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「始発電車殺人事件」 連載第12回 叙 朱 (ジョッシュ) 41 長津田 午後一時三十分。 栗原警部が山下を送って出かけた後、柏木警部は机に座っている嶋田捜査係 長に声を掛けた。 「嶋田警部補は、山下が自分の妻を殺そうとしたとでも言いたそうですね。そ の根拠はあるのですか?」 嶋田は、自分の席から立ち上がり、答えた。 「山下は、切符を中央林間駅で買っています。」 柏木は、嶋田の言おうとしていることが分からない。 「どういうことですか?」 「山下は事情聴取で、毎日電車で通っていたと言ってます。普通、会社員が電 車で毎日通うときには、定期券を使うのではないでしょうか。それなのに、わ ざわざ切符を買っています。しかも一万円札を両替までして。」 柏木はやっと嶋田の言いたいことが分かった。 「山下は、電車に乗ったという事を駅員に印象づけたかった、つまりは、アリ バイ工作の可能性があると言いたいわけですね。」 頷いて、嶋田が続ける。 「その上、山下は、がらがらの電車の中でわざわざ河田の正面に座りました。 私も電車通勤したことがありますが、大体、がらがらの時は人の正面は避けて 座るものですよ。山下の行動は不自然です。」 「ふーん。なるほど、心証は悪いわね。」 嶋田の指摘はもっともだった。柏木も頷かざるをえない。 「しかも、ガス栓には明らかにヤスリで削り込んだ跡があったといいます。操 作を誤れば簡単にガス漏れ状態になるとY署では言ってます。 おまけに、山下の妻は救急車の中で、夫の山下へ連絡する前に男の友人への 連絡を頼んでいます。Y署の捜査員には自殺を匂わせていますが、内心では山 下を疑っているのかもしれません。」 嶋田はそこで一度口を閉じた。柏木が少し考えている。 「その男の友人というのは、誰?」 柏木が聞いた。嶋田が答える。 「幼なじみと言ってますが、怪しいものです。」 「なんだか、事情が複雑そうね。」 「Y署では、山下夫婦が対面すれば事件の真相がはっきりするのではないかと 期待しています。夫婦間の諍いによる犯罪の線を捨てきれないようです。」 柏木は、直立不動の嶋田に気づいて、手で着席を促した。しばらく、ゆっく りと歩き回り、考え込んでいる。 「ガス漏れを最初に発見したのは誰?」 柏木が思いついたように聞く。嶋田が手帳にちらと目を落とした。 「燃料店の技術員ですね。ちょうど、山下家を訪問していたようです。」 「誰がその技術員を呼んだの?」 「えーと、ガス栓の調子が悪いと、数日前にこの日を指定して予約が入ってい たそうです。山下の妻が予約したようです。」 柏木は嶋田の説明をうんうんと聞いて、そして、ぽつりと呟いた。 「アリバイを工作するということは、必ずその時間に相手が死ぬという確信が 必要なものでしょう。ガス栓を削り込むだけで、そんな確信が持てるものかし らね。」 柏木の質問に、嶋田は答えられなかった。 42 中央林間へ 山下を助手席に乗せて、栗原警部補は運転していた。柏木警部が山下を送っ て行けと栗原に指示したのは、もうしばらく山下を監視する必要があるという 事だろう。山下は隣で黙り込んでいる。栗原もかける言葉がない。栗原は、乗 降客で混み合う長津田駅の前を通り過ぎて、狭い商店街を抜けて行く。しばら く行くと車は四車線の国道二四六号線にでた。信号を右折し中央林間へ向かう。 突然、山下の携帯電話が鳴った。慌てて山下が電話を取り出す。 「もしもし、山下です。」 運転する栗原に耳にも、相手が男らしいというのが分かる。 「倉科エリコは、会社の同僚ですが。どうかしたんですか。」 山下が聞き返している。山下の声に切迫感がある。 「警視庁?どうして警視庁の人が倉科さんの部屋にいるんだ?」 警視庁という山下の言葉に、思わず栗原も山下の方を振り向き、どうした? と声を掛ける。山下が、ちょっと待ってくれ、と電話の相手に言い、栗原の方 を向いた。 「警視庁の刑事らしい。僕の同僚の倉科エリコさんを、殺人事件の重要参考人 として捜しているらしい。」 「ちょっと車を停めましょう。」 山下が頷き、電話の相手に、ちょっと待ってくれ、と伝えている。栗原は、 ちょうど見えてきた緑色の看板のガソリンスタンドに車を入れた。ショートパ ンツの娘が駆け寄ってくる。栗原は窓を下ろして、レギュラーガソリンを注文 した。そして山下から携帯電話を受け取る。 「もしもし、電話を代わりました。警視庁捜査一課の栗原ですが、どなたです か?」 「本庁の方ですか。こちらはS署捜査課のものですが、新宿Cホテル殺人事件 の犯人を追っているのです。今、犯人と思われる女の住まいのマンションに来 ていますが、一歩違いで逃走した後でした。残された電話番号に掛けていて今 つながったというわけです。」 栗原は事情が飲み込めた。 「山下さんは、今朝発生した始発電車殺人事件の第一発見者として、N署でご 協力していただいていたのです。今これから中央林間まで送り届けるところで すが、何かありますか?」 「一応、事情をお聞きしたいので、これからそちらへ行きます。一時間半くら いで行けると思いますが、どこへ行けばよいでしょうか。」 電話の向こうは若い声だった。栗原は山下の顔を見た。 「S署でお話を聞きたいそうなのですが、病院の方に行かせてもよろしいです か?」 山下は、いいよ、と答えた。栗原が病院の名前と場所の説明をする。そのつ いでに、新宿の事件の概要の説明を受けた。聞いた範囲では単純な強殺事件と 思われた。栗原は話を終えて、電話を山下に返した。 ふと気づくと、ショートパンツの娘が、請求書を持って窓の外で待っていた。 ポニーテールが風に揺れている。ガソリンは十五リッターしか入らなかった。 勘定を済まして、二四六号線に戻る。流れに乗ってから、栗原が聞いた。 「倉科エリコさんから電話はあったのですか?」 山下は、あったよ、と短く答えた。 「でも短いメッセージだけだった。聞いてみるかい。」 栗原がうなずくと、山下は携帯電話を操作し始めた。しばらくして、電話を 栗原の耳元に持ってきた。メッセージを再生します、との女性の声のアナウン スがあり、続いてせっぱ詰まった女の声が聞こえてきた。 「山下さん?エリコです。大変申し訳ないことを、してしまいました。すぐに 電話をください。電話番号は...」 栗原は聞き終わるとすぐに、言った。 「これは倉科さんの犯行の告白ではないでしょうか。」 山下は、黙り込んだ。栗原はさらに突っ込んだ。 「この番号に、電話をしましたか?」 「N署から何回か電話はしたが、誰も出なかった。たぶん今の刑事達の掛けて きた電話だろう。倉科さんはどこかへ消えてしまったようだ。」 山下の声に力はない。その声に寂しさのようなものを感じて、栗原はチラリ と山下の顔を盗み見た。山下と倉科には何かあるのか。 また二人とも、黙り込んだ。車は順調に二四六号線を走り続けた。この分で は、午後二時半前には病院に着けそうだった。 ふと栗原が思い当たって、呟いた。 「ちょっと待ってくださいよ。彼女のメッセージは、きっと新宿のCホテル殺 人事件が起きる前に入れたものですよ。」 山下が聞き耳を立てる。 「その携帯電話は、電源が入っていないときはどうなります?」 「自動的に留守番電話サービスに切り替わるんだ。」 山下が説明する。栗原は続ける。 「電源が入るとそのけたたましい呼び出し音が鳴るんでしょう。すると、その メッセージが入った時間は限定できますね。」 栗原の喋り方にはだんだん力がこもってきた。 「私は電車の中で河田氏の死体発見の報告をするのに、山下さんからその携帯 電話を借りました。あの時は電源が入っていましたけど、使い終わって私はう っかりして電源を切って返したんです。」 「ああ、確かにN署で返されたときは電源が切れてたよ。だから電源を入れ直 した記憶がある。」 山下もうなずいた。 「それは、あの書類鞄をお返ししたときですよね。あれは確か大体午前九時三 十分頃でしたよね。ところがその時刻に、被害者の平野氏はタクシーでホテル に戻ったところをCホテルフロントに確認されています。」 「ということは、彼女は平野役員が殺される前に掛けてきたという事か。」 「そうです、倉科さんが電話を掛けてきたときにはまだ、平野氏は生きていた のですよ。」 栗原は二四六号線から町田街道へと続く道に右折しながら言った。山下が新 たな疑問を出した。 「それじゃ、彼女は一体何を言いたかったんだろう。」 「うーん。是非知りたいですね。」 目指す病院は町田街道がT電鉄の線路をまたぐ陸橋の左手にあった。 43 新宿 午後二時。 警視庁S署にMMタクシーから情報が寄せられた。池袋のマンション前から、 倉科エリコらしい女を乗せたタクシーが見つかったという通報だった。行く先 は箱崎だったという。大きな鞄を持っていたので、「海外旅行ですか?」と運 転手はお愛想を言ったようだが、黙りこくって何も言わなかったという。 箱崎? 立花は、すぐにTCAT(東京シティーエアターミナル)を思った。 海外へ飛ぶ航空機へのチェックインと出国手続きがここでできる。海外への逃 亡の可能性が高い。タクシーが女を運んだのは、午後一時前という。 立花はすぐに電話を取り上げ、箱崎と成田の緊急配備を要請した。倉科エリ コの顔写真がなかった。 立花は、残っていた捜査課の刑事を集めると、大声で叱咤した。 「池袋で見つかった写真を使え。管理人が似てると言うんだから、なんとかな るだろう。それしかない。すぐにコピーして各署にばらまけ。報道にも公開し ろ。全力を挙げて海外脱出は阻止するんだ。分かったか。」 刑事達は追い立てられるように捜査課を飛び出していった。捜査一係の係長 が立花の前にやってきて聞いた。 「山下という男はどうしましょうか。捜査員が二人向かっていますが、これを やめて、緊急配備に回しますか?」 「山下? ああ、倉科の電話から出てきた男か。いや、山下はマークしろ。」 立花は、またあの平野の死体を見た瞬間の嫌な感じがよみがえった。あんな に手際よく、女一人で大の男を刺し殺せるものなのか。山下はマークだ。 「課長、倉科エリコの電話の照会の結果が出ました。」 事務員が紙を差し出した。立花は横目で覗き込む。 一、K商会A、二、山下自宅、三、K商会B、四、K商会C、五、K商会A、 と書いてある。事務員が説明した。 「二番以外は、K商会の団体契約で携帯電話です。二番は個人契約で、神奈川 県Y市中央林間の山下玲二が契約者になっています。一番と五番は同じ携帯電 話でした。」 立花は、説明を理解しようと手にした紙をしばらく見つめていた。 「山下という男に電話が通じたのはどの番号だ。」 事務員は紙の上の番号を指しながら、これです、と言った。 「三番か。とするとK商会Bは山下ということだな。それから、二番の中央林 間の山下玲二は、今追っている山下と同一人物なのだろう。」 「はいそうです。ただ、電話を入れましたが応答はありません。」 「奥さんはいないのか。おい、神奈川県警に照会してみろ。奥さんが何か聞い ているかもしれん。」 「はい、先ほど照会してみましたが、山下幸代は病院にいます。今朝ガス中毒 で救急車で運ばれたそうです。」 「ガス中毒?自殺か?」 立花はますます面白くない。この事件には関係者が多すぎる。単純な殺人事 件にしか見えないのに、何故こんなにいわくありげな人間がからんでいるんだ。 机の上の電話が鳴る。立花は反射的に受話器を取り上げた。電話は山下玲二 の事情聴取に向かっている刑事達からだった。 「山下は、神奈川県警の監視下にあります。」 立花は頭が痛くなってきた。山下本人も何かの事件がらみのようだ。 「今朝、T電鉄で発生した始発電車殺人事件の第一発見者として県警N署で任 意の事情聴取を受けたようです。」 その事件なら立花も聞いていた。始発電車の車中で、S重工の河田という部 長が他殺死体で発見された事件だった。河田が包丁で刺されたまま何故わざわ ざ電車に乗ったのかなど、奇妙な謎が報道されていた。捜査本部は神奈川県警 N署に設置されていた。 報告を聞き終えて、電話を切ると、立花は神奈川県警に電話をする覚悟を決 めた。念のために事務員に聞いた。 「あの始発電車殺人事件の捜査主任は誰だか知ってるか?」 初老の事務員は、少し考えてから答えた。 「確か、県警本部の柏木警部ですよ。」 それは立花が一番聞きたくない名前だった。(以下、連載第13回に続く)
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