連載 #5048の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「FFF作物認可以前に冷凍保存された精子を買い付ければいい訳か……」 「納得されました?」 「いや、まだ一つ。将来、実験の結果を公表する段になったとしましょう。教 団は、その子達がFFF作物を一切食べていないと、どうやって証明するんで しょうね」 「……さあ」 顔をしかめ、そして苦笑する禰津。 「さっきと同じ回答になりますが、部外者の私には分かりかねますねえ」 「やれやれ。頼りにならない情報源のようですね」 思いきり芝居がかって、頭を振ってやった田守。 「ふふん。全ての手札を正直に開くとは限らんですよ」 禰津も負けじとばかり、鼻の下をこすった。 「さて、この辺りでコメントをいただきたいんですが」 「私個人の見解でよろしければ。つまり、間違っても、この研究所の総意とは 受け止めないでもらいたい」 「結構ですよ。名前も出さない方がいいんでしょうねえ?」 「そう、ですね……。難しいな。要するに、証明されたらという仮定の話にな るんでしょう? 私はそういう事実がないものと確信しているからね。仮定の 話に答える気はありません。仮定そのものが無意味だ」 「ならば、計画の存在を知って、どういうお気持ちです?」 「度を過ぎた信仰は、害をもたらすだけ……かな。N計画が事実ならば、少な くとも子供の人権を無視していると思いますよ。ま、その辺の問題には詳しく ないので、これ以上の言は差し控えますが」 「いやはや、面白くないコメントだ。ああ、失礼」 肩をすくめると、禰津はいささか下品な笑みを漏らした。食後、爪楊枝で歯 の間を掃除するときに似た音を立てている。 「専門家の立場から、計画の手順に難点を挙げるとすれば」 「詳細が分からないから、答えにくいですが……さっきも言ったように、その 子供達がFFF作物を一切摂取していないことの証明ができないのが大問題。 他は、まあ、これも何度も言うようだけど倫理面。専門家も何もあったもんじ ゃない」 田守の返答に、禰津は再び肩をすくめた。 「さいですか。んー、どうも締まりが悪い。こうなったら、切り札を出しまし ょう」 「何ですって? まだ何か材料があるんですか」 どうせ大した物ではないだろうと思いつつ、田守は相手を促した。 「聞かせてもらいましょう。今度はもったいぶらずに頼みますよ」 「そうですね」 案外、素直にうなずくと、禰津は先ほどと同じように、単語をいきなりぶつ けてきた。 「卵」 「……それが何か」 相手のペースにはまらないようにと、警戒する田守。 禰津はにやりと唇の端を曲げ、誇るように言った。 「将来、人は卵から孵るようになるみたいなんですよ」 「……馬鹿馬鹿しい」 「いや、ほんとですよ。世界各国でちらほら、報告されてる。合衆国で一例、 ドイツで一例、東南アジア諸国では合わせて四例。不明確なんですが、アフリ カでも二例、起こっているらしい」 「国がどこかよりも、どんな事態が起こったのか、説明してくれないと、話が 見えません」 眉に唾しながらも、詳細を求める田守。 禰津は大げさに手を打って、顔色を明るくした。 「それもそうでした。私が最初に知ったのは、合衆国の例でして、マリー=ギ ャザウェイなる女性、どこにでもいる主婦ですが、彼女が三十のときに生んだ 子供がね。ま、死産だったんですが、カルシウムを主成分とした殻に覆われた 状態で出て来たんですよ。いわゆる卵型じゃなくて、胎児をカルシウムでコー ティングしたような具合だった。死んだのは、臍の緒がカルシウムの殻のおか げで壊死してしまったせいらしい」 「まさか。連中が好きなキャンディッド・カメラかジョークの類でしょう。宇 宙人の遺体発見や超巨大バッタ飛来なんかと同様の」 「違います。事実なんですよ。写真だって、入手しました。白黒コピーで、非 常に分かりにくいんですがね」 禰津は鞄を引き寄せると、中から大きめの封筒を取り出した。 が、それを手で制する田守。 「写真は嘘をつく。私は写真を信じないから、たとえ専門家のお墨付きがあっ ても、見せてもらう意味がありません。あなたの話にしても、確証か、何らか の有効な傍証がない限り、これ以上聞いても時間の無駄です」 「ははあ、さすが学者さんだ」 「職業は関係ありません。そういう考えなんですよ。禰津さん、あなたにもう 手札がないのなら、私は戻らせてもらいます」 腰を浮かせる田守。 「気の早い人だ。現時点では、症例が非常に少なく、世間的には目立ってませ んがね。欧米で頻発するようになれば、きっと大ごとになりますよ」 「そういう先の話は、知ったことじゃないな。カルシウムを吸収する機能に異 常を来たし、胎児に悪影響が出た。こういう考え方ができるだけで、いきなり FFFと結び付けるのは、論理の飛躍では? FFFが関係しているかどうか、 その積極的な証拠があれば、話は別ですが」 田守がそのまま立ち去ろうとすると、禰津は慌てたように、鞄から第二の資 料を取り出した。 「これなんか、どうです?」 報告書めいたA4用紙が数枚、現れる。書いてある文字は日本語だ。 「何か、分析結果の報告文らしいが……これは?」 田守は再び腰を下ろした。 「アジアの某国から、取り寄せましてね。専門家に調べてもらったんですよ」 「取り寄せたって……」 「胎児を覆っていた殻を手に入れたんです。ほんのひとかけらですが。いや、 苦労しました」 笑みを浮かべる禰津。入手に成功した喜び以上に、田守の反応が楽しみで仕 方がない様子だ。 「手短に言えば、胎児を包んでいた殻には、主成分のカルシウムの他、FFF が独自開発した遺伝子運般物質が微量ながら、含まれていたって報告です」 「運般物質−−トロッコが?」 「そう、そのトロッコ。FFFの食物を体内に入れても、何の異常も起こさな いし、体内に残ることもない。これが建前でしたよね」 「建前じゃあない。事実だ」 「あ、そうでしたか? でも、密かに残っていたとは考えられないですかねえ。 この卵の殻が、その可能性の高さを如実に表している」 「データとしての信憑性が薄い。その殻を、こちらに渡してくれませんか。加 えて、その女性が普段、どのような食物をどう調理して摂取していたのか、そ の情報も必要です。私達でも調べてみますよ」 「あいにくと、入手できたのはほんのわずかだったもんで、こちらで専門家に 調査を依頼して、使い切っちまったんですよ。女が何を食ってたかなんて、今 となっては、確かめようがありません」 禰津の返事を、田守は一応、怪しんでみた。が、そうしたところで真実が分 かる訳でもなし、頭を切り替える。 「話になりませんね、禰津さん。FFFのせいだなんて、とても言い切れない でしょう。さっきも言いましたが、何らかの別の原因で病気になった人が、そ ういう胎児を生むのかもしれない。殻にトロッコが含まれていたという話も、 その病気故じゃないんですか? 病気のおかげでトロッコは体内に残り、殻に 混ざる形で排出された。こう考えたって、合理的です。FFFに落ち度はない。 身体に起こる異常全てを、途中の段階を飛び越えて、我々のせいにされても迷 惑だな」 「そうとも言えます、確かにね」 「結局のところ、あなた、何を言いたいんですか。はっきりして欲しい。時間 切れになりますよ」 今日の田守にとって、時間なんて本当はどうにでもなるが、敢えて押し通す。 「FFFからコメントをもらったあと、どうすべきかを考える心算でしたが… …まあ、面白い方向に持って行くつもりですよ。妊娠期間が今のようになった のは、やはりFFFのおかげだってね」 「皮肉ですか」 「さあて? 割と世間も歓迎してくれるかもしれんですよ。面白い賭じゃない ですか、これは。けれども、もし卵から人間が生まれるようになったら、いく ら何でも大騒ぎだろうなあ」 「それだけですか。終わったんでしたら、お帰りください」 素っ気なく言い、先に立ち上がる田守。手には、禰津が持ち込んだ書類がし っかり握られている。 「これはもらっときますよ。いいですね?」 「……どうぞ」 禰津も立ち上がった。首をすくめ、何度か振っている。 「ただし、外に漏らさないでくださいよ。やっとのことで入手した情報ですか らねえ」 気を取り直したようにそう言うと、口元だけで笑いながら禰津は部屋を出た。 普段通り、友達と別れ、美香は家路を急いでいた。 普段と違ったのは、狭い道に折れた途端、停まっていた銀色の車の窓が降ろ され、話しかけられたこと。 「お嬢ちゃん。道を教えてほしいんだけど、いいかな」 サングラスをかけた、髪の長い女の人。優しい声だ。化粧が若干濃いと言え なくはないが、その唇の形は多くの異性に美人を想起させるであろう。 「どこですか」 美香は立ち止まり、おずおずと答えた。 「**小学校よ」 「あ、だったら、知ってる。私の行ってる学校」 明るい調子になった。 相手の女の人も、にこりと笑う。 「よかった。どう行けばいいのかしら?」 「そこの道に出て……」 身振りを交え、説明を試みる美香。やたらと右に曲がってだの左に曲がって だのが多い。 「分からないわ。目印になるようなお店や公園なんて、ないのかな」 「うーんと−−」 美香が通学路を脳裏に映し出そうとしたその刹那だった。 いつの間にか現れた大きな影に、少女の小さな身体は抱きかかえられた。 データの整理に追われる田守の元へ、弓削所長から電話があった。 「どうだった? うるさかったろう」 笑いをかみ殺したような口調で、弓削は話しかけてきた。 「……さっきの記者のことですか?」 「記者じゃない。ジャーナリストとか名乗っていたぞ。ジャーナリストの方が、 意味が広いはずだよ」 「どちらでもいいです。ああいう輩の相手は、二度としたくないですね。確定 的なことを何も言わない。擬似餌をちらつかせ、大ネタを引き出そうとしてい る」 「私だって、過去の経験で学習した。もうこりごりだ。だから、君に預けてみ たんだが」 「次からは、他の人に回してください」 「君を高く買っているから、責任持って対処してくれると踏んで、回してあげ たのだがねえ。ははは。次の機会には、そうしよう。それで?」 相変わらず、省略した質問を投げかけてくる弓削。田守は内心、呆れつつも 禰津のもたらした情報のあらましを伝えた。 「人間が卵から? そいつはいいねえ! 今以上に子育てが楽になる」 弓削は、無責任な調子で笑った。 「お腹を大きくしてる期間が短くて済むし、生まれる子供もきっと、かなり成 長してるに違いない。孵卵器さえちゃんとした物ができれば、安心だ。はっは」 「……我々はいっそのこと、乳児用の食物を開発しますか」 「いいね。特別な調理をせずとも、赤ん坊でも食べられるような、たやすく消 化できる米や豆。行けるかもしれんよ」 田守の冗談を、まともに切り返す弓削。 「ま、ああいう輩を気にしていては、やってられん。どうせ、いつものあれだ よ。あることないこと吹っかけ、金をせしめようとする」 「そう思われるんでしたら、最初から追っ払ってください」 「今時、そんな奴も珍しくなったから、失念してしまったのだよ。ところで、 君の現在の仕事は、どうなっている? 何か、発見はあったかな」 「メールでお伝えしてますが……」 どうせ自分の研究にかまけて、未読なのだろうと判断し、田守は続けて説明 する。 「言ってしまえば、まだ芳しい成果はありませんよ。完成したとしても、売れ るのか、疑問ですね。他にうまい物があふれているのに、好きこのんでヒヤシ ンスの球根やぺんぺん草を食べる人間がいるとは思えませんよ」 「本社が、食べられない物を食べられるようにとお望みなんでね。宇留野さん 自身が、げてもの好きという面を持ち合わせているせいもあるか」 笑いが、ひひひという品のない声に変わった。 「要するに、一時のブームに乗せて、売れればいいって訳ですか」 「そんなところだよ。ま、頑張ってくれたまえ」 電話は切られた。 戦時中はどんな植物でも口にしたという話を思い出しつつ、田守はため息を ついた。 −−続く
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