AWC 火のあるところ2   永山


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#324/598 ●長編    *** コメント #323 ***
★タイトル (AZA     )  08/07/01  00:00  (439)
火のあるところ2   永山
★内容
 この台詞を聞いた先輩の表情は、ちょっとした見ものだった。まさしく、鳩
豆ってやつだ。「犯人を見付けてほしい」「謎を解いてください」といった依
頼には慣れていても、「犯人探しに力を貸して」というのは、なかなかないん
じゃないかな。
「分かった」
 答えた先輩は面白がる顔つきに変わっていた。
「力を貸すとするよ。ただ、一つだけ約束して欲しい」
「何でしょう?」
 引き受けてくれたことに対するお礼なのか、頭を下げかけた三鷹さんだった
が、十文字先輩の言葉に動きを止めた。訝しげな視線で見上げる。
「もしも僕が一人で解いてしまっても、文句を言わないこと。いいね?」
「ええ。当然です」
 先輩はジョークを真に受けられて困ったようだ。三鷹さんの返事に、最早、
微苦笑を返すのみ。
「話がまとまったところでお尋ねするけど、行動開始はいつから?」
 一ノ瀬が口を挟んできた。見れば、飲み物は既に干している。
「自分にとっては、身の安全に関わること。今すぐというのが望ましいのは、
云うまでもないと思いますが、皆さんにもご都合がおありでしょうから……」
 皆さんということは、僕や一ノ瀬も頭数に入っているのね。まあ、悪い気は
しないけれども。
「そうだねえ……最初にやるべきは、君を無事、家まで送り届けることだな」
 腕力には自信がないみたいな台詞を云ったばかりなのに。
 僕も腕力には自信がなく、十文字先輩とどっこいどっこいだと思うし、一ノ
瀬は戦力外だろう(それ以前に、今この場所が一ノ瀬の自宅なんだから、彼女
は動く必要なし)。ほんと、できることなら、音無(おとなし)に同行してほ
しかった。剣道部の音無亜有香(あゆか)は、女子とはいえ、腕が立つ。適切
な得物さえあれば、暴漢の一人や二人、叩き伏せるに違いない。ちなみに、僕
が理想とする女の子像にぴたりと重なるのが、彼女だ。
「過剰に不安がるな、百田君」
 十文字先輩は帰り支度を始めた。
「火を放とうとしたり、急ごしらえの脅迫文を影から投げつけたりする犯人が、
我々三人でいるところを襲ってくる可能性は、極めて低いと分析するね。もし
襲ってくるとしたら、銃や爆弾のような対複数でも戦える武器を獲得したとき
ぐらいじゃないかな」
「爆弾は嫌ですよ」
 まったく、この人と来たら、安心させたいのか、不安に陥れたいのか……。

 前日、送り届けたあと、登校のときはどうすればいいのか気になった。その
ことを口にしてみると、三鷹さん曰く「問題ありません」。事件のあった大学
に勤める伯父が心配し、車で送ってくれるそうだ。
 ただし、下校は時間帯が合わないため、車による送迎は無理。対策を考えな
ければいけない。
「タクシーを使えばー?」
 明けて今日、学校でそのことを話すなり、一ノ瀬が云った。既に自力で稼ぐ
人は、発想が違う。尤も、三鷹さんの家も――出で立ちのイメージそのままに
――相当に裕福らしいから、実行可能だろう。
「いや、僕は反対だね」
 こう云ったのは、十文字先輩。依頼を抱えているときは、たいてい朝一で教
室まで押し掛けてくるのだ。
「犯人にタクシーの運転手に化けられては、対処できなくなる。そこまで極端
なケースを考えなくても、タクシーを降りた途端に襲われては、全く意味がな
いしね。お金を掛けるのなら、身元のちゃんとした運転手とボディガードをセ
ットで雇うのが、より効果的だろう。現実的ではないが」
「それじゃあ、どうしようというんです、先輩は」
「五代(ごだい)君や音無君に協力を求めるぐらいしか、案はない」
「女子の知り合いの中から、腕の立つ人を選んだ感じですね」
 そう応じながら、教室に姿のない音無のことを思い浮かべる。剣道の大会に
出場するので、何日か休むと聞いている。
「五代君も音無君も、合宿やら大会やらで、忙しいらしい。男の知り合いにも、
腕の立つのを何人か欲しいところなんだが、何故かそういうタイプとは親しく
なれない」
 独りごちる名探偵。まあ、武道や格技に打ち込む男が、名探偵志望の同性と
相容れ難いのは、何となくではあるけれども合点が行く。名前の挙がった女子
にしたって、五代先輩は前々から十文字先輩と馴染みの仲のようだし、音無は
事件絡みで関わったに過ぎない。
「それで、今朝は三鷹さんと会った?」
 先輩に尋ねる一ノ瀬の口ぶりは、いつもと同じで軽い。ただ、三鷹さんの名
前を呼ぶところだけは、親しみを込めているような。一度会っただけで、シン
パシーを感じたのかもしれない。
「校舎に入るまで、見届けたよ。向こうは気付いていなかったようだが、あと
でまた話がしたいな。二年生の教室に来にくければここへ、と云っておいたか
ら、注意しておいてほしい」
 集まる場所はどこか一つに絞った方が、行き違いがなくていい気がするので
すが。あるいは、携帯電話で前もって約束を取り付けるとか。
 と思った矢先、僕の視界の片隅に、当の三鷹さんが入った。廊下から教室内
の様子を窺っている。まだ僕らを見付けられないでいるようだ。僕は「先輩、
ほら」と云って、名探偵を振り返らせた。
「噂をすれば」
 指を鳴らした十文字先輩は、大きな身振りで三鷹さんの注意を惹いた。
 当然、彼女はすぐに気が付き、それでも回りの視線を気にする風に、おずお
ずと入って来た。
「おはようございます。時間がないと思いますから、手短に話しますね」
 僕達が挨拶を返すいとまもなしに、一気に喋り出す。語勢とは正反対に、音
量が小さいのは、内容が内容だからか。
「昨日の今日でおかしなことなんですが、急展開がありました。今朝早くに電
話があり、『思いは遂げた。あとは好きにしていい』と一方的に告げて、切れ
てしまったんです」
「録音は?」
 十文字先輩は昨日の別れ際、次にもし電話が掛かってきたら録音しておくよ
うにと頼んでいたのだ。
「すみません。今日、準備をしようと思っていたので……。掛かってくるのは
自宅の固定電話ですから、家族の目に着きます。心配させずに取り付けるのに、
どう理屈をこねようか考えあぐねていました」
「済んだことは仕方がない。間違いなく、前の電話と同じ奴だったかい?」
「多分。ボイスチェンジャーを通したような声で、男かどうかは断言できませ
んが、抑揚が同じだと感じましたから」
「となると……一週間後に終わると云っていたのは、一週間以内に終わるとい
う意味だったことになる。ニュースになっているかもしれないな。キャンドル
ライトを名乗り、警告文を君に投げつけた奴、君の自宅に電話を掛けてきた奴、
そしてロボット泥棒、大学助手殺害犯は恐らく同一人物。ロボットを使って、
何かしでかしたのかもしれない」
「ふむふむ。ちょっと調べてみる」
 一ノ瀬がモバイル端末で検索を始めた。始業時間が迫っていたが、障害には
ならない。一ノ瀬は情報を探し出す能力に長けている、その気になれば、イリ
ーガルなことでも軽々とやってのけるくらいだ。公にされている情報なら、お
茶の子さいさいの朝飯前というやつだろう。
 実際、僕らが欲していたものであろう記事は、呆気なく見付かった。
「――三鷹さん。笠置教授とはどの程度の親しさなのかにゃん?」
「伯父のつてで知り合って、二年半ほどになるかしら。それが何か」
「うーん、一応、ショックを受けるかもしれないので、覚悟してから見てもら
いたくて」
 珍しくも真顔で前置きし、端末の画面を三鷹さんや僕らの方へ向ける一ノ瀬。
 そこには、昨晩、笠置教授の一人息子が死亡したことが載っていた。
 ベルが鳴った。

「完全に後手に回っている」
 昼休みの学食で、十文字先輩は悔しげに吐き捨てた。よほど悔しいのだろう、
食事はほとんど手付かずだ。その上、とんでもないことを云い出す始末。
「全力で事件に取り組むために、解決するまで休もうと思う」
「休むって、学校をですか」
「ああ。ここまで虚仮にされたのは初めてだ。汚名は雪がねばならない」
「三鷹さんは、依頼を取り下げるつもりみたいですよ」
「それがどうした。事は既に、僕自身のプライドに関わる問題にもなった。仮
に依頼されなくとも、名探偵たる者、謎を拾い上げて解くべき」
 それはかまいませんが、僕は休みたくありません。休めませんから、おひと
りでやってください――という自己主張をどこに挟み込もうか、タイミングを
計る僕だが、いつまで待ってもチャンスが訪れない。
「十文字さんらしくないですにゃ」
 空気を敢えて読まない一ノ瀬が、スプーンをひと嘗めしてからそう云った。
「最初っから、休むことを前提にするなんて! 今日一日で解決してやる、ぐ
らいの気構えを持っても、罰は当たらないとミーは思いますですよ」
「……それもそうだ」
 冷静になったように見える名探偵。とりあえず、一ノ瀬、グッジョブだ。だ
けど先輩はまだ、今日は早退しようとか云い出しそうな雰囲気を纏っているか
ら、要注意だ。
 僕が次に掛ける言葉を考えていると、三鷹さんが戻って来た。同席していた
彼女は早めに食べ終え、伯父に電話をしていたのだ。
「笠置教授のご子息が亡くなったことを、伯父も大学に着いて、初めて知った
と云っていました。当然ですが、笠置教授は休んでいるそうです」
「そのご子息について、聞き出してくれたかい?」
 聞き込みモードにスイッチが入った。十文字先輩のペンを握る手に力が入る
のが、傍目からでも見て取れた。記憶力にのみ頼らず、しっかりメモを取る辺
り、気合いが入っているのかもしれない。
「名前は笠置優也(かさぎゆうや)。高校二年といいますから、十文字先輩と
同じですね。面識のあった伯父の話をまとめると……優也さんは成績優秀だが、
自由奔放な質で、これには両親が放任主義だったことも影響しているのかもし
れません。高校入学に際し、自宅から楽に通えるにも拘わらず、一人暮らしの
希望をあっさり認めています」
「**マンションだっけ。かなりいい物件だと思うが、そんな部屋を借りてや
れるほど、笠置教授は儲かっているのかな?」
「自分も引っ掛かったので、聞いておきました。笠置教授の配偶者が、某機械
メーカーの偉い方の次女だそうで、生活費を始めとするお金のほとんどは、そ
ちらから出ていたとか」
 だとしたら……と、僕は密かに思う。これまで聞いた話の限りでは、笠置教
授という人は研究一筋の専門莫迦ではないようだ。ロボピック優勝やテレビ出
演で一躍有名になったことを、家庭内での権威回復の絶好機だと捉えていたか
もしれない。息子さんが亡くなった今は、それどころじゃないだろうけど。
「息子は父親を見て、ロボットに興味を持っていたんだろうか?」
 逆に優也は笠置教授をどう見ていたのか気になり、僕はそんなことを聞いて
みた。三鷹さんはすらすらと答える。
「それはどうか分かりませんが、模型作りを趣味としていたそうですから、関
連あるのかもしれません」
 模型って、プラモデルのことか。父親の影響を受けなくても、プラモデルが
好きな男子はいくらでもいるだろうな。
「事件に関しては?」
 先輩が話を主題に戻した。
「すみません。事件に関する情報は、大学には伝わっていないようです」
「謝ることはない。大学内で起きた事件じゃないし、ロボット盗難や助手殺害
との関連の有無も明確でないのだから、しょうがない。ただ、爆発が起きた上
での火災というのは、死因が特に気になるね」
 昨晩の深夜一時過ぎ、**マンションは爆発音に揺れた。続いて発生した火
災により、付近一帯も含めて大きな騒ぎとなり、消防及び救急が駆け付けた。
程なく鎮火したが、火元と見られる最上階の五〇四号室では、借り主の笠置優
也が遺体で見付かった。
 今朝の段階で報じられたのは以上だ。続報がないか、一ノ瀬がモバイル端末
を叩く。さっき食べ終えたばかり故、口をもぐもぐさせながら。
「――公式発表はまだだね。ワイドショーも一報を伝えたのみで、取り上げて
ないみたい」
「それなら……学校裏サイトの類を当たってみてくれないか。掲示板に、事件
にまつわる噂が書き込まれているかもしれない」
「見付けても、ケータイでしかつながらないことが多いよ〜」
「承知している。とにかく、調べて欲しい」
「高校名は?」
 一ノ瀬が先輩から三鷹さんへ視線を移す。
「おおかわという高校だと聞きました。『大河』と書いて、『おおかわ』と読
ませます」
「……分からにゃい」
 日本語に疎いところのある一ノ瀬に代わり、僕が文字を打った。あとの作業
はまた一ノ瀬に任せる。
「――普通に検索しても、ヒットなし。さて、ここからが腕の見せどころ。裏
サイトが元から存在しないとか、閉鎖されたって可能性だって、ゼロとは云え
ないけど」
「あるとして、探して見付かりそうなのかな?」
「多分、できますよん。でも、ロー多くしてKO少なし……じゃなくて、労多
くして功少なし、かも」
 どこでそんな変な風に覚えたんだ。訝しむ僕の気持ちなど知らず、一ノ瀬は
続ける。
「裏サイトが事件と関係あるとして、探すなら、被害者の携帯電話かパソコン
を当たる方が、きっと早い。で、サイトを見付けても、書き込みの信憑性を判
断できないっしょ? 推理の取っ掛かりにはなっても、結局、生徒に直接話を
聞いて確かめなきゃいけないんだから、二度手間になるんじゃあ?」
「この場にいながらにして情報を得たいんだよ、一ノ瀬君。一刻も惜しい。い
つもなら五代君のルートを頼るところだが、今度の事件は管轄じゃないらしい。
仮に何か知らせてもらえるとしても、発生間もない現段階では、期待薄だ」
「しょうがないなー、十文字さん。焦りはキンシャサ」
 焦りは禁物、だ。まあ、話の流れから、わざわざ訂正せずとも三鷹さんも理
解できたと思う、多分。
「仮に十文字さんの直感――被害者の同級生が事件に関係してるっていう直感
が、当たっているとしたら、その同級生はY大に来た可能性が高いんじゃ? 
ロボット講座の聴講生として」
「なるほど。事件の一連の流れから、蓋然性を重視して判断するなら、大いに
あり得る。――三鷹君」
「三月及び五月に開かれた、ロボット講座の受講者名簿が手に入らないか、で
すね?」
「その通り!」
 察しがいい三鷹さん。というよりも、万事、気の利くところがある。頭の回
転が速いんだと思う。
「問題はありますが、伯父に頼めば手に入ると思います。笠置教授ご本人に、
優也さんの事件を解決するために必要です、と訴えてもいいかもしれません」
「いよいよとなったら、ミーがY大のシステムに侵入――」
 一ノ瀬の口の前に、手のひらを持って行った。皆まで云わなくてよろしい。
「じゃあ、早速頼む。また電話するのかな?」
「メールもありですが、電話の方が即座に意思疎通できます」
「電話がいいな。名簿がデータの形で送信可能なら、僕のアドレスに」
「分かりました。お昼休みの時間が終わってしまいそうなので、このまま失礼
することになると思います」
 三鷹さんは席を立った。足を踏み出す前に、十文字先輩に顔を向ける。
「途中で放り出すのは、矢張りよくありませんね。依頼は取り下げずに、最後
までお願いします」
 軽く頭を下げ、小走り気味に去る依頼者。その背中を見送った先輩。と、誰
ともなしに呟いた。
「今更取り下げられても、僕はこの事件から降りるつもりはない」
 そして急いで食事を片付けに掛かる。うむ、エネルギー補給は必要だ。
 僕は時刻を気にしつつ、疑問点を口にした。
「犯人が同級生にしろ、そうでないにしろ、ロボット講座を受けていた可能性
が高いと考えているんですよね」
「そうだが」
「犯人が最初からこの犯罪を計画していたのなら、本名ではなく、偽名を使っ
たんじゃないかと思うんですが」
「それはないよ、みつるっち」
 横手から否定された。一ノ瀬はひとまずモバイル端末を仕舞うところだった。
「どうしてそう云える」
「ちょこっと調べたんだ。Y大の市民公開講座を受講するには、事前に申し込
まないといけない。そのとき、身分証明がいるんだよん」
 へえ。一日限りの趣味のような講座でも、結構うるさいんだ。でも。
「偽の身分証明をしたかもしれないじゃないか」
「そのあとで事件を起こす気でいるのなら、怪しまれるだけじゃない? 警察
が今、名簿に着目しているかどうか知らないけど、きっと、いずれは調べるよ
ね。偽名なんて、すぐにばれてマークされる」
「いや、だから、住所なんかの連絡先も、当然、嘘を書くんだよ」
「受講記念に全員写真を撮るみたいだよ、Y大学の公開講座。ホームページに
ある紹介を見たら、そんな感じだった」
「……」
 ずるいよ、君だけが握った情報を持ち出すのは。そんな台詞を飲み込んだ僕
に対し、一ノ瀬はとどめの理屈をぶつけてきた。
「それに、百人も千人も参加してる訳じゃないじゃない? 身元の明らかな受
講生全員に聞き込みを掛ければ、割と楽に似顔絵を作れる気がするんだよね〜」
「そういうことだ、百田君」
 栄養を取り込んだ十文字先輩は、元気よく立ち上がった。

 Y大学のロボット講座を――できれば五月は事件の起きた日に――受けた大
河高校生。僕らの求める条件に該当する人物が一人いた。
 遠藤丈二(せらきょういち)。同校の二年生であるこの人物は、受講申し込
みの際、虚偽の記述は一切しなかったようだ。だからといって、無論、即座に
容疑圏外に外せるはずもない。
「実際に会って話が聞きたいが、その前に事件について、もっと知っておく必
要がある。それに」
 放課後、掃除当番の僕を手伝ってくれながら、十文字先輩が云った。他の当
番から奇妙な目で見られても、平気のようだ。
「疑問にぶつかった。ロボット講座は人気が高いはずだ」
「でしょうね」
 箒を左右に動かしつつ、返事する僕。なお、一ノ瀬は当番でないため、さっ
さとどこかに行った。多分、帰ったか、でなければコンピュータのある教室に
籠もっているのだろう。
「人気講座を二度とも受講できたというのは、ちょっと不可解だ。送られてき
た名簿を見直したんだが、遠藤丈二以外に、複数回受講した者はいなかった。
受講者は抽選で決めるのか? いや、公平が声高に叫ばれるご時世だ、見せか
けの公平のために、『前回の受講者はご遠慮ください』ぐらいのことをやるの
が今の“常識”じゃないかと思うんだ」
「実際、遠藤丈二なる人が二度とも受講できてるんですから、何度でも受講で
きたと考えるしかないんじゃあ……」
「いやいや。コネがあるのかもしれないじゃないか」
「はあ」
 飛躍したなと感じたが、声には出さずにおく。先輩だって、こうだと断定し
た訳じゃない。
「遠藤と笠置優也は大河高校の同学年。クラスは不明だが、顔見知りじゃない
かと睨んでいる」
「父親の講座に優先的に潜り込ませてくれるのなら、顔見知りといっても友好
関係なんですよね。だったら、遠藤は犯人ではない、と」
「冗談なら面白くないぞ、百田君」
 手にしていたちりとりを振り上げる先輩。折角集めたのに……。
「本気で云ったのなら、君はお人好しだな。親友面して、相手を快く思ってい
ないことは、世の中にいくらでもあるさ」
「そりゃそうかもしれませんが」
「親友として、深く付き合ってきたからこそ、ちょっとした理由でこじれ、相
手を許せなくなるのかもしれない」
「分かりました。認めます、遠藤が犯人の可能性はあると」
 掃除を早く終わらせないと。クラスメイトの視線が痛くなってきた。
「次に問題になるのが、遠藤と被害者が知り合いだとして、ロボット講座を受
けたのは何のためか、だ」
「遠藤犯人説を採るのなら、ロボットを盗むためでは」
「何のために盗んだ?」
「それは……笠置教授の成功を妬んだとか、次のテレビ出演に悪影響を及ぼし
てやろうとか、あるいは笠置優也に対する何らかの恨みから、その父親の名誉
を傷付けることで間接的に」
「調子が出て来たじゃないか、百田君。しかし、犯人は最終的に、笠置優也を
亡き者にしているんだぜ」
「じわじわと苦しめたかった、とか」
「それにしては短期間にやり遂げたと思わないか? ロボット盗難から殺害ま
で、十日かそこらだ」
「じゃあ……笠置優也にロボットを盗んだと知られたため、口封じに」
「それも的外れだな。三鷹君への脅迫めいた警告を思い出すんだ。少なくとも
現段階では、笠置優也殺害こそが犯人の最終目標だったと見なすべきだ」
 仮説を出すのに詰まってしまった。どうせ十文字先輩は自説を用意している
に違いないんだから、早く開陳してもらいたい。
 そーゆー意味のことを口にすると、先輩は待っていたよと云いたげに、得意
げな顔つきになった。
「話してもいいが、掃除を済ませてからだね。落ち着かない」
 もたついたのはあなたのせいでしょうが、とは言葉にも顔にも出さず、掃除
を完了。僕と先輩はそそくさと、逃げるようにして教室を出た。いや、逃げる
ようにしては僕だけか。
 それはともかく、やっと下校だ。尤も、十文字先輩の強引なお誘いにより、
自宅への直行はならず。男二人でぶらぶらと、駅周辺の街中を歩く羽目になっ
た。
「話の続きになるが、僕の考えは、犯人は笠置優也を殺すためにロボットを盗
んだ、これだよ」
「ロボットを使って殺したかのように聞こえますね」
「素晴らしい! 百田君、冴えてきたじゃないか。云わんとしたのは、正にそ
れだよ」
「どうやったかは棚上げするとして、ですよ。ロボットで殺さなければいけな
い理由なんて、あります?」
「それは分からんよ。自分基準を他にも押し付けてはいけない。たとえば、笠
置教授に精神的ダメージをより強く与えるためかもしれない。殺人ロボットの
汚名を被せ、名誉を著しく損なう狙いかもしれない。これらは、百田君も盗難
の動機として言及していただろ? 僕の考えでは、盗むだけでなく、殺人の道
具に使うことで、ロボットそのものに悪いイメージを付加し、効果をより一層
上げようという訳さ」
「先輩の推理が当たりなら、犯行方法は簡単に露見するかもしれませんね」
「うむ。現場からロボットが見付かるはず。爆発の衝撃を受けていても、何ら
かの形で手掛かりは残る。三鷹君をさんざん脅かしたあと、終結宣言の電話を
入れた事実一つ取っても、この犯人は目的さえ遂げればいいタイプに思える。
笠置優也を殺害した今、捕まってもかまわないと考えているかもしれない」
「あ、でも、一点だけ、気になりますね。キャンドルライトなんて名乗った意
味が。自ら異名を名乗るのは、今後、この名前で犯行を重ねていくという宣言
のように思えるんですが」
「あれは、三鷹君を偶然見掛け、彼女に警告するため、咄嗟の判断でしたこと
だろうから、深い意味はないんじゃないかな。せいぜい、『変な名前を名乗る
ことで、悪戯だと思ってくれ。本懐を遂げるまでは大ごとにしないでくれ』と
いう程度の狙いだと思う」
 面白い捉え方だと思ったが、納得できない部分が残る。
「助手を殺したのは? 明らかに犯人自らが事件を大きくしていますよ」
「なるほど、確かに」
 おや。珍しく、十文字先輩が僕の疑問をそのまま受け入れた。そのまま黙し、
何事か考えている。いかに先輩が名探偵であろうとも、推理する材料に乏しい
現時点で、できることは限られる。想像を逞しくして、物語を組み立てるぐら
いだろう。
「――だめだな。分からん」
 大きくかぶりを振った十文字先輩。余裕がないとか自信をなくしたとかでは
ないが、焦りがまだ残存している。現実の事件では、必要な手掛かりが常に出
揃うとは限らない。
「遠藤丈二に早く会ってみたいが、先に推理の裏付けだな。笠置優也の事件の
詳細は明日以降だろうから、今夜はロボット盗難と助手殺しのデータを集める
としよう」
 さすがに夜までは付き合えないのですが。
「ロボット盗難の方は、三鷹君に現場写真が入手できないか、頼んでいる。実
は目処が立っていて、それが真相を貫いているとしたら、現場写真を見れば片
付くんだ。君は一ノ瀬君と協力し、助手殺しのデータ収集をしてくれたまえ。
僕も独自に動くとしよう」
「……」
 一ノ瀬に丸投げだ。

 先輩と別れたあと、用件を口頭で伝えるために、一ノ瀬の住まいに向かった。
他の何かに熱中していると、一ノ瀬は話を聞いていないことがある。だから、
直接伝える方がよかろう。
 道すがら、まだ学校にいる可能性があると気付いたが、もう遅い。引き返す
気力はないし、いなければいないで、電話で伝え、しつこく念押しすれば大丈
夫。多分、きっと。
 そんなことを思いながら歩道を歩いていると、右手を通過してい行く車両の
内、一台の普通乗用車が、僕の少し前で左に寄せ、停まった。
「――やっぱり、みつるっちだ。おーい、やほー」
 助手席の窓を開けると、手だけを出して盛んに振る。声は一ノ瀬に違いなか
った。駆け寄り、その赤い車のすぐ横に着いた。
「――メイさんだったんですか」
 運転席の方を覗き、ハンドルを握るのが一ノ瀬メイその人だと知る。一ノ瀬
和葉のおばに当たる人だと聞いている。基本的に旅人。だけど、探偵っぽいこ
ともやっているらしく、その方面で支障が出ないよう、容姿その他に関して詳
述するのは避けたい。ただ、躊躇うことなく美人と表現できる。
「久しぶり」
 さっぱりとした調子で、軽く片手を上げたメイさん。
「と云うほど久しぶりでもないか。学校に和葉を迎えに行ったんだが、そのと
きはいなかったね。百田君、元気か?」
「はいまあ、日々健康に過ごしているという意味でなら」
「結構だね。私も身体的には問題ないが、精神的にちょっと参った」
 その割に元気そうに見える。黙って話の続きを待った。
 だが、一ノ瀬が口を挟んできた。
「どこ行くとこ?」
「ええっと、君の家」
「うにゃ? 何事かあった?」
 僕は用件を伝えた。面と向かってだったが、念押しもしておく。
「――そんな訳で、頼む。これで用事は終わり」
「頼むって、みつるっちは?」
「僕は……一ノ瀬と違って、勉強をしないと。宿題に週明けの小テストもある」
 少々含みを持たせて答えた僕に、メイさんがいきなり云った。
「百田君、送ってやる。――いや、和葉がその気なら、勉強を教えてやるって
いうのもありかな」
 これに、一ノ瀬も何故か食い付いて、「おう、それ、みお――じゃなくて、
おう、それ、いい!」なんて云いやがった。どうしたんだ。メイさんがいるの
なら、僕に料理を作らせようとする必要はあるまいに。
「とにかく乗った乗った。いつまでも停めてたら、邪魔になる」
 急き立てられ、僕は仕方なく、後ろのドアを開け、そのまま助手席後ろのシ
ートに収まった。シートベルトを着用しつつ、運転席の方へ「じゃあ、家まで
送って――」と云った。
 云ったつもりだが、僕の声をかき消すように、車は急発進。いや、安全確認
をした上でのスタートだったようだけど、音と加速にびくりとさせられた。
「さて。携帯電話があるのなら、自宅に電話して、遅くなるから夕食はいらな
いと伝えるように」
 夕方の渋滞のせいか、車のスピードはすぐに制限速度以下に落ちた。対照的
に、メイさんの喋るスピードが上がったようだ。
「な、何でですか」
「家族に心配掛けないために決まっている」
「そうじゃなくて。僕は帰りたいのですが」
「どうして? 学校の勉強をするのなら、和葉とやる方が遥かに効率的のはず。
夕食も三人分あるから心配無用」
「ありがたいですけど」
「勉強以外に、家でやるべき用があるのかな?」
 ありません。けど、この、向こうから用意してくれた逃げ口上、利用しない
手はない。正直なところ、同級生の女子の家に単身で上がり込むのは、気が引
ける。誰か知り合いに目撃され、巡り巡って音無の耳に入ったら、困るのだ。
 ――などと考えていたせいで、返事をするのが遅れてしまった! 僕の沈黙
をノーの意に受け取ったであろうメイさんは、「じゃ、決まり。電話して。持
ってなければ、貸すよ」と早口で云った。
 うう。初対面時にこの人の押しの強さというか強引さは感じられただけに、
最早逆らえそうにない。僕は電話をせざる得なかった。
 そして、母がだめ出しすることに微かな望みをかけたが……無駄だった。夜
十時までには帰宅する、迷惑を掛けないようにすると注意されただけで、OK
が出た。


――続く




元文書 #323 火のあるところ1   永山
 続き #325 火のあるところ3   永山
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