連載 #7025の修正
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政府自民党は、卒業式における国旗掲揚と国歌斉唱を守らない学校があるため これを徹底させるために国旗と国歌を定める法律を作ろうとしている。 しかし、政府は 「学校での指導は日本国民として国旗・国歌に正しい認識と尊重する態度を育て ることが重要との認識から行われており、児童・生徒の内心にまで立ち至って 強制する趣旨ではない」(野中官房長官) と言っているが、国旗・国歌を尊重せよとは、つまり国家を敬愛せよと言ってい るのと同じである。 「国を愛し、自分を犠牲にしてでも国のために働け」と言っているのと同じである。 では、「国家のため」とは何を意味するのか。 国家とは誰のことか。天皇のことか、総理大臣のことか、偉い役人のことか、 いや、平等の民主国家ではこういうことはない。 では、国家とは誰のことか。高額所得階層のことか、中所得階層のことか、 それとも大多数を占める低所得階層の一般国民のことか。 いや、このどれでもないはずだ。これは定義できないのだ。 大事なことは何かという価値観は 人それぞれの考え方で決めることだからだ。 従って、定義できないこと、定義してはいけないことを 「敬愛せよ」と国家が命令すること自体が誤りだということだ。 先の戦争は「神風特攻隊」で象徴されるように 日本は正義であると信じ込まされ「天皇のためお国のため」と 潔く命を捨てることこそ最高の善だと洗脳され起こされた過ちだった。 全体主義・軍国主義が侵した過ちだった。 今回の教育委員会の職務命令もこれと同じことに繋がる危険な兆候だ。 「児童・生徒の内心にまで立ち至って強制するものではない」は意味をなさない。 定義できないものを強制しているからだ。 また内心に立ち至らなければ強制したことにならないという考え方も誤りである。 何故なら強制とは嫌がる相手に無理やりやらせることであり 内心に立ち至らない強制などないからだ。 国家とは何かは定義できない。 望ましい国家像も定義できない。 国民それぞれが決めることだからだ。 そんな無意味な国旗・国歌法を作るより 民意が正しく反映される選挙制度を作ることが先決だ。 これこそ真の「国家(国民)のため」だからだ。 ヨウジ P.S.国(権力者)が国家観を作るのではなく国民が作るのだということを 忘れるな。全体主義ではなく民主主義だ。忘れるな! 経済成長一辺倒政策(例.赤字が増え役に立たない公共事業)よりも 自然環境の方が大事だと考える国民もいる。そんなことをする国(権力 者)をどうして敬愛するでしょうか。だから国旗掲揚・国歌斉唱は意味 をなさない。
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