連載 #6742の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ぶごっ☆ やっ、やだぁぁぁっ! 何よこれぇぇぇっ!?」 慌ててフタを抑えても、泡は指の隙間からシュワシュワと飛び出してくる。 「舞子、ビールってのは顔面で飲むもんじゃないよ」 顔と服をビチョビチョに濡らして利かん坊のような泡にパニくっていると、笑いを 含んだ声と共に、タイミングよくタオルが頭に放られてきた。 中身の半分ほどを吐き出して、ようやく缶は泣き止んだ。 こ、こんな事ってっ。いくらあたしがお酒に疎いからって、ビールがおちょくる筈 ないわっ。これは、きっと梁子が前もって振っておいたに違いないっ。 「梁、梁子っ。もうっ、酷いじゃないっ!」 「アハハハハッ、アタシの一日つぶしたんだから、それくらい我慢しなってっ」 うっ…それを言われると強く怒れない。 で、でもっ、子供じゃあるまいし、冗談が過ぎるわよっ。 おかげであたしは、そのままお風呂に入るハメになった。 こじんまりとした浴室には、梁子から感じた、いい香りが充満していた。 鏡の下の棚には、スーパーの特売でまとめ買いしたウチのなんかとは違う、豪奢な 入れ物に入ったシャンプー達が、華麗にズラリと並んでいる。 こんな高そうな物、あたしなんかが使って良いのだろうか‥‥とも思ったけど、梁 子が悪いんだからと、たっぷり使ってやった。 実は思ったよりビールの臭いがきつくて、それだけ使わなくちゃならなかったのが 真相なんだけどね。 頭と身体を洗って、トドメに洗顔フォームも失敬してからあがった。 着ていた服は梁子が洗濯してくれると言うので代わりに用意してくれた服を着る。 ま、当然よね。彼女が悪いんだから。 …にしても、どうしてあんな事したのかなぁ? 絨毯汚してまでする事じゃないの に……バカみたい。 うっ‥‥なっ、なんでよぅぅぅっ。ジーパンの丈は長いのに、どうしてウエストが 小さいのよぉぉぉ!? 「さっきピザ食べたばっかだもん。だからオナカがきついんだよ」 と、この場は自分を納得させる。 浴室から部屋に戻ると、梁子がせわしく出かける身支度をしていた。 「どうだい、ちょっとはスッキリしたかい?」 フンッだ。確かにスッキリしたけど、誰のせいだと思ってるのよっ。 あれ‥‥でもホント、なんか気分がいいや。普段使えない高価なシャンブーを使え たのもあるけど‥‥そうか、怒って大声で怒鳴ったからかもしれない。それで胸のモ ヤモヤが吹き飛んじゃったんだ。それじゃ、梁子はワザとあたしの為に‥‥ 「今晩のバイト、7時出なんだ。どうする? なんなら鍵預けるから、もう少し時 間つぶしてくかい?」 「あ…い、いいよ。あたし帰るから」 鼻の奥がツンとして目頭が熱くなり、これ以上優しくされると涙が出ちゃいそうだ った。 「ホントに平気かい? 実はさぁ、舞子が寝てる時に、アンタん宅から電話があっ たんだよ。湧から何度も電話が入ってるんだってさ」 それを聞いて足元が揺らいだ。 「大、大丈夫…よ」 そう言ったのに、目の前の梁子の顔がどんどん不安に歪んでいく。 突然、梁子のしなやかな指があたしの療肩を掴んできて、そのまま促されるように 視界が横に傾けられていった。 それはあまりにも自然で、振り払うとか、声を出すとかいう反応は全くおきなかっ た。 背中に心地よいベットのスプリングを感じたかと思うと、腿やオナカ、胸が次々と 梁子の弾力ある肉体に繋ぎ止められていく。 そして、重なり合った気品あるシャボンの香りが一つに溶け合い、あたしの顔の横 にハラリと垂れ落ちた梁子の黒髪が、艶やかなカーテンとなって二人の甘美な世界を 閉じこめる。 や、やだ‥‥梁子ったら酔っぱらってるのかな? お酒臭いよ‥‥ 異様な状況は、さらに加速していった。 それまでブイィィィンと控え目に存在を主張していたエアコンがプツリ‥‥と黙り 込み、事も有ろうに、さっき押し止めた筈の涙が、ポロリと目尻からホッペに滑り落 ちてしまったのだ。 ど、どうしてこんな時にっ。 この涙をどう言い訳しようかとジタバタしていると、白くて優雅な梁子の指先が、 その涙を優しく救い取ってくれた。 この時の梁子の瞳には、いつもの、あの幼児をひきつけにまで陥れるような鋭い眼 光は見られず、代わりに、優しい暖かな灯火が見え隠れしていた。 「舞子…アタシのコト……好きかい?」 ドキン‥ドキン‥ドキン‥ドキン‥ドキッ‥ドキッ‥ドキッ‥ドキッ‥ドッ‥ドッ ‥ドッ‥ドッ‥ドッ‥ドッドッドッドッドッドッドドドドドドドドドドドドッ!!! こ、こらっ、あたしの心臓っ。勝手にタップダンスなんか始めるなっ! 変に誤解 されちゃうでしょぉぉぉっ!!! にしても…今まで大して意識してなかったけど、こうして改めて間近で見ると梁子 は、女優のように端整な顔立ちで美しく、引き締まって筋性のとれた姿態は、同姓の あたしから見ても十分魅力的だった。 皆から”恐い恐い”と言われるのは、その美貌が、暗闇に青白く光るナイフや刀の 刃の美しさに通じるものがあるからなのかもしれない。 梁子の身体が、さらにゆったりと押し下がってきて、胸と胸が強くひしゃげる。 「答えて‥‥アタシのコト‥‥好きかい?」 梁子は頬杖をつきながら、優雅な指先で、あたしの額や頬にへばりついている髪の 毛を、一本一本薄皮でも剥くように払いのけていく。 そして、むきタマゴのようになったあたしの顔を、悪戯っぽく指先でチョンチョン して返事を催促してくるのだからたまらない。 「ア……アハ、アハハ…ハ…ハハハハハ…好、好き…かなぁ」 カッと顔に火がつき、汗が噴き出してきて、背中がビッショリ濡れた。 チョ、チョットやばいかも…… おかしかった。 湧ちゃんに愛撫されている時は理性が腕組みして鞍坐をかいていたのに、今は何度 も、このまま赤ちゃんになって梁子に身を委ねてしまいそうになる。それほど梁子は あたしを丸ごと包み込んでくれそうな安心感と包容力を降り注いでくるのだ。 「じゃぁ、知美(ともみ)と比べたら?」 「エッ!?」 あたしはどう答えるべきか、人生で一番というほど頭を大回転させた。 梁子はどんな答えをあたしに期待しているのだろうか…… 「お、同じくらい…かなぁ」 この場合、”あたしが好きなのは、あなただけよ”が正解だと思うけど、口から出 たのはこの言葉だった。玄関のノブを掴んでフロシキをかついだ理性が、逃げ出す寸 前に、最後の気合いで声帯を震わせたのだ。 だが梁子は、予想に反してあたしの答えには憤慨せず、すぐに理性は恥ずかしそう に出戻りしてくるハメになった。ちょっと拍子抜けだな… 「じゃ、沙世(さよ)とは?」 「えっと……沙世も、梁子や知美と同じくらい…好きだよ」 不意に、腿やオナカ、むねに密着していた梁子の身体が、フワリと離れたような気 がして寂しさを感じた。身体はまだあたしの上に重なっているんだけど、沸騰してい た血液やリンパ液も、急速に冷えていく感覚もある。 そして今度は梁子の両手が、あたしの顔を左右から挟み込んできて、ホッペをムニ ュムニュと揉みしだいてきた。 「にゃ…にゃにぃすんのようぅぅ」 「ホッペタ膨らませてみな」 訳も分からないまま言われた通りにプクリと膨らませると、梁子の人差し指が左右 同時にそれを突っついてきた。 プパッ‥ ひょっとして、あたし‥‥玩ばれてる‥のかな? 「アンタ、破裂しちまうよ」 「ほぇ…?」 あたしの身体に温もりを残して、スッ‥と立ち上がった梁子は、顔半分に垂れ落ち た黒髪を思いきり掻き上げて、短くため息を漏らした。 「見てらんないんだよ。ほっとくと、いつ爆発しちまうかなってさ」 な、なに言ってるのかな‥‥? 「アタシも知美や沙世は好きさ。でも、アンタほどじゃないな。好きってよりも嫌 いじゃないって感じかな」 「っ!?」 意外なセリフに、あたしは反射的に半身を起こして梁子を見上げた。 「うそ…だってあたし達4人って”心の友”じゃなかったのっ?」 梁子はわずかに片頬をひずませて形の良い眉毛の角度を微妙に変えた。 「あの二人とアタシは舞子が思ってるほど仲よかないよ。アイツラだって、アンタ がアタシと仲良くしてっから、何となく付き合ってるだけさ」 「そんなことないよっ!」 なぜそんな事を梁子が言い出したのかは知らないけど、ちょっぴり哀しくなった。 「そんなツラ(顔)すんなって。これは当たり前の事なんだからさ」 梁子は、ベットの前にテーブルを寄せると、腰を降ろして話しを続けた。 「これは人の請売りなんだけどね……人間の心ってのは風船みたいなもんなんだっ てさ。こいつは柔なくせに、ストレスの原因、つまりストレッサーの影響で簡単 に膨らんだりしぼんだりしちまうんだ。だから普通は皆、運動したり趣味を楽し んだり、泣いたり笑ったりしてうまくストレス発散して風船が破れちまわないよ うに調節してるんだよ。アタシみたいに人の好き嫌いに大小つけんのもその類さ 。でも、うまく発散出来ないヤツもいる」 あたしはビクンッとして思わず両手で胸を押さえた。 「どうやら自分でも分かってるみたいだね。それじゃ、今ストレスの原因になって るモンも分かってんだろ?」 言われてすぐ、頭の顕微鏡の中に、栗色の髪をした愛くるしい顔の細菌群がキャピ キャピと騒めき立った。 「…湧ちゃんのこと?」 「そうさ。アイツは今、アンタのどでかいストレッサーになってるんだよ。そうと も知らずにヤツは、目一杯アンタの風船に空気を吹き込んでくる。風船がパンパ ンになってんのにも気付かずにね。こうゆう関係が一番やっかいなんだ。相手の 風船の具合に気付かない方も悪いし、自分で空気を抜けない方も悪い…でも、ど っちも悪気はないんだよね……」 あたしは胸の中の縺れていた糸が解かれる感覚を梁子の言葉に感じた。 そして糸を解いた後の彼女の動向を見極めようと、ジィィィ‥‥と哀願の眼差しで 見つめていた。 「何だよ、その眼は。アンタのやらなきゃなんない事はもう分かってんだろ!?」 ブンブン首を振るあたし。 梁子が眉毛をビクンとさせて眼をつり上げる。 「舞子の口から湧に引導を渡すんじゃないか…きのう電話で言っといただろっ」 「で、でも……まだ他に何か…いい方法があるかも…」 「舞子っ!」 梁子の声が、鋭い針となってプスッと、あたしの体に突き刺さる。 「ご、ごめん…分からないの…どうしたらいいのか……確かに今、あたしの風船は パンパンになってる。このままだと破裂しちゃうかもしれない。でも、この前、 湧ちゃんと離れた時、多分、あたしの風船…しぼんでた。きっと今度も、しぼん じゃうよ…そしたら、そしたらまた同じじゃないっ!?」 どんっ! どてんっ、ギシッ…ごろんごろん、ボコッ☆ 立ち上がって梁子に詰め寄った途端、あっさり押し返されてそのままベットに転が って頭から壁に激突した。 「痛ぁぁぁぃっ。なにすんのよぅぅぅっ! うわぁぁぁぁぁんっ、痛いっ痛いっ痛 いよぅっ!!」 「呆れた女だね徳川舞子!! 映画すっぽかしてココに来たのは、別れるって決心 したからじゃなくて、アタシに、何とかしろって言いに来たって事だったのかい !? まさか自分の事も決められないほどアンタが腐っちまってたとは知らなか ったよ! でも残念だったねっ、梁子さんはアンタの尻拭き係じゃないんだよ! わかったら、とっとと消え失せなっ!!」 ものすごい剣幕で乱暴に外へ引きずり出そうとする梁子の腕を掻い潜ってベットに 舞い戻り、泣き崩れるあたし。 ひぃぃぃっ、痛い痛い恐い恐いよぅぅぅ、梁子が本気で怒ってるよぉぉぉ……! ヒック、ヒック、ヒック…ヒック…ヒック……グスン 顔をベチョベチョにしながらベットに突っ伏して泣いていると、梁子が傍らに座っ てきて、背中をポンポン叩いてきた。 「……ココに来たって事は、数ミリでも湧と別れた方がいいと思ってる証拠だよ。 アタシもその方がいいと思うな。大丈夫。湧が出てくる前は、元気で明るいちょ っぴりドジな舞子だったじゃないか。もし、アンタの風船がしぼみっぱなしだっ たら、そんときゃアタシが湧の代わりに空気入れてやるよ…だから勇気だしな」 梁…梁子ぉぉぉ……… /// 数分後‥‥あたしは頭の中が真っ白になって、無我夢中で梁子に抱きついていた。 梁子のテクニックは、さすが中学の頃から経験豊富なだけあって、すごくうまくて 身も心もすっかり彼女に預ける事が出来た。 でも、初めてのあたしにはちょっと激しすぎて、気がつくと自分でも驚くほどの大 きな悲鳴をあげていた。 無防備に身体を揺さぶられる恐怖と、お尻の痛みをしきりに梁子へ訴えるんだけど あたしの声は彼女の耳には届かなかった。 だから、だから強く彼女の細い腰にしがみついて、ヘルメットで思いきり彼女の後 頭部をガンガン打ちつけてみたの。 「イタッ、うわっ!!」 「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」 三度目の頭突きを喰らわせた途端、急にオートバイがバランスを崩して大きく蛇行 した。 けど、幸い後続車が走っていなかったのと、梁子が必死に体勢を取り直したから、 あたし達は九死に一生を得る事が出来た。 やっぱりオートバイって危険なんだなぁ。
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