AWC お題>雪化粧>ホワイトアクセスマジック 2   亜藤すずな


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#267/598 ●長編    *** コメント #266 ***
★タイトル (AZA     )  06/06/29  23:59  (496)
お題>雪化粧>ホワイトアクセスマジック 2   亜藤すずな
★内容
 痛いところを突いてくる。でも、想定の範囲内。あたしの弱点は司の弱点で
もあるのをお忘れなく。
「あたしにはこれといって、意中の人はおりませんけど、司サンにはいました
わね。ぜひ、心意気を発揮して、誘ってください」
「……あー、あー。聞こえない」
 携帯電話じゃないのに、とぼけてる。
「江山君を誘う勇気、司はあるの?」
「何よ。最近は、飛鳥の方が親しくなってるじゃない」
「あれは、パソコンを教えてもらってるから。最初は授業のことを聞いていた
のが、ほら、うちの弟が興味を持っちゃって」
 多少の嘘は、友達関係を穏やかに回転させるオイル。だって、ほんとにあた
し、江山君を恋愛対象には見ていない。頼もしいと感じることはあってもね。
「だったら、あたしに代わって、誘ってよぉ。江山君と友達なんだから、簡単
にできるでしょ」
「司だって、江山君の友達だよ。何度か一緒に遊びに行ったじゃない」
「それはそうだけど、一対一になると、もうだめ」
「そんなんだったら、一つ屋根の下で寝泊まりするっていうだけでも、胸がど
きどきして眠れなくなるんじゃない?」
 あたしは冗談半分で言ったつもりだけど、電話口からは真剣かつ深刻な調子
で返事があった。
「かもしれない〜。やっぱり、誘わない方がいいかなぁ。そういうシチュエー
ションで江山君と顔を合わせたら、あたし、ふにゃふにゃになりそう」
 うんうん。できればその方がいい。あたしとしても気を遣うのは疲れる。
「けどさ、江山君を外すとしたら、他に誰かいる?」
「うん、まあ。成美が参加OKだったら、ひょっとしたら東野君が乗ってくれ
るんじゃないかなって、期待してる」
 成美と東野君は幼なじみってやつ。小さい頃から、マンションのお隣さんで、
仲がいい、多分。会えば口喧嘩――主に成美が口撃して、東野君が受け流すっ
て感じ――をすることもあるけど、それさえ「喧嘩するほど仲がいい」の好例
に見える。ただ、お互いに好きなのかどうかは、ちっとも分かんない。
 ……話が脱線しかけてた。今、問題なのは、成美が参加できるかどうか、そ
して成美が東野君を誘うことに同意してくれるかどうか。
「東野君なら、誘ったら来ると思う。だけど、なるちゃんがいい顔をしないと
思うなあ」
 そうなのだ。東野君は女子に人気があって、もてる。デートも手慣れたもの
という噂だから、都合がよければ着いて来てくれるはず。
 要するに、成美次第よね。さっきも書いたように、成美が意地を張って(か
どうか知らないけれど)、口喧嘩モードになってしまったら、おじゃんになり
かねない。唯一の希望なだけに、慎重に持ち掛けなくちゃ。
 というわけで、司との電話を終えると、一呼吸入れてから、成美の家に掛け
た。女友達への電話で緊張するのは、初めてかも。
「――はい、横川ですが」
 あ、あれ? 男の声? 成美のお父さんの声はこんな若い感じじゃなく、渋
かった。というより、この声って……。
「もしもし? 松井と言いますが、ひょっとして東野君ですか」
「ああ、松井さんかあ。当たり、よく分かったね」
「ど、どうして成美ん家に?」
 声で分かったとは言え、驚きはほとんど変わらない。東野君は、軽い調子で
続けた。
「最後の一桁を一つ間違ったんじゃないか。、だから、隣の僕のとこにつなが
った」
「――信じかけたじゃないのっ。さっき、『横川ですが』って言った」
「ばれたか」
 舌を出している姿が楽々想像できて、何だか精神的にとても疲れる。
「宿題の教え合いに来てるんだよ。教わり合いとも言う」
「また嘘だぁ。試験が終わったばかりで、宿題なんて出てないもんね」
「ああ、どうして素直に信じてくれないんだ。さては魔女だな、こんな簡単に
見破るなんて」
 少し、どきり。「魔女」って、洒落にならないよ。笑って動揺をごまかして
から、今度こそ本当のことを言ってと頼んだ。
「実は」
 凄く重要なことを打ち明ける口ぶりの東野君。あたしは、電話なのに身を乗
り出した。
「借りていた物を返しに来てるところ。今、横川さんはトイレ中で、代わりに
仕方なく、電話に出たというわけさ」
 大して重要じゃない内容に、気が抜けた。でも、今度こそ本当っぽい。隣同
士なんだから、物の貸し借りがあって、不思議じゃないし。
「そんで、何か用があるんだろ? 伝言でいいのなら、聞いておくよ」
「あ、そうね。うーん」
 予想外の成り行きだわ、どうしよう。最初に考えた通り、成美に交代しても
らって話を伝えてから、改めて東野君を誘うべきか。それとも、臨機応変にこ
こで思い切って、東野君を先に誘ってみるのが吉と出るか。
 迷っていると、電話の向こうがにぎやかになった。
「あ、勝手に出るなー!」
「そんなこと言うが、無視して放っておけと?」
 東野君が手を受話器の口の方に被せたのだろう、聞こえにくくなる。ただし、
押さえ方が甘いのかしら、聞き取れないほどじゃない。
「長々と話し込むなってこと。相手の名前を聞いて、掛け直しますって言えば
いいじゃない」
「それなら切ろうかな。――松井さん、あとでこっちから掛け直すそうだから」
 あたしが返事するよりもずっと早く、それこそ間髪入れずっていうタイミン
グで、「待て!」と一喝が入り、次の瞬間、受話器が持ち替えられる気配が伝
わってきた。
「――飛鳥? 電話、代わったよ」
「うん。取り込み中みたいだけど。本当に掛け直そうか?」
「いやいやいやいや。全然、取り込んでない」
 否定が必死すぎて、笑いそうになっちゃう。機嫌を損ねられても困るから、
我慢して、話を切り出す。最初は興味なさそうだったけれど、泊まりになるこ
とを伝えると、「いいね、それ」と好感触。
「親は大丈夫?」
「うちはやることやってたら、うるさく言わない。ま、子供だけは無理だろう
けどね。大人の人、いるんでしょ」
 よかった、第一段階クリア。と、安心したのも束の間、またバックの声が。
「俺も着いて行っていい?」
 東野君だ。成美の言葉だけで、どんな話をしているのか、見当が付いたのか
しら?
 それにしても、これはまずいわ。東野君の方からそんな積極的に言い出され
ると、成美が頑固になる危険が大きい。下手したら、さっきの好感触を翻して
しまうかも。とりあえず、条件を先に言ってしまおう。そこから畳み掛ければ、
あっさり、東野君で決定!ってことになる可能性だってある。それに賭けるし
かない。
「あ、あのね、それで女の子だけじゃなく――」
「ねえ、飛鳥。今の声、聞こえた?」
 うん? 少し様子がおかしい。声がくぐもったのは、口元を受話器後と手で
覆ったせいだろうけど、何故だか口調に、やれやれといった響きが感じられる。
「聞こえてたけれど……」
「東野を連れてくっていうの、どう思う?」
「ええ?」
 どうなってるの? わけ、分かりませーん。
 言葉が出ないでいたら、成美の「やっぱ、無理か」という台詞が、ため息混
じりに聞こえてきた。慌てて、受話器を両手で掴む。
「そんなことないよ。実は、グループに一人は男子が入っていないといけない
のが条件だから」
「あ、何だ。他の男子は誰がいるのよ?」
「それがまだ、誰も。だから、東野君が加わってくれたら、凄く助かる」
「あらま。じゃあ、さっきの『ええ?』は何だったのよ」
「成美の方から言い出すなんて、意外な気がして」
 すると、不気味な忍び笑いが受話器から……。
「そのこと、東野には内緒よ。荷物運びにこき使ってやろう」
 一段と低い声で、成美は悪そうなことを言う。
「え、でも、そんなんだったら、東野君が一緒に来るはずないんじゃあ……?」
「あたし、奴の弱みをついこの間、握ったところだから」
 ひそひそ声で教えてくれた。何でも、東野君は、取り巻き(成美の表現その
ままよ)の女子の一人から、その子お手製の“お気に入りの曲選集”のテープ
を贈られたんだって。問題は、不注意から最初の曲をだめにしてしまったこと。
間違って上から録音しちゃったのか、テープに傷を付けちゃったのかは分から
ないけど、とにかくだめにした。万が一、女の子にばれたらまずい。全く同じ
になるよう、ダビングし直そうと考えた。
「そこまではいいのよ。で、最初の曲をだめにしたってことは、その一曲だけ
をダビングしても、残り全部にも影響が出るから、結局、全体をダビングし直
さなくちゃならない。でも奴は普段、デートにお金をつぎ込んじゃってるから、
CDを買うのはおろか、レンタル店で借りるのすら無理。そこであたしのCD
に目を着け、借りに来た」
 あまりにも大量かつ唐突に借りに来たものだから、成美は怪しみ、東野君を
問い詰め、白状させたっていういきさつがあったとか。ご愁傷様。そうして今
日、CDを返しに来たところへ、ちょうどあたしが電話をしたのね。
「事情はどうあれ、東野君が参加できるなら、大助かりよ」
 それ以上に、成美が自分から賛成してくれたことに、ほっとしてるけど。
 こうして、思ったよりも簡単に条件をクリアでき、肩の荷が下りた感じ。あ
とは当日の天気と、宿題が少ないようにとお願いするだけ――のはずだった。

「何で!」
 土曜早朝、彼の顔を見た途端、司は短く叫び、次にくるっと後ろを向いてし
まった。かわいいというか、予想通りの反応というか。
 東野君とともに、集合場所の駅前に現れたのは、江山君その人だった。
 司には内緒にしていたけれど、これは、約一週間前に東野君が言い出したこ
とがきっかけ。女子三人に対して男子一人、普段の東野君にしてみたら、両手
に花でもまだ一つ余るハーレム?状態なのだろうけど、今回は成美がいて、そ
の上、弱みを握られているとあって、立場が悪すぎると自覚したらしい。建前
では、男一人では寂しいからとか言って、江山君を誘ったのだ。この人選は、
東野君の目的達成に最も適してるかも。
 それに対して司はこそこそ声で、「どうして言ってくれなかったの」等と動
揺しつつ、嬉しそうにしつつ、しかもあたしと成美に抗議と忙しい。普段も学
校の内外で会っているんだから、ここまで焦らなくていいのにね。ずっとこの
調子でいられても困るし、「あらかじめ伝えてたら気合い入りすぎて、遊ぶの
にふさわしくないお洒落をや化粧をしてきかねないでしょ」とか、「眠れなく
て、瞼を腫れぼったくさせてよかったの?」とか言って、とにかく納得させた。
 一騒動が収まったところで、移動開始。電車で一時間近く掛けて、より大き
な駅まで出ると、そこからは会社の用意したマイクロバスで直行だ。
「おはようございます。本日はご覧のように、晴天に恵まれました。梅雨のシ
ーズンなのに行楽日和になったのは、皆さんの日頃の行いがよいからでしょう。
私、『アキュア自然と科学体験館』、通称アキュア館での案内を務めさせてい
ただきます、瀬野俊樹と申します。二日間、よろしくお願いします」
 駅出口で出迎えてくれた男性は、立て板に水を体現したかのような調子で挨
拶をしてきた。二枚目で背はちょっと高め、スーツをきちんと着こなしている
のに、どことなくおかしい。イメージは、若手のお笑い芸人に近いかな。
 瀬野さんはあたし達の顔と名前を一致させると、車に乗り込むように促した。
バズは、補助席を入れても十人で満員となるサイズだが、お客を運ぶための物
だからかしら、割とゆったりとスペースを取っている。シートも座り心地、悪
くなさそう。
 ハンドルを握るのも瀬野さんらしく、運転席に収まった。
「忘れ物はないですね? では、そろそろ安全運転で出発しましょう」
 中学生を引率する先生みたいだ。と思った矢先、運転席のすぐ後ろに座る江
山君が、片手を小さく挙げつつ質問した。
「他にモニターの方は、いないんですか?」
「いますよ。ただ、皆さん大人の方ですからね。ご自身の車をで直接向かわれ
たり、特急で最寄りの駅まで行かれたりしています。このバスで向かうのは、
皆さんだけですよ」
「バスの方が、交通費がかからなくていいのに」
 これは成美。本人は独り言のつもりだったみたいだけど、瀬野さんはしっか
り聞いていた。
「帰りの便利・不便がありますからね。寄り道も自由ですし。ちなみに、この
マイクロバスを利用しようが利用しまいが、モニターの謝礼に差はありません」
 言って、最後に目配せした瀬野さん。すでに車は走り出しているから、ルー
ムミラーでちらっと見えただけなんだけど、感じのいい人みたいで安心できる。
「他のモニターの方々も、僕らと同じ日に一泊するんですよね? どういう人
達なのか、分かります?」
 再び江山君。やけに根掘り葉掘りだわ。
「確か、家族連れが一組、カップルが一組、外国人夫妻が一組、でしたね。ご
職業などは覚えていませんが。ああ、家族連れのお子さんは、皆さんより下、
小学生です。機会があれば、仲良くしてあげてください」
「その、身元とかは……」
「うん? 心配いりませんよ。何らかの形で、会社とつながりのある方ばかり
です。身元はしっかりしています」
「それなら。分かりました」
 そんなことまで気に掛けてたんだ、江山君。しっかりしてるというか、心配
性というか。でも、だからこそあたしも、『Reversal』のことで頼り
にしてるんだと思う。
「オープン前と聞いたけれど、どのぐらい完成してるんだろ」
 東野君が親しげな調子で聞いた。瀬野さんは、口元をかすかに緩めて答える。
「宿泊施設は完成しています。展示や遊興施設については一部、工事が遅れて
いたり、調節が必要だったりで……でも、そうですねえ、九割以上はできあが
っていると言っていいと思いますよ」
「パンフレットには、テニスコートがあるって」
 テニスの得意な東野君は、マイラケット持参で来ている。
「使えますよ。元来、避暑地ですからね。テニスコートは真っ先に整備したと
か。六面ありますので、今回のモニターにおいては、予約なしに自由に使える
手筈になっていますよ」
「ありがたい。充分充分」
 安心した様子の東野君が、乗り出していた身を背もたれに戻す。すると次は、
再び江山君。
「工事中の区域は、立入禁止ですよね」
「モニター宿泊の最中は、工事自体ストップしていますが、安全確保のため、
立入禁止です。立て看板もありますから、間違えることはないでしょう。調整
中の方は、危険でない場所なら出入り自由です」
「天体観測の催し物もいずれ行う予定とありましたが、これはまだ無理ですか」
 江山君の質問が、やっと個人的な興味に移った。楽しんでほしい。
「すみません。天体観測はまだなんです。設備も整っていない上に、ナビゲー
ションをお願いする専門家を、探しているところでして……」
「ふうん、残念だな。あ、ありがとうございます」
 そう言った江山君の後ろで、司がほわわんとした表情になってる。恐らく、
妄想してるんだろうな、彼と二人きりで、星空を見上げているとこを。
「ただ、肉眼でもよく見えますよ、きれいな星空が。開発が進んだとは言え、
都会に比べたらまだまだ明かりは少ないし、空気も澄んでいるはずですからね。
この天気だから、夜も大丈夫でしょう」
「期待してます」
「ロマンチックもいいけれど、あたしは料理に期待してる」
 成美が割って入った。
「名物料理って、何かありますか」
「郷土料理という意味でしたら、季節物だったり、癖のある物だったりで、一
般メニュー化するかどうか、未定と聞いています。今回のモニターで、出るん
だったかな……?」
「えー? そばとかうどんは?」
「それは準備しています。そうそう、自家製のソフトクリームは、試食をした
女性社員に大変好評だったとか」
「おー、それは楽しみ。今日、晴れてる割に、ちょっと気温が低いけど」
「暑いところで食べたいよね、ソフトクリームとかアイスクリームは」
 あたしが言うと、成美ばかりか、司も相槌を打った。
「喫茶店でクーラーが効きすぎだと、寒くて鳥肌が立っちゃう」
「そうそう。かき氷なんて食べた日には、こめかみが痛くなって、風邪を引い
たんじゃないかって気になる」
「逆に、夏に鍋物でもOKって感じ」
 女子三人で盛り上がると、前に座る男子二人は静かになった。
 と、東野君が急に振り返る。成美に顔を向けて言った。
「行っておくが、荷物持ちしかしないぞ」
「他に何があるって言うのよ」
「三食はただと聞いたが、ソフトクリームとかジュースとかは別料金だろ? 
それをおごれとか言われたらたまらないので、今の内に釘を刺しておく」
「そっか。気付かなかった」
 ほくそ笑む成美。東野君は対照的に、はっとして肩を落とす。
「しまった。気付かせてしまった」
 口真似をするくらいだから、ほんとに「しまった」と思ってるかどうか、怪
しいもの。ていうか、すでに笑ってるし。
 こんな風にわいわいがやがや、にぎやかにやってる内に、あたし達を乗せた
車は、高速道路をびゅんびゅん飛ばし、目的地まであと三十分くらいのところ
まで来た(らしい……瀬野さんの話だと)。
「予定より早く着きそうです。これなら道の駅に寄る余裕はあったかもしれま
せん」
 途中、成美がお土産を買いたいと言い出したのだけれど、スケジュールがあ
るし、行きしなに荷物を増やしてもしょうがないでしょって、やめさせたの。
「いいですよー。帰りに寄ってもらえれば」
 東野君ばかりか、瀬野さんまで顎で使う気だ。
「着いたら、フロントでキーを受け取ってもらって、部屋に荷物を置いてから、
食堂に集まってください。お昼を摂りながら、モニターしていただくポイント
を改めて話します」
「そのポイント、今話してくれたら、時間の節約になるんじゃあ?」
 瀬野さんに東野君が言った。食事しながら聞くんだから、「時間の節約」は
おかしいと思うけど、自由にお喋りしながら食べた方がおいしい気はする。
「なるべく、ぎりぎり直前に説明をした方が、印象に残るのですが……」
 渋る瀬野さんを、みんなで説得して(というよりも、ねだって?)、ドライ
ブ中にモニターのポイントを説明してもらった。事前に渡された用紙と大差な
いみたいだったものの、これでしっかり意識はした、うん。無料で遊ばせても
らって、いい加減な感想を出しちゃ、悪いしね。

 名物の一つというそばやうどんで空腹を満たすと、いきなり眠気を催してし
まった。普段よりは早起きしたせいかなぁ。あくびをかみ殺し、まずは展示物
を見て回る。お腹いっぱいで運動するのも大変だから、体感・体験型施設の方
は後回し。腹ごなしをしてからということに。
「きれいな建物だけど、ちょっときれいすぎる感じ」
 展示物のあるフロアへ向かう途中、成美が言う。すかさず、東野君が応じた。
「そりゃ当然では。オープン前なんだから」
「当然なのかもしれないけどさ。人の住んでる場所って感じがしなくて、落ち
着かないわ」
「ふむ。なるほど」
 小さくうなずく東野君。あたしも他のみんなも同意した。
「未来的なイメージを取り入れてるね。アキュア館本体はともかく、宿泊施設
の方は、普通っぽくしてよかったんじゃないかな。今のままだと、病室に近い
雰囲気だよ」
 江山君の意見は当たってる気がする。って、それじゃあ、おじいちゃんの責
任になる? 困る〜。あ、内装は違うんだっけ。
「ま、大した問題じゃないよ。使う内に馴染んでいくだろうし、部屋のタイプ
はいくつか用意されているみたいだしね」
「ほんと?」
「うん。自分達の部屋に行くとき、ちらっと見えたんだ。和室があった」
 ということはこのモニター、世代別に部屋を割り振ってみたのかな。最近は
子供も疲れてるから、和室でも行けると思うのに。
 と、こういう意見こそ、モニターとして、アンケート用紙に書けばいいのだ。
今は展示に集中、集中。
 けど、正直言って、展示は退屈な物が多い。お勉強じゃないんだから、エネ
ルギーを生み出す仕組みとか、自然と科学技術の共存とかの説明をうだうだ書
いたパネルは勘弁してほしい。理科の実験みたいな展示は面白いし、模型はわ
くわくさせる物があるんだから、そっちの方を多くしたらいいのに。
「多すぎる!」
 一時間ばかり経った頃かしら、東野君が声高に言った。近くに、他のお客さ
んがいたわけじゃないからいいのだけれど、びっくりした(そういえば、他の
お客さんを、まだ全然見かけてない)。
「時々面白い物もあるが、こうも広くて多いと、飽きて来ないか?」
「珍しく、意見が一致したわ」
 成美がすぐに同意を示す。そしてみんなの方を向いて続ける。
「腹ごなしできたってことにして、外の施設に行ってみない?」
「賛成」
 元気よく言って、片手を挙げた司。東野君ももちろん賛成、江山君はどちら
でもいいという風に、こちらの顔を見てくる。柄じゃないけど、今回はあたし
が持ち込んだ話なので、あたしがリーダーみたいになってる。判断しなくちゃ。
「えっと、じゃあ、一旦解散する? 好きなことをすればいいんじゃないかな」
「それだと、あとでまた一緒に回ろうとしたとき、同じことをする羽目になる
人が出るかもしれないよ。逆に、全部見られない可能性も高くなりそうだ。モ
ニターなんだから、全部、見ないと行けないんだよね?」
 江山君の指摘、ごもっとも。頭をかくしかありません……。
「間を取って、テニスってことでよくない? 明日だと慌ただしくなるし、天
気だってどうなるか分からないしな」
「どこが、間を取って、なのよ」
 東野君が言うと、成美がすぐさま突っ込む。
「とは言え、悪くないかも。ねえ、飛鳥」
「はい?」
「夜も、展示は開いてるのかな?」
「ごめん、分からない。聞いて来る」
 全部聞かなくても、成美の意図は飲み込めた。展示を夜に回して、今の内に
外の施設かテニスを楽しもうという寸法ね。
「夜でも大丈夫かどうかに関係なく、時間がもったいないから、このあとはテ
ニスに決めちゃおうよ。あたしが聞きに行ってる間に、テニスコートに行って
始めてて。場所取りの心配はないはずだけど、念のため」
「なるほど。ほんと、他のモニターの人にせ会わないから、貸し切り気分だわ」
 やっと方針が決まり、あたしは瀬野さんを探しに、みんなはテニスコートの
場所取りに、それぞれ急いだ。

 宿泊用の棟やアキュア館から十メートルくらい離れた管理小屋(仮称)に、
瀬野さんはいた。探し回ったわけじゃなく、見当たらないときはここにいます
って聞いていたの。
 ドアをノックして開けると、瀬野さんは白髪のおじさん(おじいさん?)と
話の最中だったのに、こちらを優先してくれた。あたしは急いで用件を伝える。
「ええ。夜九時までオープンしていますよ。泥酔していない限り、出入り自由
です」
 冗談交じりに教えてくれたあと、眉を動かし、
「案内掲示のどこかに、開館時間について書いてあると思ったんだが、違った
かな……」
 と、怪訝そうな表情になった。言われてみれば、案内掲示の細かいところな
んて、確認しなかった。そのことを告げたら、瀬野さんは首を横に振った。
「いえ、大変有用なご意見ですよ。表示してあっても、お客様に分かりにくけ
れば意味ありません」
「……じゃあ、改善、お願いしまーす。掲示板もパンフも」
 笑顔でリクエストをしてから、瀬野さんの肩越しに、奥にいるおじさんの様
子を見る。途中で邪魔されて、怒っているんじゃないかしらと、ちょっぴり心
配だったから。
 おじさんはテレビ画面がいっぱい並ぶパネルを前に、腕組みをして座ってい
た。同じモニターでも、監視モニターがこの人の主な役目らしい。群青色の作
業着みたいな制服を着込んでいることからも、管理人に違いないと思う。
「こんな小さなお客さんも来ているのか。自分のような強面に、務まるかねえ」
 あたしを見つけたおじさんは、自分で言った通り、確かに恐い顔をしている。
細い目や眉は逆ハの字で、額や口元には深いしわが刻まれていた。座っている
から背丈は分からないけど、横に大きくて、威圧的っていうのかな、そんな感
じを強く受ける。
「苫田さんほどの人生経験がおありの人なら、支配人兼管理人ぐらい楽にこな
せますよ」
 瀬野さんの台詞で、おじさんの名前が分かった。それに、支配人も兼ねてる
んだぁ。お偉いさんと縁の下の力持ちが合体したみたいで、ちょっと妙な気も
するけど、えーっと、人件費削減ていうことなのかしら。
「上が心配していたのは二つだけ」
「ああ、分かってる。表情と言葉遣いだろう」
 聞き飽きたっていう風に、片手を前後に振った苫田さん。仕事の位は瀬野さ
んよりも下みたいだけど、喋り方が偉そうなのは、やっぱり年上だから?
「なるべくなら、お客さんと接する機会はない方が、気楽だね。こうしてモニ
ターを見てるだけで済むなら」
「そんなこと言わずに。そうだ、この子で練習してみてくださいよ」
 え?
「迷子になって、連れて来られたとして、一から聞き出すんです」
「あのー、瀬野さん。いくら何でも、自分から名前を言えない中学生はいない
と思います……」
 黙ってたら、変な方向に話が行きそう。急いで口を挟んだ。
「それもそうですねえ。失礼をしました。では、管理人の苫田さんに、施設に
関する質問をしてくれませんか。何でもかまいません」
「え、えっと。じゃあ――テニスコートの予約って、できるんですか」
 苫田さんの方をちらっと見、探り探り、言ってみた。苫田さんは苫田さんで、
テストされていると分かっているせいかしら、たどたどしい調子で返してきた。
「そ、そんなもの、空いていれば、いつでも使える」
「苫田さん」
 瀬野さんがだめ出しとともに、ため息をついた。
「丁寧な言葉遣い、笑顔。それよりも何よりも、お客様の質問に対する答にな
っていないじゃありませんか」
「どんな状況なのか、決めてもらわんとなあ。泊まり客に当日聞かれたら、さ
っきみたいに答えるしか」
「それを含めて、お客様に確認するぐらいの手間は、惜しまないでください」
 たしなめる瀬野さんに、苫田さんは苦虫を噛み潰したような顔をしたけれど
も、少なくとも口では、「本番ではそうするよ。覚えた」と素直に?返事した。
「それよりか、朝夜関係なしに、こんな風に客が訪ねてくるのかねえ? ここ
で寝泊まりする身にもなってもらいたいものだ」
「それは管理人ですから、何か起きれば対応しなければいけませんよ。早朝や
真夜中ということもあるでしょう」
「やれやれ。酒も満足に飲めそうにない」
 うーん。さっきの返事、本心じゃなかったのかも。

 話し込んだおかげで、時間を取っちゃった! 管理小屋から宿泊棟まではす
ぐだけど、そこからテニスコートまでが結構ある。大変だ、急がなくちゃ。部
屋に戻って、着替えて――。時刻に気付いて焦りがあたしの顔にありありと出
たのか、瀬野さんがわけ聞いてきた。状況を伝えると、それならここを通ると
近道になるはずと、ルートを教えてくれた。
 簡単な地図を書きましょうとまで言ってくれたのだけれど、時間がもったい
ない。覚えましたから大丈夫と言って、あたしは管理小屋を飛び出した。
 ……迷った。
 あたしは、雑木林の中で佇み、きょろきょろしていた。
 学校指定の深緑色をしたジャージ姿でうろうろ、あるいは、ぽつーんとして
るのは、もし知っている人に見られたら相当恥ずかしいだろう。念のためポケ
ットに入れた小型の杖も、ころころして妙に気になるし。まあ、幸か不幸か、
今は知っている人はもちろん、知らない人にも見られていない。
 だいたいの地図は頭に入ってるつもりだったのに、実際には迷子になってし
まった。もしかすると、宿泊棟の出入り口がいくつかあって、勘違いしたのか
もしれない。
 と言っても、焦ってはいるけれども、悲観的には全然なっていない。移動魔
法を使えば、すぐにでも自分の部屋に戻れるのだから。
 いっそ、テニスコートに直接行けばいい? それは無理。テニスコートがど
こにあって、その情景をしっかりとイメージできなければ、移動魔法の対象に
はならないの。
 仮にイメージできたとしたって、今はみんながテニスを楽しんでいるに違い
ない。その空間へ、いきなり、ぱっと出現しちゃ、魔法のことがばれてしまう。
江山君以外には、まだ誰にも知らせていない秘密。騒ぎにならないようにする
ためには、これからも隠し続けることになりそう……。
 さて、それならさっさと自分の部屋に移ればいいようなものだけれど、一日
に二度しか使えない移動魔法を、こんなことで浪費するのは惜しい。林ったっ
て、ジャングルじゃあるまいし、木々の間から向こうの景色がちらっと見える。
工事中の場所は危ないと思って、それっぽい看板が見えたのとは反対の方向に
進んでるところ。抜け出れば、大雑把な位置が分かるはず。
 歩く内に、きらきらしたものが視界に捉えられた。あれは……水? 太陽の
光を反射して、池か何かの水面が輝いているんだ、きっと。施設一帯の中で、
当てはまりそうな場所を思い浮かべようと努力する。
 具体的にはちっとも思い浮かばないまま、林を抜けた。
「わあ」
 川があった。きらめく水面は、川だった。
 正確には運河って言うの? 明らかに人工的に作った物だけど、すでに割と
整備されてて、意外といい眺め。完成したら、散歩するだけで楽しいかも(カ
ップルでね)。
 対岸まで、二十メートルくらい、ううん、もっとあるかも。オープン前だか
らか、水は透明で、底がほぼ見通せる。でも、深さは結構ありそう。流れの速
さは、大したことない。多分、歩く方が早いわね。
 木の葉が一枚、浮いたまま流れてきたので、それを目印に、試しに歩いてみ
た。時折、くるっと回る葉っぱを見つめながら、歩行者専用らしい舗装路を行
く。うん、やっぱり、歩きの勝ち。
 結果が出たので立ち止まると、ふと、人の声が聞こえた。それも、物凄く近
くからの声。
<ああ、間違いないよ。あいつって確認した>
 男の低い声のような、しわがれた女性の声のような。どっちにしろ、秘密め
かした調子がびりびりと伝わる。あたしは思わず、口をつぐんで静かにした。
辺りを見回したにも拘わらず、人の姿はゼロ。
 そうする内にも、声は続く。
<こんなところで管理人をやってるとは、落ちぶれた……いや、給料はよさそ
うだから、腹立たしい>
 管理人……苫田さんを話題にしている? あたしはもう一度、周囲に視線を
走らせた。さっきよりも範囲を広げ、まさかと思いつつ、対岸まで見やる。
 すると、一人、いた。
 川を挟んで、ちょうどあたしと対象の位置に、灰色っぽい服を着た人影があ
った。その灰色よりもさらに濃いグレーの大きな看板?を前に、こっちには背
中を向けているみたい。太陽の角度が悪いのと、距離があるのとで、人相はお
ろか、性別も判断できない。けど、携帯電話で通話中らしいことは、そのポー
ズから多分、間違いない。
 どうしてその声が、あたしに、こんなにもはっきり聞こえるの? 新しい魔
法が勝手に身についたのかしら?
<そう。条件がぴったり合う>
 低い声に、若干、嬉しがる響きが含まれた。それはしかし、すぐ元通りに。
<分かってる。急な話になるけれども、千載一遇のチャンス。これを逃したら、
もう復讐は無理かもしれない>
 復讐?
<あなたが反対しようとも、今夜、決行するつもりでいる。だからあなたは、
一応、アリバイだけは作っておいて>
 アリバイって、テレビの推理ドラマなんかで聞くけど。復讐にアリバイと来
たら……。
<ああ、自分のアリバイは当然、作れない。でも、疑われっこない。あいつの
死は、自殺として片付けられるのだから>
 う、わ……やっぱり。殺人の相談ないしは、決行宣言なんだ、この台詞!
 あたしはしゃがみ込んだ。見つかったら危ない、という意識が働いた。こっ
ちに振り返られたら、緑色のジャージを着ているといったって、どれほどカム
フラージュになるのか、心許ない。できることなら、雑木林の中に戻りたいけ
ど、それだと音を立ててしまう。
<じかん まよ かの じ ら>
 突然、聞き取りにくくなった。声の主は恐らく、殺人を決行する時間を相手
に伝えたんだわ。その間のアリバイを作れって。
 程なく、声は全く聞こえなくなった。こそっと視線を起こし、対岸を見てみ
ると、人影は携帯電話をズボンの尻ポケットに仕舞う動作をしていた。それが
終わると、岸をあたしから見て右側、つまり下流方向へと去って行く。
 あとから考えたら、それは急ぎ足だったのに、そのときのあたしには、随分
とゆっくりに思えた。その人影が視界から消えるまで、とても長かった。
 気配すら感じなくなってから、あたしはやっと腰を上げ、それでも恐る恐る、
下流の方を振り返った。誰もいない。
 安堵すると同時に、右手を壁についた。
 壁? こんなところに壁があったかしらと、右を向く。
 グレーの壁があった。

――続く




元文書 #266 お題>雪化粧>ホワイトアクセスマジック 1   亜藤すずな
 続き #268 お題>雪化粧>ホワイトアクセスマジック 3   亜藤すずな
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