連載 #7289の修正
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森総理の「神の国発言」を批判するなら 何故、「国旗・国歌法」に賛成票を投じ 軍国主義の象徴として使われた「君が代」を 学校現場で強制させることを許したか。 「君が代」の「君」とは天皇のことであり 同じ人間を特別な人間(神)として崇拝・賛美する歌だ。 次の新聞記事をもう一度引用する。 「君」の解釈で複雑な思い出 無職 阿部 義一(福島県 64歳) 99年3月7日 朝日新聞朝刊 投書欄 (前略) > 私は国歌「君が代」を否定するものではないが、胸中複雑な思いがあるのも >事実。私が小学校に入学したのは1940年(昭和15年)で、日本軍は中国 >に攻め入っていた。翌年には太平洋戦争に突入、終戦を迎えたのは小学6年生 >の時。当時を思い出すと、「君が代」を歌う時は東京の方に向かって「宮城遥 >拝、最敬礼」の号令により深々と頭を下げてから歌った。 > そして「君が代」の君とは天皇陛下のことで、陛下の御代が、小石が巌のよ >うに大きくなり、こけが生えるじらい長く栄えることを願って歌うのだと教え >られた。 > ところが戦争が終わると、これが一変し、「君が代」の君とは国民皆のこと >なのだと変わった。小学6年生の私も、急に教えが変わり、そのまま国歌とし >て歌い継がれることに複雑な思いをし、疑問を抱いたことを覚えている。 > このような経過を持つ国歌「君が代」。日本国民として誇りを持って歌えと >言われても、若干のためらいを感じる。 「国旗・国家法」に賛成票を投じたことも「神の国発言」も天皇(神)の存在を 肯定するものであり、平等と国民主権の民主主義には馴染まない矛盾するもので ある。教育を言うならまずこの民主主義と矛盾する時代錯誤の慣行を改めるべき だ。 「(国旗・国歌法は)内心に立ち入るものではない。強制はしない。」と言いな がら採決強行されたが、今は国からの命令により小中高の公立学校での斉唱率が 9割以上に急上昇した。 これは教育というより軍国主義と同様、公権力が天皇(神)の権威を支配力の強 化に利用していると言った方が良い。改憲と連動して全体主義が軍国主義が息を 吹き替えす兆候でもある。 ヨウジ
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