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★内容(1行全角40字未満、500行まで)
第5章 作戦開始! 月曜日の朝、いよいよ今日、あたしの一生を懸けた作戦が始まる。 いや、正確には昨日から作戦は始動していた。 昨日の夜は、ずっと留守番電話にしておいて、湧(ゆう)ちゃんと話をしないよう にしていたのだ。 ママには散々文句言われたけど、1時間ほど泣きじゃくりながら懇願していたら、 快く黙認してくれた。ちょっと呆れ顔してたけど…… /// サラリーマンやOL、学生達でごった返していた朝のラッシュ電車も、学校の駅に 近づくにつれだんだん空きだし、ウチの学校の制服を着た女生徒達の姿が多く目立ち だしてくる。 それに伴って、どんどん心拍数があがっていくのがハッキリわかった。 特に小柄で茶髪の子と、ちらほらと聞こえてくる『せんぱい』という”キャン☆” な声には、敏感に心臓が飛び跳ねた。 /// 急性神経衰弱に蝕まれながらも、通学途中は何事もなく、なんとか学校までたどり 着くことが出来た。 …けど、暗く澱んだ空にカラスの群、それらが重たくあたしにのしかかってきて、 不吉に感じさせる。 /// 校内で唯一の安全地帯ともいえる教室で、一息ついたのもつかの間、あたしを待ち 伏せていたかのように、知美(ともみ)と沙世(さよ)が、眼をつり上げて駆け寄っ てきた。 そして二人は、無言でクンクンと鼻を鳴らしながら、前から後ろからとしつこくあ たしの身体を嗅ぎまわってから、食い入るような目つきで睨みつけてきた。 「舞子っ、あんた昨日、オフロ入ったでしょ!」 「う、うん」 「ダメじゃないっ。あんたは不潔にならなきゃいけないのよっ。わかってんの!」 「でも…」 二人が言うには、湧ちゃんが男の人を嫌いな理由として”不潔”というのがあった から、昨日からしばらくお風呂に入るなということなのだ。 でもそんなの、あたしが耐えられないわよ。 「ま、いいわ。幸いにも今日の3・4時限目はグランドでバスケだから、そこでた っぷり泥と汗にまみれてもらいましょうか」 そ…そんなぁ……… /// 今朝の知美達の予告どおり、3・4時限目の体育が終わった時には、あたし一人、 泥と汗にまみれてヘロヘロになっていた。 体中汗だくで、土埃で汚れた髪の毛と、体育着が気持ち悪く顔や肌にベタつく。全 身の節々も、金切り声をあげてガクガクと戦慄いている。そんなボロ雑巾の様なあた しを、とても同じ授業を受けたとは思えないほどシャキッとして、真新しい体育着姿 の知美と沙世が更衣室まで運んでいった。 「うんっ、だいぶ不潔感がでてきたわね。さぁ舞子っ、これからが本番よ。早く着 替えて戦闘準備を整えなさいっ!」 ぜぇぇぇぇ…ぜぇぇぇぇ……知、知美ったら……勝手な…こと…を……ぜぇぇぇ、 ぜぇぇ……… 4時限目が終わるまであと10分余りあった。その間に着替えを済ませたあたしは、 だいぶ体力を取り戻していた。これも若さよね。 「ねぇ、知美。シャンプーとは言わないから、せめて櫛で髪の毛をとかさせてよ」 「却下っ! そのバサついて薄ぎたない髪の毛がいいんじゃないの。手と顔を洗え るだけでも感謝しなさいよね。あっ、腕は洗っちゃダメッ!!」 石鹸すら使わせてもらえないまま、洗いおわってハンカチで手を拭いていると、沙 世がそのハンカチをグシャグシャに丸めてあたしのポケットに押し込めた。 「いぃい? これが最初で最後のチャンスなんだからねっ。作戦はしっかり頭には いってるわね?」 「うん…なんとか…」 「よしっ。それじゃあたし達、先回りして見守っててあげるから、しっかりやるの よ。いいわねっ」 「では、成功を祈るっ!」 二人は、えらく意気込んで、ドアの所でパコッ‥と上履きの踵を鳴らし、あたしに 敬礼して出ていった。 とにかくここまできたら、もう後戻りはできない。何しろ今後のあたしの運命がか かっているんだから!! // キィィィン‥コォォォン‥‥カァァァン‥コォォォォォン‥‥‥ 4時限目の終了…そして作戦開始のチャイムが鳴った。 あたしは、おさらいしていた知美達の書いた作戦メモをしまって、いざ、戦場に向 かって記念すべき第一歩を踏み出した。 学生食堂に向かってのびる長い廊下は、食欲旺盛な生徒達が、男女問わず我先にと 競って走り抜いていた。 食堂は、カウンターに並ぶセルフサービスになっていて、すぐに長蛇の列が廊下に までのびてしまう。当然、人気のあるランチは早く無くなってしまう訳で、あたし達 は、知らぬ間に弱肉強食を体験学習させられているのだ。 いつもなら、この仁義なき争いに参加しているところだけど、今日のあたしは作戦 遂行のため、悠然とゆったり歩いている。 これは、なかなか気持ちの良いもので、自然と胸をはってしまう。 関係ないんだろうけど、朝は混沌としていた空も、今は嘘のように晴れわたって、 あたしを応援してくれているみたいで心強かった。 −−‥チュンッ‥‥チュンチュン‥チチチチチ‥‥ピィィピィィピィィィヨ‥‥‥ ウフフ、小鳥さん達も仲良く、お散歩しているわ… 「きゃっ!?」 突然、ターゲットが、あたしの背後から奇襲をかけて抱きついてきた。 そして当たり前というべく、あたしのお腹にまわされた手がモゾモゾと上に這いあ がってきて、胸のふくらみをムニュムニュと揉みあげてくる。 間違いないっ、彼女だ! 「……せ・ん・ぱ・い」 やっとこうすることが出来たというような少女のため息まじりの声が、ブラウスの 背中にプクプクの頬をスリスリしている感触とともに聞こえてきた。 その、母性本能をくすぐるような無邪気な行動に、思わず気が緩みそうになる。 やだっ…そんなにくっつかないでよ……きっと、汗臭いんだろうなぁ…… 作戦とはいっても、やっぱりベトベトの身体と汗の臭いが恥ずかしくて、あたしは、 すぐに背中の少女を振り払った。 「せんぱい、どうもごぶさたしてました」 「あ、うん」 丁寧にペコリとした湧ちゃんにつられるように、あたしも頭を下げてしまった。 「せんぱいっ、また屋上でお弁当食べましょう!」 湧ちゃんは昨日の電話の事は一言もださずに、今は、お弁当を二人で食べることだ けを強請って、ぐいぐいとあたしの腕を引っ張って階段を昇っていく。 いけないっ! このままじゃ、あたしの未来がっ…! 階段の途中で足を踏ん張って捕まれた腕を払いのけると、湧ちゃんは、キョトンと した顔で、あたしの顔を見おろしてきた。その意外なものでも見たような眼差しが、 なんとも心苦しかった。 「きょ…きょうは、第2音楽室で食べましょっ」 「えっ、でも。お天気になったから屋上のほうが……」 あたしは湧ちゃんの意見も聞かずに、サッサと階段を降りて第2音楽室に向かった。 思った通り湧ちゃんも、後から小走りについてくる。 /// お昼の第2音楽室は、窓の外のうっそうとした木々のため、ひんやりと薄暗くて、 ホコリっぽかった。とても楽しくお弁当を食べるといった雰囲気ではない。 いいのよ。楽しくなくても。 そう、ここが今から非情な戦場に変わるのだから! あたしはまず、適当な机にドッカと座ると、片足のくるぶしをもう片方の膝に乗せ、 小指で耳掃除を始めた。 湧ちゃんの嫌いな”下品” これが作戦メモにあった基本姿勢だ。うぅっ……恥ず かしいっ! チラリと見ると湧ちゃんは、大きな瞳をさらに大きくして、ビックリした顔でたた ずんでいる。これはかなり効いているようだ。 そして止めのゲップ。ノドを絞り込む様にしてオットセイみたいな声を出す。 「ゲフッ…」 湧ちゃんが固まった。 「どうしたの? とっとと喰っちまおうよ」 耳の穴をほじっていた指を引き抜いて、フゥーッと先端に息を吹きかけながら、ぶ っきらぼうに言う。 完璧だ。自分でも気分悪くなるほどの下品女だ。 さぁ、ここで湧ちゃんは涙ぐみながら飛び出していく……飛び出して…飛び…!? 湧、湧ちゃんがひ、瞳を輝かせて口元にエクボをつくって愛らしげな八重歯を覗か せている??? 「うわぁぁぁっ、せんぱいっ! ワイルドですぅぅっ! カッコイイですぅぅっ! ユウもっ、ユウもぉぉぉっ!!」 湧ちゃんはそう叫ぶと、 ピョン! ピョン! と、飛び跳ねながら椅子を踏み台にして、 ヨッコラショ‥‥ と、あたしの前の机に乗ってあぐらをかいて座り、ニコッと小首を傾げて微笑んだ。 可愛らしいお人形の様な美少女が、あぐらでイタズラっぽい笑顔を魅せると、はし たないハズの格好も、無性に愛らしく見えるから不思議だ。 ハッ……ダ、ダメよっ……よ、ようしっ。こうなったら… あたしは心を鬼にして第2作戦を発動させた。 …出来ればこの作戦までは、持ち込みたくはなかった。 「せんぱいっ、きょうのおかずは、コレもユ…アタイの大好物の空揚げでぇぇすダ ゼっ。せんぱいも好きですよねぇぇぇダゼ!」 あぐらを組んだ足の中で、お弁当を広げながら、湧ちゃんが変な言葉遣いで聞いて きた。やっぱりお弁当は一つきりだ。 「あたし、空揚げって油っぽくて嫌いなのよねぇ」 白魚のようにピョコピョコ動いていた指がプツンと止まり、湧ちゃんの顔から笑み がサッと消えた。 「あはっ、ユ、ユウもホントは大嫌いだったんですぅ。やっぱりユウたちって、気 が合いますねぇぇぇ!」 「あら、コレおいしそうじゃない。もらうわね」 あたしは、お弁当箱の中に、双子の様に並んだイチゴを見つけ、二つとも掴んで、 口の中に放り込んだ。 「あっ…」 噛んで果汁が飛び出すと同時に、湧ちゃんが小さく叫んだ。 イチゴはこの子の大好物だ……たぶん最後にあたしと一つずつ食べるつもりで入れ てきたんだろう……本当なら、二つとも湧ちゃんにあげても良かったのに…… 口の中いっぱいにイチゴの甘苦さが広がった。 目の前では、小さく開いた花びらのような口唇をかすかに震わせながら、瞳いっぱ いに涙を溜めた湧ちゃんが、ジッと、あたしの口元を見つめながら、その動きに合わ せて、顔を上下させている。 早く、早く飲み込んでしまおうとすればするほど、ノドがつまって、飲み込むこと が出来ない。 やっとの思いで飲み込んでも、口の中からイチゴの味は、罪悪感とともにいつまで も消えなかった。 「あ、あぁおいしかった。湧ちゃんも食べなさいよ。そうだわ。あたしが食べさせ てあげる」 「えっ…ホントウですかぁ!?」 瞳に溜まっていた涙を隠すように拭いながら湧ちゃんはケロリとした声を出した。 「うん…。はい、ア〜ンして…」 湧ちゃんが、幸せそうに眼をつぶって、口を大きくこっちに開いた。 どうしよう…やっぱり可哀想だわ…… あたしは指の行き先を、たまご焼きに変えた。 と、その時、脳裏に梁子(りょうこ)の言葉が、シャボン玉となっで現れた。 《…アイツ、あんな顔して、けっこう男経験が豊富なのかもしれないよ…》 …… あたしは震える指先で、ゴハンに埋まっていた梅干しを摘んで、自分でも驚くほど 自然に少女の口の中にそれを転がし入れた。 湧ちゃんの舌がチロッとあたしの指先を舐め、モゴモゴと口が蠢く。 「んっんっんんん〜〜っ☆!!!」 たちまち顔をシワシワにして青くなった湧ちゃんは、膝のお弁当が床に落ちるのも かまわずに、両手で口を押さえながら部屋の入り口にある流し場に駆け出した。 そして、激しく噎びながら、何度も何度も口を濯ぎだした。 こんなに梅干しが苦手だとは思いもよらなかったあたしは、湧ちゃんのあまりの狂 乱ぶりに驚愕して、罪の意識に胸をかきむしられた。 見ていられない…… 苦しそうに肩を打ち振るわせて咳こんでいる湧ちゃんから視線を外して眼を泳がせ ると、部屋の前の窓際にあるグランドピアノの陰に、沙世の姿を見つけた。 あたしと眼が合うと沙世は、親指と人差し指とでワッカを作ってニッと笑顔を見せ、 その指を振って、そのまま作戦を続行するようにと合図してきた。 そんな沙世をみて、あたしは踏ん切りがついた。あと少し、あと少しで完全に嫌わ れることができるんだ! 嫌われたいんだもん。酷いことするのは当たり前なんだ! 「ごめんなさいね、湧ちゃん。はい、これで口拭いて」 目尻に涙をにじませて振り向いた湧ちゃんの顔が、あたしの差し出した丸めてクシ ャクシャのハンカチに、より暗くひきつった様に見えた。
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