AWC 暁のデッドヒート 11   いくさぶね


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#200/598 ●長編    *** コメント #199 ***
★タイトル (amr     )  03/12/03  03:03  (197)
暁のデッドヒート 11   いくさぶね
★内容
 小沢艦隊は壊滅しようとしていた。雲龍と隼鷹の姿は既に海上になく、千歳と龍鳳も
大傾斜を生じて炎上している。
 事態がここまで悪化した原因は、第一航空艦隊との連絡の失敗にあった。彼らは、一
航艦が未明に攻撃隊を出していたことを掴んでいなかったのだ。
 無論、一航艦は攻撃隊の発進とその戦果を伝える電文を発していたが、これを肝心の
旗艦瑞鶴が受信できていなかった。その結果、日の出と同時に米艦隊が攻撃隊を繰り出
してくるものと考えていた直掩隊が交代するまさにそのタイミングで、遅れて発進した
ハルゼー艦隊からの攻撃隊が飛来した。
 日本側にとっては、前日仕掛けた時間差フェイントを、そっくりそのまま返された格
好となった。さらに、初動で隼鷹に直撃が集中したことも災いした。隼鷹は、直掩隊第
一波の半数近くの整備補給を引き受けていたのだ。
 一〇〇〇ポンド爆弾三発の直撃によって給油中の搭載機が次々と炎上し、格納庫甲板
からその二層下にかけて大火災が発生。ここで彼女が本来の意味での正規空母である
か、
あるいは攻撃機を搭載していない龍鳳以下の他空母であればまだ生残の目もあったのだ
ろうが、不幸にも隼鷹はそのどちらでもなかった。さらに、客船から改装されたという
隼鷹の経歴がまともに裏目に出た。軍艦にあるまじき良好な艦内通風性に助けられた火
災は、瞬く間に弾薬庫へと延焼。内務班が手を回す間もなかった。
 戦争中期以降の第三艦隊の屋台骨を支え続けた殊勲艦は、立て続けに船体外鈑を引き
裂いて膨れ上がる火球に呑み込まれ、二十数機の零戦を道連れとして海上に四散した。
 第三艦隊の直掩機は、この日朝の時点で八〇機余りにまで目減りしていた。瑞鶴に少
数ながら積み込んでいた補用機まで繰り出しても、この数にしかならない。昨日の航空
戦は、それほどまでに熾烈なものだった。
 この残存のうち、直掩隊の第一波として上がっていたのが三七機。隼鷹は、このうち
十機以上を道連れに沈んだことになる。
 それを境に、小沢艦隊の防空体制は一気に破綻した。真っ先に、陣形から落伍しかけ
ていた雲龍が血祭りに挙げられる。損傷を受けて速力と運動性の低下していた彼女に
は、
ハルゼーが怒りに任せて送り込んできた戦爆連合一三四機の攻撃から逃れる術はなかっ
た。十一発の爆弾と七本の魚雷で嬲りものにされた雲龍は、初弾の命中から二〇分と経
たずに横倒しとなり、余勢を駆った米軍攻撃隊は護衛についていた霜月にも爆弾二発と
魚雷一本を撃ち込んで撃沈した。
 さらに、第二波として戦爆雷連合一二七機が飛来。三〇機足らずの直掩隊第二波に、
これを阻止する手立てはなかった。攻撃は、隼鷹の抜けた穴のために陣形の外翼で孤立
していた千歳と、もともと直衛艦の割り振りから漏れていた龍鳳に集中した。龍鳳に向
かった米軍機に対しては五十鈴が対空砲火を分火したが、これによって米軍機の攻撃は
五十鈴自身にも向けられる結果となり、彼女の行動は沈没艦を一隻増やすだけに終わっ
た。
 それから一時間後に第三波一一三機が襲来した頃には、直掩機は一〇機そこそことい
うところまで減少していた。被弾によって使用不能となる機の多さに加え、回避運動を
強いられる母艦の中では補修作業が思うに任せなかったため、稼動機数は極端に低下し
ていた。
 ほとんど妨害を受けなくなった米軍機の攻撃は、生き残りの空母ばかりでなく護衛艦
艇にも容赦なく向けられた。手始めに、第二駆逐連隊旗艦の初月に爆弾四発が命中。後
部弾薬庫と汽罐が爆発した初月は、二つに折れて波間に姿を消した。
 それとほぼ同時に、瑞鳳の左舷に魚雷五本が次々と命中。直衛にあたっていた秋月の
阻止砲火を強引に突破しての強襲だった。当然ながら、排水量一万トンの軽空母がこれ
だけの打撃に耐えるのは無理な話だ。艦尾から沈み始めた瑞鳳には、なおも一〇〇〇ポ
ンド爆弾二発が命中し、砕かれた船体もろとも退艦中の将兵を海上へと弾き飛ばした。

「瑞鳳、沈みます!」
「龍鳳より信号! 我、舵損傷」
 次々と寄せられる悲痛な報告。小沢中将は、じっと艦橋の窓の外を見つめていた。
「遊撃部隊からの連絡はまだか?」
「ありません。先ほど、レイテ突入準備完了の報を受け取ったまでです」
「四時間ほど前だったな」
 小沢中将は、油断なく戦況を確認しながら素早く計算を巡らせた。
 四時間前に突入開始の一報を送ってきたということは、突入そのものが成功したか否
かにかかわらず、戦闘の結果は出ているはずだ。にもかかわらず来援の要請がどこから
も──一航艦からも出ないということはつまり、この戦場における第三艦隊の役割は、
すでに完遂されていると思っていい。
「そろそろ潮時か」
 そこに、上ずった声で立て続けに報告が飛び込んだ。
「対空電探に感! 新たな敵編隊、すくなくとも一〇〇機以上! 方位一五〇、距離お
よそ五五〇〇〇!」
「同じく新たな編隊! 方位二六〇、距離五〇〇〇〇、およそ五〇機!」
「方位二六〇? 敵は南西側にまで回り込んだのか!?」

「次から次へと。まったく際限のない連中だ」
 伊勢艦長の中瀬大佐は、対空戦闘を号令しつつ毒づいた。
「艦尾噴進砲群、次発装填が未了です」
「仕方あるまい、装填待て。作業中に被弾して誘爆でも起こされてはかなわん」
 高射長が、むぅ、と唸る。
「左舷よりの敵、雷爆連合およそ三〇!」
「来よったか……しんどいのぉ」
 砲術長のぼやきを他所に、報告は続く。
「艦首方向、新たな編隊!」
「機種知らせ!」
 そこで、見張りが言葉に詰まった。
「どうした!」
「訂正! 正面の編隊は敵機にあらず!」
「なんだって?」
 中瀬艦長は、慌てて双眼鏡を構えなおした。視界に飛び込んできたのは、長年見慣れ
たシルエット。
「零戦だと!」
 しかし、第三艦隊には追加の直掩機を上げられるほどの余裕はないはずだ。すると、
この味方機は……
「一航艦か……!」
 状況を悟った将兵の中には、目頭を押さえるものすら少なくなかった。

 既に、上空では熾烈な空戦が始まっていた。一航艦がルソン全島からかき集めて送り
出した戦闘機隊は、零戦三五機、雷電一四機、紫電九機。元々一航艦自体がこの作戦に
合わせて全国から技量優秀な搭乗員を選抜して編成されていただけあって、その戦いぶ
りは素晴らしかった。三倍の敵を相手に一歩も引かず、数に勝るヘルキャットを圧倒し
ていく。
 だが、七〇機をこえる攻撃機を全て阻止することは不可能だった。一航艦の戦闘機隊
に捕捉される前に突入を開始した編隊も少なくない。
「左舷前方、雷撃機三!」
「取舵三〇!」
 狙われた伊勢が慌しく回頭を始める。主要目標であった空母をあらかた片付けてしま
った米軍機は、四航戦の伊勢と日向にも食指を伸ばしていた。
「寄せ付けるな!」
 日向の飛行甲板から、装填が間に合った噴進弾が放たれる。先頭のアヴェンジャーの
鼻先で炸裂した噴進弾は、後続の一機まで巻き込んで叩き落した。
 この派手な一撃が注目を惹いたのか、四航戦にはそれまで以上に激しい攻撃が加えら
れ始めた。手始めに、左右両翼から挟み込むように七機のTBMが来襲。しかし、この
攻撃は完全に及び腰だったために命中魚雷はなし。直後に伊勢の艦尾方向から機銃を乱
射しながら肉薄してきたF6Fがいたが、飛行甲板両舷に増設された機銃群の弾幕に正
面から突っ込み、堪らず退散していった。
 それとほとんど同時に中高度からヘルダイバーの一群が飛び込んできた。
「直上、急降下!」
 対空見張りの絶叫。これに対しては野村艦長の操艦が冴える。一二発が投下された
一〇〇〇ポンド爆弾を、日向は見事に躱して見せた。
 しかし、最後に思いもよらない番外が残っていた。伊勢を狙っていたヘルダイバーの
一機が高角砲弾の至近爆発で体勢を崩し、一〇〇〇ポンド爆弾二発を抱えたまま日向の
前檣楼に激突したのだ。

 前檣楼に体当たりの直撃を受けた日向に、攻撃隊の各機は殺到していった。なにより
被害箇所がまずかった。二発の一〇〇〇ポンド爆弾と大量のガソリンによる爆発は、日
向の昼戦艦橋から上の軟構造部分をそっくり吹き飛ばしたのだ。これだけはっきりとし
た損傷が発生していれば、上空から一瞥しただけでも被害状況は察しがつく。
 米軍搭乗員たちの予想通り、日向の指揮系統に発生した被害は深刻だった。艦長の野
村大佐以下、艦橋に居合わせた要員は軒並み即死。日向は対空射撃統制も回避運動も不
可能な状態だった。
 砲側照準で散発的な対空砲火を撃ち上げながら直進するしかできなくなった日向は、
それからさらに四発の爆弾と三本の魚雷を受けた。


「日向の速力は浸水のため四ノットが限界。舵も損傷を受け、操艦困難とのことです」
 参謀長の大林少将が、うーんと唸った。
「処分するしかありませんな……惜しいですが」
 機関、主砲ともに完全に生きている状態の戦艦を自沈させねばならないという事態
は、
ソロモン海の比叡に続いて二例目だった。
「四航戦司令はどうなった?」
 小沢長官が尋ねる。
「松田少将は即死は免れたようですが……全身に火傷を負っており、助かる見込みは薄
いそうです」
 それから、と前置きして、通信参謀が電文を読み上げた。
「四航戦司令から直々の言葉です。『第三艦隊各艦の武運長久を祈る』」
 小沢中将は瞑目した。先の見通しも立つかどうか怪しい武運の長久などよりも、一人
の部下の無事のほうがどれほど有難いことか。
 瑞鶴の後方では、千歳が艦尾から沈んでいこうとしていた。


 第三八任務部隊の攻撃力は尽きかけていた。CAP任務の直掩機に労われるように帰
還してくる攻撃隊は、見る影もないほど疲弊している。
「畜生、あと一隻分あれば……」
 ハルゼーは歯噛みした。日本空母部隊へ差し向ける攻撃隊は、先ほど発艦した第五次
攻撃隊一二四機で打ち止めだった。ここに本来ならば、のべ機数でさらに七〇機余りを
加えることができたはずだ。それだけあれば、空母の一〜二隻程度は戦果に付け足すこ
とも可能かもしれない。
 だが、日本軍の最後の一撃は予想以上の痛手だった。
「デビソン隊より連絡。フランクリンの火災はさらに拡大、CIC付近および機関室に
まで火が回って手がつけられない模様です。司令部はエンタープライズに移乗しまし
た」
 一航艦による最後の反撃は、デビソン隊の正規空母フランクリンに集中していた。攻
撃隊の未帰還率は七割に達したが、それと引き換えに彼らは、フランクリンに対して爆
弾三発、魚雷一本を命中させた。
 合衆国海軍が誇るダメージコントロールのノウハウが集約されたエセックス級中期型
に属する彼女は、本来この程度の命中弾で無力化されることはないはずだった。だが、
反跳気味に飛び込んできた三発目の五〇〇キロ爆弾が致命傷だった。この一発は繋止位
置に立ち上がっていた舷側昇降機を貫通して格納庫内部に突入し、燃料満載状態での待
機を強いられていたヘルダイバー四機の真中で炸裂したのだ。
「続報です。フランクリンは両用砲弾薬庫で誘爆が発生。先ほど総員退艦が発令されま
した」
 一番艦の就役以来不沈を誇ってきたエセックス級の神話が、ついに崩れ去った瞬間だ
った。
「全機収容にはどれくらい掛かる?」
「第五次攻撃隊まで含めますと……約三時間後の予定です」
「……よし。索敵機を今のうちに出そう。シブヤン海からサマール東方沖を重点的にや
る。生存者の捜索と救助は念入りにな」
 戦いはすでに、残敵掃討の段階に移ろうとしていた。レイテ沖海戦の通称で呼ばれる
一連の海戦は、このときを以って実質的に終結した。


 米海軍の公刊戦史には、武蔵は二五日夕刻に第三八任務部隊搭載機の空襲を受けて、
サマール島東南東沖で沈没したとある。
 だが、この記述には不可解な点が指摘されている。戦後行われた聴取によると、サマ
ール東方沖の日本艦隊への攻撃に参加した搭乗員の多くが「自分はモンスターが攻撃を
受けて沈む様子を見た」と証言しており、これが上記の記述の根拠となっているのだ
が、
肝心の「自分が武蔵を攻撃した」と主張する搭乗員が一人もいないのだ。
 真相を知ることができたのは攻撃された日本艦隊の将兵だけであろうが、彼らの中に
生者はいない。米軍機はこの小艦隊に徹底した攻撃を仕掛け、羽黒をはじめ駆逐艦一
隻、
救命艇一艘に至るまで、完膚なきまでにフィリピン海溝の底深く叩き沈めてしまったか
らだ(なお、シブヤン海を回航中の妙高と秋霜も、ハルゼー艦隊の空襲を受けて撃沈さ
れている)。
 こういった経緯から戦史研究者の間では、武蔵は二五日早朝から午前にかけ、サンベ
ルナルジノ海峡海戦で受けた損傷箇所からの浸水増加により、サマール東方沖にて沈没
したとする説が有力視されている。
 だが、不可解な消え方をした彼女の最期は、現在に至るまで多くのミステリーや幻想
の題材とされてきた。あるときは謎の漂流船として。またあるときは、現代によみがえ
った救世主として。そして果ては、異星のテクノロジーを身に纏って銀河を股にかけた
星々の大海へと漕ぎ出すに至るまで、彼女は人々の想像の海原で、今も終わりのない戦
闘航海を続けている。




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