連載 #6743の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
/// 「ごめんね…梁子」 「たくっ。ケツに乗せてやって、メットで頭突きされたのは初めてだよ。二度とア ンタは乗せてやらないからねっ」 あたしが返したヘルメットをかぶりながら梁子がクドクド言う。 こっちだってあんな恐い目に合うのはもうこりごりよ。でも、さっきはあたしが悪 かったのかもしれないから反論はしなかった。 「とにかく送ってくれてありがとね」 「ああ…。舞子、誰も文句言わないんだから、ビシッとキメるんだよっ」 「う、うん。平気よ…」 平気だって言ってるのに、また梁子が心配そうな顔をした。そして服の中から何か を取り出してあたしに放り投げてきた。 薄暗い中でそれは外灯の光りを帯びてキラリと光った。 慌てて光りを両手で受け取ってみると、それは細かな銀のチェーンが付いたイヤリ ングだった。 「勇気の出るお守りだよっ」 「えっ? お守りって…」 その先を聞こうとしたあたしの声をオートバイのアクセルでかき消した梁子は、 「明日、バックレたら(逃げたら)、承知しないからねっ!」 と言い捨てて、そのまま赤いテールランプを残して、路地の向こうに走り去って行っ てしまった。 オートバイの爆音が遠くの騒音に溶けこんで聞こえなくなってしまうと、急速に胸 の湖面に、心細さが波紋となって広がっていった。 山の中に捨てられた子犬もきっとこんな気分なんだろうな。 でも子犬はまだいい。どんなに寂しくてもどろんこになってオナカが空いても、い つかは山里に降りて助かる事も出来るだろうから。 それに比べて、これからあたしの向かう先は、恐ろしい山姥の巣なのだ。 玄関の前に立ったあたしは、震える心でそっと耳をそばだてて中の様子を伺ってみ た。すると、不気味な沈黙が背筋に冷水を滑り落としてきた。 あたしは気を取り直してからもう一度息をひそめて右耳だけに神経を集中させてみ た。今度はホコリの落ちる音すらも逃さないつもりだった。 と、突然家の中で、けたたましく電話のベルが鳴り響き、あたしのか細い心臓をつ ん裂いた。ベルの音に合わせて氷粒がコロコロと体内を駆け下る。 鳴ったのはほんの数回だったかもしれないけど、すごく長かったように感じ、止ま った時には、あたしは頭から水でもかぶったようにびしょ濡れになっていた。 ヘナヘナとその場にしゃがみこむあたし。……しばらく立てなかった。 …にしても、ママが電話にでた様子がないのはおかしい。 もしやと思い、ドアノブを捻ってみると、やはり鍵が掛かっていた。 あたしは自分の鍵で恐る恐る中に入り、ママ達が留守であることを初めて知った。 誰も居ないのなら話は別だ。梁子のお守りのせいではないだろうが、さっきまでの 子犬は、今や逞しい野犬に成長を遂げたのだ。 ワンッ! ワンッワンッワンッ! ワオォォンッ!! 居間の座卓の上には例のごとくママからのメモがあったけど、何が書いてあるのか は察しがつくので読まずに捨てた。 それからすぐ、電話に向かう。 見ると電話機の脇に湧ちゃんからの電話の回数が”正”の字で記されたメモがあっ た。 正(5)、正、正、正正正正正、正、丁…47回……線の乱れがママの怒りを如実 に表している。留守電のランプが点滅しているところをみると、50回以上は越えて いるだろう。 あたしは躊躇なくテープを聞かずに削除して、電話線をジャックから引き抜き、不 安の源を完全に断ち切った。 例え今をやり過ごしても、状況が先にずれ込むだけで何の変化もない事は百も承知 だが、心のどこかでは、明日になれば何もかも丸く収まっているんじゃないかという 自己中な期待を抱いていた。 一端そう思ってしまったら、その期待はどんどん現実味をまして膨らんでいき、い つの間にか、逃げる事を正当化してしまっていた。 それが、0.00000……1%程の確率だとしても、あえてあたしはそれに賭け たいと思う。 「そんなバカな事ある筈ないじゃないかっ」とか、「しっかりしなさいっ」とか、 「だらしないっ」「情けないっ」などという誹謗中傷を受けても、湧ちゃんからの電 話にでなくていいのなら、正々堂々とその苦言を浴びようではないか。 はいっ! こんな話しはもうおしまいっ!! あたしは、つかの間の安息を満喫しようと、夕食代わりのリンゴを丸かじりしなが ら、寝ころんでテレビを見ていた。 でも…画面に、ファンクラブにも入っている大好きなバンドが出ているっていうの に、全然つまらなかった。別にバンドが悪い訳じゃない。今日は、毎週かかさずに見 ているドラマでさえ見る気が起きないのだ。 「お風呂入って寝よっと…」 梁子ん宅で入ったから、軽くシャワーで汗だけ流す。 お風呂からあがると、前から一度やってみたかった、生まれたままの姿でベットに 潜り込むという冒険にでた。 別に何でも良かったのだ。このモヤモヤとした煮えきらない心を吹き飛ばす様なワ クワク感さえ得られれば。 しかしこれは失敗だった。シーツや掛け布団が悪戯っぽく肌を擽ってくるので、ど うも落ちつかないのだ。 こんな格好で寝てて、もし地震や火事になったらどうしよう……泥棒がきたらヤダ な……朝、ママがいきなり布団を引っぺがしたら何て言われるかわかりゃしない…… 寝てる間に布団がはだけちゃったら風邪ひくよね…… あたしは5分もしないうちに諦めて、いつも通りパジャマを着た。 やっぱり庶民にはこの方が落ちついて眠れそうだ……と、ようやくウトウトしだし た時、 ジリリリリンッ! ジリリリリンッ! ジリリリリンッ! ジリリリリンッ! と、突然、室内に電話のベルが雷鳴のごとく轟いた。 なっ、なんでっ!? 予期せぬ電話のベルに、あたしは口から五臓六腑が飛び出すほど驚いて跳ね起き、 有るはずのない電話機を探してベルの音をたどりながら部屋の中をさ迷った。 すると、洋服ダンスの上のダンボールの横に、3年前から使っていなかった筈の黒 い旧式の電話機が正座しているのを見つけた。 こんなマネするのは、この家であの女しかいないっ。 留守電はあたしが切てしまったから、いつまでも止まることなく鳴り響いている。 しかたなくあたしはジャックから電話線を抜くという常套手段に訴えた。 「うっ……」 ところが、ジャックと電話線はしっかりと細い針金で抜けないようにぐるぐる巻き にされていたのだ。 脳裏に勝ち誇ったようなママの顔が憎々しく浮かんで消える。 電話は長い間切れることなく鳴り続け、相手が湧ちゃんであることは明白だった。 ど、どうしよう… 混乱しているうちに電話は一端切れたが、1分もたたないうちにまた掛かってきて しまった。 とりあえずあたしは電話機をバスタオルにくるんで、カバンの中に入れてチャック を閉めた。これでかなり音は小さくなった。 でも、一晩中こんな事が続いたら身がもたない……だいいち、ママ達が帰ってきた らアウトだ。 追いつめられたあたしは、ワラをも掴む思いで梁子に貰ったイヤリングを耳に付け て。意味不明な呪文を連呼した。 するとどうだろう‥‥あれほどしつこく鳴り響いていた電話が、プツリと切れたの だ。 あたしは驚嘆して、そっと耳のイヤリングに指を添えてみた。 イヤリングは、銀の細かい3連チェーンが付いていて、チャリチャリと付けた耳に だけにその音が聞こえる何の変哲もないものだったが、あたしには魔法のイヤリング に思えた。 しかしこの世に、そんな都合のよい魔法グッズなどあるはずもなく、10分足らず でまた、電話が掛かってくる結果となった。 あたしは布団の中に潜り込んで、イヤリングをさすりながら早く電話が切れる事 だけを願って丸まっていた。もし、これが本当の魔法のアイテムなら、あたしのささ やかな願いを叶えてくれる筈だ。 カチャン‥‥ 家の外から聞こえた乾いた金属音と、聞き覚えのある二人の声に、あたしの願いは 無惨に踏みにじられた。 こうなったら覚悟を決めるしかない。あたしは頭の中で回転していたルーレットを 自らの意志で止め、カバンの中からバスタオルに包んだ厄介者を救い出し、鈍く光る 黒い受話器に手をかけて静止した。 電話機は、”お電話ですよぉぉぉっ”と言わんばかりに張り切って、ベルをかき鳴 らしている。 全く融通の効かないヤツだ。ご主人様が出たくないんだから、少しは気を効かせて 欲しいものだ。それとも、3年間ホコリを友にさせられて物置に押し込まれていた恨 みをはらしているのだろうか…… 階下で玄関の鍵が開く音を合図に、チンッ…と電話機に笑われながら受話器を持ち 上げた。 『ヤッPPPPッ! 舞チュワンのママでしゅよぉぉぉっ!! これから帰りまし ゅぅぅぅって電話しおぉぉとしたのにぃぃぃ、なかなか出ないからぁ、家に着い ちゃったわよょょぅん!』 「……」 受話器と階下から、酔っぱらいの奇声と、それを世話する気の毒なパパの声がシン クロして聞こえている。 電話を切って、汗を拭うあたし。 その汗を拭ききらないうちにまたしても電話が鳴り出した。 また…ママ? ううん、今度こそ湧ちゃんからかもしれない。 チンッ… 受話器の向こうから車の音や街の雑踏が聞こえ、すぐにそこが賑やかな街中だと分 かると、あたしの心臓は数秒止まった。 『あっ! あ、あの…月島(つきしま)ですけど…度々すみません……徳川せんぱ い…いますか?』 受話器から聞こえてきた鼻息混じりの弱々しい声に、胸がしめつけられ、ノドがつ まり、口唇が震えて、すぐに言葉が出ない。 『あの…せんぱい…? 舞子せんぱいですか!?』 相手があたしだと気付いたのか、にわかに湧ちゃんの声が弾みだす。 あたしは、湧ちゃんが未だに待ち合わせ場所だった映画館の前にいるらしい事に、 自分のしている事の醜悪さを改めて思い知らされた。 受話器を持つ手が震え、前髪が額にへばりつき、腋の下からツツゥーと冷汗が 流れ落ちる。 『せんぱいっ、せんぱいっ、せんぱいですよねぇぇぇっ!?』 あたしは、大きく深呼吸すると、反対側の耳に受話器をあて直した。 その時チャリン‥とイヤリングが音をたて、それがあたしの気力を奮い立たせた。 「どうしたの?」 その声は以外なほど冷静で、落ちついたものだった。 『えっ…!?』 いま聞いた言葉を疑うような湧ちゃんの声がして、しゃがれてくごもった声に変わ る。 『……せ、せんぱい…映画……きょう…一緒に…見るって…』 「ん、そうだったっけ?」 あたしは両手で受話器を持ち直すと、震えそうになる声を押し詰めて、何も考えず に口だけを機械的に動かした。 黙ってしまった湧ちゃんの姿が、ハッキリ瞼に浮かびあがる。 いまの二人に全く関衝しない筈の街音や人声、流れるエンジン音やクラクションが 理不尽なあたしを責めたてている様でやりきれない。 「何か用なの? ねぇ、切るよ」 切ろうとした指が、無理して出したであろう湧ちゃんの明るい声に掴まれた。 『ま、まって下さい! せんぱいヒドイですぅぅぅ。きょう一緒に映画見る約束し てたんですよぉぉぉぉぉ。あ、でも大丈夫でぇぇぇすぅ! まだ10時からの最 終の回に間に合いますからぁぁぁ! 急いで来てくださぁぁぁいっ!』 その爛漫な声が、あたしのノドに塞き止められていたものを一気に爆発させた。 「ばかっ! そんなの見てたら終わるの何時になると思ってるのっ! もういい加 減にしてよっ、非常識っ!!!」 その怒鳴りが湧ちゃんから跳ね返ってくる前に、あたしは電話を切った。 それからいくら経っても、もう電話は鳴らなかった。 ‥‥あたしは電話の前にまだ座っている。 鼻がツンとして目頭が熱かった。 次から次へと涙が滑り落ちてきた。 ノドがつまって声がかすれていた。 階下のチャカポコを遠くに聞いていた。 ずっと、 再びベルが鳴る時を待っていた。 ‥‥‥そして静寂だけが残った。 梁子‥‥作戦‥‥完了したよ‥‥ −−第7章 おしまい! 第8章 に、つづく…−−
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