AWC 暁のデッドヒート 2   いくさぶね


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#191/598 ●長編    *** コメント #190 ***
★タイトル (amr     )  03/12/03  02:56  (372)
暁のデッドヒート 2   いくさぶね
★内容
「合戦準備、夜戦に備え!」
 栗田長官が、快活な声で発令した。昨日パラワン水道で乗艦だった愛宕を撃沈されて
以来一睡もしていないはずだが、その疲労を微塵も感じさせない。
 無理もなかった。ソロモン海域で喫した不名誉な敗北以来、実に二年ぶりに帝国海軍
の戦艦部隊がその汚名をそそぐ機会が巡ってきたのだ。時刻は二二五〇時。雲間から覗
く月明かりの元には、サンベルナルジノ海峡の太平洋側出口に陣取る米艦隊の姿が見て
取れた。


「海峡入口に複数の大型艦反応!」
 旗艦ニュージャージーのCICに詰めているリー中将の元に、対水上電探からの報告
が飛び込んだ。
「来たか!」
 誰かが声を上げた。
「最大戦速、右砲戦。敵は手強いぞ、先頭艦から集中射撃で潰していけ!」
 リー中将の指示が下された。
「A、B両砲塔、射撃準備よし」
「X砲塔準備よし」
「敵先頭艦まで三三〇〇〇ヤード!」
「まだだ、しっかりと引き付けて確実に仕留めろ!」
 ニュージャージー以下六隻の戦艦群は、慎重に間合いを測っていた。


 大和級戦艦にとって最適な砲戦開始距離は、三六〇〇〇と言われていた。彼女を先頭
に、武蔵・長門・金剛・榛名と続く艦列は、サンベルナルジノ海峡の狭水路に突入する
前から戦闘準備を完了していた。その中には当然、主砲の射撃準備も含まれている。
 もっとも、夜戦という環境においてはその距離は必然的に短くならざるを得ない。日
本製の電探は射撃管制に光学照準を併用しないとまともな諸元を出せなかったし、いく
ら日本海軍の夜間見張り員が極めつけに優秀とはいえ、肉眼での視認距離は二万メート
ル強が限界だった。
 だが、これは専用の射撃管制電探を装備している米艦隊とても同じこと。いくら光学
機器に頼らず射撃可能とはいえ、電探だけで精度を出そうと思ったら二五〇〇〇までは
詰めなければ命中は覚束ない。
「艦長、行けるか?」
「全砲門、射撃準備よし。さっきからお待ちしておりますよ」
 宇垣中将の問いに、森下少将が楽しくてたまらないといった様子で応じた。
「よし、おおいにやろうじゃないか」
 大きく頷くと、栗田中将は大音声で発令した。
「撃ち方、始め!」
「テ────ッ!」
 一瞬の間をおいて、夜戦艦橋の窓から閃光が差し込み、艦全体を激しい衝撃が覆っ
た。
就役より三年の時を経て、この凶悪で優美な巨獣が生涯初めて敵に向かって炎を吐き出
した瞬間だった。

 リー中将率いる第三四任務部隊は、戦艦ニュージャージー以下、アイオワ、サウスダ
コタ、マサチューセッツ、アラバマ、ワシントンを中核に、巡洋艦ニューオーリンズ、
ヴィンセンス、マイアミ、モービル、駆逐艦十二隻で構成された、米海軍では最強の戦
力を擁する純粋な水上砲戦部隊だ。戦艦部隊が単縦陣を組んで海峡出口から二二〇〇〇
メートルのラインに丁字を描くように布陣し、その前方に巡洋艦と駆逐艦がスクリーン
を張るという隊形で日本艦隊を待ち構えていた。
 これに対して栗田中将率いる第一遊撃部隊は、旗艦大和を先頭に、武蔵、長門、金
剛、
榛名と続く戦艦群を先頭に立て、その後方から重巡および水雷戦隊が追従する形となっ
ていた。本来なら夜戦では偵察艦の前衛を立てるのがセオリーではあったが、今回は海
峡出口に敵艦隊の存在が確実視されていたため、最も耐久力の高い戦艦を先に立てる作
戦だった。

 大和が距離二二〇〇〇メートルで前部砲塔から放った四発の砲弾は、駆逐艦や巡洋艦
の頭上を飛び越えて、旗艦ニュージャージーの左舷に着弾した。
「だんちゃーく、遠、遠、遠……全て遠!」
「下げ二、苗頭そのまま!」
「敵艦、発砲!」
「一番、二番、射撃準備よし!」
「テ────ッ!」
 その直後、大和に続いて後続の武蔵も射撃を開始した。


 アイオワの右舷艦橋ウィングに配置されていた見張長は、その一撃に目を見張った。
ちょうど二年前のガダルカナル海戦。彼は戦艦ワシントンの見張員としてあの海戦に参
加し、霧島の十四インチ砲による砲撃を目の当たりにしていたのだ。
 今回目の前に出現している水柱は、あのときのものよりも確実に二回りは大きかっ
た。
(ちょっと待てよ、おい)
 彼は嫌な予感がしていた。どうも話が違うんじゃないか?情報では、ジャップの新型
戦艦の主砲は十六インチ砲だという話だったんだが。こいつは、ひょっとするとそれ以
上かもしれん。
 敵の先頭艦が、主砲を斉発するのが見えた。発砲炎の光芒の中に浮かび上がったその
姿は、彼には地獄の底から這い出してきた魔獣のように思えた。
「敵一、二番艦はヤマト級。その後方にナガト級一隻が後続。以下、コンゴウ級戦艦二
隻を認む」
「第三斉射、目標を夾叉!」
 リー中将は、口元に満足気な笑みを浮かべた。なんとか海峡通過前に捕まえることに
は成功した。
「あとは、料理人の腕次第だ……こいつは大物だぞ」
「第四斉射、目標に命中弾、少なくとも一!」
 ニュージャージーのCICに、興奮とも感嘆ともとれないどよめきが発生した。

 ニュージャージーが放った重量一.二トンのスーパーヘビーシェルは、二二〇〇〇メ
ートルの距離を軽々と飛び越え、大和の第二砲塔左舷側の上甲板に命中。短遅動信管が
作動して、巨弾を炸裂させた。
 ヴァイタル・パートの装甲を貫くには至らなかったが、居住区画を中心に少なからぬ
破壊がもたらされ、可燃物が炎上する。
「消火急げ! 先を越されたぞ! 何をやっとる!」
 森下艦長が砲術科員たちを叱咤する。くそっ、これが電探管制射撃ってやつか。よほ
ど優秀な夜間見張り員が揃っていても、なかなかこうは行かんぞ。
「武蔵第四斉射、敵一番艦を夾叉!」
「第五斉射、弾着、今……近・近・遠・近・遠・遠!」
 おお、という誰かの声が上がる。見事な夾叉だった。
 間髪をいれず、第六斉射の三発が放たれる。その直後、アイオワとマサチューセッツ
が放った合計九発がほとんど同時に着弾。一発が直撃したが、これは第一砲塔の前楯が
難なく跳ね返して明後日の方向へ消えていった。
 そして、武蔵の第五斉射がニュージャージーを捉えた。第二煙突基部に命中。近距離
での十八インチ弾の破壊力は絶大だった。両用砲二基が消失し、上構そのものにも大穴
が空く。損傷した煙路から排気が噴出し、ニュージャージーの後檣から後ろは煙に包ま
れた。それを振り払うようにニュージャージーは斉射を放ったが、直後に今度は大和の
第六斉射が落下。前檣楼直前を直撃して艦橋を半壊させ、上にあった対空射撃指揮所を
吹き飛ばした。


 艦橋上部を襲った直撃弾の衝撃に、CICに詰めていた要員は大半が床へと投げ出さ
れた。照明が明滅して非常灯に切り替わる。
 指揮官用座席から転がり落ちたリーは、頭を振って立ち上がった。
「損害報告!」
 艦長の指示に、艦内を連絡が飛び交う。
「艦橋上部被弾。航海艦橋が全滅です!」
「前部対空射撃指揮所、応答ありません!」
「通信アンテナ損傷! 無線が不通です!」
「衛生班を艦橋に向かわせろ。応急班は通信の復旧を急げ」
「マサチューセッツに発光信号。『我に代わり砲戦指揮をとれ』」
 旗艦が通信能力を失った以上、復旧までの間代理指揮をとる艦が必要だ。第三四任務
部隊の指揮権は、一時的に戦艦マサチューセッツに座乗するバジャー少将に継承され
た。
「CICより後檣楼。敵一番艦に変化はないか?」
「小規模な火災が数箇所に認められますが、速力・砲力とも衰えていません──あっ、
敵艦、第八斉射」
 リーは唸った。さすがに新型艦ともなると装甲が厚い。既に五発は命中弾──それも
十六インチSHSのハードパンチ──を叩き込んでいるはずだが、想像以上にタフな奴
だ。あるいは、我が方のサウスダコタ級やアイオワ級に匹敵する重防御を施されている
のかも。
「先陣切って突っ込んでくるだけのことはあるな。日本軍の自信作というわけだ」
 その直後、朗報がもたらされた。
「敵五番艦に命中弾、大爆発しました!」


 砲戦指揮を継承したバジャー少将は、アラバマとワシントンの二隻に分火を命じた。
いくらレーダー管制射撃が可能とはいえ、六隻もの戦艦が狙いを集中していては、まと
もな弾着観測ができなくなってしまったからだ。
 命令を受けたアラバマとワシントンは、日本側戦艦群の最後尾を進んでいた榛名に狙
いをつけた。距離は約二六〇〇〇ヤード。初弾でいきなり夾叉を出し、第三斉射以降つ
ぎつぎと命中弾を送り込んだ。
 改装を受けて合計一七〇ミリもの厚さに増強されている金剛級戦艦の多重甲板装甲
は、
超大重量砲弾の威力によく耐えた。だが、新造時から変更されていない舷側装甲にとっ
ては、これは限界を遥かに超える打撃だった。舷側を叩き破った徹甲弾が艦内で炸裂す
るたびに、夥しい鉄片と人間が海上へと撒き散らされ、無数の火災が発生した。榛名も
負けじと撃ち返すが、艦齢にして三十年近くも若い新型艦の相手は、この老嬢には荷が
勝ちすぎた。かろうじてワシントンの両用砲塔と機銃座数基を破壊したが、そこで限界
が訪れる。アラバマの放った十六インチ砲弾が艦中央部の舷側装甲区画を貫通。艦内奥
深くで発生した爆発は、タービン二基をスクラップに変え、隣接したボイラーまでも打
ち倒した。立て続けに発生した大爆発に、三二〇〇〇トンの巨体が悲鳴をあげる。一気
に足が鈍ったところに、今度はワシントンの主砲弾が第四砲塔真横の上甲板を直撃。艦
内の隔壁を次々と突破し、バーベット下部を貫通した砲弾は、後部弾薬庫の一番深いと
ころまで転がり込んで信管を作動させた。
 大正四年竣工のベテラン戦艦は、戦闘中の艦艇全てを揺るがすような大音響と火柱を
上げ、四分五裂に引き裂かれて波間に消えた。


「榛名、沈みます!」
「くそっ、仇は討つぞ!」
 重巡群の先頭を進む利根の戦闘艦橋で、艦長の黛大佐は彼方の米艦隊を睨みつけた。
 内側から弾け飛ぶように船体を分断された榛名は、もはや海面に広がった重油の膜の
ほかは海面に突き出た舳先を残すのみだ。
「後続、海峡部抜けました!」
「よぉし。突撃、突撃だ!」
 旗艦熊野に座乗する白石少将からも、発光信号で突撃命令が下された。重巡七隻と軽
巡二隻、駆逐艦十二隻が三五ノットの最大戦速で突っ走る。米艦隊前衛も砲力を総動員
して迎撃。個艦の砲力では米軍に軍配が上がるが、なにしろ日本側は破壊力と頭数で勝
っている。各艦合計六六門の二十サンチ砲を振りかざし、重巡部隊が先陣切って突っ込
んでいく。その後に、軽巡矢矧と能代に率いられた駆逐艦部隊が続く。
 真っ先に、ニューオーリンズがめった打ちに遭った。八インチ砲搭載艦で防御力に優
れる故に戦隊旗艦に位置していた彼女だが、いくらなんでも自艦の七倍以上の火力を浴
びて平気な設計などされていない。たちまちのうちに二十発になんなんとする直撃弾と
無数の至近弾を浴び、右舷に大傾斜を生じて炎に包まれた。沈没は時間の問題だった。
 日本側も無事ではない。重巡群の二番手を航行していた鈴谷がクリーブランド級巡洋
艦三隻の集中砲火を浴び、艦橋から後檣にかけてをボロボロに食い破られて炎上。動き
が止まったところに駆逐艦が放った魚雷二本を叩き込まれ、あっという間に転覆して姿
を消してしまった。

「デンヴァーより報告。敵巡洋艦・駆逐艦部隊、突入してきます!」
「食い止めろ! 戦艦に近寄らせるな!」
 次々と迫る日本軍の水雷戦隊。砲撃で追い払って好射点を取らせまいとするが、それ
でも連中はしゃにむに突っ込んでくる。重巡の一部が放った酸素魚雷が命中。駆逐艦二
隻が一瞬で消し飛んだ。
「なんて威力だ!」
 目にしていた僚艦の乗組員たちは、その光景に目を奪われた。
 突入してきた重巡部隊は、さらに周囲の駆逐艦に向けて手当たり次第に二十サンチ砲
を乱射していった。特に鳥海の射撃は凄まじく、瞬く間に一隻を撃沈、もう一隻にも後
甲板から火柱を上げさせた。パラワン水道で潜水艦の雷撃を受けて為す術なく撃沈破さ
れた三隻の姉達の分まで、彼女は撃ちまくった。
 いっぽう、水雷戦隊は巡洋艦部隊に向かって突撃を開始した。途中早霜と雪風を失っ
たものの、ヴィンセンスに魚雷三本を叩き込むことに成功。ボイラーと前部弾薬庫がま
とめて誘爆した彼女は、被雷から三分も経たないうちに三つに折れて轟沈。二年前のサ
ヴォ島沖海戦で沈んだ先代の後を追った。
 これに対して、米艦隊は集中射撃で日本軍の巡洋艦戦力を削りに掛かった。無数の六
インチ砲と五インチ砲で袋叩きにされた筑摩が血祭りに上げられる。主砲塔、艦橋、煙
突周辺、後檣、飛行甲板と次々爆砕された艦上は、さながらスクラップ置き場だ。
 さらに能代が、次発装填を終えたばかりの魚雷発射管に直撃弾を受けて誘爆。瞬時に
艦全体が巨大な火球と化し、沈没する間もなく四散して果てた。


 水雷戦隊同士の死闘が繰り広げられる一方で、戦艦同士の戦いは一気に天秤が傾きつ
つあった。
 榛名を撃沈して意気上がる米軍ではなく、日本側にだ。
 手始めは、それまで半ば戦闘の蚊帳の外に置かれていた長門が放った四発の十六イン
チ砲弾のうちの一発だった。
 一六〇〇〇メートルの距離を飛翔した砲弾は、米艦隊臨時旗艦となっていたマサチ
ュー
セッツの右舷艦首付近に命中。非装甲区画を突き抜け、反対舷の水中部分外鈑に突き刺
さって爆発した。
 これが、マサチューセッツに厄介な損傷をもたらした。艦首水中部分が前方に向かっ
て捲くれ上がるように開口したために一気に大量の浸水を生じ、ほとんど停止同然の状
態にまで行き脚が落ちてしまったのだ。
 そこに、後続艦のアラバマが追突。二隻合計で八万トンの水圧は、かろうじて海水を
食い止めていたマサチューセッツの隔壁を吹き飛ばし、さらなる浸水を招く。被弾と衝
突によりマサチューセッツが呑み込んだ海水は、七〇〇〇トンにも及んだ。
 たまらず艦首を沈み込ませる彼女に追い討ちを掛けるように、長門と金剛の砲弾が降
り注ぐ。マサチューセッツばかりでなく、その艦尾に突き刺さったまま動きの取れない
アラバマにも容赦なく巨弾が命中した。主砲身がちぎれ飛び、両用砲塔がなぎ倒され、
中央構造物が炎上する。続出する被害の前には、米軍が誇るダメージコントロール班の
力を以ってしても対処は不可能だった。被害個所が多すぎるうえに、ダメージコントロ
ール班そのものの人数が被弾による死傷のため激減していたからだ。ついには、消火が
追いつかなくなった火災の延焼によってマサチューセッツの後部弾薬庫が誘爆し、二隻
の姉妹艦は折り重なるように海底へと引き込まれていった。

 マサチューセッツとアラバマがまとめて沈んだことで、米軍の指揮系統は大混乱に陥
った。バジャー少将に次ぐ第三席次の指揮官もまたアラバマに乗っていたためだ。総旗
艦であるニュージャージーの通信機能が回復するまでの間、第三四任務部隊を統率する
人間がいなくなってしまったのだ。
 ようやくニュージャージーの通信機能がある程度回復し、リー中将の指令が飛び始め
るようになるまでに、第三四任務部隊はさらに駆逐艦一隻を失っていた。
「巡洋艦と駆逐艦は防戦に努めよ。戦艦部隊は敵にダメージを与えることを優先しろ」
 指揮権を把握したリー中将は、素早く指示を下す。
 ニュージャージーとアイオワの砲撃は、既に大和に対して十発以上の命中弾を出して
いた。これだけ撃ち込めば、いくら大和級戦艦の装甲が重厚だとはいえ、それなりのダ
メージが通る。第一副砲塔はターレットリングの開口部を残して消滅していたし、主檣
は炎の中で倒壊しかかっていた。
 さらに、第三砲塔の前楯付近でニュージャージーの放った砲弾が炸裂。三本の砲身が
アッパーカットを食らったように跳ね上がり、根元から真上に捻じ曲がった。噴き上が
る炎に映るその姿を見て、米戦艦の甲板上で大歓声。しかし、それは長くは続かなかっ
た。今度は大和の砲弾がニュージャージーの後甲板に落下。X砲塔の天蓋を吹き飛ばし
て内部で爆発した。ターレットアーマーが構造材ごと飛散し、砲架から転がり落ちた砲
身が甲板上に横たわる。砲室内部で発生した火災は、揚弾架伝いに弾薬庫に迫る勢い
だ。
堪らず、ニュージャージーは後部弾薬庫に注水。彼女は砲力の三分の一に加えて速力と
予備浮力まで失うこととなった。


 大和に続いて、今度は金剛に命中弾が発生した。榛名を撃沈したワシントンが目標を
変更して射撃を開始していたのだ。距離は一五〇〇〇メートル。戦艦主砲にとっては至
近距離もいいところの間合いだ。
 第三斉射で夾叉を得たワシントンは、第五斉射から命中弾を出す。いきなり第三砲塔
を反対舷の海上に弾き飛ばすというクリティカル・ヒットを見舞った。金剛も負けては
おらず、ワシントンの第二煙突を蹴り倒し、右舷側の両用砲塔群を壊滅させ、艦尾の航
空設備を船体から引き剥がして海に叩き込んだ。だが、軍配はワシントンに上がる。
十六インチ砲弾が金剛の前檣楼を直撃。鈴木義尾中将、島崎利夫艦長ら指揮要員をこと
ごとく討ち取った。
 ワシントンは、二年前のガダルカナル海戦で金剛の姉妹艦である霧島を撃沈してい
る。
また、先ほど榛名に引導を渡す一弾を放ったのも同じワシントンだ。ここで金剛にとど
めを刺せば、単艦で同一クラス戦艦三隻撃沈のハットトリックという近代海戦史上空前
の記録が見えていた。
 なおも砲撃を送り込もうとするワシントンだが、直後に足元を襲われる。重巡鳥海と
熊野を露払いに、軽巡矢矧、駆逐艦浦風、浜風、磯風がエスコート艦の阻止隊列を突破
してきたのだ。迎撃すべきワシントンの補助火力は、先程からの榛名と金剛の砲撃によ
って壊滅状態だ。四十ミリ機関砲は生き残っていたが、航空機ならともかく艦艇に対し
てこの火力はあまりに貧弱だ。焦ったワシントンは、主砲を直射弾道で発射。これが鳥
海の船体を中央から真っ二つにへし折るラッキーヒットとなるが、その直後、熊野以下
の五隻が放った魚雷のうち四本をまとめて右舷に食らった。ノースカロライナ級戦艦は
水中防御が泣き所であるだけに、これは致命的だった。被雷から十二分後、ワシントン
の傾斜は十五度を突破。復旧の見込みなしと判断した艦長は総員退艦を発令した。ワシ
ントンが水中へと姿を消したのは、その三十分後だった。


 サウスダコタと長門の対決は、さながら足を止めたボクサー同士の殴り合いという様
相を呈していた。お互いに他艦の介入のない一対一。十六インチ砲弾が飛び交い、装甲
を次々と抉り取っていく。
「だんちゃーく! 命中、すくなくとも一!」
「左舷士官室付近の火災、鎮火に向かいつつあり!」
 伝令の声を掻き消すように破壊音が響き渡り、衝撃が襲う。
「左舷中央部被弾! 三番高角砲座、全員戦死! 探照灯使用不能!」
「畜生、押されてるぞ……」
 兄部艦長が苦りきった表情を見せる。
 既に、両艦とも少なくないダメージを負っている。サウスダコタは後檣から艦尾に掛
けての非装甲区画をのきなみ叩き潰されており、長門は左舷側の副砲と高角砲のほとん
どを失っていた。だが致命傷はない。サウスダコタの防御は潤沢なリソースを集中した
きわめて堅牢なものだったし、長門は多層防御の完成形とでも言うべき強靭な耐久力を
誇っていたからだ。どちらもまったく力の衰えを見せずに、砲身も焼けよと撃ちまく
る。
 だが、砲火が派手な割には、どちらも決定打を相手に見舞うことができない。サウス
ダコタの舷側に十六インチ徹甲弾が命中するが、外鈑は破るものの防御区画への突入を
果たせず、装甲に僅かな窪みを作っただけで弾き返されてしまう。逆に長門に命中した
弾も、外側の装甲を破るものの、内部での爆発は多層化された堅牢な防御区画で食い止
められて致命的なダメージとならない。
 もっとも、火災だけは山ほど発生していた。消火班が飛び交う破片や爆風をものとも
せずに駆け回っている。装甲区画外で発生したものでも、放置しておけばどこに延焼す
るかわからない。そしてこの火災への対処という点においては、ダメージコントロール
のノウハウと実績に勝る米軍のほうに一日の長があった。
 全艦火達磨の長門と、右舷側が痘痕面となったものの深刻な火災には見舞われていな
いサウスダコタ。互いに交わした斉射は二十回以上を数えている。このまま長門のほう
が力尽きて勝負がつくか。そう思われたとき、前方で信じられないほど大きな火柱が上
がった。
 彼らの前方で繰り広げられていた二対二の戦いのほうが、先に決着したのだ。

 ニュージャージーに有効打を与えたとみた第一戦隊司令官の宇垣中将は、武蔵に敵二
番艦への分火を命じていた。しかしこれに機先を制したアイオワは、一足早く武蔵に対
して砲撃を集中。四斉射で三発が直撃し、うち一発が煙突下部を、もう一発が艦首喫水
線直下を大きく抉った。武蔵の速力は、これで十六ノットにまで低下した。
 だがその直後、アイオワは自らが繰り出した打撃の報復を受け取ることになった。武
蔵が全門斉発で放った第三射九発のうち、二発が直撃。一発目は上甲板とインターナル
アーマーの隙間から第一砲塔のバーベットを貫通し、もう一弾は艦中央部の内部装甲を
突破。機関室にまで到達して爆発した。
 さらに、手前に着弾したうちの一発が水中弾となってアイオワの艦腹を食い破り、後
部罐室に飛び込んで信管を作動させた。連続して発生した打撃に二七〇メートルの巨体
が鳴動し、中央部に開けられた大破孔から火の手が上がる。
 だが、アイオワを襲った災厄はここからが本番だった。
 ボイラーとタービンが連続して破壊されたところに、水中弾の開けた破孔を通って数
百トン単位の海水がなだれ込んできたのだ。これが破壊されて高熱を発散していたボイ
ラーに触れ、瞬時に気化。水蒸気爆発とそれに伴って艦内を荒れ狂った高熱蒸気によ
り、
二七〇〇名を数えたアイオワのクルーは、一瞬で一〇〇〇名以下にまで減少した。そし
て何より、この水蒸気爆発は彼女の長大な船体を第二煙突直下から真っ二つに両断して
しまった。その直後に発生した前部弾薬庫の誘爆は、規模こそ大きかったが結果的には
この大破壊の余禄に過ぎなかった。高熱と浸水に蹂躙された艦内に数百名の生存者と
二三〇〇名あまりの死者を閉じ込めたまま、アイオワは黒煙と大渦を残して地上から姿
を消した。

「アイオワ、沈没します!」
「サウスダコタより信号! 浸水により、速力十四ノットが限界!」
 報告を受けて、リー中将は唇を血の味がするほど噛み締めた。畜生、この残存戦力で
は奴らに勝てない。残ったのは、傷を負ったニュージャージーとボロボロのサウスダコ
タだけだ。だが日本軍は、新型二隻を含む戦艦四隻が健在。このまま戦闘を継続しても
勝利は望めない。
「一時後退だ。隊形を立て直して再戦を挑む」
 幕僚達が息を飲む。リー中将にとっては、まさしく苦渋の決断だった。ここで自分達
が退けば、あとはレイテ湾まで日本軍の行く手を遮るものは、第七艦隊の戦艦部隊しか
残っていない。確かにオルデンドルフ少将率いる彼らは、旧式とはいえ戦艦六隻を擁す
る有力部隊だが、新型戦艦六隻を僅か三十分余りで蹴散らしてしまった日本艦隊の実力
は計り知れない。果たして、阻止することができるのだろうか。
「これ以上戦っても、彼らを阻止することはできない。我々がここで全滅するわけには
行かんのだ。それに、陣形再編後に追撃を掛ければ、第七艦隊の戦艦群との挟撃も期待
できるだろう」
 それが希望的観測以外の何物でもないことは、口に出したリー中将自身が一番よく分
かっていた。部隊の被害状況を確認して陣形を再編するだけで、一時間は掛かってしま
うだろう。それから速力の落ちた戦艦で追いかけたところで、果たして間に合うのか…
…
 そのとき、見張りから報告が入った。
「敵戦艦、増速しています!」
 リー中将の表情が歪んだ。


「武蔵は十六ノットが限界か」
「金剛も、足を引き摺っている模様です」
 第一遊撃部隊司令部には、砲戦での被害報告が続々と集まっていた。ここから先は、
空襲の危険を最小限とするために全速での行軍となる。さもなければ、夜が明けてしま
い戦機を逸する可能性が高い。たとえ砲戦能力が十分に残っているとしても、速力が落
ちている艦を連れて行くわけには行かないのだ。
「本艦の被害知らせ!」
 森下艦長の声に、しばらくして報告が返ってきた。
「第一副砲塔全壊。第三砲塔も使用不能ですが、機関・操舵とも異常なし。全速発揮可
能です!」
「よし!」
 宇垣中将が破顔した。
「長官、行きましょう!」
 小柳参謀長が促す。
 栗田中将は大きく頷くと、命令を発した。
「武蔵と金剛を分離。第五戦隊と三一駆、それに秋霜を護衛につけ、指揮は第五戦隊司
令官がとるものとする。本隊はこれより全速でサマール島を回り、〇五〇〇時を以って
レイテ湾に突入を期す!」
 第一遊撃部隊の残る戦力は、戦艦が大和および長門、巡洋艦熊野、利根、矢矧、駆逐
艦藤波、浜波、浦風、磯風、野分、清霜。隻数こそ出撃時の三分の一にまで減っていた
が、最後の大勝負を前に戦意は極めて旺盛だった。




元文書 #190 暁のデッドヒート 1   いくさぶね
 続き #192 暁のデッドヒート 3   いくさぶね
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