AWC 溶解する屍 4   永宮淳司


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#71/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  02/04/21  23:09  (469)
溶解する屍 4   永宮淳司
★内容
 自信に満ちた口ぶりの枝川だが、福井の方は首を傾げた。一階に着き、足を
止めて疑問を呈す。
「車の音が、僕には聞こえなかったなあ。竹中さん、聞きました?」
「いいや。と言っても、自分はさっさと寝てしまったから、聞こえなかっただ
けかもしれないんだが」
「ああ、それはだな」
 枝川はゆっくりと歩を進め出した。福井らもあとに続く。
「十一時に幸田君が琴恵さんにゲーム自体を申し入れたというだけで、即座に
出て行ったというんじゃない。アルコールを抜く意味もあって、しばらく滞在
したんじゃないかな。実際に帰って行ったのは……午前三時前だったか」
 外に出、思い起こす風な仕種で、空を斜めに見やる枝川。
「うつらうつらしておったときだから、しかとは覚えていないが、車の出て行
く音がした。窓から外を見たが、角度が悪いのか車のライトは確認できなかっ
たが、何台か出て行った」
「幸田さん以外に誰が出て行ったかは、分かります?」
「さあて。中澤嬢は姿を見掛けたから、間違いなくいるがね」
 本館前に立つ。すると、中から人の気配がした。
「お。どうやら琴恵さん、ここにいるみたいだ」
 竹中がほっと、表情をやわらげる。琴恵の身を心配していたのと同時に、朝
食の心配もしていたのかもしれない。
「まだ早いですよ」
 先ほどあれだけ悲観的だったのが、本館が開いていただけで楽観に転じると
は、竹中も単純だ。
「ちゃんと会ってからでないと……」
 そう言い掛けたとき、玄関ドアが開き、中からお手伝いの一人、渡辺が顔を
出した。彼女はすっと頭を下げると、静かに言った。
「皆様、おはようございます。朝食の準備をしてお待ちしておりました。どう
ぞ中へお入りください」
「あ。あの」
 意外感に襲われへどもどしつつも、福井は聞き返す。
「琴恵さんとは……」
「昨日はお恥ずかしいところをお見せし、大変申し訳なく思っています。琴恵
さんは今朝方、ホールまでお越しになられ、私達を許してくださいました。お
互い、感情の行き違いがあったと仰ってくれて、それはもう、感動でしたわ」
 若い渡辺は、最後の方は夢見る少女のごとく、両手を胸の前で絡み合わせ、
天を仰いでいた。福井からすれば、はあそうですかと納得するほかない。
 その後、朝食の席へ通された三人を待っていたのは、琴恵の変わらぬ笑顔だ
った。テーブルには他に誰も着いておらず、渡辺と松本が忙しく立ち回ってい
た。
「おはようございます、皆さん」
 声の調子も変わっていない。健康そのもので、午前中にモデルの仕事があっ
たとしても悠々こなせるであろう。
「何人かが昨晩遅くから未明に掛けて、ゲームを辞退し帰ったと聞きましたが」
「ええ。幸田静雄さんと飯田孝之さん、それに山城ご夫妻ですわ。相次いでお
帰りになりました。この度は数々の不手際でこのような事態になり、誠に申し
訳ございません」
 席を立ち、丁寧にお辞儀する琴恵。
「いや、それはいいんですが」
 枝川の反応を横目で伺いつつ、彼が特に何か言いたいようでもないので、福
井は発言を続けた。
「幸田さん達は、何か見返りを持って帰られたんですか」
「些少の志をお渡ししようとしたのですが、皆さんゲームを辞退するのだから
とお断りに」
 今朝の琴恵の話し方は、福井一人を相手にしても、かしこまったままだ。責
任を感じ、自重しているのかもしれない。
 程なくして中澤が駆け込んできた。息を切らして、肩を上下させている様子
から、朝食を楽しみに来たのではないことが分かる。大股で琴恵の席のそばま
で行くと、声を張り上げた。
「ちょっとぉ、琴恵さん! 飯田さんが出て行っちゃったみたいなんだけど、
どうなってるのよー」
「昨晩、飯田さんがゲーム辞退を申し出られたので、認めました。そのあとお
帰りになったようですわ」
「ええ? 冗談じゃないの?」
 力が抜けたのか、近くの椅子の背もたれに腕を載せた中澤。
「うっそー。早く言ってよ。それなら私も一緒に帰ったのに」
「お帰りになりますか?」
「え? ううん。車がなくなっちゃったから、帰れない。誰かに乗せてもらう
か、タクシーを呼ばないと」
 福井達の方をちらと一瞥してから、彼女は言葉を重ねた。
「それに、こうなったら私は辞退なんかしないんだから。最後までやって、賞
品もらっていくもんね」
「分かりました。果敢な挑戦、私も主催者冥利に尽きます。――皆さんも続け
ますね?」
 琴恵が福井達を見た。異存は出なかった。
 中澤が椅子に収まった時点で、料理が運ばれ始めた。当然のように洋食であ
る。バスケットに山と盛られたパン、場を彩るボールいっぱいのサラダ、きれ
いに仕上がったサニーサイドエッグとかりかりのベーコン……。スープは大き
な鍋のまま、ワゴンで運ばれてきた。
「ヘンリー定さんの件が、まだ気になるのですが。依然として現れていないの
は、マジックじゃなかったのか、何かミスがあったのか」
 そうつぶやきながら、スープを注いでもらう福井。
 と、妙な感じを受けた。スープをワゴンで運んできたのは、コックの姿をし
た男性だったのだ。
「出題者と参加者とお手伝い三名以外は、誰もいないじゃないんですか?」
 思わず琴恵に鋭い声を投げる。
 女主人は口元を覆って笑うと、「よくよくご覧になったら」と、コックを目
で示す。福井らは言われた通りにした。
「……ああ。定さんじゃないですか」
「もっと驚いてもらおうと思っていたのに、いまいちでしたかな」
 調理帽を取った男は、ヘンリー定の顔をしていた。ただし、トレードマーク
の跳ね上がった髭を落として。
「えっと、てことは……定さんと琴恵さん、やっぱりぐるだったの?」
 竹中が二人を交互に指差しながら、口をあんぐりさせていた。
 琴恵が微笑で応える。
「ごめんなさいね。驚きだけでなく、スリルも味わってほしかったのです。え
え、もちろん、お手伝い三人も予定通りの行動をしたまでで、私はちっとも怒
っていません」
「何だ何だ、話が見えてこんなあ。突飛すぎて」
 枝川が呆れ顔を作って、抗議の声を上げる。それもまた腹を立てたのではな
く、やられたという雰囲気だ。
 琴恵の説明によると、昨日の出来事は全て彼女がヘンリー定の協力を得て演
出したものだという。ゲームイベントの本番直前に、定が不可解な状況下で消
え失せ、更にお手伝い三名の不審な行動が加わることで、不安感を煽る。翌朝
(つまり今現在のことだ)までゲーム辞退を言い出さず、残った者に本当の挑
戦資格を与えようという主旨らしい。
「無論、細かいハプニングはありましたが、どうにか乗り切れたようです」
 そう言って、琴恵は目を細めた。
 ハプニングとは、定の消える状況を差す。当初は、参加者全員の前できれい
にかき消えてみせるはずが、枝川が種明かしを要求したことで、やりにくくな
ってしまった。
「種明かしをする予定ではいましたが、枝川監督に先手を打たれ、自然な流れ
が壊れてしまったんです」
「おお、それはすまなかったなあ」
 頭を掻く定に、枝川は胸を反らして驚いているようだった。
 計画修正を迫られた定は、福井一人に的を絞った。アイディア提供話を持ち
掛け、自分の部屋の前まで呼び寄せることに成功すると、消失を決行した。
「どうやって消えたんです? 隠し扉はなかったようだから、やはり窓ですか」
「その通り。窓から下にロープを垂らし、降りただけ。君の推理と異なるのは、
降りた先が地上ではなく、一階の窓から中に直接飛び込んだ点だ。琴恵さんに
準備してもらっていたから、容易かったよ」
 別館一階に身を隠した定は、休む暇もなく、池での消失を演じた。
「池でのあなたは、本当に消えたように見えましたよ。溺れる演技をしただけ
じゃあ、ああいう風には見えないはず」
「距離と暗がりの魔術にごまかされたね。あれは人形だったんだ」
「人形?」
 説明を聞く者全員がおうむ返しをする。
「そう。それも水溶紙で作った大がかりかつ精巧な人形だよ」
「水溶紙?」
 今度おうむ返しをしたのは、半分に減っていた。福井が口を開く。
「水に溶ける紙ですね? 川を汚さない目的で、精霊流しなどで使われるとか」
「さすが、推理作家。よく知っているね。その水溶紙を用いて自分自身の人形
を作り、池に放り込んだ。溶けていく過程を見られても不自然じゃないよう、
中身も内臓や骨に似せた作りにしたんだ。いやはや、苦労した。ステージで使
いたかったよ」
 消失現象を終えてからずっと、定は本館に隠れたという。琴恵の協力があれ
ば、これも簡単だ。
「我々はまんまとだまされ、辛抱できなかった四人が排除されたという訳か」
 愉快そうに枝川は言い放つと、豪快に笑った。
 そこへ、中澤がふてくされたポーズで付け加えた。
「私は置いてけぼりを食らっただけだけど。ま、ラッキー!ってところかしら」

           *           *

「そのあと、横木琴恵は改めて消えてみせたのかい?」
 話がストップしたので、私はキーを叩く手を止め、後輩に聞いた。
「はい。本当に見事なものでしたよ。お話しできないのが残念です。誰も見破
れなかった上に、種明かしをした定さんから、きつく口止めをされて」
「かまわないさ」
 すまなそうにする福井弘志に、我が友・地天馬鋭が快活に言った。
「恐らく、本質はそんなところにない。問題は、君がここに来た理由にもなっ
た、四人の死だ」
 地天馬の言に、福井も私もうなずいていた。
 横木琴恵の催したゲームイベントが終了した翌日、飯田孝之、幸田静雄、山
城夫妻の行方不明が続けざまに報じられ、後に彼ら全員の死が明らかになった
のである。
 飯田と幸田は横木琴恵の館からの帰り道、まるでレースでもしたかのように、
互いに巻き込む形で車ごと緑深い谷底に転落していた。炎上しなかったことが、
発見を遅らせたが、即死したのは間違いないという。
 山城栄一と寿子の方も、いささか不可解な状況だった。餓死である。同じく
館から続く山道の途中で車を止め、そこから森林へ分け入ったらしい。目的は
推測するしかないが、明け方に気まぐれの散歩とは考えられず、山菜採りも少
少不自然だ。屋敷で我慢していた性欲が押さえられなくなった、というのが警
察見解だが、もちろん公表されていない。
 森に入った夫婦は道に迷い、あてどもなくさまよい、身体中に痣を作り、と
うとう動けなくなっって死んだ。そう解釈された。解剖の結果、胃から野草や
木の皮、木の実の種などが出て来た事実が、これを裏付けている。
「蓋然性から考えて、ゲームを辞退し館を出た人間が揃って死ぬのは、おかし
いと言わざるを得ない」
「僕もそう感じました。でも、何が何だか訳が分からなくて……それで、先輩
の知り合いに探偵の地天馬さんがいることを思い出し、こうして」
 福井は緊張しているのか、椅子にしっかりと腰掛けられていない。ちょっと
揺らせばずり落ちそうだ。
 地天馬は難しい顔つきになった。
「僕がこれから語る話にも、証拠がない。推論を組み立てるだけだ。この推論
を元に調べ上げれば、情況証拠は出て来るかもしれないが、果たして犯罪その
ものを立証できるかとなると、実に心許ないね。その館に行って、検証してみ
たい点もいくつかある」
 名探偵の一声により、作家二人は付き合わされることとなった。

 急な話だったにも関わらず、横木琴恵との館での対面が叶ったのは、彼女自
身が仕事をセーブしていたおかげである。自分が招待した人間が四名も、その
帰り道で命を落としたとあっては、平気な顔をして仕事を続けられまい。
 もっとも、売れっ子のモデルだけあって早くから契約していたいくつかの舞
台には、予定通り立った。私は詳しくないのだが、「KOTOE YOKOGI 
の氷が溶けた」と、ちょっとした驚きをもって迎えられたという。乾いた美し
さから、瑞々しい美しさになったという意味らしい。横木琴恵の評価は一段と
上がっただけに、仕事のセーブは惜しまれているそうだ。
「よくお出でくださいました」
 横木琴恵は、その瑞々しい美しさで我々三人を出迎えてくれた。さすがに笑
顔ではないが、最初に聞かされた氷のイメージはどこにもない。
 いっとき、芸能マスコミがここへ押し寄せたせいもあって、お手伝い達には
暇を出し、家族も別の場所に移ったというが、屋敷を手放すことだけはできな
かったそうである。
 地天馬が代表する形で礼を述べ、我々は本館の中に通された。横木琴恵の案
内に従って進むが、途中で地天馬はルートを外れ、螺旋階段の下に向かった。
「横木さん。折角だから、地下室を見せてもらえませんか」
「――話したのね」
 地天馬から福井へと顔を向けた横木琴恵。特段、感情の変化は見られない視
線だ。福井はただただ頭を下げた。
「お見せするのに問題ありません。そう慌てる必要はないんじゃありません? 
聞けば、私にお話があるとか。それを伺ってからでかまわないでしょう」
「後回しにしたがるということは、期待が持てそうだ」
「何のことです?」
 横木琴恵の問い返しに、地天馬は全く別の話を持ち出した。
「あなたはモデルをなさる前のプロフィールを一切出していませんね。記載し
ていないという意味です」
「ええ。エージェントが、こうした方がミステリアスな雰囲気を醸せて、売り
出しやすいというアドバイスをしてくれたので」
「では、今僕が尋ねれば、答えてくれるんですね。あなたの過去について」
「残念ですが、ご希望に添えられそうにありません。何故なら、過去を公にし
ないことで築き上げたステータスシンボルがあります。たとえ一個人のあなた
に対してでも、お話しできないのです」
「それなら、僕から言うしかないか。あなたは痕跡を消す努力を特別に行った
訳ではないから、割合簡単に辿れるんです」
 ともに淀みのない会話だったが、ここで崩れた。一瞬詰まる横木琴恵。
「思い出したくないから、隠していたのです。他意はありません」
 私はこの時点で地天馬からすでに説明を受けていたから、事情はよく分かっ
ている。地天馬が相手に自発的に喋らせたがる気持ちも理解できた。
「最初、僕はあなたが十六年前の事件の生き残りと想定し、調べを開始しまし
た。これは思い違いだったが、全くの的外れでもなかった」
「……」
「お手伝いの一人、渡辺亜矢奈さんは、今どちらに?」
「彼女は関係ないでしょう。暇を出したし、もう戻って来ないかも」
「渡辺亜矢奈というのは本名ですか」
「さあ? 本名でしょ」
 のらりくらりでかわそうとする横木琴恵に、地天馬はやむを得ないという風
にため息をついた。
「あなたと同年齢の渡辺さんこそ、十六年前の事件で唯一難を逃れた少女です
ね。そして横木琴恵さん、あなたは一家に仕えた執事の孫娘」
「……よくお調べになったこと」
「松本さんや元木さんも、執事の親類だと分かりました。絶対的な信頼で結ば
れ、協力し合うのもうなずける」
「地天馬さん、何か勘違いしていません?」
 我慢できなくなったかのように、決然と面を起こし、地天馬を見据える横木
琴恵。地天馬は小首を傾げてみせた。
「まだ本論に入っていません。調べた事実を披露しただけだ。この段階で、勘
違いなど起こり得ない」
「それは……私は、あなたの思考を想像してみたのです」
 真っ直ぐに見つめ返され、横木琴恵は視線を逸らした。
「私の過去を掘り起こし、その事実を私に突きつけて、何をしようというのか。
想像できることは多くありませんでしょう? 真っ先に、その、脅迫が」
「僕は起こった出来事を確かめに来ただけでしてね」
 探偵は、ただ、言った。
「そうでしたの? それは失礼したわ。脅迫に来たのなら、過去のことなんて
材料になりませんよと申し上げたかったの。いざとなれば、堂々と公にする覚
悟がありますから」
「もっと昔に、公にしておくべきだったかもしれません。そうしていれば、今
回のような事態にはならなかったんじゃないかと思う」
「今回のような事態とは何です? 私には皆目……」
「飯田孝之、幸田静雄、山城栄一と寿子、この四人を死に追いやったのは、あ
なた達ですね」
「探偵さん。根拠はおあり?」
「おかしな切り返し方だな」
 まともに答えず、地天馬は独り言のように言った。
「あなた達と聞いて、何も感じなかったのかな。普通はまず、この点を気にす
るはず」
「人それぞれよ」
 地天馬の追及を遮るかのように、言葉を覆い被せた横木琴恵。
「そんなに質問してほしいのなら、しましょうか。あなた達とは誰と誰と誰?」
「横木さん、渡辺さん、元木さん、松本さん、定氏に枝川氏。この六名でしょ
う。殺人を行ったかどうかではなく、計画に加担したかどうかという観点でね。
定氏と枝川氏が何故協力したのかまでは、分かりませんでしたが」
「あなたもお認めのように、定さんと枝川さんまで含めるなんて、空想が過ぎ
ると思いますわ」
 女主人は評すると、居間の方へと足早に行ってしまった。逃げたのではない。
私は見ていた。彼女が拳を握って肩を奮わせる一瞬を。その震えを隠すため、
椅子に座ろうと部屋に駆け込んだ。そう睨んだ。
「では、これも空想だと思って、聞いてください」
 追い掛けて部屋に入った地天馬は、丁寧な話ぶりに戻っていた。
「僕が最初に訝しんだのは、あなたの笑顔です」
「笑顔、ですって?」
 そう反応した横木琴恵は、笑顔を我々に向けた。
「この顔に何かおかしなところでも?」
「一流モデルをつかまえて、そんなこと言いません。あなたは氷華と故障され
るほど、冷たい感じの笑みが売り物だ。だが、こちらの福井君からの話を聞く
限り、ゲームの間中、ずっと暖かな笑顔を見せていたようじゃないですか。何
となく、おかしなものを感じた」
「主観だわ。人それぞれ。感じ方が異なっただけです」
 福井を一瞥し、にこりと笑った女主人。私の目にも、それは瑞々しく魅力的
な笑みに映る。地天馬は勝手に続けた。
「あなたは館を餌としたゲームで人を集め、大芝居を打った。憎しみが表情に
出ないよう、笑顔を作ったんだ。それがいつもの氷華とは異なる、暖かな笑み
になった」
「私はモデルであって、女優じゃないのよ」
「だから不得手な芝居に失敗し、僕がここに立っている訳です。さて、疑惑を
抱いた僕は、当日何が行われたのか、思いを馳せました。一連の出来事を眺め
て、最も不自然な点、それは本館が無人になったことだ。本館を無人にし、あ
なたが別館に、お手伝い達がホールに泊まる理由は全くない」
「そんなことはありません。定さんが消えたことを、お手伝いの三名が報告し
なかったから――」
 相手が全てを言わない内に、地天馬は激しくかぶり振った。
「定氏の消失も、お手伝い三名が報告しなかったのも、あなたが仕組んだこと
だと、ご自身で認めているじゃないですか。参加者を絞り込む名目でね」
「皆さんを試すためのお芝居だったんですよ。私はあのとき、いかにも脅えた
ふりをし、別館に移りました。筋書きとして自然でしょうが」
「いいえ。本館を無人にする理由としては、薄弱だ。防犯設備のコントロール
パネルでしたっけ? それを操作できるのが本館のみというのなら、まだ分か
る。だが、実際は別館でもホールでもできるという。だったら、お手伝い三名
を本館に残してよかったはず」
「それは……」
「いいですか」
 口ごもる相手に、地天馬は続けていいのか確認を取った。
「本館を無人にする理由を真正面から考えても分からなかったでしょう。だが、
幸か不幸か、僕は結果から見ることができる。だから推測できた。死んだ四人
をおびき寄せる罠として、本館を空にしたんではないかと」
「どうして、おびき寄せることができるの? 彼らは何を目的に本館に集まる
のかしら」
「四人は、十六年前の宝石店強盗及び一家惨殺犯人ではないですか」
 地天馬がいきなり本質を衝くが、横木琴恵は覚悟していたのだろうか、大き
な動揺を見せることなく、淡々と受け答えをする。
「人数が合わないわ。宝石店強盗は三人よ」
「当時は恐らく、飯田、幸田、山城栄一の三人だったと思う。寿子は事件後、
栄一と結婚したんじゃないかな」
「飯田達が犯人であると、どうして私に分かるのかしら」
「渡辺さんが覚えていたんでしょう。幸田や山城がテレビに出るようになった
から、身元を突き止めることができた。その後、彼らに接近するのはモデルと
して大成したあなたの役目だ」
「筋道は一応、通ってるようですけど、だとしたらどうだというのです。四人
が私の屋敷で何をしようとしたと?」
「恐らく、十六年前の事件に関連した何かをなすために、四人は本館に入った。
隠した宝石を回収するためか、殺人の証拠を残していたことに気付いて隠滅す
るためか。それは分かりません。後者の可能性が高いと思うが、いずれにせよ、
四人が欲する物は地下室にあったと思う。
 ここで十六年前の事件に意識を向ける。殺された一家の父親は、首と指を切
断されていた。何故か。
 父親は、犯人が必要とする何かを隠したまま、殺されたんじゃないか。いや、
少なくとも犯人はそう思い込んだんじゃないでしょうか。その何かを探すため、
父親の遺体の手のひらを無理矢理開こうとしたができない。そこで指を切断し
た。だが、物はなかった。犯人グループの一人が、突拍子もないことを思い付
く。父親はある物を口の中に隠したんじゃないか。口をこじ開ける。見当たら
ない。喉の奥に引っかかっているかもしれない。喉を切り裂き、頭部を切断す
る。やはり見つからない。胃の中まで調べる時間はなく、三人は逃走した。
 これまでの考察で、父親が隠した物は、手のひらサイズ、飲み込めそうな大
きさと考えられる。該当する物の一つとして、鍵が思い浮かんだ。
 ところで横木さん。あなたは地下室への扉を開けるには、鍵が必要だと言っ
ていましたね。特殊な鍵をどこかに隠したまま、一家は殺された。犯人にとっ
て地下室に行けないのは一大事だった。想像するに、一家の誰かが犯人の隙を
見て宝石か、あるいは犯人の身元を特定できる代物を奪い、地下室内に放り込
んだ後に鍵を掛けたのではないか」
「見てきたようなことを言いますわね」
「結果から振り返っているのですから、全くの絵空事ではありません。あなた
は――いや、渡辺さんか。渡辺さんは十六年前、地下室の存在を警察に言わな
かったし、事件そのものについても『知らない』で通したようですね。渡辺さ
んやあなたは、当時から犯人達に強い憎悪を抱き、いつか復讐しようと誓った
んじゃないですか」
「ちょっと待ってください。憎悪を抱いて復讐を誓うというくだりは、心情的
に認めていいとしましょう。ですが、地下室に犯人を特定する品があるかどう
かなんて、分かるはずないじゃないですか。警察が来る前に、渡辺さんや私が
地下室に入らない限り。そんなこと、できると思います?」
「思います。犯人から何らかの証拠品を奪って、地下室に隠れたのは渡辺さん
自身だったんじゃないでしょうか。無論、父親らの手助けがあってのことです
が」
「そ、それはおかしいですわ。地下室に閉じ込められた幼い少女が、どうやっ
て外に出るんです? 誰かが外から開けなければならない」
「開けたのは執事と母親でしょう。地下室の鍵を犯人達の目から隠したのも、
彼らだ」
「ふ、二人は行方不明なんですよ」
「母親と執事も犯人達によって瀕死の重傷を負わされたが、犯人の逃走後、力
を合わせて地下室への扉を開けた。そして渡辺さんを出したが、直後に力つき、
二人とも相次いで地下室内に転落した。子供の力ではどうしようもなく、また、
惨殺現場を目撃して精神状態も平静でなかった。もしかすると、母親や執事の
口から、犯人に対する憎しみがこぼれたのかもしれない。少女だった渡辺さん
は呪詛の言葉を心に刻み、復讐を決意すると同時に、直感したんだ。地下室が
警察に知られていないことにしておけば、犯人をおびき出す罠に使える、とね。
だから、渡辺さんは二人の遺体を残したまま、地下室の扉を封印した」
 地天馬は言葉を切り、相手の反応を待った。だが、横木琴恵は微動だにさえ
しない。
「今でも二人の遺体が地下室にあるかどうかは、分からない。きっと、頃合を
見て運び出し、密かに弔ったものと信じます」
「……昔話が長いわ、地天馬さん。原題に戻してくれません?」
 質問調ではなく、つぶやき。横木琴恵は地天馬を見ずに、こう言った。
 地天馬は一つ息をつくと、拳を握り直した。いつの間にか力が入っていたと
見える。
「いいでしょう。先に訂正させてもらうと、ゲーム当夜、本館は無人ではなか
った。無人に見せかけたんだ。やってくる四名を捕らえるべく、何人かで待ち
かまえていた。飯田達は、ここに招かれたことを単純にラッキーだと思い、三
人が顔を揃えたことも偶然に過ぎないと考える、楽観主義者の集まりだったよ
うだが、まあ、連中にしてみれば十六年間待ち続けたチャンスだ。細かな違和
感を見逃しても無理もない。刑事事件の時効は成立していても、民事ではまだ
だ。それなりに成功を収めた奴らだから、なおさら必死になったろう」
 地天馬が、飯田達が欲していたのは隠した宝石ではなく、殺人の証拠品とす
る方に傾いたのは、この時効が根拠の一つである。今さら宝石を取りに行くの
はリスクが大きいだけで、必死になるものではないと言えるからだ。
「あなたは念には念を入れて、最大の餌を飯田の目の前に撒いた。別館に泊ま
ることになって、福井君と一緒に別館の階段を上がるとき、後ろに飯田がいる
のを知りながら、地下室の鍵が本館にあると口にしたでしょう?」
「そんな話もしたかもね」
「思惑通りにやって来た飯田達を、あなたや定氏らは捕獲した。準備万端だっ
たから、苦もなくやり遂げたことでしょう。そして全員を地下室に閉じ込めた」
「車はどうしたのかしら」
「恐らく、三人のお手伝いが夜の内に運転し、どこか近場に一時的に移したん
だ。それから、館に残った福井君達を相手にゲームを続行し、イベントが終わ
ると送り出した。ここからが本当の復讐だ。まず、本館で飯田と幸田を殺害。
あとで交通事故の果ての転落死に見せかける計画だから、殴る蹴る、あるいは
高所から突き落とすといった方法が考えられる。死亡を確認後、遺体をそれぞ
れの車に運び、改めて出発。転落事故を装った」
「交通事故死ならまだしも、餓死に見せかける方法なんて、あるかしら」
「いくつかの方法が考えられるが、地下室という格好の監禁場所があるのだか
ら、恐らく……山城夫妻を閉じ込めたまま、まともな食べ物を一切与えなかっ
た。山にある木の実や草や木の皮をわずかにやり、水も山の水たまりから汲ん
できた物を使ったのかもしれないな。そうして弱らせた二人を、やはり高所、
階段から突き落とすなどして痣や傷を作る。あとは同じだ。餓死を確かめてか
ら、現場まで車で運び、森の奥に遺棄した」
 一流モデルにして当館の女主人は、声による反応を示さなかった。目だけが
動いて、地天馬を見る。しばらくして、おもむろに口を開いた。
「私やお手伝い、定さんは登場したけれど、枝川監督の役がなかったようね」
「枝川氏は、福井君達、無害な参加者を監視する役だったんでしょう。飯田達
に感づかれないよう、カムフラージュのために招いた人々に、万が一にも計画
を気付かれたり見られたりしてはいけない。動向を見張る人物が必要です。当
てはまるのは、枝川氏しかいないようだ。福井君に好きなように推理させつつ、
要所では手綱を引いてストップを掛けたり、状況を予定した方へと向かわせた
りしていた。幸田が車で夜中に帰ったなどというのも作り話めいている。それ
に、水溶紙製の人形を調達したのは、枝川氏の伝じゃないかな。アイディアは
定氏で、技術は枝川氏が請け負ったとすれば、相当に精巧な代物に仕上がった
に違いない」
「……それでおしまいですか」
「話は終わりですが、あとは地下室を見せてもらわないといけませんね。飯田
達が十六年前の事件の犯人である証拠が、そのまま放置されているとは考えに
くいが、先日あなた達がやったことの痕跡は残っているに違いない。ヒントの
みとは言え、福井君に地下室の存在を知らせたのがあなたのミスです」
「私が地下室を見せるのを拒絶したら? 証拠がないまま、退散ですか?」
「僕は、あなたを必要以上に追い詰めたくない。警察の力も借りたくない。本
心を言えば、地下室を見ることなく、あなたが認めてくれるのを待ちたいと思
う」
「情に訴える作戦ですか」
 鼻で笑おうとして、できなかったらしい。横木琴恵は、くすんと鼻を鳴らす
だけにとどまった。
「そこまで思ってくれるなら……もしも、地天馬さんの推理通り、私達が復讐
のためにやったのだとしたら、見逃してくれないかしら」
「はん。北極でかき氷を売るくらい無理な相談ですね」
 気分を害されたとばかり、大きな動作で肩をすくめた地天馬。
「あなたはこの十六年間、復讐に全てを捧げてきた。心の底から楽しめず、本
当にやりたいことから目を背け、恐らく、生ける屍みたいなものだった。それ
故に、氷華と呼ばれる冷たい笑み、屍の笑みしかできなかった」
「かもしれない。おかげでモデルとしての名声を得た訳よ」
「違う」
 断定した地天馬。モデルの表情が、かすかに揺らいだ。
「復讐の思いを遂げ、屍の笑みは溶けた。本物の笑みを浮かべられるようにな
った。それでもあなたの評価は変わらない。それどころか高まっている。復讐
を遂げずには本物の笑みを取り戻せなかったことが、残念でならない」
「……詭弁が上手」
 横木琴恵はかすれ声で答えると、再び顔を背けた。指先で目元を拭う仕種を
見せたかと思うと、急に向き直った。そこには笑顔があった。私が今日これま
でに見たのとは違う、氷の華が。
「地天馬さん。ゲームをしません?」
「軽々しく返事できる問い掛けではない」
「私の得意な消失で、あなたと勝負してみたくなったのよ。種を見破ることが
できたら、あなたの推理を認めるわ。見破れなかったら……地天馬さん達三人
に、この地下に入ってもらおうかしら。そして、外から鍵を掛けるの」
「僕は無駄な賭けに乗る質じゃない。不本意でも、このあと警察に協力を仰げ
ば、犯罪の証拠を見つけ出せる。それに」
 地天馬は、確認するかのように、相手の顔を覗き込んだ。
「たった今、あなたは元の屍に戻ったようが気がする。ゲームを認めると、自
ら命を絶って、この世界から消失するつもりではないかと、不安でならない」
 その瞬間、横木琴恵は憑き物が落ちたかのごとく、素の彼女自身が現れた。
「凄いわ」
 一言だけ口走ると、彼女は席を立ち、私達の間を抜けて、廊下に出た。そし
て並べられた美術品の一つ、比較的新しい壷の口に手を入れると、中から大ぶ
りの鍵を取り出す。
「これを」
 地天馬に渡した。地下室への扉を開く鍵だった。
「気が変わらない内に、警察を呼んでくださる? このまま、あなた達しかい
ないと、逃げたくなるかもしれないから」
「分かりました」
 地天馬は静かに応えた。
 たたずむ横木琴恵は氷華とも、暖かみのある笑みとも違う、新たな顔を覗か
せていた。

――終





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