#369/598 ●長編 *** コメント #368 ***
★タイトル (AZA ) 10/09/01 00:00 (269)
ネスコート村の怪事件 2 永山
★内容
「アイバン君。この村に旅行者が立ち寄ることは稀なようだから、聞き込みは
早めに切り上げて、明日、出発するのがいいかもしれないな」
エイチの言葉に頷くアイバン。エイチはジュースを一口飲んで話を続けた。
「一つ気になるとすれば、国からの役人が来るという話だが……皆さんはご存
じないかな、次にいつやって来るのかを」
こちらの世界の人達に尋ねる。
「さて。あの話は……」
「どうなるんだっけな」
店の者も客も入り混じり、頼りなげな会話を交わす。何故かしら、妙に牽制
し合う空気が窺えた。エイチが念のためにと、付け加える。
「言うまでもないが、長寿の祝いの件じゃなくてもかまわない。何かないかな」
「こんな村に国の遣いが来るのは、長寿の祝いぐらいでさあ」
「そういえば、まだ聞いていなかったな。お祝いは、当事者の誕生日に合わせ
て来るのだろうか?」
「ええ、交通事情さえ問題なければ、誕生日の当日に来ますよ」
「だったら」
思わず口走るアイバン。エイチとアイコンタクトを交わした後、話を引き継
いだ。
「次にいつお祝いの使者が来るのか、分かるんじゃありません? 村の人口っ
て、そんなに多くないみたいだし、長寿の方の誕生日を皆さん、覚えているの
では」
「ああ、そうだよ」
答えたのはビスタッチ。声が遠くなったなと思ったら、いつの間にか厨房に
戻っていた。
「次に祝いの対象になってるのはオルドーんとこのばあさまで、二日後に確か
百十一歳になる。使者がその日に絶対来るとは限らんが、待ってみるかね」
「もちろんです。ぜひ」
内心、二日ぐらいならと安堵し、アイバンは答えた。エイチは首肯しつつも、
やや思案顔をなす。
「二日間、今日を含めて少なくとも三日いるのなら、時間がもったいない。他
にも外部の情報をもたらしてくれる人物に、当たりを付けて、話を聞くとしよ
う。旅行者は少なくても、最低限の物流は必要なはず。村の収穫物をよそに売
ることもあるだろう。運送業者が往来してしかるべき」
「村にある物で、たいていは済むからねえ。定期的なのは、薬屋の行商くらい。
それにしたって、一年ぐらい間隔空くんじゃないかな。あと、村の作物を売る
には売るけれど、大して遠くじゃないよ。近くて、野菜や果物の足りない町な
んかに売るのさ」
「なるほど。都市部のニュースが伝わってくるのも、時間差がありそうだ。無
論、逆もしかり」
「まあ、当然そうなりますよ、お客さん」
そろそろ潮時としたいのか、ウェイトレスもまた厨房へと向かった。男性客
達も元いた席に戻っていく。
エイチとアイバンは礼を述べると、ジュースを片付けに掛かった。酒場が開
くにはまだ早いが、行きたい場所はできた。役場に引き返すつもりだ。いくら
片田舎といえども、大きなニュースや国からの通達などは、いち早く受け取る
必要があるはず。そのための手段が確立されているに違いない。
着いてみると、最初のときとは打って変わって、役場は騒がしくなっていた。
といっても、村民が押し掛けている様子はない。職員達だけで慌ただしく動き
回っている風に見えた。
「ゴッジスさんもいませんね」
観光課の窓口に出向いたものの、そこは空っぽだった。
「他の人を掴まえても、果たして教えてくれるかどうか、怪しいな。先に、村
に一つだけあるという病院に行ってみようか。期待薄だが、都市部の新しい情
報が入って来ているかもしれない」
「そうするのがよさそう――」
エイチの言葉にアイバンが応じ掛けたそのとき、二人の前に職員が現れた。
「何か? ばたばたしていてすみません」
女性職員だった。若くて、化粧もしっかりしている。その化粧に影響を及ぼ
しそうなほど、玉の汗を浮かべているところを見ると、よほどの大ごとが持ち
上がっているのか。
「人捜しをしています。村で話を聞くのも手詰まりになったので、こちらで何
か掴めないかと思い、来たのですが……何事かあったんですか」
普段より丁寧な口調で尋ねるエイチ。女性職員は曖昧な笑みを覗かせた。
「ええ、まあ。大したことじゃありませんのよ。……あの、あなた方は“対岸”
の人ですわね」
「はい。ゴッジスという方に伝わっていると思いますが、特に迷惑を掛ける能
力ではないつもりです」
「いえ、あの……映画でいう特殊メイクみたいなことができる、そんな能力は
お持ちでないかしらと思ったものですから。変装とか」
「は?」
話の飛びように、エイチもアイバンも思わず声を上げた。
「そのような能力も技術も、我々にはありませんが……」
「それでしたらいいんです。ちょっと伺ってみただけですので。忘れてくださ
い」
慌てたように言うと、女性職員はそそくさと立ち去ってしまった。
残されたアイバンとエイチは、彼女の姿を目で追っていたが、じきに奥に引
っ込んでしまったので、あきらめた。
「どういう意味があるんでしょう?」
「……今はまだ、何とも言えない」
「エイチさん、探偵なんだから、変装の心得があるんじゃあ?」
「多少ね。だが、あの職員の態度や、真っ先に特殊メイクを持ち出したことか
ら判断すると、変装というよりも変身に近いものを求めているようだった。迂
闊なことは言えない雰囲気を感じたので、できないと答えたんだが」
「何が起きているのか知るには、できると答えるべきだった、と」
「いや、そうは思わない。現在、僕らの最大の目的は、君の彼女を見付け出す
こと。好奇心の趣くまま、関係ないことに首を突っ込み、隠された秘密を知っ
た挙げ句、危険に晒されては目も当てられないよ」
「……」
アイバンは嬉しくなった。エイチはきびすを返し、玄関へ向かいながら小声
で続ける。
「とはいえ、掛かる火の粉があるようなら、払わねばならない。トラブルを避
けるには、早々に発つのがよいと僕の直感が告げているのだが、情報も得たい。
成り行きを見守るしかなさそうだ」
結局、新しい情報を得られないまま、役場をあとにすることとなった。
病院にも回ってみたが、大した収穫はなかった。というのも、病院全体も結
構忙しそうにしていたのだ。お喋り好きそうな女性薬剤師の話によると、一昨
日から昨晩に掛けてお年寄りが四人、相次いで亡くなり、一人しかない医師は
てんやわんやだったという。
「一度に四人が亡くなるなんて、火事か何かですか」
アイバンは何気なく聞いてみた。すでに薬屋の行商に関しては、半年くらい
前のことだったから、そこから得られる情報はないと判断が付いていた。
「まさか。別々の家の人ですよ、四人とも。でも、四人集まっていたのはその
通り。どなたかの家に集まって、一緒に食事をしていて、食中毒に」
「食中毒……。何歳ぐらいの方なんです?」
「確か、九十六から九十九ね。男二人に女二人。同世代の人がいないから、仲
がよかったんだけど、普段はあまり会わないようにと制限されていて」
「何故、制限を」
薬局内を見渡していたエイチが、不意に質問を発する、薬剤師は眼鏡の位置
を直しながら、若干早口になって答えた。
「そりゃあ、だから、今度みたいなね。四人いっぺんに死んじゃうようなこと
がないように。なのに、たまに会って、食事したらこうなってしまうなんて」
「あなたはさっき、同世代の人がいない、と言われた」
「え? ああ、はい」
「しかし、よそで聞いた話では、この村は百歳を超える長寿の人が多いのでは。
お祝いのため、国から遣いが割と頻繁に来るほどに」
「……百歳と百歳未満とでは、同世代とは呼ばないんじゃないですか。私はそ
ういうつもりで話をしたんです」
「見解の相違という訳ですね。分かりました」
エイチはにこりと笑って、質問の矛を収めた。女性薬剤師も安心したように
笑みを返す。
「お客さん達は、いつまで村にとどまるの?」
「今日を含めて、三日ないし四日間いるつもりです」
答えたアイバンは、エイチを振り返った。
「話を聞かせてもらったことだし、ここで少し補充しておきます?」
言うまでもないが、アイバンの能力があれば、薬は不要だ。ここでいう補充
とは、生活雑貨の類である。
「任せるよ。――高齢者が多いと、そのための商品もよく出るだろうね」
薬剤師に話し掛けるエイチ。
「そうですね。吸い飲みとか前掛けとか。あとはのど飴のやわらかいやつね」
「一度に四人も亡くなると、売上げが落ちる?」
「そんなことは……まあ、確かにそうなるでしょうけど」
「――実をいうと、我々には多少、治療の心得があります。授かった能力の応
用なんですが。ご高齢者の家々を何軒か見て回って、少しでも力になろうと、
そういう思いもあって、こちらに足を運んだ次第です」
しゃがんで品物を選んでいたアイバンは、エイチが予定外のことを言い出し
たので、びっくりして見上げた。だが、表情には出さない。何か考えがあって
のことだろう。品物選びに集中している風を装う。
「え? それはありがたい話です。きっと先生も喜ばれるでしょうけれど……
やはり、医療行為には資格が必要ですし。いくら確かな能力があるとしても、
ねえ」
「ならばせめて、こちらの医師の往診に立ち会い、見学させていただくのは?
四日もあれば、往診の機会もあるでしょう。ほら、二日後が誕生日のオルドー
さんのところなどは、万全を期して国からのお役人を迎えなければ」
「え、ええ。しかし、それはそれで、患者さんの方が嫌がるかもしれませんわ。
身体のどこそこが悪いなんて、無闇に知られたくはないものでしょうから」
「うーん、だめですか」
「あ、私が判断することではありませんよ。先生に直接伺って、判断を仰ぐべ
き問題です。私はただ、この場でできる一般的な判断を解答したまでです」
「分かっています。お忙しい先生を邪魔してもいけない。今回は断念するかな。
――アイバン君、買う物は決まったかい?」
アイバンは適当に見繕った品々を手に、レジの前に立った。
「最初に、君に謝らなければいけない。すまなかった」
宿までの道中、アイバンはエイチに頭を下げられ、当惑した。買い物の入っ
た紙袋を持ち替え、「何がです?」と聞き返す。
「つい一時間ほど前には、ジュンさんを捜すのが最大の目的だ何だと宣言した
にも拘わらず、僕はこの村で起きているであろうことを探るため、推理を働か
せてしまった。その端緒を、先ほどの薬剤師がちらと見せたからなんだが」
「じゃあ、やっぱり、さっきの薬局での高齢者の家に行ってみたいとかいう話
は、そのための……」
「そうだ。確証を得られた訳じゃないが、この村では不正が進行しているんじ
ゃないかと思う。尤も、僕らには無関係なことだ。徒に波風を立てる必要はな
い。国に不正を告発する義務もない」
「ネスコート村は国に対して不正を働いていると?」
「恐らくね。ただ、それももう終わりにするつもりなのかな。多分、今晩か明
日早朝、遅くとも二日後までには、百歳を超える高齢者全員が村から一斉に消
えるかもしれないな」
「え?」
エイチの“予言”は的中した。列挙した日時の中で、最も早い形で。
――ナタリオン自慢の手料理はアイバン達の舌にも合い、とても堪能できた。
酒場エヴァンリッジ亭での聞き込みで、わずかながら希望の持てる情報を得ら
れたことも、気分のよさに輪を掛けていた。
満ち足りた気分で眠りに就いたアイバンとエイチだが、その安眠はあまり長
くは保たれなかった。深夜三時過ぎに、窓外の騒がしさから目を覚まさざるを
得なくなったのだ。
「エイチさん。これってもしかして」
「うん。どうやら始まったようだ」
身支度を整えていると、部屋の扉がノックされた。続いて切羽詰まった声で、
ナタリオンが聞いてくる。
「夜分に大変失礼をいたします。ご容赦を」
「そんなしゃちほこ張った言葉遣いをしなくていい。外が騒がしいが、何があ
った」
エイチが扉を開け、予め用意していた質問を宿の主に投げ掛けた。
「その前に、明るくさせていただいて、お部屋の中を拝見……。まさかとは思
いますが、誰かが忍び込んだり、あるいは誰かを匿ったりはしてないでしょう
ね」
「当然だ。忍び込める隙間なんてないし、窓も閉まっている。ここには知り合
いがいないのだから、匿うこともない」
「ああ、ではここも違うか」
「何があったのか聞いているんだけどな、ナタリオン」
「実は……神隠しが起きたようで。高齢者がまとめていなくなったんですよ。
七十人以上がね」
「普通ならあり得ない事件だ。だから、我々どちらかの能力のせいではないか
と、疑っている訳かな?」
「滅相もない!」
首と両手を振り、激しく否定するナタリオン。
「ともかく、こんな奇妙な事件が起きたことをお伝えし、念のため、気を付け
てくださいと注意を促したかった。それだけでさあ」
「百歳以上の人がいなくなったと言ったね?」
「は? はあ、それが」
「ということは、オルドー家の祖母をお祝いする話もなくなるのだろうか。国
の使者も断る?」
「あ、いや、どうかな。自分には皆目分からない事柄なんで……。でもま、き
っとそういうことになるんじゃないかと思う」
「ふむ。そいつは残念だ」
言葉の通り、さも残念そうにうなだれるエイチ。
「国からの遣いが来ないとなると、我々もここネスコート村にとどまる理由が
なくなってしまう。悪いんだが、明日以降の宿泊の取り消しはできるかな」
「そのくらいなら、かまいやせん。手数料もいただかない。元の状態に戻す。
簡単なことだ」
手振りを交え、笑みをなすナタリオン。どこかしら緊張感の漂う笑顔なのが
気に掛かる。
「目が覚めてしまった。我々も捜索に加わろうか」
「いや、そこまで迷惑は掛けられん。まさかとは思うが、さらわれたんだとし
たら、犯罪絡みだ。客を危険な目に遭わす訳にはいかん」
「では、枕を高くして眠っていればいいと?」
「もちろんだとも」
胸を叩くと、ナタリオンは足早に廊下に出て行った。エイチは開け放たれた
ままのドアを閉めると、アイバンに囁き調で言った。
「あれほどお客を気に掛けていながら、扉を閉めるのも忘れるとは、よほど急
いでいるらしい」
「芝居がかっているように感じた」
アイバンは感想を漏らすと、窓の方をちらと見、低めた声で続ける。
「エイチさんが言っていた推測、的中したみたいですね。ネスコート村に百歳
を超える高齢者は一人も存命しておらず、食中毒で亡くなった四人の高齢者が
その身代わりを務めていた、という」
一人二役ならぬ、四人七十数役の欺瞞。大した変装・メイク技術なしでこん
なことが可能だったのは、国の使者の任期が高々二年であること、顔を合わせ
るのが誕生日当日だけであること、高齢者は見分けづらいこと等が挙げられる
が、最大の要因は、システム及びチェックの甘さだろう。身内の者が届けを出
さない限り、死んでいても事実認定されず、ずっと生き続けていると見なされ
る。
一人芝居なら、じきに周囲に気付かれるであろう。だが、その周囲も全て共
犯であれば、露見する恐れは格段に低くなる。
「動機も推測通り、お金、なんでしょうか」
「直接聞けば教えてくれるかな」
冗談めかして答えたエイチ。
この村の遠景を視界に捉えたときから、ちょっとした違和感はあった。典型
的な農村なのに、一部の建物はやけに近代的でしかも新しい。村が潤っている
証だ。百歳超の長寿者を大勢抱えることで、助成金やら補助金やら、名目はと
もかく、国からのお金がたんまりと流れ込んだのだろう。
最初から国をだますつもりはなかったに違いない。想像するに、恐らく――
あるとき、誕生日を目前にして百歳超の老人が逝ったのだろう。今から使者を
追い返すのは面倒だし、礼を失することになりかねない。祝い金も惜しい。そ
んなちょっとした欲から、身代わりを立てることを思い付いた――そんな舞台
裏だったのだ。
一度成功すると味を占め、同じごまかしを重ねる内に、当たり前の習慣のよ
うに化していった。
「僕らが告発しなくても、いずれ白日の下にさらけ出されていたさ。百歳超の
村人が百や二百にもなれば、長寿の秘密を調査しようという話がきっと持ち上
がる。村に調査隊が派遣され、悪事が明らかになる……それに比べれば、現状
の方がましな幕引きかもしれない」
そこまで言うと、ベッドに戻り掛けたエイチ。だが、その動作をやめて、言
い直す。
「幕引きではなく、幕開けになるだろうね。この国の警察だって、集団神隠し
を信じるほど甘くはない」
〜 〜 〜
次の目的地、シャンバ市に入ったアイバンとエイチは、久しぶりに新聞を購
入した。新聞の販売そのものを、地方の村々では見掛けないことが多い。
ネスコート村の醜聞が明らかになって、すでに数日が経過しており、関連記
事は続報の形で載っていた。
曰く――他の市町村でも同様のことが行われていないか、百歳超の年齢層を
中心に、高齢者の身元と所在の徹底確認が各所で進められている――。
――終