AWC 火のあるところ3   永山


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#325/598 ●長編    *** コメント #324 ***
★タイトル (AZA     )  08/07/01  00:01  (460)
火のあるところ3   永山
★内容
「追っていた怪盗に逃げられ、その上、バイクをお釈迦にされた」
 食事の席でメイさんは、精神的に参っている理由をそう説明してくれた。
「正確を期すと、怪盗に逃げられたんじゃあない。偽の情報を掴まされ、偽者
を追い掛ける羽目になっていたんだよ」
 名誉のためにか、自己フォローをすると、この件に関するメイさんの話は終
了。あとで僕を送るため、今はお酒を飲まないでいるようだ。ここは根掘り葉
掘り聞かず、別の話題に移るべき。
 幸い、メイさんの方から振ってくれた。
「さっき云っていた事件てのは、どういうもの? 明日には発つから、最後ま
では付き合えないが、とりあえず聞いておきたいな」
 僕は一ノ瀬と顔を見合わせた。アイコンタクトと呼べるほどのやり取りもな
く、僕が話すことに。かなり大きく報道されている事件だし、個人名を伏せる
のは難しいので、ありのままを全て伝えた。
「――なあるほど」
 僕が説明を終えると、メイさんは唐突に合点顔になった。
「十文字という子、想像力豊かみたいだね。ロボット盗難の手口は、確かに目
星が付く」
「え。メイさんも目星が付いたというんですか?」
「正解かどうかは別にして、一つの方法ならね。もしかしたら、百田君も気付
いているんじゃないの」
「とんでもない」
 ぶるぶると首を振る。メイさんはくすりと笑うような仕種を垣間見せ、それ
から一ノ瀬の方に目をやった。
「和葉は?」
「ミーも分からないよ。だって、考えてないもん」
 何と。そうなのか? 十文字先輩に付き合ってるから、一緒になって推理を
働かせているものとばかり。
「今すぐ考えてみたら?」
「えっと。多分、容疑者の体格によりけりはべりいまそかり」
 混じってる混じってる、古文が。
「おっ、気付いてるみたいじゃない。犯人は茶運びロボットの内部に身を潜め
ていたってことに」
 何ですと?
 間抜けな心の叫びを辛うじて声にせずに済んだのは、メイさんの今の一言で、
密室からのロボット盗難の謎が、僕にも解けたため。
 そうか。巨大茶運び人形の内部は、人が収まるくらいのスペースがあると聞
いた。周囲の目をかすめて、中に隠れることさえできれば、ロボット講座終了
後、部屋には外から鍵が掛けられる。深夜、人の気配がなくなったら行動開始。
茶運び人形から出て、お目当てのロボピック優勝ロボット一式を手にする。そ
のあとは朝まで過ごし、時間を見計らって再び茶運び人形の中に入る。無論、
ロボピック優勝ロボットを持って、だ。やがて笠置教授が来て、部屋の鍵を開
ける。しばらくして盗難に気付き、部屋を離れる。その隙に、犯人は茶運び人
形から抜け出て、そのまま逃走すればいい。食事や用便等の対策を講じておけ
ば、可能であろう。
 先輩が、現場写真を見てからどうこうと云っていた意味も、よく分かった。
現場となった工作実習室に、巨大茶運び人形があることを、その目で確かめた
上で、結論を出したかったのだ。
 メイさんや一ノ瀬の推測も同じだった。
「でも、このやり方だと、茶運び人形内部に隠れるのが、最大の難関ね。盗難
の起きた日のロボット講座が終わる間際、人目を盗んで隠れるのはどうにかこ
うにかできたとしても、そのあと、講座を手伝った学生や助手が、ちょっとで
も茶運び人形の位置を動かそうとしたら、まずアウト」
 難点を挙げる割に、楽しげなメイさん。考えたり、想像を膨らませたりが好
きなんだろう。
「そこが逆に、推理の端緒になるかも」
 一ノ瀬は一言云って、冷しゃぶの肉を頬張る。もぐもぐもぐ、ごく、と嚥下
してから、話を続けた。
「まず、ミー達が思い付いた方法で合っていると仮定するよん。これが大前提。
学生や助手の存在故、ロボット内部に隠れるのが大変なら、学生や助手の中に
共犯者がいれば、楽になる」
 今度は、練り物を詰めたレンコンの天ぷらを口に運ぶ。その間にメイさんが
応じた。
「共犯が一人でもいれば、だいぶ状況は変わってくるな。いきなりロボット内
に隠れなくてよくなるんだから。まず、共犯の手引きで、実習室のどこか死角
にでも一時的に隠れる。その後、室内に自分だけ、もしくは共犯者と二人きり
になった機会を逃さず、ロボット内部に移ればいい」
「助手といえば、一人、死んでたんだ。名前はえっと、浪野茂彦。この人の死
って、どっちかな」
 何が「どっち」なんだ。省略されると分からないぞ。僕にも分かるように云
って欲しい。
「浪野助手の事件は、たとえば犯人の犯行を目撃したというような、偶発的な
殺人なのか、それとも共犯関係にあった彼が用済みになって始末されたのか。
そういうことだね?」
 一ノ瀬に代わり、メイさんが補足してくれた。これなら理解できる。
「二人の推理に沿わせるなら、浪野助手共犯説になりますね」
「その方がすっきりする、それだけだよ」
 と、たしなめる口ぶりと目付きでメイさん。
「共犯関係の学生なり助手なりが、浪野に企みを知られたと気付き、口封じに
殺したっていう筋書きも考え得る。こればかりは、浪野の周辺を洗ってみない
と、可能性は等しくあるように思うな」
 僕は照れ隠しに、大げさに頭を掻いた。自分もいいところを見せようとして、
墓穴を掘ってしまった。
「想像を逞しくして、仮説を組み立てるのは大いにあり」
 メイさんが残りの食事を片付けながら云う。
「ただし、証拠や根拠のないことは、関係者の前でおいそれと口に出さない。
他に狙いがあって、故意に口に出すのはいいが、そうでなく、妄想を吹聴する
のは人を傷付ける恐れがある」
 最前の僕の勇み足を咎めているのではない、ということかな?
「それともう一つ。仮説が如何に尤もらしくても、実際に調べて手掛かりと照
らし合わせるのが肝心なのは当然だが、その際に、仮説に合わせて手掛かりを
歪曲してはだめ」
「過ちては改むるに憚ることなカレー」
 一ノ瀬、よく知ってるな。最後のアクセントがおかしいけど。
「そういうこと。これができない人間は、途中で仮説を披露せず、しまいまで
黙々と作業しときなさいってね」
 いわゆる名探偵の多くが、途中で考えをあまり云わないのも、このせいなの
だろうか。間違えていたら格好悪いし。
「さて、ごちそうさま。私は出発の準備をしてるから、勉強が済んだら、声を
掛けてちょうだい」
「おー」
 何で一ノ瀬が返事する。
 とにかく、勉強を早く片付けて、早い内に帰ろう。それにはまず、食事を早
く終わらせねば。

「バイクがだめになったあと、この車はどうやって手に入れたんですか?」
 距離はたいしてないといっても、送り届けてもらう道すがら、黙っているの
も気詰まりだし、僕はあれこれとメイさんに尋ねた。
「そりゃあ、色仕掛けで」
「ほ、本当ですか?」
「純情少女みたいな反応は困るな。かといって、事実を曲げたくないし」
「本当なんだ……」
「詳しく話すと、怪盗の件での依頼者が大金持ちで、気前よくくれた。偽の情
報を掴ませたこと、バイクをお釈迦にされたことのお詫び込みでね。そのお詫
びの中に、私への好意も多少混じっているのは間違いのない事実」
「買ってもらうなら、もっといい車をねだればよかったのでは」
「小回りの利くのが好きなの。ダンスできるくらいのがいいわね」
「あ、猛スピードで突っ込んで来て、くるっとターン、ぎりぎりの隙間に縦列
駐車とか?」
「できるわよ。この車にはまだ慣れてないけれど、多分、大丈夫」
 適当な場所があったらやりかねない口ぶりだったので、僕は超安全運転をお
願いした。
 じきに到着。車は家の前に横付けされた、安全運転で。
 僕の親が出て来たので、挨拶を交わす。メイさんは流石に大人で、如才なく
こなした。外見がいいのもプラスに働くんだろう。
 親が引っ込んだところで、メイさんは車に乗り、運転席から僕に話を。
「学校絡みで物騒な事件が連続しているから、注意するようにね」
「それは勿論です」
「ついでと云ったらあれだけど、和葉にも気を付けてやってほしいの」
「それも勿論。できる範囲で、ですけど」
「うむ。事件を含め、気になることがあって、ここを離れるのは少々後ろ髪を
引かれるんだよねえ。しかし、行かねばならぬ場所がこう多くちゃ、仕方がな
い。頼りにしてるから」
 僕なんか戦力外で、頼られても“溺れる者は藁をも掴む”の藁ですよ、なん
て自嘲も美人を目の前にしているとしづらく。まあ、十文字先輩や五代先輩を
含めたグループとしての返事ってことで、僕は頷いておいた。
「では。無事帰宅したかどうかの電話はいらないからね。帰ったら浴びるよう
に飲み、寝る!」
 お気を付けて。僕は手を振って見送った。
 思わぬ形で勉強が捗り、先輩からの頼まれ事は一ノ瀬に押し付けた。今晩は
安眠できるはずだったが――夜遅くになり、一ノ瀬から電話があった。電話は
いらないと云われたのに、向こうから掛けて来るなんて。いや、あれはメイさ
んの発言だが。
「遠藤丈二と笠置優也の接点を探っててん」
 喋りがおかしくなってるぞ。何の影響を受けたんだ。
「え。助手殺しはどうしたんだよ」
「それもやってるよん。警察、方法は解明したみたい。気化したガソリンに何
らかの火花が引火し、一気に燃焼した。波野は急な炎に顔面を焼かれたことで、
驚き慌て、後ろに転倒。頭を打って死んだ。指先の火傷は、燃焼物を手に持っ
ていたため、という見解を後日、ちゃんと発表してた」
 てことは、過失致死?
「現場には燃え残りの物体があったらしいんだけど、これは正式発表してない。
犯人特定の有力な手掛かりになると睨んでるのかな、かな?」
「ふうん。て、それをどうやって知ったのさ?」
「事件後の現場を、捜査が始まる前に、たまたま見て、これは特ダネとばかり
にネットに書き込む人っているでしょ。一部のスポーツ新聞や週刊誌が、その
類を記事にしてた。記事によると、一応、警察に当たって、確かな話だってこ
とになってる。どこまで信じていいのか分からないけど」
「容疑者は具体的にいるの?」
 どうして十文字先輩に直接報告しないのだろう。途中でそんな疑問が浮かん
だが、とりあえず話を聞いておく。
「警察の発表では、鋭意捜索中だけど、絞り込めてる感じじゃないね。警察は
容疑者逮捕が近いと、情報を出さなくなる傾向が強い――って、前に十文字さ
んが云ってたよ」
「遠藤丈二と笠置優也の接点てのは? まさか同級生というだけじゃないだろ」
「順を追って話すと、まず、二人は中学も同じで、三年時にクラスが一緒だっ
た。そしてそのときの冬、クラスメートの一人が校内で大火傷を負い、今も療
養生活を送っているみたい」
 順を追っている割に、唐突だ。僕は説明を求めた。
「焦らない焦らない。その人、梶谷通(かじやとおる)といって、火傷の原因
が表向きは事故とされているけれど、どうも自殺未遂っぽい。火傷のことは新
聞に小さく報じられていて、最初期は、遺書めいた書き置きがそばにあったと
記してあるのに、次に紙面に載ったときは、なかったことに。火傷も、理科の
実験を一人で勝手にやろうとして失敗したせいだって」
「きな臭いな」
「きな粉臭い? きな粉にそんな酷い匂い、あった?」
 僕は速やかに訂正してやった。そして本題に戻る。
「その遺書、いや、命を取り留めたのだから、書き置きだよな。書き置きに、
自殺を図る原因になった生徒だか先生だか、とにかく人名が明記されてたんじ
ゃないかなあ。それに圧力が掛かって、もみ消された」
「うん、そんな噂が立ってる。でね、この梶谷と遠藤、笠置は三人でセットと
見られるほど、仲がよかったというか、いつも……白鳥じゃなく……」
「?」
「あ、いつもつるんでた」
 白鳥、鶴……。いくら僕でも、これは予測不可能だ。疲れる。
「なのに、事件後、笠置優也と遠藤は喧嘩でもしたみたいに、離れ離れに。梶
谷のお見舞いに行くのは、遠藤だけで、笠置優也の方は全然だったとか」
「ストップ。火傷が実験の失敗ってことにされたまでは、記事から分かるとし
て、そのあと、遠藤達二人が絡んでくる部分は、どうやって調べたのさ」
「実は、ちょっと特別なアクセスを。中学校で火傷事件の内部調査が行われて
いてね。テキストデータの形で保存されていたその報告書を、覗き見させても
らったのさ!」
「明るく云えばいいってもんじゃないぞ」
「だめかな? 十文字さんがこの手の情報入手をどう判断するのか分からない、
ひょっとしたら手掛かりとして認めないかもしれないから、先にみつるっちに
知らせてみたんだけど」
 そういう訳か。合点が行った。
「裏付けさえあれば、OKじゃないかな。謎の解明を第一に考える人だから」
「なら、なるべく早くメールで伝えようっと」
「報告書の結論は?」
「うにゃ? ああ、結論は――表向きでない方の結論は、えっと、火傷の件が
起こる前に、梶谷が特定の級友と関係を悪化させていた気配はなくもない。が、
高校受験を控えた時期に特有な、精神の不安定さの表れとも取れ、また、自傷
行動に走った原因が、級友との関係悪化にあるとは必ずしも断定できない。こ
んな具合だよ。ついでに云うと、原因が学校の指導力不足にあったなんて説も、
形だけ持ち出して、否定してる。何のための内部調査なんだか、分からないねー」
「梶谷本人は、どう云ってるの? 自殺を図る原因が笠置優也にあるのなら、
生き残った今、何か云うだろう」
「それが、命を取り留めて以降、ずっと放心状態みたいな感じらしいよ。喋ら
ないどころか、呼びかけたり触れたりしても反応を全然示さない。原因はよく
分からなくて、ショックでってことになってる。火傷の治療が一段落したのを
機に、退院を果たし、現在は自宅療養中、だってさ」
「出歩くことはできるんだろうか? 真実、自殺を図る理由が笠置優也にある
んなら、命を取り留めた梶谷には、優也を殺害する動機がある」
「出歩けるかどうかは不明。ミーが入手できた資料中、最新のものでも安静の
必要ありと記されてるけれど、事件が起きたときには回復していたかも。あっ、
でもでも、三月の春休みに最初の事件が起きたんだから、その頃は……ああ、
ベッドの上の人だ」
 つまり、犯人ではない。厳密には、実行犯でないことは確実に云える。梶谷
の殺意を、誰かが――想像を逞しくするなら遠藤が実行した可能性あり?
「分かったのはこれだけ。またあとでフォローできると思うよん」
「この短時間に凄いな」
「いやいや。それほどでも」
 顔を撫でる一ノ瀬の姿が、僕の頭の中に浮かんだ。猫のイメージが離れない
どころか、ますます強まる。
「みつるっちが勉強してる間、ちょこちょこっと調べてたからね。短時間てほ
どじゃないのだ」
 僕に教えながら、調査を進めていたのか。器用だな。
「次からは、十文字先輩に直接伝えろよな。これなら全然問題ないよ」
「みつるっちに話すのは、文筆修行への協力のつもりでもあるんだけどなあ」
「そりゃあ、どうも」
 僕は君の日本語修行に協力させられている気がする。
「まあ、事実をありのまま書く訳に行かないし、飽くまで練習に限るなら、役
立つかな」
「そーゆーことで、十文字さんのワトソン役として、頑張りなさいにゃ」
 うむむ。こっちが返事に窮していると、電話は一方的に切れた。

 その後、土曜日を挟んで、事件の捜査は大きく進展した。警察も、僕らも。
 三鷹さん経由で盗難現場の写真を入手した十文字先輩は、メイさんと同じ結
論を出し、一ノ瀬からの情報を得て、遠藤丈二を最有力の容疑者候補としたよ
うだ。さらに、警察からは、重要な発表があった。笠置優也の死因が首の骨折
と判明したことと、その遺体からはアルコールが検出されたこと、そして盗ま
れたロボットが殺害現場で発見されたことの三つだ。
 首の骨折は、爆風で吹き飛ばされた際に急激な力を受け、変な角度で壁か何
かに打ち付けたと見られるらしい。また、アルコールについては、未成年とは
いえ自由気ままな一人暮らしを送っていただけに、日頃からたまに摂取してい
た痕跡が台所にあったという。
「僕は幸運だった。笠置優也殺し単独で依頼を受けていたら、こうも簡単に容
疑を絞れなかっただろう」
 遠藤に会いに行く道すがら、先輩は謙虚な話を、自信たっぷりな口調で語る。
 ちなみに、待ち合わせ場所は大河高校そばの商店街。その近くまでの足は、
タクシーを使った。笠置と行方の両教授から、交通費が出たおかげである。
「三鷹君が、ロボット講座の線で依頼してきたからこそ、遠藤を早い段階でピ
ックアップできた」
「私達三人だけで来て、よかったんでしょうか」
 と、心配げな三鷹さん。首を傾げる仕種が、どことはなしに上品というか浮
世離れしているというか。
 遠藤丈二に会う段取りは、三鷹さんが笠置教授に話し、まとまった。無論、
犠牲者の父親たる教授に、遠藤丈二が犯人かもしれないとは、ちらとでも匂わ
せられない。優也の知り合いでロボットに関心を持つ人物に聴けば、事件につ
いて何か分かるかもしれない云々と持ち掛け、約束を取り付けた次第である。
 なお、断るまでもないが、三鷹さんの存在を、遠藤の側には一切伝えていな
い。三鷹さんは、犯人にとって標的だったかもしれない存在なんだから。
「十文字先輩の推理通り、遠藤という方が犯人であれば、遠藤さんは笠置教授
から接触を受け、警戒心を強めたはずです。笠置教授の紹介で出向く私達にも、
同レベルの警戒をしていても、何ら不思議ではありません。それこそ、些細な
きっかけで、敵意に昇華するぐらいの」
「ふむ。一理も二理もある」
 首肯する先輩。いよいよ待ち合わせ場所に到着しようかというタイミングで、
不安を煽ってくれる。
「会ってからの成り行き次第だが、追い詰める展開も考えられる訳だし、音無
君達は無理にしても、他の助っ人を連れて来るべきだったかもしれない」
「でも、昼日中ですし、相手は一人ですし」
 午後二時前。商店街周辺の往来は、若干少なめか。でも、第三者の目がなく
はない。遠藤丈二が仮に大男で凶暴だとしても、好き勝手に暴れることは叶う
まい。
「もうそろそろ、三鷹君は離れるんだ。僕が連絡をするまで、姿を現さないよ
うに。姿形の確認も、相手から見られそうであれば自重してほしい」
「心得ています」
 静かに答えると、三鷹さんは足を止め、僕らから離れた。用意しておいた縁
なしの帽子を被り、眼鏡を掛けて、ちょっとした変装を終える。肩越しにちら
と窺うと、いかにも、ぶらぶらとウィンドウショッピングに来た女の子という
雰囲気を醸していた。
「百田君。君が彼女を気にしすぎることで、遠藤に感づかれることのないよう
に気を付けてくれたまえ」
「分かってますよ」
 それから一分ほど歩くと、商店街の存在を示すアーケードが見えた。出入り
口の目印として、花飾り付きのゲートが立っている。
「――彼か? あの制服の」
 十文字先輩が首を振った先は、そのゲートの脇。男がいた。大河高校らしき
制服できっちりと身を固め、商店街に向かって歩いて来る人波を、じっと眺め
ている。彼が遠藤丈二だとしたら、よかった、平均よりも小柄な体格だ。顔つ
きも恐そうではない。左手の中の携帯電話以外、特に荷物を持って来なかった
ようだ。
 距離が縮まったところで、僕から声を掛けてみた。すると矢張り、遠藤丈二
その人であった。次いで、十文字先輩が名乗り、用件と謝意を伝える。相手は
途中で、首を横に振った。
「自分も笠置の死には心を痛めていたし、関心がありますから、協力は惜しみ
ません」
 やけに冷たさを感じさせる物腰で云うと、遠藤は携帯電話を仕舞い、僕ら一
人一人と握手を交わした。とはいえ、細めた目には、警戒の色が残っている。
こちらが懸念したままの意味なのか、それとも単に初対面のためか。
「早速、話を聞きたいんだけれども、適当な場所はあるかな? なければ、そ
の辺の喫茶店にでも――」
「すぐ近くに、市立図書館の分館がある。そこの小会議室を予約しておいた」
 十文字先輩に合わせたのか、くだけた口調になる遠藤。それにしても、公立
図書館の会議室を借りるとは、随分手回しがいい。
 建物の中に入ってしまうと、三鷹さんはどうしようもなくなる。そうなる前
に、素早く確認できるだろうか。僕と先輩は僅かでも時間を稼ごうと、歩くス
ピードを落としてみる。
「入る前に、携帯電話はマナーモードに。会議室とはいえ、図書館内だから」
 促され、先輩と僕は云われた通りにした。できれば、いつでも使える状態に
しておき、三鷹さんから面通しの答をメールの形で受け取りたいのが本音だ。
でも、遠藤とは初対面で、しかもこれから容疑者扱いの質問を浴びせるのだ。
素直に従い、愛想よくしておいて、損はあるまい。
 自動ドアをくぐり、もう一つドアを押し開けて、図書館に入る。カウンター
で手続きらしきことを済ませると、遠藤を先頭に僕らは会議室――四つある小
部屋の一つだった――に入った。中には長机とパイプ椅子が適当に並べてあっ
た。他にはホワイトボードが一つある程度で、簡素なものだ。
 僕と先輩が並んで座り、机を挟んで遠藤が座る。
「メモを取らせてもらいますね」
 冒頭に断りを入れ、僕は帳面とペンを取り出した。これで堂々と記録を付け
られる。続いて、十文字先輩が徐に切り出す。
「近頃、身の回りで危険を感じることは?」
「……いや。笠置の事件について、話を聞きたいのでは? そのつもりで来た
んだけれども」
 不躾な物腰に転じた先輩からの唐突な質問に、遠藤は唇を尖らせた応じた。
目付きも鋭くなった気がする。
「その通り。だから、尋ねた。危険が迫っていないかどうか」
「笠置の事件が何故、自分の身の危険につながるのか、説明してくれないか」
「気を悪くしないでもらいたい。調べさせてもらったんだ、遠藤さんと笠置さ
んと梶谷さんのことを」
「――梶谷を知っているのか」
「ええ。三人は大の親友だとか。梶谷さんが瀕死の目に遭い、笠置さんが殺害
されたと来れば、次は遠藤さん、あなたが襲われると考えるのは自然な流れだ」
 十文字先輩は本命でない推理を語った。眼前の容疑者を揺さぶるために違い
ない。
「おかしいな。あなたはそう考えなかった? とんだ楽観主義だ」
「待ってくれよ」
 苦笑を滲ませ、遠藤は話を遮った。
「どんな調査をしたのか知らないが、不充分のようだね。梶谷は自殺未遂だ。
誰かに襲われた訳じゃあない」
「果たしてそう云い切れるかな?」
 謎めかせる風に、名探偵。間を置くと、沈黙に耐えられなくなったか、遠藤
が口を開いた。
「遺書があった」
「本物らしく見せ掛けた、偽の遺書かもしれない。手段は色々ある。奸計を用
いて、本人に遺書と思わせずに書かせるとかね。梶谷さんは今も、意思表示で
きない状態ですね?」
 先輩の問いに、遠藤は首を縦に振った。それを受け、先輩も頷いた。
「つまり、仮に遺書が偽物でも、当人には否定できない」
「……」
「遺書を見れば、僕が真贋を判断できるかもしれないなあ」
「生憎、自分は文面を知っているだけでね。内容は云えない。知りたいのなら、
梶谷の家族に頼むんだな」
「そうするとしよう。では、遺書に関しては横に措き、ひとまず、推理の要素
から除外する。また、遠藤さん、あなたに危険が迫っていないことは、あなた
の反応で分かった。となれば、笠置優也殺害は単発の事件と見なさざるを得な
い。様相は一変し、被害者に近しい人物が疑わしい。動機の面だけでなく、被
害者の自宅に入り込めるのが、犯人像の条件なんでね。盗んだロボットを利し
た何らかの仕掛けをセットし、爆発炎上を起こしたのは確実なのだから」
「……自分も容疑者の一人か」
「勘が鋭くてありがたい。事件当夜のアリバイ――」
「アリバイならある。警察にも聞かれたさ」
 そうだったのか。五代先輩を頼らないと、警察関係の情報はどうしても後手
に回る。
 しかし、十文字先輩は顔色一つ変えず、言葉を継いだ。
「深夜にどんなアリバイがあったのか知らないが、意味を有するとは思えない。
ロボットは遠隔操作できる。あなたが手足の拘束と猿轡をされていたとでもい
うのなら、話は別だが」
「遠隔操作の範囲なんて、たかが知れているだろう。梶谷の家と笠置の家とが、
どれだけ離れていると思ってるんだ」
「ほう。事件の夜、あなたは梶谷さん宅にいた?」
「……ああ。自分から望んでのことだが、自殺未遂を起こして以来、頻繁に行
っている。あいつの家族も、喜んでくれているようだし。家族は、こんな頼り
ない友人の見舞いでも、梶谷の心の回復につながっていると信じているんだ」
「アリバイの申し立てに話が出て来るくらいだから、午前一時前後にも、梶谷
さん宅にいたと。時間帯が遅すぎるようだが、泊まり掛けだったのかな」
「そうだ」
「こっそり、抜け出すことは可能では?」
「警察にアリバイ成立を認められたと云わなかったか? 起きて、家族の人達
と話していた。翌日がうちの高校の創立記念日で、休みだったんだ。だからこ
そ泊まったし、夜遅くまで話し込んだ」
「――どうしても、遺書の中身が気になる。もし仮に、梶谷さんが自殺を図っ
た原因が、笠置優也のせいだとしたら、梶谷さんの家族には殺害の動機がある。
そんな人達と一緒にいたアリバイなんて、認められないんじゃないかな」
「おい、本末転倒だろ。俺を疑っていながら――」
 興奮のためか、怒りのためか、遠藤の一人称が変化した。
「――梶谷の家族が怪しいから、俺のアリバイも不成立だなんて」
「確かに。あなたに動機が全くないことを示せれば、逆に、梶谷さんの家族の
アリバイを証明できる状況だ、これは」
「動機はないと云いたいところだが、他人が見ればそう思わないだろうな。笠
置の奴が、梶谷の見舞いに来ていなかったこと一つ取っても、自分はあいつに
腹を立てていたぐらいだ。みんな知っている」
「それなら、あなたと梶谷さんの家族の共犯という可能性も、考慮の必要があ
りそうだ」
「断じてない!」
 抑えていたものが突沸したような、急な大声に、僕は全身をびくりとさせて
しまった。メモを取る手が止まり、遠藤をまじまじと見返してしまう。
 遠藤はすぐに平静に戻った。今のは演技だったのかと思わせるほどだ。
「梶谷の家族は勿論、自分も何もしていない」
「ふむ。では、三鷹という子も知らない?」
「誰だって?」
「知らないのなら結構。犯人は彼女を知っている。ロボットを盗もうとして目
撃されたため、電話で警告してきたんだ」
「じゃあ、電話番号を知ることができた者が、犯人候補だな。自分達は違う」
「念のため、携帯電話を調べさせてもらえませんかね。発信履歴を見たい」
「かまわないが、意味があるのか? 犯人なら当然、履歴自体を消去している
だろう」
「僕の云う『調べる』とは、そんな甘いものじゃない。携帯電話会社に照会す
る。発信記録を見れば一発だ」
「そんなことが、ただの高校生にできるのかい?」
「知り合いに警察関係者がいる。非常に仲がよくてね、頼めば動いてくれる」
「――どうぞご自由に」
 遠藤は携帯電話をポケットから抜くと、テーブルに置いた。手を引っ込める
と、自信に満ちた態度で腕組みをする。
 十文字先輩は数秒考える仕種をし、やがて首を横に振った。
「なるほど。どうやら的外れのようだ。これまでの非礼をお詫びします。携帯
電話を仕舞ってください」
 軽く頭を下げる名探偵。遠藤は、すぐには携帯電話に手を伸ばさない。どう
反応していいのか、困惑している風だ。
 その隙を突くように、先輩が云った。
「そもそも、犯人が携帯電話を使用したとは限らない。一連の犯行の計画性か
ら推して、公衆電話を使うぐらいの知恵は働くに違いない」
「自分もその通りだと思うよ」
 ようやく携帯電話を戻し、遠藤は笑みを覗かせた。
「差し支えなければ教えて貰いたいんだが、君らは何でこの事件を調べている
んだ? 警察の知り合いだからか。誰かに頼まれたのか」
「守秘義務と答えたいが、プロではないし、協力してくれたことへの感謝と、
非礼のお詫びとして、お答えしよう。先程名前の出た三鷹君の依頼だ」
「矢張りね」
「かなりの確率で危機は去ったと見なしているが、油断はできない。こうして
あなたに教えたのは、あなたを信用した証と捉えてほしい」
「三鷹さんをこの場に呼んで、面通しというのかな、あれを済ませてからの方
がいいんじゃないか。こっちとしても、望むところだしな」
 そう云った遠藤は、ペースを取り戻していた。頭の回転も早い。
 先輩は「実は」と、三鷹さんが既に外で面通しを済ませたはずであることを
伝えた。
「――それで、もしかまわなければ、携帯電話で彼女と連絡を取り、結果を聞
きたいんだ」
「かまわんよ。電源を切るように云ったのは、マナーだ。厳密なルールではな
いから、話でもメールでもすればいい」
「では、遠慮なく」
 自らの携帯電話を持つと、手早く操作する先輩。三鷹さんからの結果報告は
とうに届いていたらしく、確認はすぐに終わった。
「どうやら、疑いを完全に撤回せねばならない。彼女はシルエットしか見てい
ないんだが、あなたとは体格がまるで違うらしい。もっと大柄だったと云って
来ている」
 これも名探偵特有の引っ掛けだと思った僕だが、携帯電話の画面を覗き込ん
で、目を丸くしてしまった。三鷹さんからのメールは、今の先輩の言葉と一致
しいたのだ。
「よかったよ。自分としても、笠置を殺した犯人を、早く捕まえてもらいたい
からな。遠回りはできる限り、短くするに越したことはない」
 遠藤はかすかに笑うと、時刻を確認した。
「さて、もういいかな? 必要であれば、今後もなるべく協力する。そっちも
分かったことがあれば、こちらに教えてほしい」
 そう云って席を立つ。椅子の脚が床を擦る音が、耳障りに感じた。
「では、連絡が取れるよう、番号の交換を」
 十文字先輩は挫けた様子を微塵も見せず、そう持ち掛けた。

――続く




元文書 #324 火のあるところ2   永山
 続き #326 火のあるところ4   永山
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