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「始発電車殺人事件」 連載第11回 叙 朱 (ジョッシュ) 36 中央林間 昼過ぎの中央林間駅は、休日らしいにぎわいを見せていた。T電鉄経営の駅 ビル内の通路も買い物客でいっぱいだった。 神奈川県警N署の捜査員は駅前に車を停め、混み合う人通りの中をT電鉄の 改札口まで歩いた。今朝の改札係の小村は駅員事務所にいた。浜村刑事が河田 の写真を見せながら質問した。 「始発電車で亡くなった河田一成さんは、この改札を通らなかったと、君は言 ったよね。これがその河田さんなのだけれど、本当に見覚えはないかい。」 小村は浜村から写真を受け取り、河田の顔をしげしげと見つめた。そして、 かぶりを振った。 「見てません。今朝一番の乗客は、サラリーマン風の人でした。」 「それはきっと、死体を発見した山下さんだ。山下さんよりも先にこの河田さ んは電車のシートに腰を下ろしていたというんだけれど。」 「あの人は山下というんですか。毎日朝早くに見かける人ですから顔は覚えて ますよ。それに今朝は、切符を買う一万円札の両替を頼まれたので、はっきり 覚えています。」 「ふーん。」 浜村は無意識に相槌を打って、次の質問へと進んだ。 「ところで今日、駅の構内売店に朝刊が届いたのは何時頃だったろう?」 「今朝は休日で、しかも普通の新聞は休みでしたからね、いつもより遅かった んじゃないかな。えーと、普通は五時頃には配送になるんですけど、今朝は五 時半過ぎだったかな。」 居合わせた駅員がお茶を二つ運んできて、県警の二人にすすめた。二人はぺ こりと頭を下げたが、お茶に手を出そうとはしない。浜村が質問を続けた。 「配送された新聞は、誰が売店まで運ぶの?」 「運ぶのは配送会社の人間がやります。改札の一番奥に、荷物専用の特別の出 入口があるんです。」 「えっ、そんなものがあるの。」 県警の二人は、思わず、改札口のほうを振り返った。 「ところで、今朝の配送員は何人?」 浜村が聞いた。 「一人でしたよ。そういえばいつもの人とは違ってたな。」 「この人ではありませんか?」 今度は、木村弦一の写真を小村に見せた。 「ああ、この人ですよ。カラオケスナックをやっているとか言ってましたね。 一度遊びに来てくれと、誘われましたよ。」 小村は白い歯を見せた。 「何か変わった様子はなかったかな?」 浜村が聞く。小村は少し考え込んだ。 「特に変わったところはなかったようでしたね。強いていうならば、休日にし ては配送の量が多かったかなあ。荷物台車に大きい箱を乗せて運んでいました から。」 「それだ!」 浜村は思わず手で膝を叩いた。木村は河田を荷物台車で運んだのだ。 37 池袋 午後一時。 タクシー会社からの通報により池袋の賃貸マンションが特定された。警視庁 S署の捜査員四名は二台の車に分乗してマンションに急行した。マンションは 池袋駅東口にあった。 警察手帳を提示され、ホテルの制服を着た女と聞かれて、マンションの管理 人はすぐに思い当たった。 「ああ、それは倉科エリコさんでしょう。昼前でしたか、変わった格好して帰 ってきたので、声をかけたんですよ。」 捜査員は倉科エリコの名前を手帳に控えた。 「倉科さんはどういう仕事をしてる人ですかね。」と聞く。 「会社に勤める普通のOLですよ。銀座の方に会社はあると聞いたような気が するなあ。」と管理人は答えた。 「倉科さんはまだ部屋にいますかね。」 その問いには、管理人は残念そうな顔をして言った。 「いえ、先程大きめの鞄を持って出かけましたよ。旅行にでも出かける感じだ ったので、旅行ですかって聞いたら、頷いてました。ほら、新聞とか郵便物の 管理がありますので、留守にするときは届けてもらうようにしているんです。 一週間ぐらい留守にすると言ってましたよ。」 「しまった、逃げられたか。倉科は行く先を言わなかったのか。」 急に捜査員の顔が厳しくなった。名前も倉科と呼び捨てになっている。管理 人は、押しかけた警察官たちのただならぬ気配にようやく気づいた。 「行く先は存じませんが、通りかかったMMタクシーに乗って行きましたよ。 それにしても、あのぉ、倉科さんが一体何を?」 捜査員は管理人の質問を無視した。すぐにMMタクシーの問い合わせに一人 が走る。残った三人が、管理人と共に倉科エリコの部屋へ向かった。 38 熱海 午後一時。 連休でにぎわった熱海の温泉街も午後となると、土産物屋を除いては静かに なった。海岸に沿って走る国道では、伊豆半島からの帰りの行楽客の車でそろ そろ渋滞が始まりかけていた。 金色夜叉で有名な熱海海岸へ国道が曲がり込む所に、静岡県警A署はある。 そのA署の前をさっきから数回、行ったり来たりしている小型トラックがあっ た。A署前で警らに立っていた巡査が気になって、とうとうその小型トラック を呼び止めた。 「どうしたのですか、道に迷ったのですか?」 警ら巡査は運転していた男に聞いた。男は怖いものでも見るような目で、制 服警官を見やると、おどおどと喋った。 「テレビで見たんだ。俺を捜しているのか?」 警ら巡査は男の言っている意味がすぐには飲み込めなかった。 「テレビで言ってたんだよ。始発電車の中で死んだ河田さんの知人を捜してい るって。俺のことなんだろう?」 警ら巡査はそのニュースに思い当たった。そうだ、神奈川県警の事件だ。念 のために名前を聞いた。 「木村弦一だ。」 男は相変わらず、おどおどとしていた。 39 長津田 午後一時十五分。 昼休みが終わり、N署休憩室には柏木、栗原、山下の三人だけが残っていた。 そこへ嶋田捜査係長がどたどたと飛び込んできた。 「木村が静岡県警に出頭しました。」 入ってくるなり、嶋田捜査係長は興奮気味に言った。柏木も栗原もそれを聞 いて、えっと立ち上がった。山下一人が座ったままだった。 「すぐにこちらに移送されるように手配しました。早ければ、三時半頃には事 情聴取ができると思います。」 柏木は、わかりました、と頷いた。木村が自ら名乗り出てくるというのは予 想外だった。あっけない展開だ。テレビを見て、逃げ切れないと思ったのか、 それとも、警察が見当違いなことをやっているのか。柏木は木村の素早い出頭 に漠然とした不安を感じた。 嶋田は連絡を終えても、そのまま立っていた。柏木が嶋田の雰囲気に気づき、 なにか?と尋ねた。嶋田は少しためらいを見せた。 「山下さんに悪い知らせです。」 いきなり自分の名前が出てきて、山下は面食らったようだった。手にしてい た携帯電話を長テーブルの上に置く。 「奥さんが自宅でガス中毒で発見され、病院に運ばれました。」 嶋田は山下の表情を注視していた。山下の顔が複雑に変化しかけて、踏み止 まった。辛うじて感情を閉じ込めたようだった。柏木はそんな二人を見比べた。 「ガス漏れの状況に不審な点があり、所轄のY署で今調べているところです。 どうもガスの元栓に細工がしてあると専門家が報告しています。意図的な犯罪 ではないかとY署では見ています。」 嶋田が続ける。山下の顔色がみるみる白く変わっていくのが、柏木からも分 かった。柏木が的を得た質問をする。 「病院に運ばれた奥さんはなんとおっしゃってるの。」 嶋田はそこで白髪頭を掻いた。 「Y署の聴取に奥さんは、ガス栓を自分で開けたと言ってます。」 「ふーん、それじゃしょうがないわね。」 柏木はひとつ溜め息をついてから、うつむいている山下に言う。 「山下さん、とにかく奥さんのところへお送りしますよ。長い時間お引き留め しましたので、警察の車で送らせましょう。栗原警部補お願いしますよ。」 柏木は栗原に目くばせをした。栗原は、了解、ときっぱりと答えた。山下は やれやれという感じで立ち上がり、長テーブルの携帯電話を手にした。 40 新宿 午後一時十五分。 警視庁S署の立花捜査課長の机の電話が鳴った。取り上げると、池袋のマン ションに出かけた捜査員からの報告だった。 「倉科エリコの部屋を調べました。発見した遺留品で、気になったものだけ報 告します。」 電話口の担当刑事は、立花の気の短さを良く知っていた。簡潔に話そうとい う決意がでていた。立花は、「分かった」と短く答えた。 「まず、聖母マリア像が飾ってあります。それから、写真立てがあり、その中 に男女の写真があります。又、預金通帳がありますが、ほとんど記帳されてい ません。M銀行銀座支店で、口座番号は...。」 捜査員は口座番号をゆっくりと二回繰り返した。 「それは照会する。後はないか。」と立花は先を促す。 「あとは電話にリダイヤルが残ってます。」 「なんだ?」 立花は意味が分からず聞き返した。 「電話をかけると、かけた番号が電話機のメモリーに残るという仕組みなんで す。」 「それで?」 「ですから、この電話を使ってかけられた相手先の番号がいくつまでかは記憶 されているので、ボタン操作で呼び出しました。」 こういう新しい機能は立花は苦手だ。若い捜査員でなければ見落としやすい。 「電話番号を読み上げますので、よろしいですか。」 捜査員は、五つの電話番号をゆっくりと読み上げた。立花は控える。 「かけた順番や時刻は分かるのか?」 立花は聞く。 「順番は、新しい方から過去に遡る順番で読み上げました。時刻までは分かり ません。これから、このリダイヤルを使って実際にかけてみて相手を確認して みます。」 「さっきの写真だが、管理人に見せたか?」 「はい、管理人いわく、女の方は倉科エリコによく似ているそうです。男の方 には見覚えはないそうです。被害者の平野雄一ではありません。二十代前半の 若い男です。それから、この写真のバックにキャバレーのようなものが写って いるのですが、管理人によると、改装前の銀座の御門というキャバレーではな いかと言ってます。キャバレー御門に問い合わせましたら、改装は昭和四十七 年頃らしいので、この写真はそれ以前のもの、即ち、二十四年以上前に撮られ たものとなります。」 この若い捜査員はなかなか使えそうだ。立花は内心そう思いながら次の質問 を続けた。 「マリヤの像というのは、ちゃんとしたものか?」 「はい、高さ約三十センチの陶製です。信仰のシンボルと思われます。」 土産物の人形ではないということは、倉科エリコはクリスチャンなのか。 「調べが終わっても、二人は残ってそこに張り付け。マリア像を残していった という事は、倉科エリコは戻るつもりかもしれない。写真は持って帰れ。手配 に使えるかもしれん。」 「了解。」 電話を置くとすぐに今度は内線が来た。本庁の交通部からだった。 「新宿Cホテル殺人事件の被害者、平野雄一は今朝、八時四十分頃、首都高速 で自損事故を起こしています。」 電話口の女性警官は、事務的にそう言った。彼女の読み上げる車の型式は、 Cホテルの情報と一致した。 「平野は外傷もなく、手当の必要はないと自分でランプを歩いていったそうで す。自動車の方は、JAFのレッカー車が運びましたが、おそらく廃車でしょ う。以上です。」 「どうもありがとう。」 立花は、礼を言い受話器を戻した。これで、平野が最後にタクシーでホテル に戻ってきた理由は分かった。立花は、疑問がひとつ解けたことでそれまでの いらいらした気分が少しだけ安らいだような気がした。 (以下、連載第12回に続く)
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