連載 #7430の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
遠山は頭を掻いた。ヂエのやり口から、小学校時代の思い出を想起し、近野 を犯人像に当てはめようとしたからには、何らかの理由があるはずだ。独善的 でもいい、遠山だけの理屈が。 (ヂエが、私の名をあらかじめ知っていた節が窺えるのも、理由の一つではあ る。が、弱い。ヂエが私の知り合いである可能性を示すだけで、近野に直接は 結び付かない。もっと積極的な理由……そうだ) 再び思い出に浸ろうとする遠山。今度は必要あってのことだ。 切羽詰まった状況にも関わらず、麻宮レミ(あさみや)に纏わる記憶は甘酸 っぱさを伴って、鮮明に再生された。 『私が好きなのは、頭のいい人よ。ミステリに出て来る、どんな難事件でもた ちどころに解決する名探偵みたいな。警察の鼻さえ明かす、完全犯罪者のよう な。その中で一番の人と結婚する!』 (小六のとき、初めて聞いた。あれは衝撃的で、鮮烈なイメージを与えられた 気がしたな。そして、中学生になっても高校生になっても、同じ意味のことを 彼女は言い続けた。刑事になったのは、彼女のあの言葉の影響が少なからずあ った。近野は……犯罪者を目指したのか?) 馬鹿馬鹿しい妄想だ!と否定する気持ちは、有り余っている。しかし、一蹴 しようにも、この妄想は、遠山の内なる現実感を育みすぎた。真である可能性 がわずかでも存在するなら、遠山はこれを捨て去れない。 「――近野に連絡を取れば済む話じゃないか」 真偽を確かめるための、単純極まりない方法が浮かんだ。 だが、近野の住所も電話番号も、手元にない。大学三年生頃から音信不通に なったものの、それまではたまに連絡を取り合っていた仲故、家に戻ってアド レス帳を見れば、少なくともその当時の住所と電話番号は把握できるだろうが、 時間が惜しいし、身動きが取れない……。 大学のOB会に問い合わせればいいと気付く。 現在、外部への連絡を許されない立場に置かれた遠山は、同僚の刑事を呼ん で、「被害者に選ばれる可能性のある奴が一人、思い浮かんだ」と嘘をつき、 近野の居場所を照会させた。電話番号と住所をメモして戻って来た同僚に、近 野と直接話がしたいと頼み、承知させる。 番号は、記憶にないものだった。多分、転居したのだろう。 電話はコール音がするかしないかの内に、つながった。近野は電話を受けた 際に先に名乗らない男だ、と承知している遠山は先に口を開いた。無論、相手 が所帯持ちになっている可能性等も考えてのことだ。 「もしもし? こちら遠山と言いますが、近野さんのお宅ですか」 「――よう。何の用だい?」 昔と変わらぬ口ぶりに、遠山は懐かしさを新たに覚えた。声も若々しく、張 りがある。今の遠山みたいに、疲れてはいない……。 (いかん) かぶりを振って、脇道に逸れそうなところを我慢する。 「まず、時間は大丈夫か」 「何ら問題ない。暇という訳ではないが、電話で雑談するくらいなら」 「捜査で、おまえに聞きたいことができた。協力してくれ」 「心理学なら、いくらでも権威がいる。テレビに出たがるお偉方がね」 「いや、心理学のことじゃない。事件解決のために」 「はは、面白くない冗談だぜ。素人に頼らねばならぬほど、警察は落ちぶれた のかね。旧友と一杯やりたいのなら、素直に言えばいい。何を置いても、都合 をつけてやろう」 「残念ながら、冗談ではないんだ」 言って、遠山はメモ用紙を開いた。ヂエからのパズルが記述されている。も ちろん、写しだ。 「おまえって、パズルとかクイズとか、得意だったろう?」 「まあ、そのつもりだ」 「こういうのがある。『PUZZLE 次を読み解け。――赤坂が赤坂である法則に 基づき、尾根宇にて、正午に逢った時針と分針が次に出逢う刹那』。これ、ど ういう意味だか分かるか?」 万一、近野がヂエならば何らかの顕著な反応があってしかるべきだし、そう でないのなら、このパズルを近野に解いてもらうのも悪くない。そんな目算で、 遠山は文面を読み上げた。 「……それが捜査にどう関係しているのか、教えてくれと頼んだら、答えてく れるか?」 「詳しくは無理だ。ただ、人の命がかかっている」 「パズルとしては、簡単な部類に入るね」 近野の返事を聞いた瞬間、遠山はこの旧友がヂエであるなどという妄想を、 脳内からきれいさっぱり打ち消した。あとは近野の口から語られるであろう答 に、意識を集中し、耳を傾ける。 「最初の赤坂だの尾根宇だのは、ありふれたローマ字のパズルだな。昔、君に も似たようなのを出題したことがあったぜ。赤坂をローマ字で書いて、逆から 読んでごらんよ」 遠山は即座に実行した。AKASAKAを逆から読むと、やはりAKASA KAになる。 「赤坂は赤坂のままか!」 「その通り。だから、赤坂が赤坂である法則とは恐らく、単語をローマ字に直 し、それを後ろから読みなさいってことだろう。これをONEUに当てはめれ ば」 「上野か!」 「ご名答。現場は上野に決まりだな、多分。次のフレーズは、額面通りに受け 取って、犯行時刻を示すに違いない。そしてこれは純粋に算数の問題さ。計算 が面倒なら、アナログ時計を使って実際に試してもいい。今計算した結果、お よそ十三時五分二十七秒二七だ」 「つまり、午後一時五分過ぎということだな」 「大雑把に言えば、そうなる」 「よし、ありがとう。助かったよ」 「役に立てたなら、何よりだ。そんな事件、早く解決して、付き合え。一杯や ろうじゃないか」 「ああ、いずれな」 「会える日を楽しみにしている。連絡、待ってるぜ」 挨拶もそこそこに送受器を置いた遠山は、忘れぬ内に紙に書き留め、それか ら同僚を呼ぶと、ヂエのパズルが解けたと伝えた。 「上野と一口に言っても、広すぎる」 若柴刑事が額の汗を手拭いで拭った。今日は風の流れがほとんどゼロだ。ま してや、建物の中となると。 何度も聞いた愚痴めいた台詞に、遠山は無反応を決め込んだ。柱にもたれた まま、経済新聞に熱心に目を通すふりを続ける。 予告殺人の防止に当たる捜査陣は、総数百五十名。二人一組で七十五箇所を 見張っている。ヂエのパズルには上野とあるだけで、場所の細かな指定はなか った。また、ヂエにより被害者の条件とされた遠山の知り合いで、本日五日、 上野にいることが確実な人物も不明のまま。それ故、直感で張り込みを続ける ほかない。各鉄道の上野駅内とその周辺は、有力候補だ。 遠山と若柴は、駅を見渡せる公衆電話とその横の柱に身を寄せていた。 JR上野駅の中央口は、平日の昼間にも関わらず、利用者の出入りで賑わっ ている。営業回りのサラリーマンの他、観光名所への入口だけあって、いわゆ る“おのぼりさん”の姿も目に着く。時間の自由が利きやすいお年寄りが多い ようだ。男女比は3:7から2:8で、女性が優勢らしく思われる。 「心当たりには、全部電話したんですよねえ?」 電話帳をめくる若柴は思案顔を作りながら、足を組み換えた。掛けるべき相 手先の名がいまいち思い出せない、そんな上目遣いの芝居は、なかなか堂に入 っている。 「した」 遠山は素っ気なく答え、新聞を片手にまとめた。 背広の袖を引いて、腕時計を覗く。五秒待って、午後一時ちょうどになるの を見届けた。予告された瞬間まで、残りおよそ五分二十七秒。 「知ってる顔、見つからんですか」 見つけていたらすぐに言っている――と、答える必要はないと判断し、遠山 は無言を通した。若柴は気に留めた風もなく、舌を回し続ける。 「どんな殺し方をするつもりなんですかね」 「昨日の犠牲者は、三人が三人とも喉を裂かれていたから、同じようにやるつ もりなのかもしれない。ヂエは喉を切り裂くのに自信があるんだろう」 「そんな派手な殺し方、ここでやったら偉い騒ぎになって、すぐに捕まると思 うんですがねえ。必殺仕事人みたいに、すれ違いざまにやるのかな。はははっ、 こりゃいいや」 若柴の珍しい冗談に一瞬、呆気に取られた遠山だが、やがて苦虫を噛み潰し た顔付きになった。 「武藤殺しだって、往来でやっている。それでもヂエの犯行に気付いた奴はい なかった。たとえば、車両が着いて、客の乗り降りが激しい時間帯などは、ヂ エの狙い目なのかもしれない」 「なるほど、なるほど」 軽い調子でうなずく若柴。あまり感心した様子もない。彼もまた、腕時計で 時間を確かめた。 「そいじゃ、そろそろ覗いてきますか」 「なるべく、怪しまれないように」 「分かってまさあ」 あんたよりキャリアじゃ上なんだというプライドか、粗っぽく吐き捨てると、 若柴は公衆電話を離れ、出口の方に向かった。 と言っても、駅の外に出るのではなく、公衆便所を目指したのだ。一種の密 室を形成する公衆便所は、犯行の場として十二分にあり得る。予告時間直前に 中に入って張り込めば、ヂエへの牽制になるかもしれない。それを狙っての行 動だった。無論、犯行そのものに巡り会うには、偶然を期待してはだめだ。上 野駅と周辺名所の主立った公衆便所に人員を配した。 「あと一分ほどか」 呟く声が乾いていた。緊張が高まるのを実感する。携帯許可の出た拳銃が懐 にある。服の上からホルダーの感触を、今一度確かめた。 犯行現場に出くわす可能性は低いと考える。それが妥当だ。だが、万一にも 目の前で行われたとして、食い止められるのか。遠山は経験のなさを呪った。 道場や訓練でのシミュレーションなら飽きるほどやっているが、実際の現場で 大捕物を演じたことは皆無である。ましてや発砲となると、全警察官を見渡し ても、極わずかだった。 相手が単純な誘拐犯や恐喝犯なら、まだ気を楽に持てたであろうが。ヂエと いう得体の知れない殺人狂を相手にしているのだ。不気味さを覚えずにはいら れない。 時計の文字盤を時折見ながら、遠山は行き交う人々の様子を観察していた。 公衆便所の方は若柴任せであるから、自身は改札に集中できる。 (二十四、二十五、二十六、二十七――?) 午後一時五分二十七秒を過ぎた。 大きな目で、改札口を左端から順に、次いで周辺をざっと見渡す。叫び声が 上がるということもなく、倒れた人もいない。 柱から離れ、足早に動き回った。中央広場に犯罪勃発の臭いはなかった。 別の出口やプラットフォームにいる刑事達からの無線連絡がないところを見 ると、現時点で、捜査陣の誰もヂエの犯行を確認できていないらしい。 (もしかすると、張り込みが厳重と察して、犯行をあきらめたか? だといい んだが) 楽観的観測にすがりたくなる。が、そんな希望は即座に打ち捨てた。確かに 若柴の言うように、上野は広い。百五十人でカバーし切れたと信じ込むのは、 楽観主義を通り越して、脳天気に過ぎる。 (すでに三人が惨殺されたんだ。それもたった半日の内に。もっと人員を割い てもいいと思うんだが) ヂエの犯行を食い止められなかったのは、自分の失態にも一因があると意識 している遠山は、歯ぎしりする思いだった。陣頭指揮を執れる立場のままなら、 より多くの捜査員を投入するよう、上に掛け合うのに……。 (そもそも、ヂエの予告を信じてよかったのか? 上野に我々警察の注意を向 けさせ、その隙に別の土地で殺人をしでかすことも、充分に考えられる) 一時十分になった。 若柴刑事が戻って来てもいい頃だ。なのに、姿を現していないと気付いた。 「もしや?」 焦りの色を浮かべ、公衆便所に向かう。 (若柴刑事だって、私の知り合いじゃないか! ヂエは私をどこかで見張って いて、近くにいた男を知り合いの刑事だと見抜いた。そして、彼のあとをつけ、 公衆便所に入ったところを襲った?) 刑事を狙うはずがないという思い込みから、この線を一切考慮していなかっ た。今さら悔いても意味がない。早く、安否を確かめねば。 ところが――。 「あん? どうしましたかな、警部殿?」 公衆便所の前で、ちょうど出て来た若柴と鉢合わせになった。遠山の慌てぶ りがおかしいのか、にやにやしている。 「遅いから、見に来たんだ」 「ほう、心配してくださって、どうも。お心遣い、痛み入りますなあ」 「それで? 何もなかったんだな」 顎で公衆便所を示す。若柴は「もちろん」という答をよこした。 「何故、こんなに時間が掛かった?」 「もよおしてきたんで、ついでに――と言ったら、怒りますかい?」 「……怒りはしない。生理現象なら仕方がないが、ただ、職務優先、異状ない ならないで知らせてくれと言いたいね」 「ふふん。まあ、ほんとのところを言うと、何もなかったのを確かめ、便所を 出ようとしたら、知り合いの男とばったり。それで、ほんのしばらく立ち話を」 「どんな知り合いなんだ? 念のため、聞いておこう。名前は?」 「西孝太郎(にしこうたろう)って言って、むかーし、スリで引っ張った男で すよ。前科三犯で、今は真っ当に稼いでるって言ってたが、どうだか」 ――続く
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「連載」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE