連載 #5061の修正
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第一章 発音分析 はじめに 人にはそれぞれ興味のあることとないことがあり、好みもまたまちまちである。 私は人一倍〈発音〉や〈発声〉に対して関心が強く、自分のことは棚に上げても、 他人の話し方に批評を加えたがる人間である。 今回、少しくどくなるかも知れないが、最近の動向、とりわけ若者たちの発音の特 徴につき、私の好みに従って分析し、結果を報告させていただく。 実は、つい先ほど重要な発見をしたので、もしかすると日本中で私が最初の発見者 となるかも知れず、早速ここに私見を発表して置く次第、と言うと大げさだが、結論 はごく単純な一点に尽きるのであった。 1 ラ行の色々 日本語のラ行は、RA RI RU RE RO と書くが、外国語のRとは少し違う ようで、例えば、英語のRは、舌の先を上に巻き上げた状態から発音するが、舌先は ほとんど口蓋に触らないらしい。 ドイツ語やフランス語の舌根で発音するRは、我々日本人には真似しにくいが、舌 先を口蓋に付けて振るわせる発音の方なら、いわゆる〈江戸っ子の巻き舌〉と同じで さほど難しくない。けれども、この〈巻き舌〉のラ行が絶対に出来ない人も世の中に は大勢居る。 それよりも気になるのは、ラ行をLのようにしか発音出来ない日本人が結構居るこ とで、これを言うと他人を馬鹿にしたように思われるから、あまり詳しくは述べられ ないが、確かにあれは本人も苦になるらしい。 流行歌手の中にラ行の発音の下手な人が何人か居て、Lまたは巻き舌のラ行で歌っ ているが、歌の場合はあまり目立たないから問題は少ないようだ。 酔っぱらうと最初に発音出来なくなるのがラ行であることからみても、Rは一番巧 緻な言葉なのかも知れない。 2 サ行のTH 私が中学生時代の同級生に、サシスセソを英語のTHに似た発音で話す男が二人居 た。厳密にはTHとも少し違うし、二人全く同じ発音ではないが、空気が舌の横から 出る感じで、Sの子音が弱く聞こえるのである。 それを指摘したら、彼らは面白くなさそうに異議を唱えた。 「俺、そんなこと言われたの盲学校に来て初めてだ。前の学校(普通校)ではそんな 風に言われたことなかったぞ!」 なるほど、これは一種の差別やいじめにもつながるが、私としては単なる〈感想〉 のつもりだったのである。 3 子音の強調 最近はガ行の鼻濁音を使う人が少なくなり、特に流行歌やニュー・ミュージックの 歌手は皆鼻濁音を使わなくなった。一つには、リズムを強調するために鼻濁音でない 方がよいという理由もあるらしい。 それにしても、アナウンサーに鼻濁音を使わない人が多くなったのは意外な気がす るが、この頃は自由でよいということになっているのだろうか? 今から20年ほど前、多分昭和50年代だと思うが、私は妙なことに気がついた。 若い女流歌手や声優の中に、『ジュ』を「チュ」に近く発音する傾向が見られるよう になったのである。 例1:十九歳=『ジューきゅーさい』→「チューきゅーさい」 例2:10時から=『ジューじから』→「チューじから」 解説:勿論、完全に『ジュ』を「チュ」と発音するのではなく、ジュとチュの中間 くらいのアクセントになるようで、これは舌と口蓋の間から息を衝突的に出し過ぎる ことによるのであろう。外国語の影響かとも考えたが、はたして理由は何なのだろう か? 4 SH CHなど その数年後、昭和58年頃から、『シャ シュ ショ』『チャ チュ チョ』がきちん と発音出来ない若者が現れ始めた。 例1:『そーでショー』→「そーでセョー」 例2:『いきまショー』→「いきまセヨー」 解説:子音のSHの音がしっかり発音出来ないのである。 例3:『チョっと』→「ツョっと」 例4:『チョーしがわるい』→『ツョーしがわるい」 解説:これもCHの発音がうまく出来ていない例である。 しかし、まだ当初は十人中一人か二人くらいの、それも高校生の女の子に多かった のが、しだいに割合が増してきて、やがて、チャ シャ も聞き苦しい発音になって きた。 例5:『チャわん』→「ツャわん」 解説:上の例を口に出して素早く言ってみてもらうと分かるが、私のような旧式の 人間には、いかにもこれは耳触りで気持ちが悪い。 例6:『シャぼんだま』→「スャぼんだま」 余談になるが、先年北海道旅行をした時の話、バスガイドさんが感じのいい人で、 説明も対応も申し分なく、若い女性に似合わず発音が明瞭だった。 ところが、知床を巡っている時に、乗客の一人が聞いた。 「あの山は何ですか?」 するとガイドサンが答えた。 「サリだけです。」 例7:斜里岳=『シャリだけ』→「スャリだけ」 解説:上の例で、「スヤリだけ」よりもさらに極端に発音が変わって「サリだけ」 となっていたのである。 昭和60年を過ぎると、いよいよ若者の発音が変化してきて、『チュ』が特にひど くなった。 例8:中学生=『チューがくせい』→「ツーがくせい」 解説:この場合、チュ ツ チ の丁度中間くらいの発音になっている。 一番特徴的なのは、『ジャ ジュ ジョ』の発音で、「ヅャ ヅュ ヅョ」、あるいは 「ゼャ ゼュ ゼョ」と聞こえる。 例9:『ジャア』→「「ヅャア」 例10:冗談=『ジョーだん』→「ゼョーだん」 5 母音の変化 私が老人の男であるせいか、特に若い女の子の発音が大きく変化してしまったよう に感じる。 ア段(アカサタナハマヤラワ)が、オ段(オコソトノホモヨロヲ)の母音に近づい てきており、さらに極端なのは、エ段(エケセテネヘメエレヱ)が、イ段(イキシチ ニヒミイリヰ)に接近してきたことである。 例1:『そレデ』→「そリディ」 解説:決して私が大げさに言っているのではない。 例2:定期券『テイキケン』→「ティイキキン」 解説:この場合は文字で書くと若干大げさだが、エ段とイ段の中間の母音であるこ とに間違いない。 そして、若者たちの言葉はますますエスカレートし、母音のオ段もウ段に近くなっ てきた。 例3:『ソレデー』→「スリディー」 例4:『コマッチャウンデスケドー』「クマッツャウンディスキドゥー」 解説:上例においても、→より前と後との中間よりも、むしろ後者に近く発音して いる少女が多いのに驚かされる。 6 母音の短縮 もう一つ、最近の若者の話し方の特徴として、母音をごく短くしか発声しないとい う癖がある。 例1:そのことはよく調べてからでないと答えられません=『ソノコトワヨクシラ ベテカラでナイトコタエラレマセン』→「スヌクトゥワユクシラビティカラディナイ トゥクタイラリマシン」 解説:事実これに近い発音をしている女の子が増えてきて、もしかすると、3〜4 割に達しているかも知れない。 同じ理由で、『シ』の母音が極めて短く不十分なために、「ス」と聞こえる場合が 多い。 例2:『ジットシテマス。』→「ズィットスティマス。」 例3:『ドーシマシタカ?』→「ドースマスタカ?」 解説:東北弁とはまた違った発音であることに注意されたい。 7 原因発見 正直な所、私は上述したような発音に、いらだちどころか腹立ちすら感じながら、 いったい何が原因でこのように日本語が変わってしまったのかを考え悩んでいた。 そして、つい先ほどその理由が分かったのである。 分かってみれば簡単な理屈であった。 すなわち、彼らは唇をほとんど動かさずに話をするからである。 試みに、上と下の唇をほんの少し開けるだけで、そのまま口の形や大きさを全く変 えずにしゃべってみよう。 正に私が述べた幾つかの事例と同じ発音になるのである。 私は今までこんな単純な理屈に気がつかなかったが、案外知らない人が多く、文章 や評論にこのようなことを書いた学者はほとんど居ないと思う。 結論を言ってしまえば簡単だが、これが近頃の日本語の実体だとすると、先々が案 じられてならない! やはり従来のように、 「 ア イ ウ エ オ」 「 ア エ イ オ ウ」 と言うように、唇を十分動かす発音、口を大きく開ける発声法を身につけ、美しく 爽やかな日本語で話をしてほしいと強く願う者である。 [平成9年4月28日 竹木貝石]
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