連載 #5108の修正
★タイトルと名前
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その言葉に最初に反応したのはサオリだった。 「成功?60億以上の人間が死んだのが成功?」 いつもの人を小馬鹿にしたような、活力にあふれる声ではなかった。これま でのサオリを知る者が耳を疑うような、物静かで落ち着き払った冷静な声だっ た。カーティスは驚いてサオリの横顔を見、そして悟った。ジャーランの死が サオリに一生消すことのできない深い傷を与えたことを。サオリは一つのこと を長く思い患う性格ではないから、時間が経てば元の快活さを取り戻すのは間 違いない。だが、完全に元のサオリには戻らないだろう。カーティスはかすか な悲しみとともにそう思った。 もし、虐殺されたのがサニルだったなら、サオリの理性はあっさりとはじけ 飛んで、回復するのは不可能になってしまったに違いない。周囲の人間が誰も 気付いていないと思っていたかもしれないが、サオリは実は繊細で傷つきやす い心の持ち主なのだ。 「そのとおり。清らかな神の王国を実現するためには、地球上から腐りきった 人間たちを一掃してしまわなければならなかったのだ。それは大成功を収めた。 軍事兵器を使うこともできたが、強固なシェルターの中で生き延びる人間もい るかも知れぬからな。魂はそのような障壁など関係ない」 「それで、今度は宇宙に生き残った人々を殺そうというわけ?」 「むろんそうなる。だが、我々にとって重要なのは、あくまでも地球なのだ。 コロニーの人間たちなど正直言って、どうでもいい」 「地球の人間は全て死んだわよ。30年前にね。なのに神の王国とやらはでき ていないわね」 「<ヨハネ22>は第一段階だからな。これから第2段階が始まるのだ」 「何をしようと言うのです?」ヴェロニカが訊いた。 「すぐにわかりますよ、ヴェロニカ様」 メルキオルは指を鳴らした。壁の一カ所がスライドし、隣のブロックに通じ る通路が見えた。 「そっちへ行ってもらおうか、小娘」 「あたしの名前はサオリ・グレイヴィルよ」サオリは静かに訂正した。「小娘 などと呼ばないでもらいたいわ」 「うるさい、不信心者め。さっさとそちらに行け」 サオリはじろりとメルキオルを睨むと、さっさとそちらに向かって歩きだし た。 「お嬢さん……」 サオリは振り返ると、軽く微笑んでみせた。 「心配しないで、カーティス」 「さっさと行くのだ、娘」 「やかましいわね、老人」サオリは切り返すと、通路に入った。 短い通路の向こうは、5メートル四方程度の小さな部屋だった。天井に照明 がある他は何もない。セキュリティプレートさえない。ドアの開閉をこの部屋 から行うことはできないということだ。 『壁際まで移動するのだ』メルキオルの声が響いた。 サオリがドアと反対の壁際に動くと、一体のソウルズが続いて入ってきた。 手に、さきほどの槍の穂先と木製の棒を持っている。ソウルズはその2つを部 屋の中央に置くと、ドアから出ていった。 『これからソルジャーを一人ずつ送り込む。お前と戦うためにな。お前は死に たくなければ、その槍で戦うのだ』 「なんですって?」 『あと5つの魂が必要なのだ。送り込むのは、先ほどの娘を殺したソルジャー たちだ』 「数が足らないわよ。算数の勉強をやり直したら?」 『残りの2つはお前と、こっちの男だ』メルキオルは冷酷に告げた。『本来な ら、この男を戦わせようと思っていたが、負傷しておるからな。お前にその栄 を担わせてやる』 「あたしが戦わなかったらどうするのよ」 『それでも構わない。この男を送り込むだけだ』 入ってきたドアとは別の壁が開き、一体のソウルズが入ってきた。全身が血 にまみれている。誰の血であるかは明らかだった。サオリは全身が沸騰したよ うに震えた。 『あと10秒待ってやる。槍を取って戦え』 ソウルズは非人間的な表情でサオリを見ている。サオリは床に置かれている 槍の穂先と棒を掴んだ。棒に穂先を差し込み、軽く振ってみる。サイズは正確 に一致させてあるらしい。 『では始める』 室内に音楽が流れ始めた。 同時にソウルズの目に残忍な光が宿る。血に飢えたような視線でサオリを見 つめる。 『力は60パーセントに抑制してある』メルキオルが楽しそうに言った。『素 早く動けばお前でも勝てるだろう』 サオリは槍を構えた。本物の木材に触れたのは初めてだったが、感動する余 裕などない。 ソウルズがじりじりと近づいてくる。確かに動きはのろのろしている。火器 があれば、素人のサオリでも命中させるのは困難ではなかったかもしれない。 だが、慣れない低重力に加えて、武器となるのが槍一本では、それほど有利な 条件ではない。コロニーでの教育は、どちらかといえば学術/技術面に力が入 れられていて、武術などはカリキュラムにも入っていない。それは贅沢な趣味 なのだ。 ソウルズの長い腕がうなりを上げて伸びた。 サオリは爪先で床を蹴って後ろに跳んだ。0.76Gのことを忘れていたわ けではないが勢いが強すぎ、背中から壁に激突してしまう。 ソウルズもたたらを踏んで、かろうじて止まっていた。やはり0.76Gの 重力下における戦闘には慣れていないのだろう。 サオリとソウルズは同時に身体を起こした。 攻撃に入ったのは、やはりソウルズの方が早かった。両手を突き出して突進 してくる。サオリは1秒だけ敵を引きつけると、槍を振り回した。 穂先がソウルズの顔をかすめた。だが、穂先は長い年月の間に磨耗しており、 武器としての威力をほとんどなくしていた。ソウルズは気にも止めずに、サオ リの肩をつかんだ。 「うあぁぁぁああ!」 サオリは叫びながら、槍をソウルズのこめかみに叩きつけた。今度は効果が あった。ソウルズは顔を歪めて片手を離した。サオリはもう一度槍を振り上げ ると、顔面に突き刺そうとした。 だが力が抑えてあっても、ソウルズの肉体が強靱であることは変わりはない。 ソウルズは顔の前に手を広げて槍の攻撃を防ぐと、サオリの肩をつかんだ手に 力をこめてきた。サオリは苦痛に顔を歪めた。 「ちくしょう!このお!」 サオリがソウルズに勝っている点があるとすれば、生来の負けず嫌いから来 る爆発的な精神力だっただろう。今は底なしの憎悪も加わっている。サオリは 強引に槍を引き戻すと、再度突く代わりに、壁を蹴ってソウルズに体当たりし た。 虚を突かれたソウルズは、手を離してよろよろと数歩後退する。サオリは、 もう一度壁を蹴ると、文字通り空中を飛んでソウルズに襲いかかった。振り回 される腕の攻撃をかいくぐると、サオリは敵の片目に槍を突き立てた。 「死ね、この野郎!」 床に転がったソウルズの顔に、サオリはさらに槍を突き刺した。刺すという よりは、潰すといった方が正確だっただろう。ソウルズも何発か反撃してきた が、サオリは攻撃の手を緩めなかった。 やがてソウルズの抵抗はやんだ。だが、サオリは狂気の光を瞳にたたえて、 ソウルズの頭部に槍を突き立て続けた。返り血が顔を濡らしていたが、サオリ はそれを拭おうともしなかった。 つづく
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