#383/598 ●長編
★タイトル (AZA ) 11/06/30 23:57 (340)
最後に残るのは? 1 永山
★内容
「おまえ達四十一名がここに連れて来られてから、昨日でひと月が経った。互
いの特質や性格など、ある程度把握できたことだろう」
役人の胴間声が広場に轟いた。
国内の方々において微罪や知能犯罪で捕らえられた者、あるいは重罪であっ
ても初犯で更正の余地が充分に認められる者達は、ここ――都に近い湖上の島
に集められ、労役に就く。一ヶ月後に正式かつ最終的な決定が下されることは、
この国の民なら誰もが知るところであるが、その決定方法に関しては秘密とさ
れている。
「さて、これからおまえ達の運命を決める訳だが、今回はおまえ達同士で決め
てもらうことになった。四十一名を対象に、おまえ達自身が投票をするのだ」
そうして役人は、以下の規則を朗々と発表した。
1.三十分ごとに一人を選んで投票する。投票時間は五分
2.得票数一位の者は奴隷として徴用、二位の者は解放。同数一位が生じた場
合は無効。同数二位が生じた場合は二位に関する条項のみ無効
3.一度書いた名前は二度と書けない。徴用及び解放された者の名も書けない
4.書く名前がなくなった者、投票しなかった者は徴用
5.全参加者の運命が決まるまで繰り返される
その間に、対象者各人には長方形の紙と鉛筆が配られた。
「なお、奴隷と言っても、そう悲観するものでないぞ。王のために一生を捧げ、
もしも王が逝去された折には、王墓にともに入り、王に永遠に仕えるのだ。名
誉なことではないか」
愉快そうに高笑いをした役人は、対象となる四十一名のざわつきを無視し、
突然、こう言い放つ。
「では、一回目の投票だ。配布した専用の紙に、名前をしっかりと書くんだ。
制限時間は五分。遅れた者は問答無用で徴用する」
ざわつきの質が変わった。無意識の内に、考える猶予が三十分間与えられる
と考えていた者が大多数を占めていたのだ。各地から集められたと言っても、
元からの顔見知りもいれば、ここへ来てから親しくなった者もいる。逆に、そ
りの合わない者もいる。そういった事情による組織票を、この一回目の投票で
は活かせそうにない。
「残り一分半」
誰もがまだ決めかねているところへ、役人が淡々とした口調で告げる。
その次の瞬間、対象者の一人、アブラハムが叫んだ。寸借詐欺を主に働いて
きた、とにかく口のうまい男である。
「みんな! 生き残るためには心を鬼にしろ! まずは一番体力のある奴に行
ってもらうしかないだろう!」
アブラハムは意中の男の名を出さず、視線だけをそいつに向けた。
「アブラハム、おまえ」
それきり、絶句した大男はブルースという。見た目の通り、体力があってス
タミナもある。健康そのもので、せいぜい虫歯が三本あるくらいだ。短気でさ
えなければ、こんなところへ来ることはなかったかもしれない。
「ブルースか……」
他の者達の視線も集まった。そしてそのどれもが納得の意思表示を浮かべて
いる。
「俺はもう書いたぞ! みんなも早くしろ」
アブラハムは折り畳んだ用紙を高く掲げてから、投票箱に入れた。
役人の「あと一分だ」の声が重なる。
「よし、決めた」
「悪いな、ブルース。恨みっこなしだ」
「俺だってあとから行くことになるかもしれんのだからな」
次々に追随する対象者達。手元を隠してはいるが、記す名前はブルース、ブ
ルース、ブルース……のはず。
「お、おまえらあー!」
肩を、いや、全身をわななかせていたブルースだが、役人のカウントダウン
に我に返った。一縷の望みをかけてか、はたまたせめてもの抵抗か、素早く鉛
筆を走らせる。ぐしゃ、と握り潰した用紙を投票箱に押し込むと、アブラハム
の前まで一気に駆けた。
「アブラハム! 貴様、待っているからな!」
役人が引き連れて来た衛兵が周りを囲んでいなかったなら、ブルースはきっ
と手を出していただろう。震える声で凄みを利かせ、震える拳を突き付けるの
みで引き下がった。
「おまえ達、静かにしろ。全員の投票を確認したため、残り時間三秒で締め切
った。速やかに開票に移る。なお、次回投票は今回の結果を発表し終わってか
ら三十分後に始まる」
集計が行われる間、極親しい者同士が二、三人程度の単位で額を寄せ合う様
子が見られた。早くも次の作戦を立て始めたらしい。
「静粛にしろ。結果を発表する」
場を取り仕切る役人が告げた。
「一位は三十九票でブルース。圧倒的多数だな」
すでにあきらめていたか、ブルースは自分から衛兵の方へと歩いた。そのま
ま広場の外へ連行されて行く。
「二位は二票でアブラハムだ。船で待て」
この発表には当人を除く全対象者が「あっ」と声を上げた。
「ふふん。うまく行ったようだね。まさか、誰一人として気付かないとは予想
外だよ。念のため、自分の名前を書いて投票しておいたんだが、必要なかった
な。一票はブルースが確実に入れてくれると分かっていたし」
とくとくと語るアブラハム。他の者達は、遅蒔きながら彼の戦略を知ったの
だった。ブルースに票を集中させるべく扇動し、なおかつ自らは密かに二位を
狙い、成功した……あの五分足らずの間に、ここまで計算を働かせるとは。
と、アブラハムの後方で怒号が轟いた。その方角に目をやれば、突進を試み
るブルースと、それを数人掛かり停止めようとする衛兵達。去りかけていたブ
ルースにも、アブラハムの自慢げな台詞が届いたのだ。
「えーい、静まれ! アブラハム、早く退場せんか。もめ事を起こすようなら、
只今の二位の権利、剥奪してもよいのだぞ!」
「は、承知いたしました」
アブラハムは一目散に人の輪を抜け出した。
反対側では、組み伏せられたブルースが引き起こされるところだった。
広場のそこかしこで二人組、三人組ができていた。一人でぽつんとしていた
者にも、すぐに声が掛かる。組織票の力が鍵を握るであろうことは皆が感じ取
っていた。
「アブラハムの野郎はうまくやりやがった」
カーズが低音の声で言った。いつもよりボリュームを絞っているため、なお
さら低く聞こえる。
「だが、同じ手はもう使えないぜ」
同郷で悪友のデモンが、周囲の様子に目を配りながら応じた。そのついでに
広場正面に建つ時計にも視線を飛ばす。あと二十五分。
「当たり前だ」
カーズは冷然と断じた。明らかに見下しているが、デモンはそれに感づく気
配すらない。窃盗や詐欺で鮮やかな手口を編み出すカーズが警察に捕まったの
は、共犯のデモンがどじを踏んだせいだった。当たり屋専門だったデモンは、
別の犯罪に手を染めるときも調子に乗って演技過剰になるのが悪い癖だ。
「最早このゲーム――敢えてゲームと呼ぼう――、数が力だ。アブラハムのよ
うな誘導は初っ端にのみ通じる」
「じゃあ、早く仲間を増やさないと。まずは三人目から……」
「待て。俺が今考えているのは、多数派を組織して主導権を握るべきか、それ
とも終盤、少数になった段階で確実に勝ち、生き残る道を取るか――」
「多数派を作るのって、何か困ることあるか?」
「目立つ」
「何だって?」
「多数派に入るのはいいさ。が、多数派の頭になるのは目立つ。目立つだけな
らまだしも、もしも形勢が逆転したとき、真っ先に狙い撃ちにされる」
「はあ。そういうものか」
感心してうなずくデモン。
「それに多数派をまとめ上げたリーダーが、直後に早速二位になって抜けるな
んてできやしない。むしろ逆か。そんな奴はリーダーにはなれない」
「……」
デモンは黙っていた。少し遅れて、ようやく理解した。
「けどよ。カーズはここに集まった中でも頼りにされている存在の一人だと思
うぜ。俺も頼りにしてるし」
「頼りにされている奴は他にもいる。俺が動かなくても、多数派を組織する者
は必ず出て来る。今回はその多数派に入り、安全を確保した上で様子見と行こ
う」
「カーズが言うんだったら、俺もそれでいいよ」
「よし、決まりだ。そうとなったら早い方がいい。ぐずぐずしていると、少数
派に押し込められちまう」
カーズは広場を見渡し、最も膨れ上がっている集団に足を向けた。デモンは
ただそれに付いていく。
「一、二、三……二十、二十一、二十二……」
エマーソンは人数を数え終わると、満足げに首肯した。
彼は大物ではないが、知能犯として知られていた。お札や怪しげな壺を無知
な人々に高く売りつけて大いに稼いでいたが、やりすぎてしまったため、島送
りの憂き目にあった。
「我々は二十七名いる。これで勝てるぞ」
自信に満ち溢れた口調で言う。彼を囲む者達の顔が喜色に輝いた。
エマーソンもまた笑みを浮かべつつ、横目でちらりと背後を見やった。
「あちらにいる連中は集まっても十二人。それに対し我々は二十七人いる。言
い換えれば二十七票を持っている訳だ。十四票を使って一位の者を、あとの十
三票で二位の者を、それぞれ思いのまま決められる」
「一位はあの十二人の中から、二位は我々の中から選ぶんですね」
合いの手のようにそう言ったのは、若いフレデリック。エマーソンに最も近
い位置で跪く彼は元々、捕まる前からエマーソンに師事していた。その信奉ぶ
りは篤く、今も両拳を胸元に引き寄せ、見えてきた希望の光に興奮を隠そうと
もしない。解放を早くも確信してさえいるようだ。
「何度も断ってきたことだが、もう一度、念押ししておこう。我々の戦略は最
良の手だが、二十七名全員が解放の権利を得られるものではない」
身振り手振りを交え、演説をぶつエマーソン。
「規則に従う限り、全員が相談の上で投票を行ったとしても、少なくとも半数
は徴用に回らざるを得ないからだ。解放は多くてあと二十名。ならばその全て
を、我々二十七名の中から出そうではないか。七名の貴い犠牲の下に」
効果を確かめる風に、エマーソンは言葉を切った。しばらく俯いていたが、
やがて面を起こすと再開した。
「では、どのようにして解放される者を、つまりは二位となる者を選び出すか。
我々はすでに仲間である。仲間に差を付けることはできない。しからば、運を
天に任せるしかあるまい。くじを引こう」
エマーソンは役人に頼んで、くじ引きのための紙を用意してもらった。短冊
状の細長い紙片を二十七枚作り、その中の一枚にだけ鉛筆で印を付けた。
「最初に言っておくが、選ばれた者は喜びをあらわにせずにいてもらいたい。
他の者への礼儀であるし、あの十二人の連中に知られるのもまずいのだ」
エマーソンはその点を殊更強調して言ってから、くじを引くよう、二十六人
の“仲間達”を促した。
「おっと、その前に」
不意に言い、エマーソンはくじを握る手を引っ込めた。皆が怪訝な表情をな
し、互いに顔を見合わせる。
「今回に限り、自分は無条件で外れとしておこう。それがリーダーとしての務
めだろう」
一枚、くじを引き抜き、それが無印であることを確認すると、エマーソンは
くしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。
「さあ、これで本当に準備ができた。順番に引いていってくれ」
そして再び、くじの束を前に突き出した。
第二回の投票開始まで、あと十分を切った。
便所で待ち構えていたカーズは、このタイミングで目的の人物が用足しに来
たことを幸運だと思った。相手が一人なのもいい。
済むのを見計らって密かに声を掛ける。
「ゴードン」
「――何だ、カーズか」
足を止め、振り返ったゴードンは白髪交じりの頭に手をやった。これと言っ
て特徴のない三十路男だが、目付きの鋭さが際立つ。声は優しげだが、必要と
あらばどんな犯罪でも厭わないとの噂があった。
「エマーソンの下について、うまいことやったようだな。こちらは目を付けら
れないようにするのに精一杯だよ」
薄笑いを浮かべ、自虐的な言葉を吐くゴードン。カーズは行こうとする相手
をもう一度呼び止めた。
「裏に来てくれ。生き残りたいのなら」
「『来い』ではなく、『来てくれ』か。こちらの運命がそちらの運命も左右し
かねないその言い種、興味が出たよ」
それには応じず、カーズは無言のまま急ぎ足で、それでいて周囲に注意を払
いながら便所の裏手に回った。ゴードンは後ろをついてくる。植え込みの陰に
隠れる形で、二人は向かい合った。
「一〇〇パーセントの保証はしないが、ゴードン、あんたが解放されるかもし
れないネタを持って来てやった」
「引き替えに何を求める? おっと、これは愚問だった。こちらは何をすれば
いいんだい?」
ゴードンは視線を外し、その上、背中を向けた。立ち話しているとは見えぬ
よう、距離を取ったらしかった。
「願いはあるんだが、残念ながらそう思い通りに行くとは考えにくいんでね。
あんたが解放されたあとの動きを見て決めるさ。あんたはただ、残り十一人の
票をとりまとめておいてくれ」
「努力はしてみよう。じゃあ、私自身が解放されるために、私は何をすればい
いんだろう?」
「あんた達十二人の票を割り振るんだ。これから俺の言う奴に、俺の言う通り
の票数を投じれば、まず大丈夫だ」
カーズは一際小さな声で人名と数を告げた。それを聞くや、ゴードンも納得
したように小刻みにうなずく。
「――おおよその理屈は分かったよ。しかし、分からないこともまだある。何
故、ネタをこちらにばらそうと思った?」
「エマーソンの野郎が、思っていたよりも馬鹿だったからさ」
若干、声が大きくなったカーズ。吐き捨てるようなその口調を改め、元の音
量に戻す。
「自分の考えが絶対確実だと信じ込んでやがる。穴があるというのにな、俺が
見付けたように」
「そんな愚か者の下にいるのが不安になった。だが、今から抜けると君自身、
投票される材料を皆に提供してしまうことになる……こんなところか」
「ご名答」
カーズは無音の拍手を形ばかりした。
「あんたみたいな切れ者には、早めに舞台を降りてもらわなきゃな。危なくて
しょうがない。だからこそ、俺は十二人の中からあんたに話すと決めたんだが」
「切れ者じゃなくても、このネタというか、君のこの行為をエマーソンに告げ
口すれば、より確実に生き残れると考える輩は多いんじゃないかね」
ゴードンが肩越しに目だけ振り返って、カーズに聞いた。
「本当の切れ者なら、今置かれた状況が短期決戦であることと、他の連中の大
部分とはこれが終われば無関係になること、この二点を把握しているに違いな
い。二重に裏切って、徒にややこしく振る舞っても得はない。あんたが俺に恨
みを抱いているのなら別だが、それもないと確信している」
「――結構」
ゴードンは歩き出した。
「これが終わったあとも、君との縁は保った方がよさそうだ」
第二回の投票結果発表は、二位から行われた。役人の気まぐれか、それとも
何か含むところがあったのかは、当人以外の誰にも分からない。
「二位は十四票を獲得したゴードン。どうやったか知らんが、よくぞ生き残っ
たな」
発表の最後の方は騒音にかき消された。主にエマーソン派の狼狽から起こる
ざわめきに。「馬鹿な!」という叫びが連続し、「どうなってるんだ?」「絶
対確実のはずなのに……」といったつぶやきが入り混じり、やがてオーバーな
表情とジェスチャーで仲間同士、言い合いを始めた。収拾が付かなくなる手前
で、役人が一喝とともに場を静める。戸惑い、騒いでいた者も我に返り、では
一位は誰なのかと息を呑んで注目する。
「そして一位は、残りの二十五票を集めたフレデリックだ。どんな作戦を立て
たのか知らんが、災難だったな」
他人事に過ぎない役人の軽口は、またもかき消されることになった。フレデ
リックは膝の力が抜けた風にへなっと崩れ落ちる。それに手を貸そうとしたの
は、一番近くに立っていたエマーソンだった。が、フレデリックはそれを荒っ
ぽく払うと、怒りに任せたように髪を振り乱して立ち上がる。
「くじで選ばれた者は必ず二位になり、助かると言ったじゃないですか!」
あとに続く言葉は意味不明のわめき声になっていた。顔をくしゃくしゃにし
たフレデリックは、ついにはエマーソンに掴み掛かり、衛兵に止められた。そ
れでも暴れる彼を、衛兵達が拘束具で身動きも発声もできなくしてから連れ出
す。
広場はどうにか平静さを取り戻したが、不穏な空気がまだ漂う。特にエマー
ソンとその周囲はぴりぴりと張り詰めていた。作戦が失敗に終わった原因は分
からないがとにかく逃げ出したいリーダーに、今回の投票で指示に従った面々
がそれをさせまいと詰問の構えを見せる。
「次の投票結果は明白だな」
誰かが呟いた。
そしてその呟き通りの読みをもって行動を開始した者がいた。カーズである。
彼はデモンにあることを命じた。この悪友がエマーソンを取り囲む輪に加わっ
たのを確認したあと、足早にその場を離れた。前回エマーソンの組織票に加わ
らなかった十一人のいる一画に至ると、誰とはなしに「話は伝わっているかな」
と尋ねる。
「ああ」
即座に返答があった。ハリスという男で、強盗専門と言っていいベテランの
犯罪者だ。十一人の中ではボス格と言える存在で、先程抜けたゴードンとは特
に親しかったはず。最初の一瞬だけ目を合わし、あとは銘々が勝手な方向を見
ながら会話は続く。
「十一人全員の意思統一はできているのだろうか」
「ゴードンさんから話を聞いて、俺達も考えた。この状況で、ただ単に言いな
りになってりゃ、踏み台にされるのが落ちだ」
「それじゃあ……」
しくじったか、とカーズは内心、落胆した。顔色を変えずに次の言葉を探し
ていると、相手が先に口を開いた。
「カーズ、あんたのおかげでゴードンさんが助かったのは事実だ。エマーソン
の野郎のおかげで追い詰められ、順番に一位にさせられるのを待つだけだった
俺達が、息を吹き返したのもまた事実。だからこそ、二回目の投票では全員で
フレデリックと書いてやったんだ」
エマーソンの作戦の穴。それは、二位に推すために選んだ者の名前を、グル
ープ外の人間に知られると破綻する点である。グループ外の人間の内、少なく
とも二票が二位予定者に入れば、そいつは一位に押し上げられる。
カーズはゴードンに頼む折に、最低二票で充分だと告げていたが、開票結果
を見るとゴードンを含む十二人がフレデリックの名を書いたことになる。無論、
これからも投票を続ける立場として、“書ける人名”をなるべく残したいとの
計算も働いたに違いない。フレデリックの徴用が濃厚ならそれに乗っかろうと
いう訳である。
「俺達十一人の考えは、一つにまとまっている。次回の投票はおまえに従おう」
「それならそうと早く言ってくれよ」
「俺達の誇りのために断っておく。礼の意味だけで従うんじゃあないぞ。おま
えがゴードンさんを早く退場させたがったのと同様に、俺達もおまえの切れ者
っぷりを警戒しているんだ。その上、おまえはすでに一度、エマーソン達を裏
切ってる。そんな男にいつまでもこの広場にいられたら、安心できやしねえ」
「誉め言葉と受け取っておく」
カーズはにやりと笑ってみせた。
「では三回目の投票で、俺達は誰に何票投じればいいのか、聞いておこうか」
「俺に七票。あとの四票はエマーソンに」
エマーソンに従った二十五人から、カーズ自身を除くと二十四人。ほぼ全員
が、作戦失敗を理由にエマーソンに投票するのは間違いない。念のため、デモ
ンに「三回目はエマーソンを一位にして、責任を取らせようじゃないかじゃな
いか」と連中を煽るよう、言い含めておいた。これから自分も糾弾の輪に加わ
って状況を見、必要とあらばだめ押しするつもりでいる。
「承知した」
請け負ったハリスに短く礼を告げると、カーズは目立たぬように来た道を戻
り始めた。
そうして、カーズの策は見事な成功を収める。エマーソンの失敗とはあまり
にも対照的だった。
一位がエマーソン、二十五票。二位がカーズ、八票。三位が四人出て、ハリ
ス、アイク、ジェイソン、キングにそれぞれ一票。役人の発表した第三回の投
票結果はこのようになった。
ハリスへの票は、エマーソンが最後のあがきをしたものと考えられる。
アイク、ジェイソン、キングの三名に関しては、一回目でアブラハムが取っ
た作戦をそっくりそのまま踏襲したものと推測された。つまり、エマーソンに
票が集中すると読み、得票数一で二位になるべく、自分で自分に投票したのだ
ろう。そんな目論見もカーズの用意周到な策の前に、あえなく水泡に帰した。
当人達はお首にも出さないが、心中ではこの勇み足が相当堪えているはず。
「カーズが二位になるなんて、聞いてないよ」
立ち去ろうとするカーズの背後で、デモンが情けない声を上げる。振り返る
と、へたり込み、最早泣き崩れんばかりの姿があった。
「すまん。俺も予想していなかったんだ」
しれっとして答え、片膝をついてデモンの肩に手を置くカーズ。
「エマーソンに票が集まっていなかったらと思うと、ぞっとする。デモン、く
れぐれも言っておくがな。俺に投票したのが誰なのかなんて、詮索するな」
「え、でも、そいつらはカーズの敵、つまりは俺の敵も同じで……」
面を上げたデモン。不可解を絵に描いたような表情をしている。
「そんなことをしている暇があったら、自分が生き残ることを考えろよ。昨日
の敵は今日の友と言うだろ」
「うん……」
「エマーソンの下に集まっていた連中は、互いに疑心暗鬼になっているだろう
から、加わっていなかったハリス達十一人の方に付くのもいいかもしれないぜ」
「そうかな……そうかもしれない」
「最後にもう一つ、俺からのアドバイスだ」
カーズは立ち上がった。見下ろし、続ける。
「簡単に人を信じるな。分かったか?」
デモンは元気づけられたのか、すっくと立った。
「分かったよ、カーズ。俺、絶対にあとから行くから」
そしてデモンは、邪気の抜けた明るい笑顔でカーズを送り出した。
――続く