連載 #5039の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
冷たい雨が徹の顔に、降り注ぐ。 買物帰りのおばさんは土砂降りの雨の中、自転車で道路を傘もさ さず走る徹を、奇異の目で見ていた。既に彼の学制服は、じっとり と濡れており、額から流れ落ちる汗は雨と混じり合って、頬を流れ 落ちていった。 風になびく髪から伝った汗と雨水は結晶のように、風のなかに吹 き飛んだ。 徹は冷たい突きささるような雨に耐えながら歯ををくいばりなが らペダルを強く踏みしめる。街は豪雨による斜めの切り込みが煌々 と迸っていた。 スーパーマーケットの横を彼は、一陣の風のように吹き抜けた。 陰惨としたグレーの雲が街を覆っていた。信号は青から赤へ。そ の重い赤は雲ばかりの背景の空に、ぽっかりと映えた。 自転車は横断歩道を、黒い傘をさした茶色の帽子を被った中年紳 士をすれすれで避けながら、走り過ぎていく。 「あ、あぶないじゃないかっ! 君ィ!」中年紳士は驚いて横に飛 びのきながらそう叫んだ。 が、自転車は既に遠くの本屋の前を走っていた。 「・・・・・・みんな死ぬのか・・・・・・みんな・・・・・・」突然、徹は声を震わ せてそう呟いた。その声は雨音にすぐにかき消された。 15分くらい前だっただろうか。徹は学校から帰宅するといつも どおり、弟の智明のいる茶の間でゲームをしていた。徹の部屋は2 階にあって、2階まで行って、学制服から洋服に着替えるのが、面 倒だったのでそのままの姿でいたのだった。徹はこたつに寝転びな がら、少年の横顔でブラウン管を眺める。汗ばむ掌でコントローラ を握り締め、二次元のゲームの世界を泳いでいた。その横では徹の 弟の智明が、兄と同じように寝転んでいた。兄が失敗すると、嬉嬉 として笑うのである。徹とは年が近い割には仲が良かった。 突然、廊下の電話が鳴り響いた。徹は現実の世界に唐突に戻され た。 「おい、智。電話出ろよ。俺、今、ボス戦で手が放せないんだよ。 オイ。 智!」 しかし智明は返事をしなかった こたつの生暖かい温度が、余程 気持ち良かったのだろう。徹の横で可愛らしくスヤスヤと眠ってし まっていた。 徹は電話を無視しようと思った。しかし、電話はしつこく、鳴り 続けた。 「もぉ! なんなんだよ。しつこい奴だなぁ。誰なんだよぉう」 徹は廊下にバタバタと走り出て、乱暴に受話器をとった。 「はい! もしもし、甲斐ですけど。どちらさまですかぁ?」少し 苛ちの混じった声になってしまったと、徹は言ってから反省した。 「と、徹、徹なのか!? 母さんはどうしたぁッ!?」 受話器から聞こえてくる凄まじい絶叫に、徹は思わず片目をつぶ り受話器を遠ぞけた。 「なんだ。父さんか。そんなに叫ばなくても聞こえてるよぉう! もう少し小さい声で喋ってよ。耳が痛くなっちゃうよ!」 「いいから、母さんはどうしたんだっ!? もう、帰っている時間 だろ」 「・・・・・・えっ、母さん?」徹は振り返り玄関を見た。「変だなぁ。 いつもならもう帰ってる時間なんだけど。買物でもしてるのかもし れないよ」 「なんだと! エーイ、くそぉ! なんてついてない。どうしてこ んな時にィ!」電話の徹の父の口調がやけに激しいので、徹は少し 不思議に思った。 徹の父は、彼の勤める会社が今年度、支部拡大のため海外へ乗り 出し、その交渉のため、大学で英語学を専攻していて何度かアメリ カに行ったこともある徹の父が、シカゴに海外出張させられたので ある。明日には日本に帰る予定であり、今頃、電話をかけてくるこ と自体、徹には不思議だった。 「どうしたの? 何かあったの?」 「い、いいか? 徹。今からお父さんが言うことを落ち着いて聞け よ!」 「え?」 「いいから聞きなさいっ!」いつもは、滅多に怒ったこともなく、 笑った柔和な声しか聞いた事がない父のこんな、取り乱した声を耳 にするのは徹は初めてだった。 「・・・・・・わ、わかったよ」 「よ、よし。・・・・・・ええと、何から説明すればいいのだろう。・・・・ ・・・・・・・・アメリカの統治する軍備メインコンピューター、通称、G IGWWEUCPUというのがあるんだ。・・・・それは。ええっとな んていえばいいのだろうか。米軍が完備する、核兵器を始めとする 全ての兵器を指揮し、支配するプログラムの事だ」 徹には父が突然訳の分からない話を始めた意味が理解できなく、 唯々困惑していた。 徹の父は更に話を続けた。「それは国家レベルで厳重な注意がお かれ、大統領だって勝手にいじくることは出来ないという話だ。し かし、そのメインコンピューターの何十ものパスワードを破り、ネ ット上で聞いた話では、海千山千のあるハッカーがそのコンピュー ターにウイルスを送りこんだという事だ。詳しい事は父さんもわか らない。テロリストともフリーメーソンとも言われている。そ、そ してだなぁ・・・・・・よ、よく、聞けよ」 「父さん、何を言っているの? 僕、そういう事、あまりよくわか らないんだけど・・・・・・」 「だから、そのだなぁ。米軍の兵器が、国の手を離れてしまったの だ。暴走し始めたのだ。そして、そして、・・・・・・な、なんというこ とだろう。世界各地に無造作に核攻撃を始めたんだよ。は、はひゃ 、ひゃ、ひゃ、世界の終わりだ。ひひ」徹の父親は明らかに、精神 的に極限状態を越えていた。その、刺々しい口調の端々からは恐怖 の色が滲んでいた。 徹は完璧に理解してはいなかったが、何となく話の内容は分かっ た。 「そ、そんなばかな事・・・・・・信じられないよ。世界の終わりなんて そんなあるわけないじゃないか!」 徹の父は自嘲気味に話を続けた。他人に自分の心理にあるものを 全て曝け出して、自分の狂いだしそうな思考を落ち着かせようとし たのである。「クク。あるんだよ。既に何個かはアメリカの周辺に 投下されているんだ。ここも既に放射能汚染が始まっている。空気 が微妙に重い感じがするんだよ。ねっとりとした嫌悪感が肌を伝わ ってくるんだ。ふはは、日本でも、もう少しでテレビで言うと思う ぞ。日本政府はどう発表すればいいか、戸惑っているのだろうな。 特番でも組むのかねぇ。あと少しで、みんなおっちんじまうってい うのによぉ。ヒ、ヒヒヒヒ」 「・・・と、父さん。何を笑っているんだ」 「・・・ヒヒヒ、あと数時間、いや、私はあと数十分で確実に皆、死 ぬんだ。わ、笑いたくもなるさ。わ、私はまだいいほうさ。見てみ ろ。あの男を、ひひひ、どこへ逃げ出すんだ。走って地球の外にで も逃げ出すとでもいうのか。ククックック・・・・・。広島の投下され たものの、何千倍もの威力のものが、世界中にばらまかれるんだ。 クク、こりゃあ、ファーストインパクトで恐竜が全滅した時なんて 目じゃない。地球自体に亀裂が入るだろうぜ。ヒヒヒヒヒヒヒヒッ ッッ!」 「・・・・・・と、父さん」 徹の父親は迫り来る死の恐怖で発狂しかけていた。徹の持つ受話 器からはもうヒヒヒという悪魔の笑い声しか聞こえてこなかった。 徹の父親は、狂っていく自分の理性のなかで、最後に何故、日本 に電話をかけたかを走馬灯のように思い出した。こんな狂人のよう な不様な電話をかけたかっのではなく、ただ、ただ、彼の妻に伝え たかったのだ。 ・・・・・・愛していると。最後だから非常時だからこそ、言える言 葉だった。彼は、電話ボックスのガラスの中で、精神に異常をきた したもの特有の、下劣な笑みを浮かべながらピエロのように、けた たましく笑った。しかし、笑っている彼の目からは、涙が零れてい た。 徹は自転車を走らせながら、悶々とした空を仰いだ。さっきまで 怒濤のように降り注いでいた雨が小降りになり、やがてピタリと止 んだのだ。しかし、どす黒い陰湿な雲はまだ、びっしりと雲を覆っ ていた。 「雨が止んだ」徹はそう呟くと又、自分の雨でビショビショの制服 の重さを感じながら軋むペダルをこぎ始めた。 この時、日本政府はこの異常事態を国民にどう伝えればいいか。 悩んでいた。世界の破滅という真相を明白に告知することは、国民 のパニックを引き起こすだけだと考えたのである。しかし、インタ ーネット上ではもうそこらじゅうで、様々な情報は荒れ狂う飛龍の ように飛び交い、国民はパニック寸前だった。 その不信感はメディアの最大の源、テレビ局に影響をもたらした 。どうなっているんだ。という電話が殺到したのである。今までテ レビ、ラジオでの一切の情報漏れを極限まで遮断という特殊令を出 していた政府はようやく幾度による会議によってなされた、見解を 発表した。 全てのテレビ局は、字幕スーパーで以下のように政府の暖味なコ メントを流した。 #アメリカ政府が世界各地に核攻撃を開始した模様、既にオース トラリア、中国、フランス、ロシア、ベルギー各地が被爆したとの 情報が入っています。アメリカ政府の見解。被爆地の様子。等、詳 しい情報はまだ分かっていません。次の情報を待ってください# ネット上で真実を見たが、あまりに恐ろしくて信じていなかった 、いや、信じたくなかった者達も、日本での全テレビ局でのその字 幕スーパーで流れてきた文字を見て、確信へと変わった。その確信 は即座に冷たいひんやりとした、暗礁の恐怖に変わっていった。 「あ、飛行機だ!」徹は目で確認出来るくらいの高度を飛んでい る飛行機を、街の全景がが眺められる坂の上で仰いだ。「・・・・・・何 処へいくのかな」 飛行機を覆うどんよりとした雲は何処までも、不気味なコールタ ールのような色で、街の端まで続いていた。 「この雲、嫌だな。まるで皆、死ぬみたいじゃないか・・・・・・」 徹の耳にはまだ、電話での父の狂気の笑い声が響いていた。その 声を掻き消すかのように、何処からか突然サイレンの音が、聞こえ てきた。 坂の頂上に吹き寄せる激しい風は、少年の髪をなびかせ破滅の空 に帰っていった。
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