連載 #7439の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「だから、それが私とは限らない。あくまでパズルだ。パズルを解いた答でな ければ、意味がない」 表向き、そう言ったものの、このパズルの答は麻宮レミなのだろうと、遠山 の直感が告げていた。 「――近野はどこかな?」 時間不足もあって、近野にさっさと解いてもらおうと、依頼心が内に広がる。 「あの人なら、昨晩の内に近くのホテルに移りましたよ。最初から、泊まりに なるのを覚悟していたようで」 嶺澤が、やわらかい口調で答えた。だが、わずかに素っ気なさを含んでいる。 遠山が素人に捜査状況を一部とは言え、漏らし、さらには助言を求めていたと 知って、呆れているのだ。 「何ていうホテルか、教えてくれ」 「遠山さん」 細田が、外見に似合わず、鋭い物腰で割って入った。 「言わずもがなとは思いますが、出世を目指すなら、そういう軽はずみな行動 は、やめるべきですよ。一般人に頼るなど」 「一刻も早くパズルに答えるためです。事実、我々だけでは、ヂエの動きにつ いていけてないでしょうが。あいつはパズルの専門家なんです。専門家の力を 借りるのは、捜査でもしばしばあることだ」 パズルの専門家とは、はったりをかましたものだ。遠山は内心、密かに自嘲 した。 「それに、パズル以外の情報は、一切話していない。問題はないはずですが」 「しかし、ヂエという殺人鬼が、パズルを取り入れた予告を発している、とい う情報は漏れたようですが」 「最低限の状況を伝えるためには、致し方ない面も当然あります」 声をやや荒げた遠山に、再度、嶺澤が意見を述べる。 「これは、大場警視が言っておられたのですが、遠山警部個人への恨みが犯行 動機だとしたら、警部の人間関係を徹底的に洗う必要がある、と」 「ふむ」 当然だろう。そのような扱いを受ける覚悟は、とうにできている。刑事の中 には、ヂエ逮捕に執念を燃やすと同時に、遠山に対して呆れと蔑みを向ける者 もいる。 「近野という人は、遠山警部とどんな間柄なのですか」 「昔からの友人。――何だ、近野を疑っている訳か」 「現時点で、遠山警部に最も接近したのが、あの男ですからね。三重まで駆け つけるのも、尋常な行為じゃありません。検討の価値はあると思いますよ」 「それなら私も考えた。今日、いや、もう昨夜か、再会する前に電話で話した んだが、そのとき受けた印象では、近野は事件と何の関係もない」 「印象だけ、でしょう」 「犯人自ら、パズルの正解を教えてくれるものかね?」 「お話を伺う限り、正解とは言い難いですよ。むしろ、あの男の言葉に、我々 警察が言いように振り回されている、とも言えます」 この指摘は、遠山が見落としていた解釈だった。なるほど、確かに近野はい いところまで行くが完全な正解には達せず、ヂエに一歩先んじられていた。そ れが近野自身の芝居だとすれば……。 遠山はそこまで考えてから、首を振った。 「安心できないのなら、調べるがいいさ。あいつはここしばらく、ずっと東京 にいたはず。三重で殺しを起こすのは、不可能に違いない」 「アリバイですね。いいでしょう。これから、近野氏の部屋へ行くのなら、警 部とご一緒させていただきますよ」 「ぜひ、そうしてほしいね」 望むところだった。 事前に電話で連絡しておいたとは言え、近野は無粋な訪問者二人のために、 ルームサービスでコーヒーを取ってくれていた。 「これくらいなら、問題ないでしょうね」 笑みを浮かべながら、コーヒーを勧める近野。ホテルの一室のテーブルには、 ノートパソコンが載っていたが、それを片付けてスペースを作る。 「問題ない」 近野の性格をよく知る遠山には、彼の言葉の意味が分かった。コーヒー一杯 で賄賂になるまい、という意味に違いない。もちろん、冗談混じりの発言だ。 「砂糖とミルクは……」 「私は、いりません」 嶺澤が固い調子で答えた。遠山も、同じ答をした。 「おや。おまえは昔、甘党じゃなかったっけな」 遠山を指差す近野。彼は、ミルクだけ入れた。かき混ぜながら、続けて聞く。 「宗旨換えしたか、ははは」 「いや、今でも甘い物は好きだが、眠気覚ましにはブラックだからな」 「と言うと、今夜これからも捜査か。大変だな、事件が解決するまで、連日の 徹夜とは」 「仮眠は取るさ」 コーヒーを煽った遠山。苦味に、思わず顔をしかめる。隣の嶺澤は、液体表 面をふうふうと吹き冷まし、尖らせた口を恐る恐る近付けていた。猫舌なのだ。 それから遠山は、昨夜の顛末を詳しく伝えた。木津駅で間違っていなかった と知ると、近野は険しい中にも安堵の色を覗かせた。一矢報いた、という思い なのかもしれない。 「それで? こんな夜中に、わざわざ訪ねてくれたのは、まさか、警視総監賞 を渡しに来た訳でもあるまい?」 聞き終わるや、近野は軽口を叩いた。 遠山は嶺澤とアイコンタクトし、自らが切り出すことにした。 「大したことじゃないんだ。東京からは、どうやって来たんだ?」 「ひかりで名古屋駅まで。そこからは関西本線だ。伊賀上野に着いたら、あと は警察へ直行」 「仕事を放り出して来て、大丈夫なのか」 「なに、腰掛け仕事さ。やる気のない、単位だけが目当ての連中には、臨時休 講の方がありがたかろうしね」 「それでも、昨日までは、きちんとお勤めしてたんだろ?」 「ああ、もちろん。ええっと、昨日は何曜だっけか……水曜か。月火と、真面 目に講義をしてやったさ。火曜は一コマしかないからまだ楽なんだが、月曜は 午前も午後もそこそこ詰まっていて、なかなかにハードでね。まあ、パズルを 考える時間ぐらいは、どうにか持てたが」 近野の話に、遠山は内心、満足した。この五日の月曜、朝昼とも大学で講義 をしていたのなら、それはつまり、東京から三重まで行って、外尾を殺すのは 不可能だということに他ならない。無論、後ほど大学に確認を入れるつもりだ が、まず間違いあるまい。 嶺澤は大学の電話番号と、講義名を聞き出し、メモを取ると、「お先に失礼 します。ごゆっくり」とそそくさと立った。 「今から問い合わせですか? 遅すぎるんじゃないかな」 アリバイ調べだと勘付いた近野が、にやにや笑いながら嶺澤を呼び止める。 「こんな時間に大学の人間をつかまえるのは、ちょっと厳しいな。何なら、講 義を聴いていた学生を何人か、お教えしましょう。遊びとなれば、徹夜も厭わ ない連中だから、起きているはず」 「……念のため、伺います」 鼻白みながらも、嶺澤は応じた。せめてものあてつけか、今度はあからさま にメモを取るポーズをする。 遠山は遠山で、顔をしかめた。吹き出すのをこらえたのだ。近野のやり口が 昔と変わっていないのを、嬉しくさえ思う。 嶺澤が部屋を出て行ったあと、遠山は近野の肩をぽんと叩き、黙って笑いか けた。近野からも、同じ種類の笑みが返って来る。 「すまない。俺は疑ってない。ただ、周りの連中がどうしても調べろと言うん で、仕方なく」 「分かってるさ。エリートコースと言っても、組織の歯車には違いない。それ よりも、新しいパズルの内容を、早く教えてくれないか」 遠山は暫時、迷ったが、やはり気持ちは変わらない。口を開いた。 「今度のパズルを知れば、皆がおまえを疑うのも無理ない、と言える。おまえ だけじゃない。俺のがきの頃の知り合いは、全員容疑者になりかねないんだ」 そう前置きしてから、ポケットから手帳を取り出し、挟んでいた紙片を抜く。 ヂエのパズルを書き取った物だ。 その文章に目を通した近野は、徐々に表情を変化させていった。 「麻宮レミ、か……。ああ、鹿沼って名も、知っている。確か、高校のとき一 緒だった」 「よく覚えてるな」 「人の顔と名前を覚えるのは得意なんだと、前に言わなかったか? それとも、 おまえは覚えてなかったのかな」 「いや……覚えてたさ」 「千林は、先生だな。中学校のとき、国語を教えていた。残るあとの二人は、 記憶にない」 「寺下さんは、俺が大学のとき入っていたクラブのOBさ。おまえが知らない のも無理ない。会ったこともないと思う」 「ふむ、安心したよ。姿晶というのは?」 「その名は、俺も知らない。忘れてしまったのかもしれないが、仮に幼稚園時 代だとしたら、覚えてるはずがないよな。うん? 何をしてるんだ」 遠山は、近野の仕種に目を留めた。パズルのメモを横に置き、左手のひらの 上で右の人差し指を使って、算盤を弾くような動作をしている。 「――パズルの答は、麻宮レミだな」 「あ? やっぱりそうなのか」 「解いてなかったのか、まだ」 「おまえを当てにしていた部分もあるが……最初から、答が分かっていたよう な気もする」 「おいおい、そういう直感で解かれるのは、パズル出題者にとって、最も悲し むべき事態だぜ」 笑いながらも顔をしかめた近野。遠山はコーヒーカップを手に持ったまま、 自嘲した。 「ヂエの奴が悲しむのなら、見てやりたいね」 「気持ちは分かるが、まあ、解答手順を聞けよ。直感と理解しておくのとでは、 意味合いが違うだろう」 そう言って、近野は部屋に備え付けの便箋を持って来た。ペンで文字や図を 記しながら、説明していく。 「まず、条件の1と4と6に着目する。千林と姿が同じ年齢層で、なおかつ麻 宮と寺下が異なる年齢層に属するのであれば、麻宮と寺下のいずれかが、千林、 姿と同じ年齢層に含まれる。言い換えると、千林と姿ともう一人が、同じ年齢 層となる。三人が同じ年齢層ということは、千林と姿は三十未満ではなく、三 十以上の方に属する。ここまでは、分かるな」 「――ああ」 「T山くんは、二十代の画家とお付き合いをしたいのだから、ここで千林と姿 は外れる」 「そうだな」 「次に、条件2、3、5を同様に検討する。鹿沼と寺下が同じ職業で、麻宮と 千林が別の職業なら、それはとりもなおさず、鹿沼と寺下ともう一人の合計三 名が、同じ職業となる。三人が同じグループの職業は、条件2から先生と分か る。つまり、鹿沼と寺下は先生。画家ではないから、彼女らも該当者ではない。 五人の中から一人残った麻宮レミこそ、条件を満たす女性という訳さ」 近野の解説は、図を交えたこともあって、非常に分かり易かった。しきりに 首肯する遠山。 「なるほどな、理解した。早速、島に渡る準備をしなければいけない」 「そんなこと言って、もう終わってるんじゃないのか。何せ、麻宮レミのとこ ろへ行くのだから」 近野は冷やかし口調になりながら、コーヒーで喉を湿らせる。遠山は真面目 に答えた。 「必要な物は、鞄一つにまとめておいたが、最終決断を下すのは俺じゃないか ら。あくまで、上の判断。今度の事件では最初に失態をしでかして、しかもヂ エが俺個人をターゲットにしている節があるだろう。すっかり立場を悪くして しまった」 「ふむ。まあ、その辺りの事情は知らない。進言したいのは、麻宮レミ以外の 四人の女性、いや、実在がはっきり分かっているのは三人だけだが、とにかく 麻宮レミの他の女性達にも、何らかの護衛を付けるべきじゃないかな」 「そうだろうな。姿晶を除いた四人については、知っていることを全て話して あるから、何らかの手を打ってもらえるだろう」 警護ではなく、監視になるかもしれない――とまでは言わなかった。 「警察では、動機をどう考えているのだろうか」 「犯人像としては、俺とつながりのある人物であろうと当たりを着けたが、詳 しい動機となったら、いかんせん情報不足で、決めかねてる有り様だよ。多角 的な捜査と言えば聞こえはいいが、要は絞り切れていないだけさ」 「容疑者は、一人も浮かんでいないのか。過去、おまえが扱った事件に関連し て、犯人から逆恨みされているとか」 「考えた。犯人から逆恨みされる覚えはないが、被害者の家族に悪印象を与え てしまったことが、一度ある」 「……気を悪くしないでほしいのだが、それは、伊盛善亮のことを差している のかい?」 友人の口から思わぬ名前が出て、遠山はしばし動きを止めた。表情が固まり、 言葉もすぐには出て来ない。手にしていたコーヒーカップを口に運び、傾ける。 コーヒーが喉を通過することで、ようやく反応できた。 「――何故、知っている?」 「インターネットで見かけたのだ。ご多分に漏れず、伊盛善亮もホームページ を持っていて、そこで警察批判を展開していた。なに、愚痴や言い掛かりに毛 が生えたようなものだから、気にする必要はない。自分も最初は、面白半分の ガセネタだと思って読んでいた。ところが、遠山、おまえの名前が出て来るか ら、どうやら事実に基づいているらしいと分かってな」 ――続く
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