連載 #7242の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
第三部第六章 神話の終焉 2月2日 ニューブリテン島上空 一方的な虐殺といってよい戦いだった。千切れ雲が浮かぶ青空に黒い煙の帯を曳 いて、銀色の機体が次々と落ちていく。第十一航空戦隊所属の零戦五四型だ。パイ ロットの技量が未熟なためか、稚拙で緩慢な機動の末に弾幕に飛び込むような形で 撃墜される機体があまりに多い。無論、全機が新米操縦員の機体というわけではな く、小隊長クラスから上は中支戦線以来のベテラン揃いだが、圧倒的な数の差は如 何ともし難い。この日、ポートモレスビー基地から飛来した米軍機は、陸軍機と海 兵隊機を合わせて120機。しかし、その内訳は、前日までのものとはまるで違っ ていた。今回の米軍機は、全てがF4UとP38----戦闘機ばかりで編成されてい たのだ。このため、迎撃に上がった80機余りの零戦は、この攻撃を支えきれなか った。 それでも、ラバウル〜ポートモレスビー間の航空戦が始まったばかりの頃の十一 航艦ならば、2:3の戦力比でも互角以上の戦いが可能だっただろう。しかし、現 在のラバウルには、その頃の熟練搭乗員は3分の1も生き残っていないのだ。南太 平洋の空の戦いは、この半年の間に、はっきりと消耗戦の様相を呈していた。 これは、パイロットの補充が思うに任せない日本にとっては、最悪の展開だった。 航空消耗戦では、新前は、その技量の不足から緒戦を生き残れない。普通なら滅多 なことでは落とされないベテランも、数限りない出撃と空戦を繰り返すうちに心身 ともに消耗し、殺られてしまう。結果、前線での搭乗員は急激にその数を減らし、 後方からは訓練期間を満足に終えていない新兵が駆り出されてきて、敵に新たな撃 墜マークを供給することになる。そして、このような戦いが続けば続くほど、航空 隊全体の練度は急降下していくのである。もちろん、緒戦を生き残り、激烈な連日 の出撃サイクルに耐えて、一人前に育っていく新人もいないわけではない。しかし 全体から見れば、まるで問題にならないほどの少数に過ぎなかった。 出撃時80機以上いた零戦は、すでに半数以上を撃墜され、30機余りにまで数 を減らしていた。そして、生き残った者が見たのは、南の空を真っ黒に塗り潰さん ばかりの大編隊を組んで迫る、B−17とB−24の群だった。 2月3日 深夜 夜闇を真っ赤に染め上げて、無数の艦艇が猛烈な炎に包まれていた。輸送部隊を 護衛していた筈の艦隊だ。 この日、睦月級駆逐艦8隻からなる輸送隊の護衛任務を帯びてソロモン海域に突 入した第五戦隊と第三水雷戦隊は、あと半日でガダルカナルと言うところで、巡洋 艦8隻を中核に据えたウォルデン・エインスウォース少将麾下の第46任務部隊の 待ち伏せを受け、壊滅的な損害を被ったのだ。 さらに、後続の輸送隊を8隻の米駆逐艦が襲い、2隻が沈められている。 「馬鹿な……こんな馬鹿な話があるかっ……!」 艦体各所で誘爆を起こしながら炎上する旗艦「那智」の艦橋で、輸送隊司令官の 高木武雄中将は絶叫した。命中弾を受けた夜戦艦橋は半壊し、彼の幕僚達は軒並み 戦死するか、重傷を負っている。高木自身も決して軽いとは言えない傷を負い、軍 装は爆風や破片を浴びてぼろぼろになっている。 高木は、ネズミ輸送が開始された当初から、護衛隊の司令官を務めてきた。実質 的な艦隊戦闘のキャスティングボードは、麾下の水雷戦隊を率いる田中頼三少将が 握っていたとはいえ、彼自身もまた、十数回に及ぶ作戦を通して、輸送作戦に関し ては、少なからぬ経験と実績を積み上げてきたのだ。 田中少将は、前回の作戦において、米軍の別働隊に輸送隊を襲われた件で責任を 問われて本土に召喚されており、今回は不在だった。だが、高木は、今こそ自分が 積み重ねてきた経験が生きるときだと、意欲に燃えていたのだ。左遷されたとは言 え、かつては方面支隊を任されていたほどの経歴の持ち主だ。それなりのプライド というものがあったし、ガダルカナルに孤立した一万名以上の戦友の命が、自分の 指揮と責任に懸かっていると言う強い自負もあった。 それらをいっぺんに、現実と言う不可抗の力の前に否定された高木は、目の前で 展開されている情景が信じられなかった。 戦意不足を理由に南方部隊次席指揮官の座を更迭されて以来、返り咲きを目指し て文句も言わず支援作戦に従事してきた忍従の日々は、いったいなんだったのか。 今まで俺が、血を吐く思いで屈辱に耐え、重ねてきた努力は、全くの無意味だっ たとでもいうのか。 俺は、田中頼三という片腕がいなければ、輸送隊の護衛任務すら全うできないよ うな男だったのか。 そこまで俺は無能だったのか。 高木は、動く者のいなくなった夜戦艦橋で吼えた。その絶叫は、怒りというより もはや慟哭と呼ぶべきものだった。 そしてそれが、彼がその生涯で最期に放った声となった。次の瞬間、敵旗艦 「ピッツバーグ」の放った8インチ徹甲弾が、「那智」の第三砲塔の天蓋を貫き、 前部弾薬庫を誘爆させたのだ。艦橋の真下から灼熱の火球が突き上げるように膨れ 上がり、「那智」の華奢なまでに細長い船体を中央部から真っ二つに断ち割った。 海面に屹立した乗艦の艦首を墓標として、高木はソロモンの海底に吸い込まれてい った。 そして、同時にそれは、ガダルカナルに孤立した13000名の将兵の墓標でも あったのだ。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「連載」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE