連載 #5211の修正
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岡晴夫 先ほどラジオ深夜便で放送した『岡晴夫集』の曲目を、忘れないうちに書き留めて 置こう。順不同で、記憶も不確かである。 昭和21年の歌:港シャンソン ニュー東京ソング 泣くな小鳩よ 昭和22年の歌:港に赤い灯がともる 昭和23年の歌:男一匹の歌 東京の空青い空 あこがれのハワイ航路 昭和27?年の歌:男の涙 昭和28年の歌:幸せはあの空から 昭和30年の歌:会いたかったぜ 今日は8月15日、終戦記念日であるが、戦後の不安な状勢の中、岡晴夫の明るい 歌声が、民衆に希望を与えた功績は大きい。 昭和21年当時、私は小学2〜3年生で、盲学校の寄宿舎における苦しくも懐かし い思い出が多数ある。流行歌は聴く人の境遇や思い出と深く結びついているものだ。 日本の歴代流行歌手の中からベスト五人を選ぶとすると、人により見方は違うが、 私より上の年代の人なら、おそらく岡晴夫を挙げない訳にいかないだろう。 選ぶ基準は、ヒット曲の数・レコードの売れ行き・大衆への影響の他、客観的には 判断しにくいが、人気の持続・後世での評価、そして当然ながら、歌の巧さや魅力等 を勘案しなければならない。 岡晴夫の歌を一言で言えば、「粋な男の歌」である。それらを細かく分析してみる と、次のような特徴を持っている。 歌声:鼻に掛かった美しい高音 発声法:二種類のア段(アカサタナ ハマヤラワ)の巧みな使い分け ビブラート:大小・緩急の織りまぜ 歌唱法:日本調(小唄・謡曲調)の導入 雰囲気:クールで奔放 これらの特徴は、掛け替えのない魅力である反面、彼の歌の欠点にもなっていて、 私の好きな言葉に「欠点が特徴で特徴が欠点」というのがあるが、まさに岡晴夫の歌 謡曲はそれである。 例えば、高音がよく伸びるということはその分「低音の弱さ」につながり、発声法 やビブラートを使い分けていることで「歌い方に安定性を欠く」と言えなくもない。 クールで奔放な歌い方も見る人によっては「気まま・高慢」と解釈されかねないだろ う。しかし「欠点」と言ってもほんの僅かの乱れであって、そこがまた彼の人気の由 縁でもあるのだ。 昭和30年代初めに人気になった若原一郎の軽快な歌は、岡晴夫に似た所があり、 歌声も発声法も歌唱力も完璧で、むしろ岡を凌いでいたかも知れない。 タイプは違うが、青木洸一とか、ずっと下って、尾崎紀世彦らの歌の巧さも抜群で ある。 だが、好き嫌いは別として、若原・青木・尾崎らが歴代の歌謡曲歌手の中で、はた して「大歌手」と言えるかどうかとなると、知名度において若干疑問がある。 要するに、完全で綺麗過ぎる歌よりも、多少崩れた所はあっても個性的な歌の方が 面白味があるということなのだろう。森進一・五木ひろし・都はるみに人気があるの はそういう理由によるが、あまりに泥臭すぎるのは聴きづらいし、後々まで彼らの歌 が歌い継がれるかどうか、注目したい所である。 今回の放送を私が聴いたのは途中からだったが、岡晴夫には他にもヒット曲が沢山 あって、『上海の花売り娘』『東京の花売り娘』『港横浜花売り娘』『青春のパラダ イス』『港のエトランゼ』『南の島に雪が降る』など、全て大ヒットしている。 どれもそれぞれに味わい深い歌ばかりだが、絶品といえばやはり『泣くな小鳩よ』 と『あこがれのハワイ航路』だろうか。 泣くな小鳩よ 泣くな小鳩よ 心の妻よ なまじ泣かれりゃ 未練が絡む 例え別りょと 互いの胸に 抱いていようよ 面影を。 あこがれのハワイ航路 晴れた空 そよぐ風 港出船の 銅鑼の音 楽し 別れテープを 笑顔で切れば 望み果てない はるかな潮路 アア あこがれのハワイ航路 波の背を バラ色に 染めて真っ赤な 夕陽が沈む 一人デッキで ウクレレ挽けば 歌も懐かし あのアロハオエ アア あこがれのハワイ航路 常夏の 黄金月 夜のキャビンの 小窓を照らす 夢も通うよ あのホノルルの 椰子の並木路 ホワイトホテル アア あこがれのハワイ航路。 三番の2行目で、 「夜のキャビンの小窓を照らす」 という箇所を、まるで灰田勝彦のハワイアンよろしく、 「ヨールノー キャービンノー」 と歌っているあたり、きざっぽいが実にムードたっぷりなのは、さすがプロ歌手と 感嘆せずにいられない。 上の二曲が流行った頃、私はまだ子供だったので、岡晴夫の魅力が分からなかった が、今の年齢で聴いてみると、古風と新しさの調和したこの名曲を、岡晴夫は実に見 事に歌い上げている。是非推奨したいレコードの一枚だ。 当時NHKの人気番組『お好み投票音楽会』において、『あこがれのハワイ航路』 は、近江俊郎の『湯の街エレジー』と、毎週第一位を争っていたのを覚えている。 私が高校生の頃、岡晴夫はキングレコード会社に移籍して、ますます円熟味を加え、 さらに幾つかのヒットを飛ばしていた。正確な題名を忘れたので曲名を書くことは出 来ないが、『幸せはあの空から』もこの頃の一曲である。キングレコードの清楚なオ ーケストラ伴奏に乗せて歌う岡晴夫の美声は、今も耳の奥に残っている。 その後、彼は病気で長らく休養。晩年にヒットレコードの再録音を行ったが、既に 岡晴夫の精彩は全く失われ、彼の強い個性が欠点となって歌に現れてしまっている。 残念なことであった。 [1997年(平成9年)8月15日 竹木貝石]
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