりまで伏せておく。
それにぎりぎりで残りの十六人の奴らに仕掛けてこそ、効果があるんだ。エマ
ーソンの二の舞を踊るほど、愚かじゃないよ」
「そんな大口を叩いて大丈夫なんでしょうな。ほんと、エマーソンのときみた
いなことは御免です」
丸顔の中年男性が質問した。彼、オレイリーはジェイソンと同類で、他人に
流され易い質だ。島に送られたのも、銀行強盗に荷担した挙げ句、とかげの尻
尾切りをされたためだった。
「最初に語ったように、私自身が第一号になる。成功ぶりを見届けるがいいよ」
ルークはオレイリーにだけでなく、十七名全員を見渡してから断言した。
五度目の投票があと五分で始まるというときになって、ルークが広場の中央
に進み出た。
「我らルークのグループに属さぬ十六名に告げる。よく聞くがよい」
ハリスやナイジェル達はその場を動かず、演説者をちらと見た。無論、耳は
澄ましている。
「数えてみれば分かることだが、我らのグループは十八名を擁し、現時点での
対象者三十四名の過半数を確保している。次回、第五回の投票にて、我らはグ
ループ外の十六名の内の一人に揃って票を投じる」
「何っ?」
察した何人かが、思わず声を上げる。ハリスやナイジェルも気付いたが、息
を飲んで推移を見守るしかできないでいた。
「十八票を獲得した者が一位になるのは、言うまでもない。さて、我らがまだ
誰に投票するかを決めていないという事実は、君達にとって朗報だろう。そこ
で、免除してやる人間を何名か選ぼうと思う。条件は、我らの命じる人物に投
票すること。ただし、十六人全員は多すぎる。先着順に九名までだ。さあ、従
う者はこのルークの前に並ぶがいい!」
朗々と述べたルークは、腕を大きく振りかざした。すると条件反射のように、
数名が立ち、一目散に走った。
「馬鹿、乗るな!」
平静さを保っていたナイジェルが叫んだが、もう遅い。ルークの前には人の
列がたちまちでき、頭数は九に達していた。
「結構結構。君達九名は今回限り、我らの仲間と認めるよ。第六回以降は、ま
た走ってもらうことになるがね」
ルークは完璧な計画に酔ったように、高笑いを始めた。が、それさえも芝居
がかった演技だったのか、やがて表情を引き締めると、集まった九人に指示を
出し、次いでグループの十八人に別の指示を出した。
「一体、どんな手で来やがるんだ」
ハリスの歯ぎしりが大きく聞こえた。
隣で立ちつくすナイジェルは、ようやくいつもの落ち着きを取り戻し、
「おおよその想像は付きますよ。今さら話しても、遅いでしょうけど、どうし
ます?」
とハリスの意向を尋ねた。
「二位は十六票でルーク。一位は十八票でパトリック。以上だ」
役人の宣告が広場に轟き、引き続いてパトリックが――眼鏡を掛けたそばか
すの目立つ男――が、その場に膝を屈した。
「まさか……どうしてパトリックなんだ」
衛兵に両脇を抱えられ、連れて行かれるパトリックを横目で見つめながら、
ハリスが首を捻っていた。
「奴らの標的は、まず俺だと思っていたんだが」
「僕もそう思っていました」
ナイジェルが答える。
「結果を見てからこんなことを言っても仕方がないのですが、ルーク達は安全
策を採ったんでしょう」
「どういうことだ」
「ルーク達の策略の仕組みは、もう説明しなくてもいいですね?」
「あ、ああ」
十八人からなる組織を作ったルークは、残り十六名に向けて一位にするぞと
脅しを掛けることにより、その過半数を強制的に一時的な味方とした。この九
名には二位にしたい者、今回で言うとルークに投票させる。これにより、ルー
クの二位が確定する。実際の投票結果が、ルークに十六票となったのは、先着
九名からあぶれたハリス達もルークの名を書いたためである。
次回以降もこの策を繰り返し行使することで、ルーク派の残り十七人の内、
十五人は二位となり、ハリス達十五人は順次、一位にさせられる。最後の投票
はルーク派同士の二人で争うことになるが、解放の確率が圧倒的に高いのはル
ーク派であり、逆にルーク派でなければ解放の権利を得る可能性はゼロだ。
「一位にハリスさんを選ばなかったのは、僕ら十六名の中に、これまでの投票
であなたの名前を書いた者が大勢いるからです」
「ん?」
「言い換えると、ハリスさんを残すことで、あとの者は投票可能な名前が少な
くなります。先程狙い撃ちになったパトリックは、まだ誰にも書かれていない。
だから、選ばれた……」
「そういうことか」
理解して頷いたハリスは次の瞬間、はっとした。
「もしかしたら、ナイジェル、おまえさんが選ばれていたかもしれねえってこ
とかよ?」
「そうなります」
ナイジェルはここで間を取り、想像が過ぎるかもしれませんがと前置きを入
れて続けた。
「ルークは最悪のケースまでも想定していたのかも。万が一、エマーソンのよ
うに裏切りにあって自分が一位になったときには、僕を懐柔して脱走を手伝わ
せるつもりだった。だから僕は選ばれなかったのかもしれない」
「ルークの奴なら考えかねんな。……うん? どうした」
ため息をついたハリスが腰を下ろす場所を探すのを、ナイジェルは腕を引い
て止めた。
「一刻も早く対策を立てる必要があります。そのためには、十五人で団結しな
いと」
ナイジェルとハリス以外の十三名は、呼び集めるまでもなく、いささかばら
けた状態ではあるがひとかたまりになっていた。積極的な会話はなされず、む
しろ牽制し合う気配が窺える。次回投票の直前に行われるであろう“短距離走”
を睨んでのことに違いなかった。ルーク派から外れた者達が、何となく一緒に
なっているというだけの集団だった。
「皆さん、話を聞いて欲しい。あまり大きな声では話せないので、もっと近付
いてください」
ナイジェルは丁寧さと親しさを混合したような言葉遣いで始めた。ハリスに
聞かせたように、ルーク派の策略及び自分達は全滅するしかないことを説明す
る。
「先程のように先着順を競っていては、向こうの思う壺。次からは決して相手
の話に乗らないでください。お願いします」
ナイジェルは深々と頭を下げた。
数秒の間を置いて、クオーティという初老の男が片手を挙げた。額から頭の
真ん中にかけて禿げ上がり、丸っこい眼鏡と合わせて教授然として見える。嘘
の肩書きを使った詐欺をいくつもやらかしたという大ベテランだ。
「よう、ナイジェルの坊や。おまえさんが利口なことと、ルーク派の手口って
のは理解した。じゃあ、どうすりゃいいんだい? 打開策はあるのかい」
「あります」
ナイジェルは決然と言った。そこまでは聞かされていなかったハリスは、瞬
きを何度もした。ここまで自信を持って答えるナイジェルを目にした覚えがな
かったからだ。
「ルークは狡賢いですね。本人もきっと、自らの策に穴があることは分かって
いたんでしょう。だからこそ、一番に抜けたんです。ルークの策は最初の一回、
それも考える時間を僕らに与えない奇襲でこそ、威力を発揮します。次回も手
強いには違いありませんが、打ち崩せないことはない」
「ほお。なら、聞かせてもらおうじゃないか。何もしなけりゃ、どうせ奴隷行
きが待つだけだしなぁ」
クオーティは縁石に腰掛け、腕組みをした。年長者がそういう態度ならと、
他の者も耳を傾ける姿勢になる。
「まず、さっきも言ったように、相手の話に乗らないことが重要です。かけっ
こはもうなし。僕らが先着争いを演じなければ、向こうは戸惑うはず。誰を一
位にすればいいのか判断できないのだから。ルークならそんな事態にも対処で
きるでしょうが、奴が抜けた今ならかなりの動揺を誘えるでしょう」
「なるほど。しかし、動揺を誘うだけじゃあ、まだ勝ち目はないぜ」
「ええ。次に忘れないでいただきたいのは、こちらにも十五人分の票があると
いう事実。うまくやりさえすれば、僕らの思惑で二位の者を決定できる票数で
す」
「何となく見えてきたぞ」
クオーティが顎をさすった。
「最前の投票でルーク派の連中は、二位にしたい者を指定してきた。今度はそ
れを無視し、我らの中から二位を出す、という算段だな? これは愉快だ。折
角つるんだのに解放の目がないんでは、連中にも分裂の余地が出て来よう」
「ご明察です。しかし、この策には犠牲が伴う……」
「だな。少なくとも次の投票で、我らの一人が一位に仕立てられ、奴隷送りに
ならざるを得ない。いや、運が悪けりゃ、我らが二位にするつもりの男と、ル
ーク派が一位にするつもりの男とが重なることもあり得るか。そうなったら最
悪だぞ」
「あ、重なるのは避けられます。正確には、重なっても僕らの側から確実に二
位が出るようにする訳ですが」
「ふむ。どうやってやるんだい」
「票を二人に振り分けます。十五票なら八と七でいいでしょう」
ナイジェルの解説はこれだけだったが、クオーティやハリス達聞き手が理解
するには事足りた。
Aに八票、Bに七票を割り振るとして、ルーク派が十七票をAに入れたなら
ばBが二位に、Bに入れたならAが二位、AでもBでもないCに入れたなら、
同じくAが二位に収まることになる。
「少し考えてみれば、簡単な解決策があるもんだ。これで、差し当たっての関
門は“犠牲”に絞れる」
一歩引いて聞いていたハリスは、ここを機と見てナイジェルに顔を向けた。
「さすがに名案がある訳じゃなさそうだな」
「ええ……。向こうからが寝返りがあれば話は変わってきますが、現状でそれ
を期待するのは無理があります」
今や参加者は二派に割れており、密かに接触することなぞとても不可能と言
えた。
「今、ナイジェルが言った策を、あいつらの前で言ってやればどうかな」
そう提案したのはラウル。元歌手で気のいい男だが、金銭トラブルから劇場
の支配人をぶん殴り、死なせてしまったために捕まったという。
「さっき言ってたじゃないか。解放される可能性が薄くなると知ったら、降り
る奴も出て来るんだろ? だったらわざわざ危ない橋を一回渡らなくても、投
票の前に知らせりゃ済む」
「それは別の意味で危険なんです」
ナイジェルは申し訳なさそうにかぶりを振った。
「事前にこちらの手の内を明かすと、向こうもきっと対抗策を練ります。十八
票を一人に集中させるのをやめ、適切に振り分けられると、こちらの不利は明
白」
「じゃあ……誰か一人、こっちからルーク派に寝返る振りをして、向こうに入
り込む。そして逆に寝返るよう、めぼしい奴に密かに声を掛けるというのはど
うだろう?」
「危険すぎます。それに恐らく、仲間に入れてはくれないでしょう。向こうは
今の人数が定員ですからね。あれ以上減っても増えても、作戦に支障が出る」
「そ、そうか。浅知恵では通用しないな。黙るとするか」
ラウルが自嘲し、お手上げのポーズとともに首を左右に振るのへ、ナイジェ
ルは「そんなことありません。思い付いたことは何でも言ってください」と気
遣いを見せた。
「ラウルはもう逆さに振っても、何も出そうにないな」
クオーティが軽口を叩く。だが、その表情にいささかの緩みも見られない。
「代わりにちょいと考えてみた。実際に裏切り者が出なくても、裏切る奴がい
るという噂を流すだけで、効果はあるんじゃないか。どうかね、ナイジェル」
「……一考の価値、ありますね」
認めたナイジェルだが、その顔色は明るくない。
「しかし、時間がありません。投票まで約十分。向こうはまた五分前に競走を
させる気でしょう。正味五分で“噂”を利用した作戦を立て、実行するのは現
実的でない」
「それも理屈だな。一人が犠牲になる代わりに、一人が解放される相打ち作戦
で行くしかないか」
あきらめた口ぶりのクオーティは、次に周囲の者を品定めするかのように見
回した。
「誰が犠牲になるんだろうな。さっきの連中のやり口から推し量ると、まだ名
前の書かれていない奴ほど危ないってことになりそうだが」
「策を提示したのは僕ですから、僕が犠牲になるように持って行きますよ」
ナイジェルの発言に、これまで低い声の会話しかなかった十五人に、一蹴の
ざわつきが走る。ナイジェルは目配せをした。
「静かに。奴らに気取られるとまずいです」
「しかし、ナイジェルの坊や。美しき自己犠牲精神には敬意を払うが、いかに
して連中の票を操るね?」
クオーティがこれは本当に分からないという風に首を捻る。
「絶対確実ではありませんが、仕向けるのは可能と踏んでいます。見たところ、
今のルーク派を仕切っているのはルークの腰巾着、マンソンです。彼は単純だ
から、怒らせれば……」
「待った。その役、俺に譲ってもらうぞ」
ハリスが不意に割って入る。続きは一際小さな声で、でも鋭く言った。
「おまえさんは早い内に二位抜けして、奴隷になった俺の脱走を助けるんだ」
――続く