連載 #4828の修正
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「始発電車殺人事件」 連載第10回 叙 朱 (ジョッシュ) 32 新宿 正午過ぎ。S署捜査課長の立花高志は、遅れてCホテルに着いた。 九〇四号室に入るなり、先発した捜査員の報告をひととおり聞くと、すぐに バスルームをのぞいた。平野の死体はまだ発見されたときのままの状態で、シ ャワー栓にもたれかかっていた。背中の果物ナイフを認めて、ふん、と立花は 鼻を鳴らした。被害者の死に方が気に入らなかった。 「逃げたのは若い女だろう。大の男が刺されても抵抗もせず、静かにシャワー 栓にもたれかかって死ぬのか?他に共犯はいないのか?」 立花は居合わせた捜査員を怒鳴りつけた。しかも、ナイフはひと突きだけだ。 果物ナイフ一本で、背中から即死するような刺し方ができるのか。立花は嫌な 予感がした。こういう感じのした事件はまともには行かない。 とりあえず、立花は緊急配備でCホテルの制服を着た女の後を追うことにし た。これは目立つのですぐ分かるだろうと思われた。そして犯行現場は古参の 巡査部長に任せて、立花はCホテルの用意したとなりの部屋へと移った。 隣の部屋には、Cホテルのフロント主任が待っていた。黒の制服に蝶ネクタ イのままで、フロント主任は折り畳み椅子に窮屈そうに座っている。立花はそ の正面に腰を下ろした。被害者の平野について、フロント主任は説明を始めた。 「平野様にはよくご利用いただいていました。いつもツイン専用のタワーの方 でした。タワーは全室ツインルームになっておりまして、原則としてはお二人 でのご利用なのですが、お一人様料金の設定もあります。シングルユースと呼 んでおりますが、平野様はいつもシングルユースのご利用でした。」 「被害者は今回も一人だったのか?」 立花が質問した。フロント主任は頷いた。 「はい、おひとりでした。予約は金曜日にいただき、昨日午後五時頃にお一人 でチェックインされました。その後今朝の三時頃にお出かけになるまで、外出 の記録はありません。」 「おいおい、ちょっと待ってくれよ。被害者は今朝の三時に外出したのか?そ んなに早くどこへ行ったんだ。」 立花はにわかに興味を覚えて聞いた。 「どちらに出かけられたかまでは、分かりかねます。お車を駐車場から呼び出 して、ご自分で運転して行かれました。」 フロント主任はそこでハンカチを出して額を拭いた。汗ばむほどの温度では なかった。緊張しているのだった。立花は質問を続ける。 「その時、被害者は一人で出かけたのかい?」 その質問に、フロント主任は少しだけためらいを見せた。何かあるな、と立 花は直感した。 「いえ、お二人でした。若くて背のすらりとした女性でした。」 フロント主任の声が小さくなった。立花は突っ込んだ。 「その女はどこから来たんだ?」 フロント主任はまた、額をハンカチで拭いた。 「平野様とその女性は、ホテルのエレベータの方から並んでおいでになりまし た。」 「つまり、二人は夜をいっしょに過ごしたという事だな。女は被害者の愛人か。 とんだシングルユースだ。まあいい、その女の特徴は後でゆっくり聞かせて貰 う。被害者はホテルに何時に戻った?」 立花は苛立ちを隠さない。 「朝食のサービスを始めた頃でしたから、六時三十分頃でしょうか。出かけら れた時のお車で、お一人でした。ただ、それからしばらくして、もう一度お出 かけになりました。フロントが混んでいた時でしたから、八時過ぎだったと思 います。やっぱり、お車を運転して行かれました。」 立花はますます気にくわない。今日は休日だ。普通の客は朝はゆっくりする ものだ。それなのに、この被害者は何故か朝早くから二回も出かけている。 「実は最後にお戻りになったときに、ちょっとした騒ぎになりました。」 フロント主任が付け加える。立花はうんざりしてきた。 「九時半頃にタクシーでお戻りになったのですが、フロントにキーを取りに来 られた平野様が、お部屋番号を思い出せないとおっしゃるのです。そこでフロ ント係の対応が悪かったのか、たいそうご立腹なされました。」 立花が聞きとがめた。 「待て。被害者は車で出かけて、タクシーで戻ったのか? 妙だな。車はどう したんだ。」 フロント主任は、「さあ、わかりません」と頭を振った。 33 長津田 柏木が話し始めた。 「ちょうど、半年くらい前だったかな。小学六年生の女の子が行方不明になる 事件があった。両親から捜索願いが出されて、連絡を受けた警視庁は、誘拐の 可能性もあるという事で極秘捜査に入った。誘拐をほのめかす電話もあった。 捜査本部は所轄のS署に置かれて、本庁の捜査課からは私ともう一人が応援と して派遣された。わたしが捜査会議を終えてS署から小学生の自宅へ向かった ときに、強い雨が降りだした。そして私がその家に着いたときに、家の前に女 の子がひとり、振りしきる雨にずぶ濡れになって立っていた。それが行方不明 になっていた小学六年生だった。」 「じゃあ、無事に戻ってきたんですか。」 栗原が言った。柏木は悲しそうに首を振った。 「いいえ、その子はひどいショック状態だったわ。記憶も曖昧で衣服も乱れて いた。そこから救急車で病院に運んだのだけれども、その子はとても暗い顔を していた。S署の捜査課はそれでも、その子にしつこく尋ねた。何か覚えてな いか、どこへ行ったのか。私にはそんな質問がその子を精神的に追い込んでい くような気がして、尋問そのものに反対した。その子はずっと何も喋らなかっ た。ところがある夜、執拗なS署の尋問に根負けしたように、ベッドの上で一 言だけ喋った。それが、ツキオンナケモノだったわけ。それで、この事件をツ キオンナケモノ事件と呼ぶようになった。」 「ツキオンナケモノ?なんですかそれ。何かのおまじない?」 栗原は、ツキオンナケモノを何回かぶつぶつと繰り返してみた。山下は、黙 ってぬるいお茶をすすっている。 「所轄でもいろいろ考えたらしいけれど、結局、分からなかった。いろいろこ じつけようとしたけど、あまり意味のある言葉にはできなかったのね。私も本 庁に戻るまで、気づかなかった。そして、その夜中に女の子は死んだ。看病に ついていた母親の目を逃れて、病院の屋上から飛び降りたの。私は所轄署を責 めた。自分も責めた。その子が死んだのは、無理矢理思い出したくない忌まわ しい記憶を思い出させてしまったからだと思った。事件は手がかりを無くして 迷宮入りと見られた。私は所轄との間に感情的なしこりを残したまま、本庁に 戻ることになった。」 小学六年生の女の子が、誘拐され乱暴されて帰ってきたときに、何故そんな に強引に尋問しなければならなかったのか。栗原はS署の捜査に違和感を覚え た。そんな栗原の気配を察知したのか、柏木が説明した。 「S署の捜査課長が、私と同期の警部だったのよ。私が本庁から来るというの で、ライバル意識をだしたようね。私の前で犯人を挙げたかったらしいわ。く だらない競争心ね。」 柏木はそこで言葉を切って、ほっと溜息をついた。その後は続かない。しば らく沈黙した。 突然、ぴぴっぴぴっと、山下の携帯電話が鳴った。山下は咄嗟に、エリコで はないかと思った。急いでポケットを探る。それを見て栗原が、食べ終わった 天丼の丼を集め始めた。柏木は立ち上がった。飲み物の自動販売機の方へ歩い て行く。 しかし、電話は予想に反して、K商会の江尻本部長からだった。 34 新宿 Cホテルに乗り入れている契約タクシーは、二社だった。 ホテルの制服を着た女を、Cホテル周辺で拾ったタクシーはいないか、とい う警視庁からの問い合わせは、全運転手に無線で照会された。 反応の無線連絡は、すぐだった。 「こちらは、一一四号です。今朝の十一時頃、Cホテルの正面から制服の女性 を乗せました。どうぞ。」 「一一四号、詳しい状況を話してください。この会話は警察の要請で録音しま す、どうぞ。」 「こちら一一四号。女性はホテル正面ではなく、その手前の通用口みたいなと ころからいきなり出てきて、車の窓ガラスをとんとん叩きました。Cホテルの 制服を着ていて、勤務中なので急いで走ってくださいと言われ、池袋駅前のマ ンションまで乗せました。まあ、制服姿では正面玄関からは、タクシーに乗り 込めないのだろうと思いまして、タクシースタンド外でしたけど乗せました。 どうぞ。」 「一一四号、その女性に何か変わった所はなかったでしょうか、どうぞ。」 「エーと、急いでいた以外には、特に変わったところは無かったように思いま す。あ、そういえば、制服が少し小さめで胸のボタンが弾けそうでした。彫り の深い、いい女でした。車内では黙り込んでいました。以上です。どうぞ。」 「一一四号、その女性を送り届けたマンションの場所を詳しく、説明してくだ さい。どうぞ。」 タクシー運転手は、池袋駅前のマンションについての説明を始めた。それは 池袋の一等地にあった。 35 長津田 「平野取締役が亡くなった。」 かけてきた江尻本部長の電話の声は、いつものように落ち着いていた。山下 は聞き間違えたかと思い、受話器を握りなおした。 「聞き違いではない。先ほど警察から連絡があった。新宿のホテルで死体で発 見された。殺人事件といっている。ナイフで背中をひと突きだそうだ。」 「殺人事件? 平野役員が誰かに殺されたって言うんですか?」 山下の声を聞いて柏木が振り向いた。買ったばかりのコーヒーをふたつ、手 にしている。江尻が電話の向こうで喋る。 「とにかく、今日の会議は中止になった。だから、今日はもう会社に出る必要 はない。それを伝えたかっただけだ。」 用件を済ますと、江尻はそそくさと切りそうになった。山下は平野のことを もう少し聞こうと慌てた。 「あの...。」 江尻は、その山下の躊躇を勘違いした。 「ああ、倉科君のことか。あれからずっと連絡はない。それじゃ。」 江尻の電話は素っ気なく切れた。いつも江尻はこの調子だ。山下は仕方なく、 携帯電話をしまい込んだ。 柏木が、コーヒーを山下の目の前に置いた。 「どうしました? 殺人事件?」 山下は難しい顔をして言った。 「ややっこしいことになってきた。」 柏木は山下の前に腰を下ろした。コーヒーをひとつ、山下の前に置く。 「ついさっき新宿のホテルで、僕の会社の役員が死体で見つかった。平野と言 って、以前は僕の上司だった。」 「殺人事件と言ってたのはその事?」 柏木が山下を見つめながら尋ねた。山下はうなずき、続けた。 「背中にナイフが刺さっていたらしい。」 「新宿だと警視庁S署の管轄ね。」 それなら柏木の同期の警部が捜査課長をしている。柏木は気づかれないくら いに、少しだけ眉をひそめた。 (以下、連載第11回へ続く)
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