連載 #7279の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「面白い話だな、それは」 郷野が口をつぐむとすぐに声を出したのは佐藤だった。松倉は黙ったまま、 ややうつむき加減に身を固くしている。佐藤は松倉の反応を待つかのように、 松倉をじっと見た。しかし、松倉はそのまま動かなかった。郷野も佐藤と松倉 の顔を見比べながら、待った。 奇妙な沈黙が小部屋に流れた。 しびれを切らしたのは佐藤だった。 「郷野さんの言うとおり、変だよな。うん。今、思い出したけれども、良香の 部屋に郷野さん達を案内したとき、松倉さん、あんたは自分が死んでいる良香 を見つけたのは、たしかに午後3時35分とか言っていたな。俺はあのとき、 あんたが混乱していて言い間違えたのかと思って黙っていた。が、そうじゃな いとすると、どういうことだ。なにしろ、あんたが血相変えてガラルームに来 たのは、間違いなく午後2時30分だったし。あのとき、あんたは確かに良香 が死んでいると俺に言ったよな」 松倉はじっと動かなかった。まるで嵐が通り過ぎるのを待つ小動物のように、 身を縮こまらせている。額に汗が滲んでいた。 「何か言ったらどうだい。黙っていちゃあ、話が進まないぜ」 佐藤がしつこく追求した。 郷野には松倉の反応が意外だった。時刻の不整合に気づいたとき、郷野が真 っ先に疑ったのは佐藤の方なのだ。郷野自身が松倉にたたき起こされたのが午 後3時40分過ぎ頃。もし佐藤の言うとおり、午後2時30分に良香の死体が 発見されたのなら、それから1時間以上も経ってから郷野は良香の死を知らさ れたことになる。そこに不自然さを感じたのだが、しかし。 佐藤の松倉に対する言い方は自信に満ちている。松倉も反論できないでいる。 ということは、どうやら本当に松倉は佐藤に午後2時30分頃には良香の死を 告げていた、ということになる。 郷野の佐藤に対する疑念が、次第に松倉の方へと方向転換し始めていた。松 倉の沈黙が意味するものを考える。 「松倉さん、どうなのですか。きみが死んでいる良香君を見つけたのはいつな のか、ここではっきり言ってもらいたいですね。良香君の部屋で私に言った午 後3時35分という時刻が単なる勘違いなのかどうか。佐藤さんの言うように、 実際には午後2時30分頃だったのか。これは良香君を殺した犯人を突き止め るにも、大変重要な事柄です。もし、佐藤さんの言うとおり、それが午後2時 30分であったなら、パーティーの招待客の大半はまだこの別荘に到着してい ないはず。容疑の対象がかなり絞られることになる。私が別荘に着いたのは午 後2時ころ。あのとき、良香君は私を出迎え、部屋まで案内してくれた」 「そうだよ、その時、良香はぴんぴん生きていた。それで午後2時30分に殺 されて見つかったということは、犯行は午後2時から2時30分のたった30 分の間に起きたと断定できるんだ。そうだろう郷野さん」 佐藤はいつの間にか郷野を「さん」付けで呼んでいた。郷野はしぶしぶ肯く。 その時、松倉がゆっくりと頭を振りながら、呻くように呟いた。 「どうしてこのようなことになってしまったのでしょう、最初はほんのイタズ ラだと言われておりましたのに」 郷野には松倉のつぶやきの意味が理解できなかった。佐藤も同様だったらし く、眉をひそめている。 「いま、なんて言ったんだい、松倉さん」 佐藤が問い返した。松倉はしばらく頭を両手で包み込むようにして、うずく まっていたが、やがてまたのろのろとしゃべり始めた。 「午後2時30分に佐藤様へ良香様がお亡くなりになったと伝えに行きました のは、本当でございます」 「ほうら、見ろ。俺の言ったとおりだろ」 佐藤は我が意を得たりとばかりに郷野を睨み付けてきた。 「それじゃあ、私への午後3時35分という説明は事実とは違っていたという ことかな」 郷野は努めて平静さを保ちながら、問うた。松倉の頭が縦にうなづくものだ とばかり思っていたら、松倉は激しく首を横に振った。 「いいえ、私は嘘は付いておりません!」 きっぱりと断言する。松倉は顔を上げ、郷野をじっと見つめてきた。その強 い視線に郷野が一瞬たじろぐ。 「私が良香お嬢様の倒れているところを見つけましたのは、間違いなく午後3 時35分頃でした」 「おいおい、松倉さん、あんた頭がおかしくなったか? 俺に午後2時30分 に良香が死んだと言っておいて、実際に発見したのは午後3時35分だという のか。それじゃまるで午後2時30分に、1時間後に起きることを予言したと でも言いたいのか、あんたにはそんな超能力でもあるのか、なにをバカなこと を言ってるんだ」 「そうではございません」 松倉は気持ちを整理するかのようにそこで一度、言葉を切った。郷野にはお ぼろげながら松倉を言おうとすることが想像できた。松倉が言葉を探している 様子なので、郷野の方が助け船を出した。 「松倉さん、あなたは誰かに頼まれて佐藤さんに良香さんが死んだと言いにガ ラホールへ行った。そう言いいたのかな」 「なんだって」 松倉が反応する前に、佐藤が目を丸くして飛び上がった。松倉がほっとした ような顔をして、郷野を見た。そのまじめな顔が郷野の指摘を正しさを物語っ ている。 「ちょっとしたイタズラだからと何度も頭を下げて頼み込まれたものですから、 仕方なく。幸い、あのときガラホールには佐藤様だけでしたから、他のお客様 のご迷惑にはならないだろうということで、私は渋々引き受けました」 松倉は言いにくそうに喋る。佐藤の顔がまた興奮で赤くなってきた。 「それで午後2時30分に良香の死を俺に知らせたというわけだ。ということ は、その時点で良香は生きていたんだな」 「はい。おそらく」 「おそらく? 良香に頼まれたのじゃないのか」 「いや、それが」松倉はまたそこで口ごもる。佐藤が苛立って松倉に詰め寄っ た。 「おい、一体何を企んでいるんだ。はっきりと言え。そうでないと、松倉さん、 あんたが良香を殺したと俺は思い込んじまうぜ」 「な、なんてことを。佐藤様、それはあまりに言葉が過ぎます」 「じゃあ、白状しちまいな。いったい誰がそんな嘘をつけとあんたに頼んだん だ」 「それじゃあ、申し上げます。良香様のお友達です。ちょっとしたイタズラだ から、と」 「なに? 毒を飲んで死んでいたというあの高校生ふたりか?」 「はい」 松倉は観念したように頷いた。これには郷野も驚いた。自分では良香の死亡 時刻の不整合を手がかりに佐藤の言動を追求するつもりだったが、どうやら話 は意外な展開を見せている。真っ赤な顔をした佐藤が頭をかきむしった。 「わからん。俺にはさっぱりわからんぞ。どうして、あの高校生二人があんた にそんなことを頼むんだよ。松倉さん、あんた、あの二人が死んでいることを いいことに、妙な作り話をしているんじゃないだろうな」 「め、滅相もありません。ただ、佐藤先生と郷野先輩をびっくりさせてやるん だとお二人は仰有って。絶対内緒にしてくれと」 「え? 私も驚かせるって?」 郷野は自分の名前が出てきて戸惑った。確かに自分はF音大付高の出身だか ら、瀬戸山と竜崎が意識してくれていても不思議ではない。しかし、佐藤とと もにイタズラの対象になっていたとは。 郷野の当惑をよそに松倉は言葉を続けた。 「それで午後2時30分頃に郷野様のお部屋もノックいたしました。ぐっすり とおやすみのようで、返答がありませんでしたから、そのまま失礼いたしまし たが」 「なんだって? すると松倉さんは同じ話を私にもするようにと、あの二人に 頼まれていたというのか」 「はい」松倉は深々と頷いたのだった。 一方、同じ頃のガラルーム。 招待客が部屋に引き上げた後の広いガラルームに、タクシー運転手の茄原作 蔵と埼京新聞記者、蒜野有紀の二人が案内されていた。二人は千葉家の招待客 ではないため、客室が用意されてはいなかったが、招待客がいなくなって空室 となったガラルームの片隅を借りることになったのだった。 どうやら吹雪も止みそうにもなく、電話で問い合わせた限りでは、雪崩で塞 がった道路の復旧作業も明日にならないと始まらないらしい。警察のヘリもこ の天候では飛べないらしく、ふたりとも千葉家の別荘で一夜を明かす覚悟をし ていた。 松倉の配慮でガラルームのコーナーにシュラフが2セット出され、パーティ ションで囲った簡単なスペースが用意されていた。また、厨房から運ばれたサ ンドイッチと飲み物が壁際の小さなカクテルテーブルに乗っていた。 パーティーの予定だったから、立食形式のオードブルを用意するだけの予定 が、部屋に引きこもった招待客のほとんどが部屋食を望んで、厨房はてんてこ 舞いの様子だった。こういう状況だから、千葉家としても部屋食は仕方がない と判断したのだろう。そういう中で夕食としてはいささか粗末ではあったが、 サンドイッチを用意してもらえただけでも幸いで、ふたりは文句は言えないと 思っていた。 ただ、ふたりともあまり食欲は感じていなかった。 サンドイッチには手を出さずに、どちらからともなく、ガラルームのステー ジに近寄った。散乱したシャンデリアの残骸は、千葉家の雇い人の手で1カ所 にまとめられていた。砕けたガラス類はさすがに片づけられている。 茄原はシャンデリア本体をじっと見下ろした。有紀も何もいわずに見下ろす。 茄原はシャンデリアが落下する瞬間は目撃していないが、だいたいの様子は居 合わせた有紀から説明を受けていた。 「ふーむ、おかしいな」 茄原が首を傾げた。シャンデリアの吊り金具を持ち上げている。直径2メー トルはあろうかという円形の大型シャンデリアは上面に8本のチェンが付いて いた。その8本はそれぞれの先端が鉤状のフックになっていて、それが天井か ら下がった1本の太い鉤状の金具に引っかけられていたらしい。茄原はそのチ ェンを1本1本確認しながら、首を傾げているのだ。 「どうしたんですか?」 有紀が気にして声をかける。茄原はまだ入念にチェンを調べているが、その うちに有紀を手招きした。 「ほら、この8本のチェンを見てごらん。どこにも傷がない」 有紀は茄原の言っている意味が分からないまま、茄原が手にしたチェンをの ぞき込んだ。黒光りしているチェンには切れたりした跡もなく、傷で光ってい るところもなかった。 「見たところ、特に変わったところはないみたいですけど、なにか変ですか?」 「うん、何も変わったところがない、というのが変なんだ」 「はあ?」 有紀には今ひとつぴんと来ない。そんな有紀の表情を見て、茄原が天井を指 さした。 「わしの目には天井の金具もちゃんとしているように見える。曲がったり、折 れたりしていない」 有紀もつられるように天井を見上げた。天井から下がっている太い金具の先 は釣り針のようにきれいに曲がっていた。 「はい、金具に変なところはないみたいですね」 「でも、シャンデリアは落ちてきた。そうだったよね」 「はい」 「チェンは8本、この通り、みんな無事だ。チェンの金具も曲がったり折れた りしていない。天井の金具もここから見る限り問題はない。ではなぜ、シャン デリアは落ちてきたんだろうか?」 「あ?」 有紀は茄原の言いたいことに気が付いた。シャンデリアは落ちてきた。その 時、倒れた千葉貴恵に心配が集中して、シャンデリアが落ちた原因には考え及 ばなかった。茄原の指摘は何を意味するのだろう。 茄原が有紀の動揺を見透かしたように、言葉を続けた。 「はっきり言えるのは、これが事故じゃないってことだな。事故なら、事故原 因が何らかの形でここに残っているはずだからね。切れたチェンとか、曲がっ た吊り金具とか。でも、そんなものは見あたらない。ここでなぜ、どうやって シャンデリアが落ちてきたのか、原因が分からないというのは絶対におかしい」 「事故じゃない、ということは。茄原さんは、誰かが千葉貴恵さんを狙って、 シャンデリアを落下させたと言いたいの?」 有紀の質問に茄原は唸った。 「うーむ。誰かがシャンデリアを落下するように細工をしたのは間違いないと 思うが、千葉さんをねらったかどうかまではわからないな。そういうタイミン グでうまく落とせるものかどうか。それに千葉さんがシャンデリアの下にちゃ んと来てくれるかどうかも分からないし」 「今夜のパーティーで千葉さんは挨拶をする予定だったのじゃないかしら。だ から、ステージの上には立つ予定になっていた」 「ふーむ。そうなると千葉さんを狙って落としたという考えも成り立つなあ。 でもいったいどうやって、これだけの重さのものを落とせたのだろう」 直径2メートルのシャンデリア。重さは想像するに余りある。もしこれが茄 原の言うとおり、作為的なものだとしたら・・・。 シャンデリアを見ているうちに、急に有紀は背筋が寒くなった。大きなシャ ンデリアを落として誰かに危害を加えるという行為の裏側に、強烈な怨念のよ うなものを感じるのだ。 「怖い・・・」 有紀はぶるっと体を震わせた。 (以下、続きます)
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