連載 #4988の修正
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先に述べたが、私の想像では、武芸者は特殊な立場にあったと思う。 古流柔術の体系中には、陰陽道といった呪術の技術も組み込まれていた。昔の 社会ではそうした術は実用的な技術体系の一部であったように思う。 剣の技術体系の中に、陰陽道のような呪術が組み込まれていても、不思議は無 いように思える。そもそも、民俗社会における武芸者の位置とは、陰陽師や修験 者と同様の位置にいたのではないか。 武芸者というものは、稲妻使いとよばれていたようだ。これはいわゆる憑き物 筋に対する呼称を思わせる。つまり、武芸者は、ある種の式神ないし、御法童子 のような使い魔を利用する魔法使いと同じレベルで捉えられていたのではないか。 小松和彦氏の憑霊信仰論を読むと、村落共同体の中で、富のバランスが崩れた 際に、それを憑き物筋の抽出によって解決しようとしたとされている。又、異人 論においては、村落共同体の外部から訪れたものが、共同体に対して富、又は、 災厄をもたらすものとしている。 民俗社会において、差異化の機能にて抽出され特殊な役割を担わされる者は、 二種類あるといっていいだろう。それは、 @村落の内部において、異端者として見なされるもの。 A村落の外部と接触した、あるいは外部から来たもの。 いわゆる憑き物筋は@のパターンに相当する。修験者や陰陽師については、A のパターン。憑き物筋は富の偏りによって発生するかのように、憑霊信仰論では 論じられている。しかし、実際問題として異端を抽出し「しるし」を付ける動き というものは、民俗社会の根元的な動きとしてあるように思える。 例えば、病にしても憑き物筋の対象になるだろうし、精神の病、過度の浪費、 極端な言動もなると思う。これは私の考えであるが、ミシェル・フーコーが狂気 の歴史や監獄の歴史で述べていたように、資本主義社会が成立する以前の社会で は狂人をルナティック・アサイラム(精神病院)へ収容する制度は無かったよう だ。この事からすると、民俗社会の人々は、常識からはずれた言動を行う者に対 して、憑き物筋といった形で共同体内部において特殊な地位を与える事により、 狂気と対面していたのではないかと推測している。 そして、精神病院がそうした異端者を収容するようになると共に、民俗社会も 崩壊していったのではないか。先に述べた仏生寺のようなサヴァンたちも武芸者 と呼ばれたとすれば、民俗社会の異端者=憑き物筋と同列におかれた可能性はあ ると思う。又、極論すれば、かつてサヴァンのような異能者が生き延びる道は、 陰陽師、修験者、武芸者となる事だったように思える。 さて、こうした民俗社会で異端であると見なされた者が、どのような力を持っ ていたのか。呪術とは、おおざっぱないいかたをすれば、病のコントロールのよ うに思える。小松和彦氏の憑霊信仰論において提出された例では、足の機能を一 時的に麻痺させて怪我をさせるといったものがあった。 病を極論すれば、意識のおよばない部分で身体機能が、異常をきたすというこ とだろう。これが、意識から離れ集合無意識の配下にある部分だと仮定すれば、 民俗社会において集合無意識レベルで発生しうる病を異能者はあやつる事ができ たと仮定できる。これは、現実にできたかどうかはともかくとして、そう信じら れていたと言えると思う。 さて、私の結論としては、心の一法とは民俗社会の信仰を利用した術だったの ではないかと、考えている。民俗社会では、武芸者も修験者と同様に、呪術を使 い病を操ることができると信じていた。その信仰による現象を発生させるシステ ムを武芸内に取り込んだのが、心の一法ではないだろうか。 又、武芸者の剣を使うといった技自体が、戦場での有用性から離れた陰陽師や 修験者の加持祈祷の技術と同等に見られていたのではないか、とも思える。 チャンバラ小説 完
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