AWC 南総里見八犬伝本文外資料11   伊井暇幻


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#116/598 ●長編
★タイトル (hir     )  02/12/04  01:35  (248)
南総里見八犬伝本文外資料11   伊井暇幻
★内容
南総里見八犬伝第九輯下帙之上附言
有人云在昔里見氏は安房に起りて後に上総を略し又下総をも半分討従たりき。有恁ば安
房は小国なれども其発迹し地なるをもて今も世の人推並て安房の里見といふにあらず
や。然るを叟は這書に名つけて南総里見とす。便是本を捨て只その末を取るに似たり。
故あることか、いかにぞや。と詰問れしに予答て云否、子が今論ずるよしは後の称呼に
従ふのみ。上れる代の制度を考るに安房は素是総国の郡名なり。▲(シンニョウに貌)
古天富命更求沃壌分阿波斎部率往東土播殖麻穀好麻所生故謂之総国{古語麻謂之総也今
為上総下総二国是也}阿波忌部所居便名安房郡{今安房国是也}と古語拾遺に見え古事
記並に書紀景行紀に東の淡水門を定め給ふよし見え且景行五十三年冬十月天皇上総国に
到給ひて淡水門を渡り給ふよし見えたり。しかるに元正天皇の養老二年五月乙未上総な
る平群安房朝夷長狭四郡を割て安房国を置給ひしに聖武天皇の天平十二年十二月丙戌安
房国を元のごとく上総国に併せ給ひき。かくて孝謙天皇の天平宝字元年五月乙卯安房国
旧に依て分立らる丶よし書紀又続紀に見えたり。是よりして後は安房と上総と二国たる
に論なし。さばれ安房も初は総国なり。当時里見氏の威徳を思料るに土人相伝へてその
封域をいへる者二百二十七万国とす。房総志料第五巻安房の附録に是を否して里見九代
記に拠るに里見の領地は義尭より義弘へ伝へし所、安房上総並に下総半国是に加るに三
浦四十余郷あり。此彼を合しても七十万国には尚充ざるべきに土人の口碑に伝る所は何
等に本づきていへるにか、といへり。縦七十万国に充ずとも大諸侯と称するに足れり。
然れば起本の国といふともかくの如き小説には褊小の安房をもて里見の二字に冠すべか
らず。▲(しか)りとて又房総と倡へなばなほ三浦四十余郷あり。因て南総といふとき
は、その地広大に相聞えて唯上総にのみ限るにあらず。這書に載する里見父子は賢明当
時に無双なれば南方藩屏第一の大諸侯たるよしを看官にしもおもはせんとす。作者の用
意素よりかくの如し。知ず僻言ならんかも。
本伝第九輯は初の腹稿より巻の数いと多くなるをもて第九十二回より第百三回までの六
巻を九輯の上帙とし第百四回より第百十五回までの七巻を中帙の上下とし今板第百十六
回より第百二十五回までの五巻を下帙の上とす。是より下にも尚物語多かれば亦復十巻
を両箇に釐て下帙の中、下帙の下として明年二度に続出すべし。
八犬士及八犬女の端像{俗に是を口画と云}は第二輯三輯より冉々に是を出して今さら
遺漏なしといへども或は総角の折の姿を写し或は微賤の折の趣にていまだ其真面目を見
するに足らねば今又こ丶に是を出せり。しかるも惟伏姫は生前死後の神体まで曩に端像
に出し丶かば茲には省きて七犬女を重出す。そが中に浜路沼藺雛衣は既に鬼籍に入りた
れば、その墨色を異にして綉像同じからざらしむ。又彼神女の賛詞の如きは琴▲(タケ
カンムリに頼)君子の麗藻あり。因て丶大を賛する五絶と倶に亦簡端の余紙に録しつ
天保七年丙申秋九月下澣立冬後の一日
                                       
       蓑笠漁隠識

南総里見八犬伝第九輯下帙之上口絵 
磨剣不忘親寛仁王佐器堂堂好男子到処伏奸吏  賛犬塚戍孝 
剣を磨き親を忘れず、寛仁にして王佐の器、堂々たる好男子、到る処に奸吏を伏す 
寒蝉懸▲(虫に喜)網新月落円陵▲(丙のしたトマタ)託同名女貞魂結赤縄  賛浜路 
寒蝉の▲(虫に喜)網に懸かり、新月は円陵に落つ。斃れて同名の女に託し、貞なる魂
は赤縄を結べり。 
犬塚戍孝いぬつかもりたか・前後両浜路ぜんごのりやうはまぢ 

幼稚養村荘義心凌毒手在泥不染泥市上耀人口  賛犬川義任 
幼稚においては村荘に養われ、義心は毒手を凌ぐ。泥に在りて泥に染まらず。市上、人
口に耀く。 
依義失双実逢霊全両英誰知仙境住老樹受恩栄  賛音音 
義に依りて双実を失い、霊に逢い両英を全きにす。誰か知る仙境に住むを。老樹、恩栄
を受く。 
犬川義任いぬかわよしたふ・音音おとね 

赳赳忠魂子積年凌百憂英風誰敢敵一箭貫金兜 
赳々たる忠魂子、年を積み百憂を凌ぐ。英風、誰か敢えて敵するや。一箭、金兜を貫
く。 
変姿知幾処智勇最冠州牛閣返重恨鈴森討久讐  賛犬山忠与犬阪胤智 
姿を変え幾処を知る。智勇は州に最も冠たり。牛閣に重恨を返し、鈴森に久讐を討つ。 
犬山忠与いぬやまただとも・犬阪胤智いぬさかたねとも 

剣法阪東一勇威不可当拾骸庚申嶺補孝赤嵒郷 賛犬飼信道 
剣法は阪東一にして、勇威は当たるべからず。庚申嶺に骸を拾い、赤嵒郷に孝を補う。 
一時離両羽恩恵六年間歓喜且憂苦共維倚富山  賛妙真 
一時は両羽に離れ、恩恵六年間。歓喜かつ憂苦、共に維(これ)富山に倚(よ)す。 
犬飼信道いぬかひのぶみち・戸山妙真とやまのミやうしん 

一拳撲野猪双手駐▲(ウシヘンに力)▲(ウシヘンに介)謙遜不曾誇其名轟世界  賛
犬田悌順 
一拳にして野猪を撲ち、双手にして▲(ウシヘンに力)▲(ウシヘンに介)を駐む。謙
遜して曾(かつ)て誇らず。其の名、世界に轟く。 
心血成良薬眼前救一雄悲風花落処不料得神童  賛沼藺 
心血を良薬と成し、眼前に一雄を救う。悲風の花を落とす処、料(はから)ずも神童を
得る。 
沼藺ぬい・犬田悌順いぬたやすより 

駄馬倒山路姉妹咫尺間若非神妙助争得到仙寰 
駄馬の山路に倒れるとき、姉妹は咫尺の間にあり、若(も)し神妙の助けあらざれば、
争いて仙寰に到るを得ん。 
又仙山逢舅姑夜徑見亡夫姉妹依神助相倶設鳳雛  賛曳手単節姉妹 
又、仙山に舅姑と逢い、夜徑に亡夫を見る。姉妹とも神助に依り、相倶(とも)に鳳雛
を設ける。 
単節ひとよ・曳手ひくて・十条尺八じうでふしやくはち・十条力二郎じうでふりきじら
う 


璧返黙摩居遺刀刺怪獣有文有武威誰又出其右  賛犬村礼儀 
璧返に黙し摩して居り。遺刀にて怪獣を刺す。文あり武威あり。誰か又その右に出る。 

★摩は数珠を揉む行の姿を謂うか

一朝遇謗疑薄命無由救伏剣顕貞心走珠殲猛獣  賛雛衣 
一朝にして謗疑に遇い、薄命は救うに由なし。剣に伏せ貞心を顕わし、珠を走らせ猛獣
を殲す。 
犬村礼儀いぬむらまさのり・雛衣ひなきぬ 

及時開左手神助免危窮六歳富山住幼拳救老侯  賛犬江仁 
時に及び左手を開く。神の助けて危窮を免がる。六歳を富山に住し、幼き拳で老侯を救
う。 
犬江仁いぬえまさし 

賛里見伏姫 
経勲従猛狗 紅涙満羅裳 花乱富山雨 落英薫八方 
勲を経て猛狗に従い、紅涙は羅裳に満つ。花乱れて富山は雨、英落ちて八方に薫る。 

賛丶大法師 
猟銃却成辜 法衣長避俗 歴遊二十年 終綴八行玉 
猟銃却って辜を成す。法衣にして長く俗を避く。歴遊二十年、終に八行の玉を綴る。 

右拙賛一十七首▲(クチヘンに刀)題本輯簡端以款於四方君子雅鑑 
                 琴籟▲(ムシヘンに單)史 

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第百十六回 
「賢士重て犬士を知る 政木肇て政木を詳にす」 
政木の老媼が懺悔話説和奈三政木夜剪徑に▲(ゴンベンに虎)さる 
まさ木・わな三 

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第百十七回 
「恩に答て化竜升天を示す 津を問て犬童風濤に悩む」 
池水を巻騰して異龍洪雨を降す 
政木茶店親兵衛復与孝嗣憩まさきのさてんにしんべゑまたたかつぐといこふ 
まさ木・しん兵衛・たかつぐ 

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第百十八回 
「両国河原に南客北人に逢ふ 千千三畷に師弟姦婬を屠る」 
三観鼻に上風乱妨にあふ 

あらそひなをさまれる世のかたつふり 
此のにもわたせ両国の橋 
いさん太・したつゆ・上風・すて吉・しん兵衛・たかつぐ 

★試記・争いな、治まれる世の蝸牛、此の荷も渡せ両国の橋 

慎之慎之出於汝返於汝者也 
慎めや慎めや、汝に出て汝に返るものなり。 
どぢやう二・次団太・をこぜ・ふな三・はや八 

★次団太が嗚呼善と泥鰌二を斬る様を地蔵が眺めている。地蔵は冥府の裁判官/閻魔と
縁が深い。同体と見るべきであるので、次団太の行為は、私刑ではありながらも、許さ
れるべきだとの主張であろう。江戸期には、庶民であっても妻と間男との不倫現場に遭
遇すれば殺害することが容認されていた。実際に殺害するよりも、首代として三両とか
五両を受け取り示談で済ませる場合が多かったという。但し、同様の私法が夫の不倫で
妻に認められていたかと言えば、そうではない。近世の男女関係が、片務的/差別的だ
とする論拠として持ち出される

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第百十九回 
「来路を説て次団太驥尾に附く 余談を尽して親兵衛扁舟を促す」 
鴨のあしのみしか夜なから鶴の脛もかくやきらまくをしきまとゐは 
ふな三・次団太・たかつぐ・しん兵衛

★試記・鴨の足の短夜ながら鶴の脛も斯くや切らまく惜しき円居は/「荘子」駢拇篇第
八「彼至正者不失其性命之情、故合者不爲駢、而枝者不爲跂、長者不爲有餘、短者不爲
不足、是故鳧脛雖短、續之則憂、鶴脛雖長、斷之則悲、故性長非所斷、性短非所續、无
所去憂也」鴨の脚が短いからと継いでみたり、鶴の脚が長いからと切ってみたりして
も、仕方がない。短いも長いも、生まれついての性質であり、無理に矯正しようとして
も、意味がない。此の挿絵の場合は、有名な荘子の句を踏まえてはいるが、単に長短の
対比を技巧的に表現したのみ

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第百二十回 
「命令を伝て使臣征伐を正くす 一葉を献じて窮士前愆を償ふ」 
五十三太素手吉夜船長の家を脅す 
すて吉・いさん太・たかつぐ・次団太・ふな三・しん兵衛

★捨吉が持つ「東」字をあしらった提灯の出自は不明

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第百廿一回 
「天資神祐石門牢戸を劈く 犬江親兵衛魔を破り賊を夷ぐ」 
館山落城賊徒伏誅す 
ぞく兵・ぞく兵・ぞく兵・よしゆき・友かつ・ぞく兵・はや時・まか六・かげよし・ぞ
く兵・ふな三・次団太・ぞく兵・ぼん作・本膳・たかむね・ぞく兵・ぞく兵・ぞく兵・
ぞく兵・はや友・狼之介・ぐわん八・ぞく兵・きよすミ

妙椿を対治して親兵衛二たび素藤を擒にす 
しん兵衛・もとふぢ・妙ちん・ぞく兵・たかつぐ・ぞく兵 

★楼閣の第一層か、「槐安」との額がある。八犬伝にも幾度か表記のある「南柯の夢」
は別称「槐安の夢」だ。淳于生なる侠客が酔い潰れた夢に「大槐安国」へ招かれ王女を
妻とし太守を経て宰相となる。妻を亡くした後、王は淳于生が謀反を起こすのではない
かと疑い、槐安国から追放する。淳于生が戻った先は自宅であった。日の傾きも眠る前
と、さほど変わっていない。長く槐安国に暮らしたと感じていたが、一睡の夢であっ
た。さて挿絵の端に描き込まれた「槐安」なる文字は、素藤が大名となりつつも道を誤
り程なく亡んだ虚しさを表現しているのか、それとも後に仙境へと逃避する親兵衛たち
の生涯全体から見て、八犬伝に描く前半生を「槐安の夢」の如く儚いものだと理解する
か……八犬伝は此の場面から後も、まだ続く。差し当たっては、前者としておこう

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第百廿二回 
「勲功を譲りて親兵衛法会に赴く 賞禄を後にして安房侯寒郷を温す」 
清澄等の諸士親兵衛と共に地道の石門及荒磯の首塚を視る 
次だん太・高むね・しん兵衛・清すミ・はや友・はや時・かげよし・いさん太・すて
吉・いけとりの賊徒・阿ミ七・まか六首・わん九郎首・たかつぐ・もとふぢ・よしゆ
き・ぼん作・狼の介・ざふ兵・ふな三・ほん膳・ぐわん八・友かつ 
地道の門・あり堂塚 
この出像ハ百廿二回中の条々を合して一緒に画きぬ故に一頁にして数か事をかねたり 

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第百廿三回 
「小乗楼に一僕故主に謁す 丶大庵に十僧法筵を資く」 
依介水行に与四郎を送る 
かこ・より介・よ四郎・ミを 

★依介が提げる箱と、蔵らしき建物の屋根に、第五十八回と同様の「犬」字紋

丶大庵法筵代香使及七犬士来会この本文ハ第百二十四回のはじめに見えたり 
小文吾・現八・荘介・毛野・大角・道せつ・ちゆ大・信乃・てる文・ 

★犬士らの上下に紋が描かれている。現八は宝珠、小文吾は「古」、大角は蔦、毛野は
月星、荘介は篠だが上部を潰している。恐らく「篠竜胆」でっも誤って彫った後に急
遽、訂正したか。道節は左横向きの揚羽蝶、信乃は五三桐、照文は名代として大中黒。
現八の宝珠は今回限り。直前の挿絵で犬江屋の紋が「犬」字紋となっている。「古」那
屋→小文吾の紋、から考えれば、「犬」江屋→親兵衛の紋、との類推が可能だ。犬士で
唯一、此の場に姿を見せていない親兵衛にこそ「犬」字紋は与えられるべきだったの
か。赤岩に赴いた現八に「犬」紋を与えていたことを忘れていたのか。そうかもしれな
い。しかし、犬紋を親兵衛に譲ったとしても現八は、犬士の身分証明「宝珠」を紋とす
べき最重要の存在ではある

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第百廿四回 
「師命を守りて星額遺骨を齎す 残捨を受て▲(ヤマイダレに加の下に肉/カ)僧禍鬼
を告ぐ」 
名刀名将暗に狙公を拯う 
ちよぼ七・すゑもと 

草菴を自焼して七犬士敵を分つ 
代四郎・信乃・ちゆ大・てる文・大角・荘介・道節・毛野・小文吾・九徒弟・せいが
く・現八・しふ司・ひがん太 

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第百廿五回 
「逸疋寺に徳用二三士と謀る 退職院未得名詮諫て得ず」 
緇素を聚会て徳用魔談を凝らす 
みとく・けんさく・とく用・ひがん太もとより・まくらの介はやとし・しふ司つねかど 






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