連載 #5134の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
音実の言葉に目線を動かしていた彫弥は、突然、弾かれたように立ち上がっ た。 「……ほりぃ?」 勝手な愛称で呼ぶ音実に、彫弥からの応答はなかった。 彼の横顔が、若干青ざめたかのように見える。 「嘘だ」 憑かれたように、声を発した彫弥。 「死んだんだ、百合亜は。−−俺は見た−−」 「え?」 思わぬ言葉を耳にし、目を見開く音実。 「見たってどういうことよ? まるで、百合亜が殺される現場にいたみたいじ ゃないの」 問いかけにやはり答えることなく、ふらふらと歩き始めた彫弥は、表情を硬 くしている。 「おいおい、ほりぃ」 魂が抜けたような彫弥を見送るままにもできず、音実は面倒ながらも反動を つけて立ち上がり、つかまえようとした。 「みっともないじゃないの」 だが、手は空振り。 彫弥はそのまま、さっき見つけた女性を追って行く。 「どうするつもりよ、全く」 他人の空似に決まってるじゃない。 そう割り切っている音実の瞳には、彫弥の行動は馬鹿のようにしか移らなか った。もちろん、彫弥を追いかけるのも、とうの昔にやめており、花壇からさ ほど離れていない位置で立ち尽くしている。 そんなことよりも彼女が気にかけているのは、彫弥が先ほど口にした言葉で あった。 「俺は見た、か……」 しばし考える。 やがて、彼女の顔に、意地悪げな笑みが浮かんだ。 面白くなりそうだという予感が、音実の内に芽生えつつある。 湖畔邸が臨時休業だと知って、秀美は戸惑いを覚えた。 「じゃあ、あの子は……」 店の扉の前に立つ彼女、しかしすでに貼り紙の文字は見ていない。 浮かぶのは、妹の顔ばかりである。 (家にはいなかった……。友達の家に行ったにしても、あの子なら置き手紙す るはず……) どうしていいのか分からない。 妹の妙子が行きそうな場所を次々に思い起こしてみるも、どこであろうと、 置き手紙がないという事実により否定されてしまう。 「−−そうよ!」 考えていると、不意に閃いた秀美。辺りを行き交う車も人も少ないものの、 思わず声を上げてしまった。 (今日はまだ学校から帰っていないんだわ、きっと。置き手紙ができる訳ない じゃないの) 自分に言い聞かせるようにして、心の中でつぶやくと、秀美は周囲を落ち着 きなく見回した。 探していたのは電話ボックスだったかもしれない。あるいは美空高校へ向か うため、タクシーを拾おうとしていたのかもしれない。 だが、秀美は、妹の通う高校の制服を着た二人を見つけた。そのことが秀美 の次の行動を決定した。 「ねえ! あなた達!」 買い物を終えた輝美は、自転車の前篭に袋を入れ、前輪の鍵を解くと、慎重 に跨った。 浜野沙羅から貸してもらった自転車−−百合亜の自転車。 乗りにくいのは、ひょっとすると、慣れていないせいだけではないのかもし れない。 「早く帰ろ」 百合亜のことを思いつつ、つぶやく。 (伯母さん、長い間一人にしておくのも心配だし) 漕がず、足で地面を蹴りながら、自転車置場を抜ける。駐輪台数の割には、 店内はにぎやかだったなと感じた。 いよいよペダルに足をかけた瞬間、前方に影が差すのが分かった。 顔を上げる。 見知らぬ男が立っていた。年齢は、輝美と同じぐらいのようだ。 (−−何? じろじろ見てる) 男は最初から、輝美の方に視線を凝らしている。彼の目つきは鋭いと言うよ りも、どこかしら脅えをたたえているようにさえ見えた。 輝美は若干うつむくと、男の左横を無事すり抜けるべく、静かに自転車を進 めた。 それでもなお、男の視線が追ってくるのを感じる。しつこさに不気味さと軽 い恐怖感を覚え、足がすくみそうになる。それでも懸命に地面を蹴って、どう にか自転車を前にやった。 相手の真横を通るときは、黙礼さえしてしまった。輝美自身はしたくなかっ たのに、身体が勝手に動いたのだ。 (−−抜けた) と思って小さく息をついた途端、男の声が聞こえた。 「おまえ……百合亜か?」 今すぐ、全力で逃げ出したいところだったのに、百合亜の名を耳にしてはそ うも行かない。 恐る恐る振り返ってみると、男は目をいっぱいに開き、より一層、しげしげ と見つめてくる。 「……違います、あの」 何と応じるのが最善なのか、迷いを残したまま、口を開いた。 そこへ被せるように、男の声。 「その自転車っ、百合亜って書いてあるじゃねえか? おまえ、浜野百合亜な のか?」 片腕を真っ直ぐに突き出し、立てた人差し指で自転車の一点を示す格好で、 大股に近寄ってくる男。 「嘘を言うなよ! おまえが百合亜なのは、ばればれだぜっ」 息が荒くなっている様子だ。 輝美はとにかく話がしたくて、自転車を降りた。 「違います。これは浜野さんのお宅で借りた物。それに、私は東輝美と言って −−」 言葉の途中で、男の両手が乱暴な動きで伸びてきた。 知る限り、友達の家に電話をかけたが、妙子の居所を掴めなかった都奈は、 丈と共に、徒労感にとらわれていた。 無言のまま、ほとんど無意識の内に、湖畔邸へを目指すかのように二人して 歩いていた。 「平和田さんは、帰らなくても平気なのか?」 思い出す風に、丈が言った。 「え? どうしてそんなこと……」 「親が心配してるんじゃないかってことさ。倉敷さんの心配をしている俺達が、 親に心配かけてるとしたら、洒落にならない」 「大丈夫よ。まだ」 時計を見てから、言い切った都奈。 「けどな、事件が起きているんだから、親だって普段よりも不安を感じやすく なってるかもしれないぜ」 「平気だって。真っ暗になるまでに帰れば、何も文句言わない」 「そうか」 「そんなこと言うぐらいだから、張元君こそ、家の人、うるさいんじゃないの かしら?」 わずかに冷やかす響きを含ませ、都奈が聞くと、丈はまるで怒ったときのよ うに歯がみして、首を振った。 「そんなことねーよ。俺の家は」 続く言葉を聞かない内に、都奈の耳に甲高い声が入ってくる。 「ねえ! あなた達!」 びくっとして、声のした方を向くと、女性が一人。目が細く、やや化粧荒れ をした肌を持っているが、なかなか見目によい容貌をしている。 「誰だ?」 丈のつぶやきを聞きながら、都奈は記憶に引っかかるものを感じていた。 (あの人……どこかで見た覚えがある……。あ) ほんの少し、首を傾げた拍子に、思い出した。 「秀美さん?」 接近して来る女性に対し、都奈も歩み寄りながら声を上げる。 すると、相手は驚きの表情を作った。 「え−−と、あなた、どなた? 私のこと、知っているの?」 言語回路か思考回路のいずれかがおかしくなったかと思わせる、ロボットの ような喋り方で尋ねてくる。 「あ、私、平和田都奈です。妹の妙子さんと同級生で……一度、お会いしたこ とがあるんですが……」 覚えてもらっていなかったのかと不安になったが、都奈は説明を最後までし た。そして反応を待つ。 「−−ああっ、平和田さん。思い出したわ、ごめんなさい。今、気が動転しち ゃってて」 晴れ晴れとした顔になった秀美は、さらに距離を詰め、都奈の手を取る。 「どなた?」 後ろで、丈が都奈へ、見下ろすように声を出す。 「こちら、倉敷さんのお姉さんよ。偶然、さっき話したでしょ。倉敷秀美さん」 「ああ」 感嘆した様子の声を上げ、丈は秀美に頭を下げた。 「こんにちは。お……僕は張元丈と言います。倉敷さんとはやっぱり同じクラ スで……」 「そうなの? ちょうどよかった。ねえ、妙子がどこに行ったのか、知らない かしら?」 手をお祈りするときのように合わせ、期待に満ちた目をする秀美。 都奈達は、その視線が痛かった。 「それが……」 一瞬、丈と目を合わせてから、都奈が口を開く。 「私達も妙子を捜しているんです。バイトがあるって言って学校を早く出たの に、そのお店が休業だったから、心配で」 「ほ本当にっ?」 重苦しい調子で、秀美が問い返してくる。 「はい……。お店の人にも聞いてみたんです。そうしたら、今日、店を休むこ とは昨晩の内に電話で伝えたと……。急な決定だったから、夜遅くなってしま ったけれど、間違いないんだそうです」 「そうなの……。一体、どこ行ったのかしら、あの子ったら。お友達に迷惑か けて、ほんとうにもう」 秀美の話し方は、明らかに無理をしている。 「秀美さんにも心当たりはないんですか?」 「え、ええ。で、でも、大丈夫よ。あの子、引っ込み思案なところあっても、 意外としっかりしてるから。うん、どうせ、友達の家にでも行ったんでしょう。 寄り道して、しょうがないんだから」 「ですが……あの、私達、妙子の友達の家にも電話をかけたんです。知ってる 限り、全部」 「−−」 秀美の顔は、傍目にもはっきりと血の気をなくしていった。リトマス試験紙 の化学反応に似ていた。 「何もかも、うまく行かん」 栗木槙善は、苛立たしさも露に言った。 仕事から戻ってくるなり、妻の衣吹を呼びつけ、愚痴を聞かせることで鬱積 したもやもやを発散する。 それが夫の当然の権利。逆に言うと、夫の愚痴を聞くのは、妻の義務だと認 識していた。 「急なトラブルで、ゴルフの練習がおじゃんになったのは、まあ仕方がないと してだ」 両腕を後ろにやり、背広を脱がしてもらいながら−−基、脱がさせながら、 槙善は続ける。 「そのトラブルに、彫弥が関わっているなんて、面汚しな。報告を聞いたとき は、何かの間違いではないかと振る舞ってやったが……。おい、彫弥は帰って 来てないのか?」 「まだですわ」 慎ましいほどに小さな声で、衣吹が答えた。 「そうか。全く、いくら自由にさせてるからと言って、これでは示しがつかん。 昨日怒った殺人事件に関係して、学校で妙な噂をばらまいたとか何とか。やっ ていいことと悪いことの区別が、まるで出来とらんのだからな、あいつは。そ れもこれも、おまえがちゃんとしつけんからだぞ。分かってるのか?」 「今後、注意します」 衣吹の返答は、あくまで穏やかで、従順さを持っていた。 −続く お詫びと訂正:『美津濃森殺人事件 20』中、倉敷秀美の心中の言葉として、 (秀美がいれば、今は何とか生きていける)とありますが、これ は、(妙子がいれば、今は何とか生きていける)の誤りです。こ こに謹んでお詫びすると共に、訂正させていただきます。m(__)m
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