連載 #6581の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
スピーカーからの声に動揺はない。声は、このバンの運転手のものだろう か。あるいは別にバックアップが存在していて、そこからの無線なのかもし れない。無線は盗聴の可能性がどうしても出てくるので、たぶん、前部座席 からの有線だと思われた。 〈葬儀屋〉が、荷台の最後部に移動し、直径一センチほどの覗き窓のカバー を開ける。 「竹さん、ヘタ打ったと思うか」 覗き窓に張りついたまま、〈葬儀屋〉が竹彦に問う。 「思いません」 「こっちの客か」 「いや、俺のほうかも。俺があなたに連絡する機会をずっと待ってたのかも しれない。もし俺が俺を狙うんなら、まずそのプランでいきます」 「失礼なこと言うなよ」 「ジャンパー、前閉めていいですか」 「いいよ」 断ってからでないと、その動作を何か勘違いされるかもしれない。尻の下 あたりに何か殺人的な仕掛けがあった場合、どこかにあるかもしれない小さ なスイッチひとひねりでお終いだ。 竹彦がゆっくりとジャンパーのファスナーを顎まで上げた。ジャケットは 軽い防弾防刃仕様になっている。今までずっと〈葬儀屋〉にも気づかれなか ったほどの尾行者チームの一部が、今、突然姿を現したということは、これ からすぐに荒事になる可能性は高いと見ていい。準備はしておくべきだ。 「二二の弾、今、ありますか」 「あるよ。二〇〇〇円」 「中古の二二口径リボルバーと、弾六発」 「三〇万。ローダーに予備六発だと合計三五万」 「ローダーももらいます」 〈葬儀屋〉が覗き窓から離れ、竹彦に、覗いてみるようにうながす。竹彦が 小さな窓を覗き込むと、確かに、四台後ろに白い車があった。暗いので、運 転手の顔は見えないし、何人乗っているのかも分からない。これ以上見てい てもしかたがないので、竹彦は窓から離れた。 「何人乗ってるか分かりますか」 「分かるか、加藤」 〈葬儀屋〉が問うと、スピーカーから返事があった。固有名詞を使ったのは、 問いかけた対象が複数か単数か、竹彦に分からなくするためだ。ここで固有 名詞を使っていなければ、尾行を目視している人物がただひとりだ、いうこ とが竹彦に分かってしまう。〈葬儀屋〉のこの病的なまでのセンスを竹彦は 気に入っている。 「目視できるのはひとりです。男。短髪。身長一七〇センチ前後。痩せ型。 水色の長袖シャツ」 「プロか」 「ええ。雰囲気が臭い。よく訓練されている感じがします」 〈葬儀屋〉が、たった今買い取った二二口径のうち一丁を手に取り、竹彦に 手渡す。そしてバンの中に置いてある工具入れから弾を一二発取り出し、短 い蓮根状の高速装填具ひとつと一緒に竹彦に渡した。竹彦は、ジーンズのポ ケットから出した一〇万をさっきの二五万に足し、合計三五万にして〈葬儀 屋〉に渡す。 札の枚数をきっちり確認した〈葬儀屋〉が、すぐにまた覗き窓に張りつく。 「竹さんが俺から何か買うの、初めてだ。手袋もサービスしとくよ」 「どうも」 竹彦はさっきの紙袋から出した防刃手袋をはめ、二二口径とスピードロー ダーに弾を詰めた。合計で一二発になる。 「もっと重いの要るんじゃないの。二二なんて豆鉄砲だ」 「こっちのペースじゃないから。まともにやり合ったら危ない。それに、も しかすると、連中、あなたに用があるのかも」 「なるほど」 「次に左折するまでどのぐらいありますか」 「予定では、あと三キロ弱。もうすぐだ」 「曲がったところで飛び降りたいのですが」 「いいよ。直前で合図する。……あッ、消えた。右折しやがった。バックア ップ居るのかな」 「何にせよ嫌な感じですね。保険かけときませんか」 「乗った」 「二日後の夜九時に携帯に連絡ください。もし連絡がつかなかった場合には 嵯峨さんのほうに状況を説明しておいてもらえますか」 「OK。その時間に俺から連絡が無かったら、それから二時間以内に留守電 に吹き込んでおいて。連絡時間コードのところを〇四六に。あと、竹さんの コード以外は適当に」 「〇四六? そんなコード知りませんが」 「ああ、それは『最重要即時連絡』の日替わりコード。約二分以内に誰かが 竹さんの携帯に連絡することになる。そいつに簡単に状況説明しておいても らえるかな」 「いいです。それで行きましょう」 「業務連絡コードの存在は内緒にな」 「ええ。でも、どうせ時間区切りでランダムに決めてるんでしょ」 〈葬儀屋〉がにやりと笑う。 「相変わらず切れるね。親父さんそっくりだ」 ジャンパーをたくし上げた竹彦が、安全装置をかけた二二口径をベルトの 背に差す。再びジャンパーを下ろし、外から見えないようにした。ドアに手 をかけ、待機する。 「どこを走ってるか分かるかい、竹さん」 「一九号を北進中。曲がるのは庄内川の前あたりですか」 即答した竹彦はさっき覗いた窓からの風景を思い出す。 「そうだ。もうすぐ。ふたつ目の信号」 幸い、数百メートルほど東にJRの駅がある。時間はまだ夜九時を少しま わったところだ。JRまで走ってもいいし、どこかで自転車を盗んでそのま ま逃げてもいい。バイクもしくは車を盗むには、今のところ時間が足りない。 竹彦の主宅は、ここからバイクで三〇分ほどのところにあるが、もちろん、 直行することはできない。完全に尾行がついていないことを確認した上で、 今晩はどこかで一泊しなくてはならない。今住んでいる主宅は、あらゆる策 をめぐらせて手に入れた完全に安全なねぐらだからだ。絶対に誰にも場所を 知られていない、と竹彦は確信していた。垢をつけるわけにはいかない。 左折するポイントが近づいた。 「加藤、秒でタイミング」 「はい。八……七……六……」 「後ろ三台とも直進」 〈葬儀屋〉が竹彦に教える。 「四……三……」 竹彦がドアをスライドさせ、一〇センチほど開ける。〈葬儀屋〉が素早く 竹彦のそばに寄る。 「二……一」 バンが左折する。竹彦の記憶によれば、歩道のない小さな道路に入るはず だ。隙間から外を覗く。人はいない。ドアを大きく開ける。 竹彦が飛び降り、同時に、〈葬儀屋〉がドアを閉めた。 【つづく】
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