連載 #7448の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
近野の饒舌を、遠山は息を詰めるような思いで聞いていた。まさか、伊盛が ホームページを使ってそんな活動をしているとは、想像もしなかった。大学生 がパソコンを操っても何ら不思議ではないこの時勢に、全くの見落としだ。 「見つけたときは、知らせたものかどうか考えたが、結局は黙っていた。今思 えば、その時点で知らせておくべきだったか」 「いや。結果論だ。それに、伊盛善亮のアリバイは成立しそうだから、恐らく 無関係なのだろう。それよりも、おまえはそのホームページに、どうやってた どり着いたんだ?」 「暇つぶしさ。興味のある事柄……パズルや犯罪、超心理学といったキーワー ドで検索して、引っかかったページを適当に選んで、見るんだよ。時間の許す 限り。伊盛善亮のページは、ポリスがキーワードだったかな、確か」 「偶然なんだな」 落胆と安堵が、同時にやってきた。手掛かりにならないと分かってがっかり したのと、犯人は近野の行動をもコントロールしたのか?という恐れが否定さ れたことによる安心感。不思議な感覚が、身体の内に、二重の渦のように湧き 起こる。 「気合い抜けした顔だな」 「あ、ああ。安心した途端、疲れが出たらしい。眠気が襲ってきやがった」 瞼の上から目を軽く押し、コーヒーの残りを煽る。 「ブラックの効き目も、これまでのようだ」 「少し、休んでいくか。上役には、聞き込みが長引いたと言っておけばいい」 「そこまで迷惑かけられん。――近野は、こんなにのんびり、一泊していって も平気なのか。明日、仕事は?」 「木曜は、講義のコマを持ってない。だが、仕事があったとしても、駆けつけ るつもりだった」 「……感謝している」 緩く握った右の拳を出すと、近野が同じく右拳を軽く当ててきた。 「何を今さら」 麻宮家所有の小島である雅浪島へは、週に一便、物資や郵便物等を運ぶため の船が運航される。この八日木曜日がその運航日なのは、恐らくヂエの計算通 りなのだろう。遠山は、否応なしに踊らされている感じを受けて、癪だったが、 乗り込むより他に道はない。 遠山以外の警察の人間を連れて来てはならない旨が、ヂエの指示にあったが、 こればかりはそうそう素直に聞いていられない。嶺澤と若柴の同行が決まった。 もちろん、ヂエがどこで見ているか分からないため、遠山の連れと気付かれぬ よう、二人は一般旅行者のふりをして船に乗り込んだ。 さらに遠山にとって心強いのは、近野が同乗してくれたことだった。警察の 人間でなければ文句あるまいと言い放つや、朝早くに長期の休みを取る手続き を済ませ、鞄一つで着いてきた。それは近野も依然として麻宮レミを愛してお り、彼女の身の安全が心配であるからに違いあるまい、と遠山は思った。捜査 優先は当然であるから、変にライバル心を起こすつもりはないが、応援に感謝 すると同時に、近野の存在が気になるのも偽らざる心境。 「案外、来島者は多いようだな」 近野が、デッキの片隅に立ち、海上の景色を見通すような仕種から、ふと言 った。刑事二人と違って、彼は、遠山に堂々と接せられる。 「お仲間を除いても、最低五、六人はいる」 「うむ。昨日、麻宮レミに電話で連絡を取り、色々と雅浪島について、知識を 仕入れておいた。島にはギャラリーがあり、その客が大勢いるそうだ」 島にある建造物と言えば、麻宮レミの暮らす一軒家の他に、地上二階地下一 階の西洋館のみ。一階がギャラリー、二階がサロンや来客の宿泊場所に当てら れ、地下は倉庫となっていた。利便性や採算性を度外視した画廊は、今も個展 が開かれているという。若手だが有望な画家らしいが、遠山は知らなかった。 「ギャラリー? 個人所有の島にそんな物を作るとは、理解しがたいな」 「悪口を言って、他人に聞かれたら、厄介かもしれないぞ。それに、ギャラリ ーがあるおかげで、二人を潜り込ませることができるんだ」 「それにしたってな。泊まり掛けで観るほどのものとは、とても思えない」 芸術を解さない人種ではないが、敢えて疑問を呈する近野に、遠山は「画家 の腕前は知らないが……。泊まらずとも観て回る時間はある」と言い足した。 「船は、十一時三十五分に着いて、十六時三十五分に出港する。五時間あれば 充分観て回れる程度の規模なんだろうさ、ギャラリーは」 「そうか。でも、大荷物を持っていた者もいたぜ。あれはやはり、一週間、泊 まるんじゃないか」 「確かに、懇意にしている者も来ると、麻宮は言っていた。残念だが、時間が なかったのとプライバシー云々で、正確なことは把握できてない。こちら側も、 捜査の内情全てを、彼女に打ち明ける訳にいかないしな。――おっ」 心持ち、空を見上げる遠山。間もなく到着とのアナウンスがあったのだ。海 原を見渡すと、雅浪島の影が視界に入る。 周囲には、より小さな島が点在していた。波が穏やかなときであれば手漕ぎ 舟でも楽に渡れる距離にあるが、いずれも無人島らしい。岩肌の露出した崖や、 鬱蒼と茂る木々のせいで、上陸するのにも一苦労という。よって、雅浪島は実 質的に孤島と言って差し支えないであろう。 「殺人鬼の招待で、孤島へ乗り込む訳か。あまりいい予感はしないな」 接岸の間際、近野がぽつりとつぶやいたのが印象的だった。 「遠山君も近野君も久しぶりね。こんなところまでようこそ」 麻宮レミの出迎えに、緊張感を帯びた表情がほぐれる。 若柴ら二刑事を含む他の乗客と違い、遠山と近野はギャラリー前を素通りし、 その隣、五十メートルほど置いて建つ家を訪れた。 彼女は、美貌に磨きを掛けていた。五年か六年ほど見ない内に、元来の華や かさに加え、冷たく理知的な輝き――要は大人っぽさを身に着けたな……と、 遠山は感じた。 「いえ、こちらこそ、突然の訪問、すみません」 遠山は左手を差し出し、握手を交わす。麻宮は穏やかに見守る表情で応じた。 「仕事なんでしょう? 協力は惜しまないわ。それよりも」 と、離した手を近野に差し向ける。近野は触れる程度に握り返し、頭をひょ いと下げた。 「近野君まで来ているのは、どういう理由から? 私の知らない内に、警察勤 めになったの?」 「僕が警察勤めしていたら、多分、この場には居合わせられなかったろうな」 謎めかした返答のあと、愉快そうに唇の端を上に向ける近野。遠山は、詳し い説明をしたかったが、捜査情報をやたらに漏らすのはまずいと、自らにスト ップを掛ける。 「麻宮さん。彼は協力者なんだ。犯罪者の心理分析を手伝ってもらう」 割れながらうまく言い繕れたとほっとする遠山だが、隣で近野が「なるほど」 とつぶやくものだから、慌てて肘鉄を密かに食らわした。 応接間らしき部屋に通されてから、話の続きに入る。 「一体全体、どんな大事件なのよ。昨日の電話だと確か、凶悪な犯罪者が雅浪 島に逃げ込んでくる可能性が非常に高い、と言ってたわね」 「実は、昨晩の話は、君を含めてこちらにいる方々を余計に恐がらせないため の方便で、本当を言うと、逃亡者ではないんだ」 「へえー、驚いた。遠山君も、嘘をつけるようになったのね」 しきりにうなずいた麻宮の顔には、喜ばしいと書いてあるようだ。 この意想外の反応には、遠山も面食らった。ヂエとの対決を思い描き、張り つめていた気持ちが、少しずつ緩んでいく。これはいかんと、肩で大きく息を し、精神を据えた。 「そうそう、小学校のときなんか、簡単に騙されていたな」 同調する近野に、再度肘を当て、遮る遠山。 「えーと、麻宮さん、こちらでは、ニュースはどうやって知ってるんだろう? テレビやインターネット?」 「そんな物、ないわ。ラジオがあるけれど、悪天候時以外は仕舞い込んだまま。 新聞だけは船でまとめて届けてもらっている状態よ。それが?」 今日届いた新聞を読む時間はまだないから、彼女はヂエの事件を全く知らな いことになる。 遠山は端折りながら話した。なるたけ恐怖感を煽らぬよう、しかし伝えねば ならない点は省かずに。ヂエと名乗る犯人が現場に残したメッセージに、次は 雅浪島に来いとあったこと、ヂエは自分や麻宮を知る人間らしいこと等々……。 「それなら」 最後まで聞いて、麻宮は狼狽えたり怯えたりする様子もなく、落ち着いた口 調で意見を述べる。 「今日、ここに来た人達の中で、私と遠山君に共通して顔見知りの人物が、そ のヂエ? 犯人である可能性が高い訳ね」 「まあ、そうなるかな……絶対確実ではないが。リストを作れるかな?」 「簡単だわ。来島者はまず全員が、ギャラリーに行かれるはずだから、そこで 来館者名簿に記入してもらうことになっているのよ。中には、お泊まりになる 方もいらっしゃるし。宿泊者は完全予約制だから……」 「それでは不足だ」 近野が疑義を差し挟む。 「記入だけでは、偽名を使われるかもしれない。見張って、顔を直接確認する のが、間違いがない」 「なるほど。だが、旧い知り合いだと、顔を覚えていない可能性もあるな。何 しろ、小学校時代まで遡る必要があるんだから」 「警察は最善を尽くすまでだろう。時間はある。理想は、ヂエが行動を起こす 前に取り押さえることだがね」 「急いだ方がいいのかしら」 麻宮が後ろを振り返る。ギャラリーのある方角だ。 「そうだな……いや、その前に、今日の便が来る前に、すでにここに滞在して いた人を教えてもらえないか」 「おいおい、必要あるか? ヂエの犯行は、土曜から始まったんだろう。先週 の木曜からずっと島にいた奴は、ヂエではあり得ない」 近野の指摘に、遠山は「念のためさ」と言い足す。 「共犯者の存在を考えてのことだよ。それで、麻宮さん。島に常時いるのは、 あなたと……?」 「この家には、家政婦の志垣(しがき)がいて、私の世話をしてくれる。今は 宿の手伝いに行ってるから、不在だけれどね。ギャラリーには――」 「すまないが、書きながらにしてもらえるかな。時間の節約になる」 言って、近野がペンと紙を取り出し、麻宮の前に置く。 麻宮はまず、『志垣奈美枝(しがきなみえ) 家政婦』と記した。それから もペンを走らせながら、話して聞かせる。 「ギャラリーの管理責任者として淵(ふち)を置き、宿は布引知花(ぬのびき ともか)という支配人と調理師の吉浦(よしうら)に任せている。他に、雑用 一切をやるアルバイトの榎(えのき)がいて、この子は確か休学中の大学生で、 一年近く前から島にいる……と。最後に、面城薫(めんじょうかおる)君。油 絵画家で、私が見込んでプッシュしているの。今やっているのも面城君の個展 なのよ」 「案外多いな。君を含めて七名か。寝起きする場所は、どうなってるんだろ?」 「基本的に女性はここ、男性は宿で寝起きしているわ」 「では、宿泊者は? 先週から泊まっているようなのは、いないかな?」 「お一人だけ。姿晶という方が、先週からおられて、今週以降もお泊まりにな ると、布引さんから聞かされているわ」 「姿晶ぁ? 本当かっ?」 聞き返す口吻が、荒っぽい叫び声になった。手掛かりを突然目の前にぶら下 げられたような心地に、腰を浮かして身を乗り出す。 麻宮は沈着だった。遠山を上向きの眼差しで捉えながら、「この人がどうか したのかしら」と問う。 遠山は座り直し、咳払いを入れた。 「ヂエからのメッセージの中に、すがたあきらの名前があったんだ。どういう 人物なのか、さっぱり分からなかったのが、今唐突に君の口から出て来たから。 ああ、その人、どんな字を書くんだい?」 麻宮は、同じ紙に『姿晶(すがたあきら)』と記した。遠山が想像していた 漢字と一致する。偶然に違いないのに、嫌な気分を味わう。ヂエにコントロー ルされているような気がするのだ。 「年齢は私達と同じか、わずかに下ぐらいかしら。職業は、自営業としか書か れてなかったわね。滞在の目的もはっきりしなくて、一度布引さんが尋ねてみ たら、写真を撮りに来たとか何とかで、お茶を濁されてしまったって。カメラ をぶら下げて、島内を熱心に歩き回っている姿を何度か見かけているのだけれ ど、どうも信じがたいわ。細身で色が白くて、普段、外を歩いて写真を撮るよ うな人にはとても見えない」 「外見を云々するまでもなく、撮影だけで二週間の滞在は、不自然過ぎるな」 近野が腕組みをし、納得の行く答を求めるかのように、上目遣いになった。 「この島には、特別な被写体になる物があるのかな。百年に一度の珍しい自然 現象が起きるとか」 「皆無ね。風景も野生動物も、ごく有り触れている」 「手始めに、そいつと会うべきではないかな」 近野の提言に、遠山はうなずいた。 「俺も同じことを考えていた」 携帯電話で若柴・嶺澤両刑事と連絡を取り合うつもりが、圏外だった。どう やら、島内は全域で電波の受信状況が芳しくない。 仕方なく、メモを麻宮に託した。ギャラリーでの見張りをひとまず彼らに任 せ、遠山と近野は姿晶に会う旨を伝えてもらう。 「どこにいるか分からないっていうのは、困りものだな。面倒だ」 近野が上っ張りを片腕に抱え、大儀そうに言った。普段、デスクワークを主 とする彼は、歩き回るのが苦手なようだ。 「目的地がはっきり定められたなら、苦にならないんだがね。誰かを追いかけ るというのは、性に合わないな」 ――続く
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