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「始発電車殺人事件」 連載第15回 叙 朱 (ジョッシュ) 48 新宿 午後二時四十五分。 警視庁S署の立花捜査課長は相変わらず機嫌が悪かった。箱崎でも成田でも 倉科エリコはまだ網に掛かってこない。どうも、嫌な予感がする。そこに興奮 気味の捜査員から連絡が入った。 「片っ端から航空会社の予約を聞いて回りましたら、見つかりました。」 それは箱崎のTCATからだった。 「今日の午後三時十分発NW航空マニラ行きに、クラシナエリコの名前で予約 があります。切符も購入済みです。しかしコンピュータで調べてもらったら、 まだチェックインはしてません。倉科エリコは成田空港にいるのではないでし ょうか。」 よし捕まえたぞ。立花は立ち上がって壁の掛け時計を見た。午後二時四十五 分。NW航空の出発時間までにはまだ三十分ある。よし捕まえたぞ。立花は成 田の捜査員にNW航空のカウンターへ急ぐように指示した。NW航空の成田支 店にも念のために電話を入れる。倉科エリコがカウンターに現れたら、引き留 めておいてもらうのだ。 立花は、この嫌な感じの事件に何とか早くけりをつけたかった。 49 中央林間 午後三時。 江尻啓介は、社に電話をしてくる、と病室を出ていった。山下は静かな寝息 を立てる幸代と二人で病室に残された。点滴の液が間断なく落ちている。山下 は黙って幸代の寝顔を見つめた。出会った頃はころころと太り気味の丸顔だっ たが、こうして見ると幸代の顔はいつの間にか細っていた。山下は胸をつかれ た。幸代の頬をへこませたのは山下自身だった。仕事、仕事と山下の目は外ば かりを向いていた。幸代の思いに気を配ったことがあったのか。 一体、何をしてきたんだ。山下は自分に問いかけた。啓介の話はそれまで狭 かった山下の目を大きく開かせた。山下の降格帰任の話に眉をつり上げて怒っ た幸代の指摘は正しかったのだ。そして行動を起こした。なにも文句を言わず 帰国しようとした山下に目覚めて欲しかったのだろう。 山下はシーツからのぞいている幸代の手に触れてみた。気のせいか幸代の指 までが細くなったような感触に山下は言葉をなくし、うつむいた。 50 長津田 午後三時。 静岡県警A署から移送されてきた木村弦一は、休む間もなく神奈川県警N署 の取調室に入った。木村弦一に対する逮捕状は執行待ちの状態だったが、形と しては任意の事情聴取となった。 捜査主任の柏木警部とN署の嶋田捜査係長が取り調べに当たった。木村は取 調室の椅子に腰を下ろしても、おどおどしていた。人定質問、被疑者の権利通 告の後、まず嶋田が質問した。 「河田一成さんが今朝のT電鉄始発電車の中で亡くなりました。腹部を凶器で 刺されての失血死です。河田さんの自宅が犯行現場に特定されました。マンシ ョンの管理人によると、あなたは今朝早くに河田さんを訪ねていますね。その いきさつをまず教えてください。」 嶋田は丁寧な口調で始めた。木村は俯き加減にしている。聞き取りにくい小 さな声で話し始めた。 「河田さんから電話があった。すぐにマンションに来てくれと言われた。」 嶋田はうんうんとうなずきながら聞いている。まるで幼い子供の告白を聞い ている父親の感じだ。嶋田が優しい声音で質問を続ける。 「その河田さんからの電話はどこで受けたのかね?」 木村は俯いたまま答える。 「アルバイト中のトラックです。今朝は頼まれて新聞の配送をしていたもので。 携帯電話にかかってきました。」 柏木が質問をはさむ。 「河田さんに携帯電話の番号を教えていたの?」 柏木も嶋田に倣って出来るだけ優しい口調で話した。木村は小さくうなずい た。ということは木村と河田はある程度の親交があったのか。 「河田さんも時々カラオケに来てましたから。あ、僕は本業で、カラオケの店 をやっているんです。月見野にあります。」 木村の話し方はまとまりがなかった。あまり頭は良さそうではない。むしろ 三十五歳という年齢にしては、頼りない喋り方だった。嶋田が先に進める。 「マンションについたとき、河田さんはどんな様子だったのかな?」 「はい、包丁の刺さった腹を抱えて、台所の椅子に座っていました。僕が入っ て行くと、車に乗せてくれと言いました。」 木村は相変わらず小さな声だ。柏木は眉をひそめた。嶋田は一度そんな柏木 の顔をうかがい、それから木村に質問した。 「着いたときには河田さんはもう腹部を刺されていたというのか?それじゃあ、 一体誰が河田さんを刺したんだ?」 木村は肩をすくめる。 「そんなことは分からない。でも、河田さんは娘に刺されたと言ってたような 気がする。」 木村はとんでもないことを言いだした。娘に刺された?柏木は一瞬、道江の 手を握りしめていた河田の娘の顔を思い出した。しかし彼女は母親と横浜の実 家に行っていたはずだ。嶋田も柏木と同じ事を思ったらしい。嶋田の声が苛立 ちで強くなった。 「いい加減なことは言わない方がいい。娘さんは母親と横浜へ行っていた。あ の時間に河田さんを刺すことは出来ない。」 木村は、嶋田の強い口調にびくりとしたが、低い声で抗議した。 「だけど、河田さんはそう言ったんだ。それで、娘を罪人にしたくないので、 車で医者に行く必要があるって。そんなこと言われて困ったよ。」 嶋田が柏木の顔を見る。柏木がうなずいて質問をした。 「それで車に乗せてあげたの?」 木村はまた、肩をすくめた。 「トラックだけどね。上の駐車場から歩いて出てトラックを回したんだ。河田 さんは上の駐車場で待っていた。」 柏木が、ちょっと待って、と木村を遮った。 「河田さんは自分で駐車場まで歩いたの?」 柏木の問いに木村は首を振った。 「いいや、いろいろ準備をして、僕が手を貸して連れていった。」 木村はチラリと柏木の顔を盗み見た。柏木は相変わらずの優しい口調で聞く。 「いろいろの準備って?」 「ええと、まずタオルで包丁のまわりをぐるぐるに巻いた。そうすれば血が流 れ出なくて、トラックを汚さないで済むと言うんだ。包丁を抜いた方が、と言 ったんだけど、抜くとよけいに血が出ると河田さんは言ってそのままにしてお いた。途中で見とがめられないようにと大きな外套を羽織り、突き出した包丁 の柄はのっぽの帽子で隠すことにしたんだ。みんな河田さんの考えついたこと さ。」 少なくともあの妙な山高帽の謎は解けた。柏木は木村の供述を信じるべきか どうか判断を保留した。柏木が質問する。 「トラックで医者に連れていってあげる予定が、どうして電車に乗ることにな ったの?」 その柏木の質問に木村はぱっと顔を上げた。思いのほか意志の強そうな目を している。 「まだ配達が残っていたんだ。中央林間駅だけ。それでそこが終わってからで いいかって聞いたら、河田さんがそれなら駅で降ろしてくれと言ったんだ。電 車で行くと言った。」 木村の供述は捜査会議での栗原警部補の推察と大筋で一致していた。柏木は 念のために確認した。 「中央林間駅で河田さんを箱に入れて荷物専用の改札を通ったのはなぜ?河田 さんはちゃんと切符を買って乗っても良かったんじゃないの?」 木村はその質問に明らかに動揺した。しどろもどろになりながら喋る。 「河田さんが目立ちたくないと言うんだ。こっそりと電車に乗れれば、知り合 いの医者が電車の中まで連れに来てくれるとか。」 柏木は木村の喋りに耳を傾けて、少し間をおいてから次の質問に移った。 「どうして熱海へ姿を隠すみたいな事をしたの?」 木村は次の質問に移ったことにほっとしているようだった。柏木が嶋田を見 てうなずいた。木村は説明する。 「河田さんが一日だけ姿を隠していてくれと言うんだ。小遣いもくれた。」 それで素直に一日だけ姿を消したのか?柏木は木村の供述に事実の部分があ ることは感じたが、肝心なところで嘘があるようにも思えた。嶋田が質問を替 わった。 「河田道江を知っているな。」 嶋田はもう丁寧な言い回しは使わない。木村はそんな嶋田を睨むように見た。 「知っていますよ。河田さんの奥さんです。」 嶋田もにらみ返す。木村が負けて目をそらした。 「君は今朝六時半、河田道江に電話をかけて、河田さんの事件を報告している。 しかも君は道江さんに、河田さんは死にそうだ、と話している。しかし、今ま での君の話では河田さんは死にそうにもない。なにしろ医者に行こうとしてい るくらいだからな。どういうことか説明してもらおうか?」 嶋田は最後にどすんと机をこぶしで叩いた。木村はびくりとして嶋田を見た。 強い視線だ。 「河田さんがやっとの思いで電車に腰を下ろしたときはかなりきつそうでした。 ですからこれは危ないかもしれないと思い、気を回して奥さんに電話をしたん ですよ。」 柏木は木村の第一印象を訂正することにした。この男は見かけは愚鈍そうに 装っているが、実際はかなり頭の良い男かもしれない。嶋田も同じ印象を持っ たようだった。逮捕状の執行にはまだ無理があった。めぼしい物証もない。木 村の自供が必要だ。取り調べは長引きそうだった。 51 新宿 午後三時。 警視庁S署の立花捜査課長のいらいらはつのるばかりだった。倉科エリコは NW航空へなかなかチェックインしなかった。予約してあるマニラ便の出発時 刻は十五分後に迫っていた。出国手続きや出発ゲートへ歩く時間を考えると搭 乗手続きのもうぎりぎりのタイムリミットだった。まさか緊急配備に気づいて、 逃走したということではあるまいな。しかし、立花の不安は消えない。 まるでその不安に調子をあわせるかのように、内線電話のランプが点いた。 受話器を取り上げると、本庁の捜査一課長からだった。 「そちらの管轄の新宿Cホテルで発見された死体は死因に不審な点がある。」 立花は、いよいよ来たかと思った。これが嫌な予感の正体なのだ。立花は素 早く観念した。 「先ほど、解剖所見をファックスで送るように指示したから、よく読んでおい てくれ。」 捜査一課長はそれだけ言うと、一方的に電話を切った。立花が電話を置き、 振り返ると、S署捜査課のファクシミリが紙を吐き出しているところだった。 ファクシミリのかたかたという音が誰かの笑い声のように立花には聞こえた。 52 中央林間 午後三時。 山下が見守る内に、突然、幸代は目を覚した。しばらく目をしばたかせてい たが、やがて山下を認めると口を開いた。 「今朝、珍しくコーヒー飲んだでしょ。」 「うん。」山下は幸代が何を言おうとしているのか分からないままうなずいた。 「それで思ったの。私を許してくれたのかなって。この間、ガス栓を開けっぱ なしにしたとき以来、あなたはコーヒーを飲まなくなったわ。」 幸代は一週間前のガス漏れのことを言っているのだ。確かにあれからしばら く朝のコーヒーは止めた。それは単に朝から幸代と口論したくなかったからだ。 「あの時は本当にあなたを殺そうとしたのよ。」 幸代は思いがけないことを言いだした。なんのことを言っているのだ。山下 はわけが分からない。何も言わずに幸代を見る。 「女のにおいよ、あなたについた女の匂いが許せなかった。」 山下には返す言葉がない。とにかく幸代の気の済むまで喋らせよう。 「あなたが毎朝コーヒーを湧かす事は知っていたの。だから、ガスの元栓を削 り込んで、ガス漏れさせておいて、朝、あなたがレンジを着火させようとした ときに、どっかーんと爆発するわけよ。それでみんなご破算。」 幸代は目を閉じた。それでは幸代も死んでしまうじゃないか。そう思い当た り、山下は口をつぐむ。幸代が目を閉じたまま話し続ける。 「でもね、あなたは気楽に笑い飛ばしたわ。自分がドジだからって言いながら。 あの時あなたの顔色は真っ青だった。だから私の企みに気づいたんだと思っ た。」 その時病室のドアの外に何人かの男たちが集まってきた。山下は気配に気づ いたが、黙って幸代の語りに聞き入った。 「今朝、あなたが出かけた後で、念のためにとガス栓を調べにいった。いつも の癖なのね。まず元栓を閉めて次にレンジの栓を開けたら、ガスがシュウーッ と出てきた。毒蛇が威嚇するときのような音がしたわ。ショックだった。しっ ぺ返しをされたような気がしたわ。」 (以下、連載第16回へ続く)
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