AWC お題>リドルストーリー>I・Friend (1/2) らいと・ひる


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#302/598 ●長編
★タイトル (lig     )  06/12/02  00:13  (409)
お題>リドルストーリー>I・Friend (1/2) らいと・ひる
★内容
☆12月24日(土)

「リドルストーリーといえば?」
 マサキはそれまでの話の流れに従ってそう質問した。けして唐突な問いかけでは
なかったつもりだった。
「いえば?」
「なんなの?」
 彼女たちにはそれがどういう意図を持つ質問であるのか理解していないかのよう
に、不思議そうに首を傾げていた。今日はクリスマスイヴで、目の前には七面鳥で
はなくフライドチキンの残骸、彼女たちはもうワインを二瓶も空けている。そんな
状態でまともな答えが返ってくるとは考えない方がいいだろう。
「いや、何を思い浮かべるかなって」
「んー、そうだね」
 クルミは人差し指を唇に当てて目を閉じると、一瞬の沈黙のあと、おっとりとし
た口調で呟く。彼女の場合は酔っても普段との口調に落差はない。というのは見た
目だけで、思考回路はぐたぐたになる。左手には彼の飲みかけの缶ビールが握られ
ていた。いつの間に盗られたのやらと彼は呆れる。
「わたしだったら、ヴォルデモートかな?」
 彼女の発した言葉の意味がわからない。まるで謎かけだ。その単語はどこの言葉
だろうか。
「じゃあ、あたしはアリスだね」
 ミクルはそう言ってケラケラと笑い出す。素面であればマイペースでマシンガン
トークを繰り広げる彼女も酒が入ればスローペースになる。相手にするにはこれぐ
らいが彼としてはちょうどいい。
 ヴォルデモートにアリスと謎かけは続いた。質問をしたのは彼自身なのに、これ
では逆ではないか。それとも、彼女たちは単純に勘違いをしているだけなのだろう
か?
 まともな思考能力が残っていない彼女たちに、彼が期待する答えを求めるのも酷
な話なのかもしれない。
「おいおい、二人とも何を言っているんだ?」
 そう言いながらも、彼は必死に謎かけを解こうとしている。ヴォルデモートは今
のところわからないが、アリスは人の名前だ。だとしたら、前者もそう考えるのが
妥当だろう。
「なにって?」
「ねぇ?」
「先輩が訊いたのよ」
「そう、先輩が訊いたのだよ」
 二人の小悪魔的な笑いが耳をくすぐる。ぞくぞくぞくと背筋を悪寒が走る。そこ
で、ことりと何かが落ちるように出てきた謎の響き。彼はミクルの言っていたアリ
スとリドルストーリーとの関連性を見つける。見つけたというよりは、気付いたと
いう方がいいだろうか。
 アリスといえばルイス=キャロルの不思議の国のアリスが有名だ。主人公のモデ
ルとなったのは、クライスト・チャーチ学寮長の娘アリス・プレザンス・リデル。
 そう、彼女はリデルとリドルを混同していたのだ。
「ミクル。おまえなんか勘違いしてないか。アリスのモデルは」
 そこで彼の言葉は切られる。
「リデルって言いたいんでしょ? んなの知ってるよぉ。あたしが言いたかったの
は、謎かけとしてのリドル。そうじゃなかったの先輩?」
 ミクルは酔って口調がスローペースになっているだけで、思考能力はまだまだま
ともらしい。
「え? いや、そうなんだけど」
「ルイス=キャロルの物語は言葉遊びと謎かけに満ちた傑作だよ。勝手に勘違いし
ないでよぉ」
「早とちりしたのは謝るよ。ただこっちとしては最後に謎が残る、或いは謎を投げ
かけるようなストーリーを想定していたからさ」
「ようは世界三大リドルストーリーみたいなのを思い浮かべろってんでしょ。あた
しは、はっきり言えばどれも好きじゃない。あ、そうだ。先輩、ワインもう一瓶開
けて」
 ミクルは右手に持ったマグカップをこちらへ突き出してくる。ワイングラスだと
割ってしまうからと彼女が用意したものだった。
「へいへい」
 そう言って彼女たちが持参した三本目の赤ワインの栓を抜いてやる。安物のチリ
産ワインだ。だから悪酔いするのだというのに。
「特に『謎のカード』。あれ、なんなの? 読んでるだけでイライラ、あー、謎か
けに優雅さも計算された理不尽さもない。あんなのが三大リドルストーリーに入っ
ているばっかりに、あれを真似する創作者が後を絶たないのよ」
 そう言って、彼が注いでやったワインに満足そうに口をつける。
「まあ、たしかにな。なんか手抜きな気がするよあれは。ああいうのは、〆切に負
われた漫画家とかが、最後の手段で使うもんだよな」
「問題だけこしらえて答えは考えてませんでしたってオチよね。それを読者に悟ら
れないようにしてたら、どっかの評論家が「これはわかる人にだけわかるんだ」な
んて言い始めるのよ」
「そうだよな。というか評論家じゃなく作者自らが言い出す場合もあるから始末に
負えないな」
 ミクルと二人で盛り上がる。とはいえ、いつもなら話について来られなかろうが、
クルミが口を出さないはずはなかった。それなのに、不思議と彼女は沈黙を守って
いる。
「そういや、クルミ。めずらしくおとなしいけどどうしたんだ? 眠くなったか?」
 どんなに飲んでも最後まで起きているのが彼女だ。睡魔に襲われたわけでもない
のに、いつものように絡んでこないのが彼には気になる。
「へぇー、リドルストーリーってそういう意味だったんだ。えへへ」
 何か誤魔化すような笑いを浮かべるクルミ。
「なぁ、クルミ。そういやヴォルデモートってなんなんだ?」
 ミクルの方のアリスを勘違いしていただけに、あまり深読みしない方がいいだろ
うと、彼は早々に降参した。
「あたしはわかったけど言わない方がいいのかな」
 ミクルは何やら意味深な発言をする。
「えへへ、先輩はバットマン知ってる?」
 唐突な発言はクルミの十八番ではある。今に始まったことではないが。
「映画のか? 原作のアメコミ版か? いや、どちらもあんまり興味ないな」
「クルミちゃん。今更エドワード・ニグマに変えたとしても、どっちも先輩の質問
的には間違ってるからね」
 とミクルが何やら助言する。そこで彼としてもクルミが何を言いたいのか、おお
かた理解できつつあった。
「あははは、そうだね」
 苦笑いを浮かべるクルミ。自分の勘違いをどう誤魔化そうか、考えているようだ。
「ところでさ、俺ハリポタ途中まで読みかけなんだけど。それってネタバレ有り?
(※1)」
 数刻の沈黙の後。
「シャッフルターイム」
 そう叫ぶと立ち上がった彼女たちはくるくると回り出す。酔いが回ると必ずやる
余興だ。とはいえ、彼の前でしかやらないそうだが。でも、多分このタイミングで
やろうと考えたのはクルミの方だろう。自分の発言を誤魔化すために。
「さて、どっちだ」
 顔も髪型も服装も同じなんだから、身内や親しいものでさえその区別がつかない
と言われている。いつもなら彼にもその区別がつかないはずであった。
「クルミ」
 即答した。
「えー、なんでわかったの?」
 彼女は不満そうである。
「いや、わかるだろ」
 付き合いは長いのだから、そうそう外れてたまるか。と彼は密かに思うのであっ
た。
「だからなんで?」
「だから、今の流れでミクルはないだろ」
 理由は単純だ。彼女の性格を把握していれば、何を持って誤魔化そうとするかが
簡単に読めてしまう。
「うん、あたしも今のは分かると思ったよクルミちゃん」
「うわーん、ミクルちゃんの裏切り者! どんなときでも一心同体だって言ったじ
ゃない」
 泣き真似をしながら不満を爆発させるクルミに対し、ミクルは鋭い反論でそれを
一刀した。
「いや、言った覚えないし、性格が違うんだから一心なわけないじゃん」


☆【master-layer】

 二人でいるのは嫌いではありません。だって自分もあの子もお喋りだから、時が
経つのを忘れて語り合うこともたびたびあります。
 三人でいるのは大好きです。淀みない会話の流れ、先輩の容赦ない突っ込み、あ
の子の心地よい笑い声、そのどれもが心地良く響いていきます。
 他人から見れば、何の変哲もない穏やかな時間。だけどそれは、自分にとっては、
なによりもかけがえのないものなのです。


☆10月21日(土)

 日本全国酒飲み音頭というのがあった。あれは毎月のように理由を付けて酒を飲
もうという唄だったか。ところが世の中には毎晩のように飲む輩もいるわけで、そ
れに比べれば今目の前にいる彼女たちはかわいいものなのかもしれない。なぜなら、
週末になると安いワインを何本か持参して彼の部屋に押しかけてくるだけなのだか
ら。それも再来月で一年になる。
「だいたい嫁入り前の奴が、週末は酒盛りしてせっかくの休日を二日酔いで過ごす
なんて、もったいないと思わないのかい?」
 マサキは独り身で、恋人すらいない。それはいい。だが、彼女たちは学生時代の
ただの後輩、恋人関係ですらない。何が原因なのか、何が要因なのか、彼自身に懐
かれるような心当たりはまったくといっていいほどなかったはずだ。
 彼女のプライベートをそれほど知るわけでもなく、せいぜい母子家庭で三人暮ら
しだということと、おっとり口調のクルミはきれい好きで、ミクルは逆にきちんと
片付ける事ができないそうだ。実際に部屋を見ているわけではないので、マサキと
してはそれがどこまで本当なのかはわからない。一見似てそうな二人の性格も、深
く付き合えば付き合うほど、その違うが浮き出てきそうだ。
「先輩、なんかオヤジ臭いですよ」
 クルミが不機嫌そうにそう呟く。
「そうそう、今どき『嫁入り前』なんて単語使いませんって。年だってそんなに離
れていないんだから、そんな一人でオヤジ道を突っ走らなくて」
 ミクルの説明はクルミの舌っ足らずの不機嫌さを補うかのような諭し方だった。
「そうか、俺としてロマンスグレーなるおじさまを目指しているんだけどね」
 『オヤジ』と言われては黙っているほど彼のプライドは低くはなかった。
「でも髪質細いし柔らかいですし、たしか先輩のお父さまって」
「やばいですよ。今からケアしても間に合わないかもしれませんよ」
 二人の言葉はマサキがあまり考えたくなかった事柄だ。だからこそ、改めてそれ
を指摘されると落ち込むのはあたりまえだろう。
「それを言うなって」
「希望なんて未来をもっちゃいけないですよ」
 そろそろクルミの言語中枢に影響が出始めたのか、言葉の組み立てがうまくいか
ないようだ。そんな彼女の姿を見るのは毎度の事である。
「クルミちゃん、それを言うなら希望と未来が逆だって」
 漫才で言うところのツッコミ役はミクルが引き受けている。
「俺は希望も未来も持てないのか?」
 しょうがないのでマサキは意訳してやった。
「そりゃ迷い猫ですから」
 迷い猫はクルミ、おまえの事だろうと彼は心の中で彼は呟く。
「なぁーお」
 鼻にかかった甘ったるい声で猫の鳴き真似をするのはミクルだった。単純に茶化
したいのか、彼女も酔いはじめたのか。
「人生に迷った覚えはないぞ。だいたい俺の座右の銘は『ご利用は計画的に』なん
だから」
「計画通りに逝かないのが人生」
 クルミがニヤリと笑う。
「逝かない? そりゃまた結構で」
 ミクルがすかさずフォローってところが感心する。
「そりゃ計画通りにはいかないだろうけどさ」
 酔っぱらいには絡みたくないので、彼は真面目に反応した。
「やっぱりオヤジ街道まっしぐらの先輩には高度な言葉遊びが通じませんね」
「そりゃ字幕とか出ないんだから、クルミちゃんの高度な言い換えには普通気付き
ませんって。ていうか、クルミちゃん、それオヤジギャグと紙一重なんですけど」
 身も蓋もない事をミクルははっきりと言う。
「そうだよなぁ。俺も気付いたんだけどさ。思わずスルーしたくなっただけ」
 なんだか無性に頭の回転が悪い。クルミのこれぐらいの言動は、素面のミクルに
比べればかわいいものだというのに、その相手さえ面倒になっている。
 マサキもだいぶ酔いがまわってきていた。昔はもっと飲めたはずなのにと、そん
な事を思い出す。二人の相手をするようになってから、だいぶアルコールに弱くな
ってきたような気がする。
「え? 気付いたんですか?」
 ワンテンポ遅れてのクルミの反応は要領を得ない感じだった。マサキに対しても
不審そうな表情で見つめている。
「いや、どうでもいいよ、もう」
「よくないですよ。わたしの満身創痍のネタが」
 何が言いたいのかわからない。
「それを言うならって……あれ?」
 ミクルが首を傾げる。
「うん、俺にもクルミの元々言いたかった言葉がわからん」
「わたしの寒心のネタが」
 めげずに次の言葉を装填するクルミだが、さらに意味がわからなかった。
「いや、それもなんか違うと思うぞ」


☆【cyan-layer】

 お酒を飲むのが好きなのではありません。
 お酒を飲む時間が大好きなのです。
 あの何とも言えないだらだらとした空気。時間を無駄にしているのではないかと
思われるくらいの、何一つ記憶に残らない時もある不思議な空間。
 そんな時間に委ねている自分がとても愉快に思えてきます。
 だから酔ってもいいじゃないですか。
 その時間を無駄だと思うのは、その時間に幸福を見つけられないかわいそうな人
だけ。
 だから自分は幸せなんだなとしみじみ感じます。


☆11月18日(土)

「先輩、さきイカはおやつに入りますか?」
 酔いの回ったクルミが突然そんな事を言い出す。
「おまえ今日はだいぶ酔ってるだろ? まあ、あんだけチャンポンで飲めば無理も
ないが」
 ワインをビールで割って飲むなんて酔狂な奴はおまえらだけだろう、とマサキは
密かに思う。
「あたしはチーズ鱈の方が好きだけどな」
 クルミとは正反対にミクルはぼそりとそう呟いた。こちらはしっかりしていて酔
いはそれほど回っていないようだ。同じだけ飲んでいるというのにこうも違うもの
かと、半ば呆れたように彼は感心した。
「先輩、さきイカはおやつに入りますか?」
 再び同じ言葉を繰り返すクルミ。リピート解除ボタンはいったいどこにあるのだ
ろう。鼻を押したらコピーされるのも嫌である。
「だから、どうせならチーズ鱈もいれなよ」
 ミクルは相変わらずクールな口調で茶々を入れてくる。
「基本的におやつに何を喰おうが関係ないだろうが、チーズ鱈だろうが」
 しょうがないので、まともに答えてやる。酔っぱらい相手にそれがどんなに無意
味かマサキはわかってはいた。今日はまだ酔いも回っていないから彼には少しだけ
余裕があった。
「えー? なんでチーズ鱈なんですか? わたしが問題にしてるのはさきイカなん
ですから。先輩、ちゃんとわたしの話を聞いてくださいよ。だから、さきイカはお
やつに入るかどうかなんですよ」
「クルミちゃん、だいぶ酔ってますね。今日は早いところ退散した方がいいかな」
 溜息を一つ吐いてミクルはそう呟いた。
「そういうおまえは大丈夫なのか?」
「だいじょーぶに決まってるじゃないですか」と、なぜかクルミが返事をする。
「いや、おまえに聞いてないから」
 彼は脊髄反射でついツッコミを入れてしまう。
「あたしは大丈夫。クルミ一人なら余裕で連れて帰れますよ」
 こういう時、まともな会話ができる人間がいるのはほっとする。それはたぶん自
分の思考能力がまともだからだろう。酔ってしまえば相手の事などさほど気になら
ない。
「タクシー呼ぼうか?」
「なんでタクシーなんか呼ぶんですか? わたしはまだ飲み足りないんですから。
ていうか、わたしの持ってきたワイン、まだ一瓶あるじゃないですか。それに先輩
のビールもあと二缶はありますよ。あと少しだけ、少しだけ飲みましょう」
 クルミはまだ帰る気はないようだ。どっしりと座って動こうとしない。
「しょうがないなぁ」
 と呟いたのはミクル。
 マサキも無理矢理帰すのはどうかと悩んでいる。
「あー、先輩、このDVD買ったんだ。わたしこのライブ観に行きたかったんだよ
ね。きゃははは」
 いつの間にやら彼女は部屋を物色し始めた。手に持っているのは、数年前からじ
わじわと人気の出てきた二人組のユニットのライブ映像だった。
「それ、こないだ発売したばっかだぞ」
「あーん、コピーさせて」
 と、勝手にマサキの所有の自作(組み立て)系デスクトップパソコンの電源を入
れ、本棚に置いてあったブランクの DVD-Rメディアを取り出す有様。特価品で買っ
た百枚入りスピンドルだ。一応メーカー製だったが、パッケージの紙を捨ててしま
ったので、無印の無名メーカー品にも見えなくはない。
「著作物の違法コピーは犯罪なんだけど」
 そう言いながらも、彼のパソコンの中にはリッピングツールやら、ライティング
ツールが入ってる。その意見は建前に過ぎない。
「えーと、……あれれれれ? 先輩、どうやって焼いてるんですか? これじゃ、
コピーできないじゃないですか」
 クルミは首を傾げながら、ドライブの表記を見たりプロパティを開いたりしてい
た。
「いや、コピーは簡単だろ。そこにリッピングツールがあるだろうが」
「そうじゃなくて、これじゃメディアに焼けませんよ。だって、先輩のドライブっ
て、ただのスーパーマルチじゃないですか」
「それがどうした?」
「今どきただのスーパーマルチですか? もうすぐブルーレイやHDが出るって時
代にそれはありえないです。二層書き込みは今の時代デフォですよ。先輩、自作ユ
ーザーの誇りはないんですか?」
 たしかに昔は一つ一つのパーツを吟味して組み上げていた。だが、社会人となっ
て忙しくなった今は「最低限動けばいい」程度の事しか考えていない。
「いやぁ、俺の場合、DVD-R はホントにデータのバックアップ用だから。繰り返し
観るようなものは、HDDに落としてるぞ」
 そこで、クルミは自分のおでこを右手でぽんと叩いた。
「つまりメディアに焼くんじゃなく、デーモンさんにマウントですね」
「そ、御名答」
「先輩。明日、アキバに行きますよ」
 またまた突然にそんな事を言い出す。
「なぜに?」
「DL対応のドライブを買いに行くに決まってるじゃないですか」
「おまえが?」
「ええ、先輩が買わないってなら、わたし専用を繋げてもらいます」
「おまえさ、気付いてる?」
 すっかり酔いが冷めたのかと思いきや、クルミはまだまだまともな思考ではなかっ
た。「なにがですか?」
「その値段で、DVDソフト買えるじゃん」


☆【magenta-layer】

 あの子の好物は自分の好物でもあります。
 幼い頃から一緒にいたのだから、あの子の気持ちも自然とわかるようになりまし
た。
 だから気付いてしまったのです。あの子は好きなものを好きだと言えない性格だ
ということを。
 まったく困ったものです。
 そしてもう一人、これまた困った人もいるので、さらに困ってしまいます。


☆12月10日(土)

 ドアを開けるとそこには彼女の姿があった。
「先輩、おはようございますです。朝っぱらから申し訳ないですが、どうしても火
急の用件がありまして、午前中の貴重な睡眠時間頂きたく参上いたしました。寝ぼ
けた頭で理解するのにはお時間がかかるとは思いますが、とりあえず部屋に上がら
せていただけないでしょうか? こちらとしてもこの寒い冬空の中をせっせと歩い
てきた関係上、心も身体も冷え切っておりまして、このままですと大聖堂の中に飾
られたルーベンスの絵に見守られながら、天使に誘われて」
「ミクルか?」
 自信がなかったわけではないが、朝っぱらからこの妙なテンションで喋る人間を
特定するのに、寝起きの頭では少々時間がかかってしまっただけである。
「はい。よくわかりましたね。それはそれはとても光栄で」
 それ以上言葉を続ける前にマサキはドアを大きく開けて彼女を中へと促す。
「まあ、とにかく入ってくれ」
「お邪魔しまーす。そうそう、何かお土産を持ってくるべきでしたね。あたしも寝
起きなんでやっぱり頭が回っていないのかもしれません。なんてったって……」
「クルミはどうした?」
「クルミちゃんならまだ寝てます。早起きはあたしの専売特許ですから。専売特許
といえば、8月14日の」
「とりあえず椅子に座って落ち着いてくれ。そうだ、今紅茶でも入れる」
 ミクルをリビングのソファに座らせると、彼女を一人残しマサキはキッチンへと
移動する。
 数分後、マグカップを二つ持ってリビングに戻ると彼女は嬉しそうにマサキに笑
いかけ、大きな口を開いて何か言葉を発せようとしていた。
「ストップ。まだ寝起きなんだ。ほどほどにしてくれないか」
 彼女のマシンガントークを受け止めるのが苦なわけではない。回転の鈍い頭では、
言葉の端端に込められた重要な事柄を聞き逃してしまう可能性があるからだ。
「そうですね。時間がないのでした。とてもとても大事ですぐに先輩にお伝えしな
ければ大変な事になってしまいそうです。さっきあたしが言っていた早起きが専売
特許というのも実は大嘘で今日はめずらしく早起きしてしまったので思い立ったが
吉日ってな感じで参上したってわけです。っていうか、あたしがこんなに苦労して
いるのも先輩のせいなんですからね。まったく、手間がかかるというか、世話が焼
けるというか、二層書き込みで焼けるというか。先輩、DLのDはデュアルですか
らね」
 後半の訳のわからん台詞は切り捨てた方が良さそうだった。というか、彼女は
DVDフォーラム信者だったのか。
「で? 俺が何かしでかしたってのか?」
 寝ぼけた頭をフル回転させながら、自分が彼女たちに対して何か迷惑をかけたの
だろうかと考える。
「そうです。もとはといえば先輩が鈍感すぎるのが原因なんです。こんなに近くに
いるのにどうしてクルミちゃんの想いに気付いてあげられないのですか? どうし
て「おまえなんかには興味がない」って顔しながら、あの子と普通に喋っていられ
るんですか?」
「ちょっと待て」
 朝っぱらから何事かと思いきや、恋愛がらみの相談とは。いや、ミクルの事だか
ら、相談というよりは要求なのだろう。もっと遠回しに言ってくると予想していた
だけに、ストレート過ぎるその言葉には心の動揺は隠しきれない。
「待ちません。鈍感な人にはわかりやすく言ってあげるに限ります。紅茶のティー
バッグをカップに入れたまま忘れて放置して十分以上経っちゃったくらいのストレ
ートティーにしないと先輩はわからないですからね。クルミちゃんは先輩の事が大
好きなんです。こんな事、あたしが伝えるってのも違うのかもしれませんが、見て
いて、ほんともどかしいんですって。だってクルミちゃん、絶対その事を伝えよう
としませんからね。見ているだけで満足なんて今どきありえないですよ。洗濯する
ならアリエールだってのに」
 紅茶の中にブランデーでもたっぷりぶちこめばよかったと、マサキは後悔する。
そうすればもう少し口当たりの柔らかい口調にトーンダウンしただろう。
「……」
 彼は少しだけ頭痛がしてきたような気がする。
「今度のクリスマス。あたしがいっさいがっさいセッティングしてあげますから、
先輩はそこで思う存分クルミちゃんの想いに応えてやってください。抱きしめてや
ってください。もう、押し倒したってあたしが許す。あの子もそれを待ってます。
ああ、なんでクルミちゃんはこんなどうしようもない男を好きになったのでしょう。
ああ神よ許したまえ。仏よ見逃したまえ」
 ミクルはくるくると表情を変えながらありったけの心情をぶちまけた。
 そんなミクルの顔を眺めながらマサキは別の事を考える。
 自分は彼女に叱責されるほど鈍感な人間ではない。クルミの想いくらい気付いて
いたつもりだ。だからこそ、必要以上に踏み込まないように気をつけてたのだから。
だいたい、鈍感なのはミクルの方だ。マサキがどれだけ彼女に対して想いを寄せて
いるのか。そして、クルミの事を察してどれだけ自分の想いを押し殺しているのか。
「ミクル……おまえにはわからないだろう」
 彼女に聞こえないよう彼は小声でそう呟いた。


☆【yellow-layer】

 お喋りは大好きです。おまえは口から生まれてきたのではないかとよく言われま
す。
 幼い頃はよく人形と遊びました。祖母からもらったアンティークのビスクドール
です。今、オークションに出せばすごい値段が付くのではないかと、腹黒いことを
考えたり……ああ、だめですね。大人になると玩具への愛着が薄くなるみたいです。
 そういえばあの人形、どこに片付けてしまったのでしょう。
 お話を聞くのも大好きです。他の人が聞いたらくだらない話でも、心から笑うこ
とができます。心から泣くこともできます。心から共感することもできます。
 だから自分は幸せなのかもしれない、とよく思います。これって、他の人からす
れば贅沢な事かもしれませんね。
 幸せってなんだろうって、最近よく考えます。それは実感がないからかもしれま
せん。楽しいイコール幸せでないことはよくわかっています。
 考えに考えて、ようやく悟った事が一つだけあります。
 それは、普通でいることがもっとも幸せな事なんだなぁって。






 続き #303 お題>リドルストーリー>I・Friend (2/2) らいと・ひる
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