連載 #7554の修正
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尻上がりの話し方 日本人の発音や話し方が大きく変わりつつあることにつき、私の見解を色々書いてき たが、〈尻上がりの話し方〉に関しては、是非もう一度取り上げておきたい。 既にお気づきの方も多いと思うが、若者に限らず、むしろ中年の男女の間に、今やこ の話し方が蔓延し、私は甚だ不快に感じている。 以下、実例を挙げて述べることにする。 「私が好きな文学作品は、司馬僚太郎(文字不明)先生、司馬先生には随分お世話にな り、優しくご指導いただきました。先生の作品、そのそこを流れる思想、それは庶民の 視点に立った観察と解釈にあると思います。」 これは、つい先ほど聴いたラジオ放送である(一字一句正確に記憶している訳ではな いが)。話し手はプロの作家で、その道ではある程度名の知られた中年の女性らしい。 ところが、彼女は実際には次のような話し方だったのである。 「私が好きな文学作品は、司馬僚太郎先生? 司馬先生には随分お世話になり、優しく ご指導いただきました。先生の作品? そのそこを流れる思想? それは庶民の視点? に立った観察と解釈? だと思います。」 ? を記した所で、いちいち尻上がりに言葉を切って話すので、インタビュアーのア ナウンサーが、その都度相づちを打たねばならない。すなわち、下のような会話になる のであった。 「私が好きな文学作品は、司馬僚太郎先生?」 「はい。」 「司馬先生には随分お世話になり、優しくご指導いただきました。」 「そうでしたか。」 「先生の作品?」 「ええ。」 「そのそこを流れる思想?」 「はあ。」 「それは庶民の視点?」 「ええ ええ。」 「に立った観察と解釈?」 「なるほど。」 「だと思います。」 番組中ずっとこの調子だったので、私はラジオを聴きながらいらいらし、仕舞には腹 が立って、話の内容には興味があったにも関わらず、結局スイッチを切ってしまった。 〈尻上がりの話し方〉を除けば、発音は綺麗だし、言葉遣いも品がよく、敬語を適切 に織りまぜた、理想的な日本女性の会話であるのに、何故1回1回言葉尻を上げて疑問 文のように話すのだろうか。 質問口調で問いかけるようにしつつ、次の言葉を小出しにしながら話を進める方式は 、リズムを取りやすくて本人は楽なのだろう。けれども、直接話している相手のみなら ず、ラジオを聴いている第三者をも、著しく疲れさせるのだ。 実は、こういう話し方をする人が近頃めっきり増えていて、〈軽症患者〉を含めると 、三割近くがそうなってしまったのではないかと案じられる。この傾向は、中年の男女 に多発し、案外知名人や〈知識人〉の中にも見られるから始末が悪い。 私は、ごく親しい人に対し、「尻上がりの話し方をしないで欲しい」と忠告している 昨今である。 [2001年(平成13年)4月28日 竹木 貝石]
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