AWC 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (11/17)  悠歩


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#40/598 ●長編    *** コメント #39 ***
★タイトル (RAD     )  01/12/15  20:17  (163)
【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (11/17)  悠歩
★内容


 なおも続けられた美鳥の話が、朧対異形と言う戦いの輪郭を何となくではあっ
たが優一郎にも見せた。
 戦いがいつ始まったのか分からない。そもそも両者がいつからこの世に存在し
ていたのか、それさえ定かではない。あらゆる歴史書はおろか、戦いの当事者で
ある朧月の家にさえ、それらを記したものが残されてはいないのだ。お互いに歴
史の表に立つ訳には行かない。人を狩る者も、それを倒す者も闇の中の方が都合
いい。と、これは美鳥の見解である。
 朧と異形についての情報は全て朧月家内だけで、口伝によって残されて来た。
これに実際異形と対して来た姉妹の話も加えられてはいたが、どこまで正確であ
るのか。客観的に聞けば、それはマンガかアニメ、あるいはゲームの話のように
思われる内容だ。実際に異形と対峙し、朧の力を体験した優一郎だからこそ、ど
うにか真面目に聞くことの出来た話であった。
 異形―――分かり易い言葉に置き換えれば、妖怪、怪物、モンスターと言って
いいだろう。ただし彼らに普通の武器は通用しない。刃物、で傷つけることはそ
う難しくはない。が、致命傷にもならない。もちろん銃器の類も同様である。そ
れこそ田邊の言葉ではないが、核の炎すら彼らには無力なのではないか。もちろ
ん試した訳ではなく、美鳥の話を百パーセント信じれば、ではあるが。
 その異形を唯一葬り去ることが可能な力こそが『朧』なのである。

 朧は物理的な力ではなく、その能力者の精神的、あるいは生命的な力らしい。
 最近、人の細胞の中に目で見えないほど微量ではあるが、僅かに光を発する組
織が発見されている。『気功』を使って治療を行う者は、他人よりその光量の多
いことが分かっている。美鳥は『朧』の力もそれに近いものではないかと推測し
ていた。ただし『朧』の力の強弱は生来の資質によってのみ決まる。気功とは異
なり、後の修練で身についたり強まったりすることはない。ある日突然強い力を
発揮する者も過去には在ったが、それは結果的にそう見えるだけのことで、決し
て本来の力が強まった訳ではない。
 この『朧』の力の特性こそが、朧月家の悲劇の原因であった。
 特に強い力でなくても、ある程度以上であれば異形を討つことはそう難しいこ
とではない。地球上の如何なる生物をも凌駕する力を持つ異形ではあるが、『朧』
の前では驚くほどに脆い。女の細腕であっても、麗花のように離れた場所から放
つことの可能な『朧』であれば、充分に太刀打ちが可能なのだ。しかしながら、
『朧』の力を持つのは朧月家の血を引く女性に限られる。
 永く続いた異形との戦いの中、朧月家の人々にとってその血を、強い『朧』の
力を保ち続けるのが、何よりも重要なこととなっていた。そのために、他家の血
が混じるのは好ましくない。従って同じ血を引く近い一族内で婚姻を結ぶことが、
多くなった。しかし血が濃くなるにつれ、一族は生命力を弱め、衰退の道を進む
ようになった。一族が減れば、血を保つためより近い者同士の婚姻を選ばざるを
得ない。それは更なる衰退を進める。この悪循環の果て、ついにはもっとも近い
血縁での関係が結ばれるようになった。
 すなわち、親子、兄妹で交わり、子を成す。

 破瓜によって覚醒を迎えるという『朧』の特性が、その行為に拍車を掛けた。
「破瓜って………!」
「んー、いまふうに言えば、ロストバージンってやつかな」
 絶句する優一郎に、美鳥は寂しげな笑みで答えた。
 語らずともその先は想像出来る。会ったことはないが、優一郎の知る限り美鳥
の近親者の男性はその父親と祖父だけである。そのいずれかと麗花と美鳥は、い
や力を発揮できる条件が破瓜であるなら音風までが交わった。しかもおそらくは
強制的に。
 優一郎の想像を察してか、あるいは気がつかずにか。
 美鳥は己の掌を、じっと見つめた。そこに淡い光の玉を浮かべて。異形と化し
た田邊との戦いの中で見せた、彼女の『朧』の力であった。
「私にもっと強い力があれば、お姉や音風たちは、こんな辛い目に遇わなかった
かも知れない」
 そして美鳥以外の三人。麗花、音風、真月は『朧』の血を保つためだけに、分
家から貰われた養女であることを優一郎に告げた。

 その内容もまったく頭に入らないまま、つけっ放しのテレビの音声をBGMに
横になった優一郎は天井を見つめていた。
「もう一つの【日龍】か」  呟き、掌を見つめる。
 『朧』のイメージはその字が示す通り、月である。月の光こそがその力の根源
なのだと、美鳥は言う。朧の能力者とは、月の光を具体的な力に変える媒体に過
ぎない。実際、月の状態、その満ち欠けによって発揮される力に違いが生じるら
しい。
 それでも麗花ほどの能力者であれば、大抵の異形に対し、後れをとることはな
かった。だが限界はある。
 一部の異形、特に完全体と呼ばれる者たちに対しては朧の力が通じない場合が
ある。
 多くの異形は強い力と生命力を持ってはいたが、知能は極めて低い。が、完全
体は並の人間以上の知能を所有し、力や生命力も他の異形を遥かに凌駕する。
 完全体を倒すだけの能力を持つ物。それこそが『朧』の完全体とも言えるもう
一つの【日龍】なのだ。
 手を翳したまま、優一郎は静かに目を閉じる。そしておもむろに上体を起こし
掌へ意識を集中させた。ただ一つの言葉だけをイメージして。
 ――刀――
 過去二回、成功させた実績は自信となっている。虚空より現れいずる光の刀を
強く、確かなものとしてイメージした。
 が、どれほど意識しようと、どれほど待とうと刀が表れることはなかった。
 無は無。
 空に翳した手は何ら実体を掴みはしない。
 ふう、と力なく息を吐き、優一郎は再び上体を横にする。ついに見ることの出
来なかった刀に代わり、蛍光灯の光に照らされ埃が見えた。
 『朧』が月であればもう一つの『【日龍】』は日輪。圧倒的な太陽の力は、完
全体とも互角以上戦える。完全体を葬り去れるのは【日龍】のみ。
 朧の祖先はその姓に「朧」の文字を冠し、血と力を残すことに拘った。
 一方【日龍】の祖先は巷に溶け込む道を選んだ。そのため血は薄れ、朧月家の
ように純粋な使い手を保てなくなっていた。
 また姓を名乗ったがゆえに、朧月の一族は常に異形たちに標的とされた。しか
し朧月家にとり、それは異形との戦いに限って問題でなかった。
 如何なる理由からか、低級な異形に比べ高度な完全体は発生間隔が長いのだ。
美鳥の伝え聞いた範囲では前回、三百年前に現れたのが最後だったと言う。
 完全体ではない異形相手なら、朧だけで事足りる。が、十年ほど前から完全体
誕生の兆候が現れた。それで麗花や美鳥は異形たちと戦う一方で、【日龍】の力
を持つ者を探した。そして優一郎の存在を知ったのだ。
 おそらく優一郎の父が、【日龍】の血を引く者の末裔であったのだろう。そこ
に母の朧の血が混じり、優一郎の中で呼び起こされた。
 けれど完全ではない。永い時の中で、【日龍】の血は薄まっていた。母の血だ
けでは充分でなかったのだろう。
「まあ、こんな調子じゃあな………」
 田邊との戦いに勝利したものの、優一郎の力は必ずしも安定していない。この
先、さらに完全体たる異形が現れたとき、戦えないかも知れない。美鳥たちは考
えた。  もう一度朧の血を混ぜればよいと。
 朧の血は【日龍】の呼び水となる。不安定ではあれ【日龍】の力を強く示す男
と、朧の娘が交わればより完全な【日龍】の使い手が生まれる。
 優一郎には、あまりにも短絡的過ぎると思える考えであった。必ずしも【日龍】
の使い手である男の子が生まれるとは限らない。生まれたとしても、その子が戦
える年齢に達するまで、十数年は掛かる。もっともそんな余裕がなくなってしま
ったからこそ、美鳥は優一郎に事実を明かし、協力を求めてきたのだ。つまり時
間的余裕がなくなり、作るはずだった【日龍】の男子の代用品として優一郎が選
ばれたのだろう。
 この考えは、優一郎をいささか不快にさせた。しかしそれを理由に異形との戦
いを拒むことも出来ない。もう優一郎も異形との戦いに深く関わってしまったの
だ。いまさら後に退こうとしても、敵がそれを許さないだろう。そして何より、
美鳥や、自分より幼い少女、音風と真月を戦いの中に置いて、逃げるほどの卑怯
さを優一郎は持っていない。
 もう一つ、優一郎には心に引っ掛かっていることがあった。 
 なぜ美鳥が、美鳥一人が優一郎に迫ってきたのだろうか。
音風や真月はその幼さから当然ではあるが、子を成すのを最大の目的としていた
のなら、美鳥よりもより女として身体が完成した麗花のほうが適任だったのでは
ないのだろうか。   いや、効率を考えれば麗花と美鳥の双方が優一郎との性
交を試みるのが当然ではないのか。
 優一郎の思考は、やや不謹慎な方向へとずれる。
 初めて朧月の家に泊まった晩に見た、美鳥の青い裸体。そして見ることさえ無
かった麗花の、白い裸身が脳裏に浮かぶ。
 それは真剣な美鳥を侮辱し、死者を冒涜する行為であるように思えた。だが、
そう理解しながらも優一郎は健康な男子としての性的空想を抑えられなかった。
 だから突然の電子音に、滑稽なほど驚き、狼狽してしまう。
 切れる直前までに巻かれたネジ仕掛けの玩具よろしく、コンマ一秒も掛けず、
寝床より立ち上がる。直立不動の姿勢で、音の正体が電話であると知った。
「は、はい、陽野です」
『あっ、優一郎』
「みど………り?」
 電話の相手がそれまで裸を想像していた相手だと分かり、優一郎の声はわずか
に裏返ってしまう。そのことで自分のいかがわしい想像が電話の向こうにまで伝
わってしまいそうで、優一郎の全身を緊張が包み込んだ。
 しかし緊張感はすぐに別の種類へと変わる。
『真月、そっちに行ってない?』
 短い言葉ではあったが、その調子から切迫したものが感じられたのだ。
「いや、来ていない」
 答えながら優一郎は時計に目を遣る。午後八時を少し回っていた。
「帰ってないのか?」
 小学三年生の子どもが、連絡もなく帰らないでいるのには不自然な時間である。
『うん』
「学校には?」
『電話してみたけど、誰も出ないの』
「友だちのところには?」
『それが………転校して来たばかりだから。真月の新しい友だちのこと、よく分
かんなくて』
 嫌な胸騒ぎがする。過日の一件が優一郎の頭に浮かんのだ。
  美鳥も優一郎と同じ不安を感じているに違いない。
 田邊はもう死んだ。しかし異形が滅びた訳ではない。むしろあの戦いで他の異
形、とりわけ知能の高い完全体に朧月家の動きが知られた可能性は高い。
 まてよ。と、優一郎は思う。結局美鳥からは聞きそびれてしまったが、あの火
事はやはり異形の仕業ではないのか。そうでなければ朧の使い手である麗花の死
や、美鳥の痛々しい傷痕を納得出来ない。
 たが、いまはそれを詮索している時ではない。
「とにかく手分けして、心当たりを片っ端から探してみよう。俺もすぐ行くから、
下で会おう」
 そう言うと、優一郎は美鳥の答えも聞かず、電話を切る。そして椅子に掛けた
ジーパンを素早く穿き、シャツは手に掴んだまま袖を通す間も惜しみ部屋を出た。




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