連載 #5171の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「調べよ」 弓削相手に声明文を読み上げていた男が、短く命じた。やはり、こいつがリ ーダーらしく、禰津より格上か。 短銃を手にした幾人かが、建物の奥へ散っていく。隠れている者がいないか どうか、捜しに向かったに違いない。 ほどなく、研究所内の人間全員がロビーに集められ、ひとかたまりに床に座 らされる。手足は自由だが、銃口をいくつも向けられており、逃げ出そうとす る者は無論のこと、お喋りする者もいない。 「改めて宣言する」 リーダーの男が言った。決められた演説文を読み上げるような、棒読みとも 機械的とも言える調子である。 「ここは我々護田の鳥教団が占拠する。あなた方は今後、我々の命じるままに 研究を進めればよい。逆らわない限り、身の安全を保障しよう」 「……命じる研究とは……」 おずおずした調子で、副所長の妹尾が口を開いた。教団の連中、研究所員の 別なく、視線が集まる。 「あ、いや。尋ねたいのだが……いいだろうか」 気圧され、探るように言葉を継ぐ妹尾。最前、抗議の声を上げたときよりは、 状況を分析できる冷静さを保っているようだ。 「いいとも」 闖入者のリーダーは、初めて笑った。自分の言葉を喋っている。 「これから話すのに、せっかちな方だ。現在流通するFFF食物の使用を全面 廃止するためには、安全な食物の確保が必須である。その役割を、栄誉を、あ なた方に与えようというこの心遣い、分かってもらえるだろうか」 「む……」 何か言いかけ、やめる妹尾。 (無茶な……) 妹尾の心中を察し、田守は、右膝をさすりながら、そう思った。膝は、床に 転がったとき、打ったものだ。 (新しく、完璧に安全な遺伝子組み替え作物を創りだせってことか? 実験を するだけでも最低十六年はかけないと、こいつら、納得しないんじゃ……) 「即時に、ということ?」 すぐ横で女の声がしたので、田守はびくっと身体を震わせた。和久井が発言 していた。 「一朝一夕に開発なんて、できるはずないわ。恐らく、あなた達は人体に何の 影響も及ぼさない物を求めているんでしょうけど、その証明だけで何年かかる かしらね」 「我々は愚か者ではない」 髭の男はにやりと笑った、らしかった。 「ここは微生物の遺伝子組み替えもやっているのだろう? 土の浄化を促進す る微生物を生み出すのだ。酸性雨や産業廃棄物等で汚れてしまった土を浄化し、 かつてのような『自然な』作物の栽培を始める」 「け、経済的混乱は否めないぞ」 妹尾が、半ば叫ぶように言った。 「たとえ土が浄化できたって、遺伝子作物を取りやめるなんて、簡単にできる はずがない。それを強引に行えば……」 「一度に全てを切り替えろとは言わない。無論、一度に全部を切り替えられる のが理想だが、徐々にでもよい。 我々はこの計画が物理的に実行できる時間を計算し、その結果得られた最低 ラインをここに提示する。二年だ」 一旦、口を閉ざしてから、リーダーの男はほくそ笑むように頬を震わせ、付 け足した。 「まあ、妊娠期間に合わせて、あと一ヶ月、猶予期間を延ばしてやってもよい かな」 滅茶苦茶だ。先行きに不安を覚え、田守は首を振った。 (計算だって? どういう計算をしたのか、聞いてみたいもんだ……。 どんな開発でも簡単に実現できると思ってやがるのか、こいつら? 宗教し か知らない素人のくせに、テロなんて真似をしてもらっちゃ、困るぜ。研究が 進まなければ、こっちの命をライターみたいに使い捨てていく気かもしれん) えらい事態に巻き込まれたと、改めて思い知らされる。 「外部との連絡は、どんな手段を使うつもり?」 和久井が言った。強気の姿勢を崩す気はないらしい。 「政府なり何なりと、話をする気なんでしょう?」 「ご心配、痛み入る」 髭の男は、自分の冗談に自分で笑った。先ほどの抗議する姿と比べても、生 き生きしている。テロ行為の方が、肌に合う質なのかもしれない。 髭の男から禰津にバトンタッチがなされた。 「これでもねえ、我々は下調べをしてるんですよ。警備会社への直通電話があ るはず。そいつを使います。警備会社の方は、こちらの応答がないので、すで に次の手を打っているかもしれないが、外部との通話に支障ないのは間違いな いね。だいたい、警備が甘いよ、あんた達。世界中の食糧に影響力があるって いうのに、厳重なのは本社の方だけで、研究所はこの手薄さと来たねえ」 「食糧はどうするの? まさか自分達が夕方にはここから大手を振って出て行 けるなんて、せっかちな見通しを立ててはいないでしょう」 「災害時の対策として、地下に備畜があると聞いてますよ。なくとも、人質の 安全を盾に、外部に要求すれば済む」 「護田の鳥の人達には、FFF食品なんて、お口に合わないんじゃなくて?」 「……生きるためには、様々な弊害がある」 それまでの軽口が消え、禰津は苦々しげな口調になった。 教団の外部向けコメントを信じれば、彼らは独自に浄化した土において、野 菜や穀物を自家栽培し、可能な限りFFF食品は口にしない生活を進めている、 となる。が、この「可能な限り」が曲物で、自家栽培作物がどの程度の割合を 占めるのか、具体的な数値は聞こえてこない。田畑として役立つだけの土地を 確保するには、その土の体積たるや相当な量であるし、浄化の効率的な方法さ え見つかっていない。小さなグループに過ぎない教団が、おいそれと実現でき るとは、誰も信じていなかった。 「あなた達は武士じゃないってことね。楊枝はどこかしら」 和久井へ禰津が接近し、銃口をはっきりと突き付けた。 重なる、リーダーの声。 「減らず口はそこまでにしといてもらおう」 「はいはい。でも、あと一つだけ、真面目な質問よ。だめかしら」 「……手短に済ませろ」 「弓削所長はどうなったの?」 「あの様子ならば、死んだのではないかな。−−さあ、全員、立て」 研究所員は皆、立ち上がった。男のこともなげな口調による効果である。 (すでに一人殺した……。となると、二人目以降も、大して躊躇しまい) 田守はしびれた感覚が残る左腕を振りながら、次なる声を待った。 「この建物の中で一番広い部屋は、会議室だな。ひとまず、そこに入ってもら おう」 銃を持つ数名に取り囲まれる形で、そのまま移動させられる。 会議室はまだ暖房が入っておらず、冷え冷えとしていた。嵌殺しの窓が四つ あるのだが、ブラインドが降りている今、部屋の中は暗い。蛍光灯が点される と、浮かび上がったその白々とした室内が、寒さを心理的に増幅する。 入室の際に身体検査を一人ずつ受け、武器になり得る物や携帯電話等の通信 機器は取り上げられた。 出入りのためのドアは二つあって、それぞれ二人が見張りが着くらしい。 「下手な考えを持つな」 ドアを閉じる際に、それだけ言い残すと、見張り以外の教団員の引き返して いく気配があった。 緊張感は継続していたが、ほんの少しだけ、息をつける空気になったのも事 実である。 「えらいことになった」 喉がからからに渇いているのか、妹尾がかすれ声でぽつりとこぼす。 それを待っていたかのように、電話の呼出し音が起こり、室内に響く。全員 の視線が集まった。 「内線専用だから、あいつらがかけてきたんでしょう」 冷静なのは、和久井。 「副所長が出るべきです」 「そ、そうだな」 唾を飲み込み、妹尾の喉仏が動くのが分かった。 妹尾は電話機のある壁際まで、ふわふわとウォーターベッドの上を行くかの ような足の運びで近寄ると、深呼吸をしてから送受器を持ち上げた。 「こちら、会議室だが……」 探るような妹尾の声が、部屋にいる者にも届く。 「ようやく取ってくれたか」 髭面のリーダーの声らしかった。会議室の電話は、会話が皆にも聞こえるよ うに、オープンモードなっている。 「十三回だ」 「は?」 「呼出し音の回数だよ。暗示的だとは思わないかな」 笑い声が低く続く。リーダーの喋り方は、最初の時点とまるで違っていた。 (本当に教団のリーダーなのか?) 訝しく思う田守。 (テロのために組織された教団内部の別働隊があって、あいつはそのリーダー って方が納得できる) 「嘘を言ってる」 田守の横、やや後方で、和久井が嘲るがごとくつぶやいた。 田守は振り返り、目で尋ねる。 「呼出し音、十回だったの。私、ちゃんと数えていた。十三だなんて、私達を 恐がらせるための、つまらないお遊びだわ」 「和久井さん……」 何故、そんなに冷静でいられるんだと聞きたかった田守だが、途中で口をつ ぐんだ。今は、電話の内容の方が気にかかる。 「連絡の必要が生じれば、この電話を用いる。あなた方から話があるときも、 これを使えばいい。ただし、くだらんことで我々を煩わせるな。分かったな?」 「は、はい」 わざわざ頭まで下げる妹尾。 「よろしい。では、最初の用件だ。外部とのコンタクトを始める前に、人質の 身元の把握をしておこうと思う。それが親切というものだ。研究所員の名簿は、 我々の手元にある。だが、所長を除いても、人数が合わない。そこにいる十七 人全員の名前を言ってもらおう」 その声に、田守は思わず、室内を見渡した。十七名いるなんて、意識してい なかった。 (いないのは、弓削所長の他……岩瀬さん、波枝さん、樺島) 頭の中で、顔と名前を思い浮かべる。 (岩瀬さんと樺島は、元々休みだ。波枝さんは、いつものゆったり出勤のおか げで、幸運にも災禍を免れたって訳だ。ふん、これが運命の分岐点ってやつか) 実感して、嘆息する田守だった。 やがて全員の名前を告げ終わると、通話は一方的に切られた。 「トイレはどうするのかしらね。聞きたかったのに」 和久井の言葉に、田守は再び振り返った。 「早速、こちらから電話して聞くとか」 「馬鹿馬鹿しい。したくなったら、見張りに言えばいいわよ」 「違いない」 「この部屋でしろって言われたら、嫌だけれどね」 「そりゃそうだ。それよりも驚かされました。和久井さんの落ち着き払った態 度には」 「そう? これでも緊張していて、普段より早口になっていると思うんだけど」 和久井はそう言うと、舌を使って上下の唇を湿らせた。 「驚いたのは私の方。田守君、意外と冷静だから」 「とんでもない、恐いです。表情に乏しいだけで」 「少なくとも、副所長よりは落ち着いているわ」 含み笑いさえする和久井だった。 −−続く
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