連載 #7186の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
神の存在を感じた一瞬はあったが、実在を信じたことは全くなかった。 しかしたった今、例外が生まれた。これは天の思し召しだと直感した。 殺してやりたい者どもが一所に集まり、自らも招待された。完全犯罪の妙案 がまとまり、それを可能にするための状況も申し分ない。条件は揃った。 機会を逃してはならない。この絶好機を見送ることは、片想いの相手に笑顔 で別れを告げるようなものだ。あとで悔恨の海に溺れたくなければ、やるしか ない。何をためらう必要があろう。 現時点で唯一の歯止めとなっている倫理道徳観さえ消し去ることができれば、 その刹那、一気に走り出す。 やるしかない。郷野弘幸は決意を固めた。奴らに命をもって償わせる。 奴ら――千葉良香、瀬戸山菊子、そして竜崎京太郎。この三人の非道な行い によって、郷野は恋人を失った。自殺だった。 (友美。友美のために奴らを殺す。応援してくれ) もしも郷野の決意を知った第三者がいれば、多くは止めようとするだろう。 たとえば、「そんなことをしても恋人は生き返らない」「君が犯罪者になって、 恋人が喜ぶとでも思っているのか」等と尤もらしい言葉をかけ、思い止まらせ ようとするに違いない。 しかし、郷野の決意は揺らぎはしない。彼は、恋人の内村友美自身から復讐 を頼まれたのだから。 内村が郷野だけに密かに宛てた自筆の遺書には、彼女が死を選ぶまでの経緯 が、乱れた文章で、しかし事細かに記されていた。 内村友美と千葉良香はQ音大付属高校の器楽科の優秀な生徒で、バイオリン 奏者として競っていた。千葉は父親が医者、母が医療機器メーカーの社長とい う裕福な家庭に育ち、学校に多額の寄付をしている。対する内村は極普通の家 庭に育ち、推薦枠で入学してきた奨学生。そういった違いはあっても、二人の 実力は甲乙付け難く、ともに高いレベルにあるというのが客観的評価だった。 が、敢えて軍配を揚げるとしたら、ある一点を持って内村を勝者とする。彼 女の方が一歳若かったのだ。この年齢差故に内村の方がより才能を有しており、 伸びる可能性を秘めていると見られた。学内発表会での順位は常に内村がトッ プ、千葉は二位に甘んじ、各種式典における栄誉あるソリストの座にも、内村 の入学以来、千葉は一度も就いていない。外部コンクールへの代表についても 同様で、内村ばかり選出された。 Q音大付属高校では毎年九月頭に、三年生を対象とした特別なコンクールが 学内で開かれる。海外留学の枠を巡る競争の場だ。各科ここで勝利した者一名 のみに、チャンスが与えられるシステムになっている。 本年器楽科バイオリン専攻の最有力候補は千葉良香――衆目の一致するとこ ろであった。しかし、これを覆す事態が起きる。今年度から正式に認められた 飛び級制度の適用第一号に、内村友美が選ばれたのだ。 状況は一変した。二番手扱いとなった千葉だが、是が非でも内村を上回らね ばならない。己の力を高めるには、練習を積み重ねるのみ。しかし、内村との 差はわずかであっても、それをひっくり返すには時間が足りない。仮に時間が あったとしても、確実に優る保証はない。相手も日々上達するのだから。 千葉は父親に訴えた。寄付の件をちらつかせて、学校側にそれとなくアピー ルしてくれと。そして父親が実際に行動を起こすも、学校側ははねつけた。寄 付を当てにする部分は確かにあるが、それとこれとは話が別。実力主義を掲げ る学校側は、名前こそ伏せていたものの、寄付を駆け引きの道具に使うべから ずという旨を公示した。千葉に実質的な罰が下されることはなかったが、印象 を悪くしたのは動かしようのない事実。 窮地に陥った(と自分自身で思い込んだ)彼女は、内村に直接ダメージを与 える策を採った。じかに怪我を負わせる等しては、疑惑の眼差しを集めてしま うのは火を見るよりも明らか。千葉は直接的にして精神的な方法を実行した。 (知り合いの男に友美を強姦させるなんて……そんなこと、よくも考え付くよ な? 考え付くだけでなく、実際にやれるものなのか? それでも同じ女か?) 千葉は親友の瀬戸山に協力を頼み、瀬戸山から男友達の竜崎へと話が持ち込 まれたらしい。竜崎も同じ高校の生徒だが、授業には関心が薄く、親のために 仕方なしに通っている向きがあった。本人はバンド活動に精を出している。 コンクールを間近に控えたある日、いつものように自主練習で遅くなった下 校途上で、内村は襲われた。千葉のやり方は効果を上げた。内村は翌日から学 校を休み続け、コンクールを欠場した。そして、五日目の朝。両親からいわゆ る純潔教育を仕込まれていた内村は、手首を切って自殺した。親に宛てた遺書 では、才能に限界を感じたためとあった。内村は郷野以外にはレイプのことを 隠し通して死んだ。 千葉とて、死に追いやるつもりはさらさらなかったはず。思わぬ成り行きに、 内心慌てたかもしれない。だが、彼女らは頬被りを決め込んだ。所詮、加害者 側から見れば、「済んでしまったことは仕方がない」のである。 内村がその遺書の中で、竜崎の仕業だとした根拠は、推測の積み重ねだった。 まず、襲われた際に聞いた犯人の声が、竜崎のものに酷似している。竜崎自身 はマスクをするなりストッキングを被るなりして、顔や声をごまかしたつもり かもしれないが、内村の聴き分け能力は秀でていた。郷野は信じた。 次に、犯人の頬に着けた引っ掻き傷。左右どちらだったのか内村は覚えてい なかったが、事件後の竜崎の左頬には手当ての痕があった。 このように、レイプ犯が竜崎であるとする理由については、まだ材料がなく はない。が、その裏で千葉が糸を引いていることを示す物は、物的証拠も情況 証拠も見当たらない。内村は直感だけで千葉や瀬戸山の名を挙げていた。 亡き恋人の言葉を信じ、郷野は調べた。復讐すべき相手の全容を把握するた めに。自ら行動することはなるべく避け、極親しい友人の協力を得て、調査を 続けること、およそ二ヶ月間。その結果、確信を抱くに至ったのである。 竜崎の怪我の治療は、彼の家の最寄りの病院ではなく、千葉の父が勤める病 院までわざわざ足を伸ばして行われていた。疑惑が膨らんだ。 「昨日はすっげー、発散したぜ。学校終わって速攻、千葉の家に行って、千葉 や瀬戸山と騒ぎ明かした」――竜崎は事件の翌日、学校で、皆に聞こえる大声 でこんなことを吹聴していた。千葉と瀬戸山もこの話の内容を認めている。こ れは、内村がレイプされた件が明らかにならない段階から、自分達のアリバイ を主張したものと受け取れなくない。 以前は全くと言っていいほどつながりのなかった千葉と竜崎が、事件後、急 速に親しくなったのも気に掛かる。仮に、病院での怪我の治療の際に言葉を交 わしたとしても、あそこまで一気に親密になるものだろうか。 そして郷野が掴んだ決定的な話。竜崎のバンド仲間から聞き出したその内容 は、「だべりの最中、竜崎が不意に『医者目指してりゃよかったかも』と言い 始めたので訳を尋ねたら、千葉良香のことを持ち出し、『俺は千葉と一心同体 みたいなものさ。互いに秘密を握ってるんだ、離れられやしない』と答えた」 というもの。これだけで、千葉から竜崎へ内村強姦依頼があったと疑わせるに 充分だった。少なくとも郷野にとっては。 千葉の別荘を訪れた者は一様に、素晴らしい環境ですねと口を揃えて賞賛す る。高原に建つその洋館は、各種楽器の保管目的もあって気密性が高く、冬で も快適に過ごせる。演奏のためのちょっとしたホールを備え、練習に打ち込ん だり、限られた聴衆を相手に腕前を披露したりもできる。 「ようこそ、先輩。“世界の郷野”にお越しいただけるなんて、この上ない光 栄であり、名誉ですわ」 別荘に到着した郷野を、千葉良香が出迎えた。肩まである髪をなびかせ、先 導していく。黒のセーターにクリーム色のジーンズに身を包みつつも、女らし さをアピールするかのような身体。何もかも内村友美とは反対だと郷野は思っ た。千葉に高慢さを感じてしまうのは、郷野の個人的感情故だろうか。 「こちらこそ。お招きを感謝しています」 郷野は笑顔で応じた。感謝しているのは、嘘偽りのない本心であるから、笑 うのにそう苦労しない。 「ぜひ、弾いてくださいね。お願いします」 郷野を別荘の奥へ案内しながら、千葉は科を作る風にして頼んできた。 「ええ。折を見て」 「よかった! 楽しみですわ。ああ、聴いて自信をなくしてしまわないか、不 安なんですけれど、それ以上の期待で胸が高鳴ります」 世界的バイオリニストとして名をなす郷野と自分の腕前を比べることそのも のが失礼であるという意識は、千葉の頭には微塵もないらしい。 郷野は分からぬ程度に鼻を鳴らし、調子を合わせることにした。怒りをさら に溜め込むのも悪くない。 「良香君のバイオリンは素晴らしいと、噂に聞きましたよ。後輩にそのような 人が出て来てくれて、頼もしく思います。私の何年後輩に当たるのかな?」 「九年だったと思います。私、郷野先輩に憧れて、Q音大附属を目指し、そし て入学したんですのよ」 空々しいことを――。郷野の怒りの器は、早くも表面張力を起こした液面が 溢れそうになっていた。冷静になろうと、ため息をつく。 「こちらです」 立派なゲストルームだった。重厚なドアを見ただけで、充分に伝わってくる。 バイオリニストとして名を馳せる郷野と言えども、自身が所属する楽団を運営 していくための資金調達に苦労している昨今だ。千葉家の裕福さが窺い知れた。 「ごゆっくり、くつろいでいてください。母が参りましたら、お呼びさせてい ただきますわ。他の客様のご紹介もそのときに。それから、何かご入用の物が あれば、いつでも言ってください」 「ありがとう」 低い声で礼を述べ、郷野はドアをぴたりと閉じた。即座に施錠する。 手袋を慎重に外したあと、演奏家の命である手をゆっくりとさする。さすが に室温は適温にコントロールされていた。雪の積もった外の寒さを思うと、別 荘の中は楽園であるとさえ感じられる。 荷物を解き、人心地ついたところで、郷野はリストに目を通した。事前に送 られてきた、このクリスマスパーティのホスト及び招待者の名簿だ。招待客は 全員が一泊する予定となっている。 千葉良香の友人として、瀬戸山と竜崎の名も当然ある。良香と一緒に来る様 子だったから、郷野より先に着いているはずだ。 他の招待客については、知らない顔がほとんどである。一人、佐藤というQ 音大附属の教師が含まれているのだが、郷野の記憶にない名前だ。忘れている のか、今回が初対面なのか、分からない。 それよりも、郷野にとって問題なのは、千葉家の人間だった。良香の母親が 来る予定になっている他、名簿には載っていないが、良香の世話役で別荘での 雑用全てをこなす男も来ているらしい。また、良香の母親にも秘書だの何だの が引っ付いてくる恐れがある。 ホスト側の人間が多いほど、郷野にとって動きにくくなるであろう。 郷野は窓に目をやった。一時やんでいた雪が、またちらほら落ちてきた。 (神よ。友美よ。私を後押ししてくれるのであれば、吹雪で、邪魔者を来られ なくしてくれたまえ) そんなことを願わずにいられない。 だが、招待客らは雪の中を次から次に到着しているようだった。車の音や人 声が、厚い壁を通して聞こえてくる。 (運に頼るだけではいけないな。よろしい。今夜が勝負) 真夜中、皆が寝付くのを待って、郷野は計画を実行に移すつもりでいる。郷 野には、三人に恐怖を与え、じわじわ苦しめてから殺そうという考えは、全く なかった。一人ずつ殺害しようとして、途中で挫折し、殺し損なうなんて愚か だ。可能であれば、一晩の内に全員を殺したってかまわない。 ただ、実際となると、郷野自身の精神状態が保たなくなる危険性があり得た。 一人目を殺してみないことには、自信が持てない。とにかく夜の内に、最低で も一人殺さなければいけない。明日の夕刻、この別荘を離れるまでに三人を殺 すには、それがノルマ。 (少しでも睡眠を取っておくのがよかろう) ベッドがあったが、そちらには足を向けず、郷野は大きなソファに横になっ た。額に片腕を乗せ、目を固く閉じる。努力せずとも眠れると思っていたのだ が、神経が高ぶっているのか、うまく行かないようだった。 お気に入りのメロディを、脳内で奏でてみる。眠れないときはいつもこうす る。今度も効果があったようだ。五分と経たない内に眠気を催してきた。 郷野は、乱暴なノックの音に目を覚ました。ソファの上で身体を起こし、部 屋の中をにらむように眺め回してから立ち上がる。 「郷野様、起きてください!」 知らない男の声が、ドアの向こうでわめいている。ひょっとしたら、雑用係 の人間かもしれない。「様」付けをしているのだから、きっとそうに違いない、 等と考えながら返事した。 「今開ける。騒ぐのをやめて、落ち着きなさい」 鍵を解くと、間髪入れず、ドアは廊下にいる男によって開けられた。中年紳 士といった風情の、スマートな男だ。髪に白い物が混じっているが、声には張 りがある。動作にもきびきびとした雰囲気が漂っていた。 「何ごとだね」 「非礼はお詫びします。私は、皆様のお世話をさせていただきます、松倉信吾 と申します。非常事態が起こりましたので、まず皆様の安全を確認の上、お知 らせしようとこうして回っている次第です。いくらお呼びしても郷野様からの 返事がなく、ノックを」 「分かった。それよりも、何が起きたというんだろう? 教えてくれないか」 瞼をもみながら、落ち着いた口調で聞いた郷野。どうせつまらないことだろ うと、たかを括っていた。 「実は、お嬢様が」 言い淀む松倉。 「お嬢様とは、千葉良香君のことかね」 「はい……良香お嬢様が亡くなっていたのを、先ほど、私が見つけまして……」 松倉の歯切れが悪いのは、動揺しているために違いない。 郷野もまた、動揺を覚えた。 (千葉良香が、死んだ?) 表情を凍らせた郷野へ、追い打ちを掛ける言葉が松倉によって告げられる。 「申し上げにくいのですが……何者かに殺されたようなのです」 廊下の窓の向こうは、いつの間にか猛吹雪になっていた。 ――続く
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