連載 #4818の修正
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「始発電車殺人事件」 連載第8回 叙 朱 (ジョッシュ) 26 長津田(つづき) 「えーと、被害者だが、名刺では、海外営業担当部長という肩書きだが、どう いう仕事をやっているんだ?」 署長は眼鏡の下から、白髪頭の嶋田捜査係長を見た。嶋田は、手帳をくりな がら答える。 「部長といっても、部下はいなかったようです。専任部長というらしいですが、 大きな取引の窓口になったりして、役員直属で働いているようです。この三年 くらいは、主に、コンピュータ関連の商売を担当していたといいます。」 「S重工は、コンピュータを作っているの?」 柏木が聞いた。嶋田は、やはり手帳に見入った。 「海外での生産を考えているようです。主力のプラントや橋梁は伸び悩んでい るようで、需要の伸びのめざましいコンピュータ産業に参入するようです。も う、コンピュータ販売のための別会社も設立しており、被害者の河田氏は、そ この社長に予定されていたようです。」 嶋田は、言い終えて顔を上げた。署長が話を続ける。 「次に死因だが、これは鑑識の報告では、刺し傷からの失血死、つまり、出血 多量ということだ。死亡推定時刻は、乗り合わせた栗原君の報告からも、午前 六時十分頃、T電鉄の始発電車の中だ。第一発見者は、やはり、同じ電車に乗 り合わせた会社員、山下玲二、四十歳。休日だが、会社での社内会議に出席す るために、電車に乗っていた。会議の開催については、確認されている。そう だよな、嶋田君。」 署長の問いに、嶋田は、はい、確認しました、と答えた。 「うん。そして、犯行場所だが、どうやら河田一成は自宅で刺されたようだ。 そうだね、柏木警部。」 署長は、柏木には警部という階級名をつけて呼んだ。県警本部からの応援に 気を使っているのだ。 「はい、現在、鑑識の係官が現地を調べているところですが、まず間違いあり ません。被害者と同じ血液型の血が染みこんだタオルが二枚、発見されました。 タオルは、被害者が包丁に巻き付けていたものと同じ種類です。ふき取っては ありますが、食卓の椅子からも、血液反応が出ました。妻、道江によると、い つも流しに出してある包丁が一本無くなっています。指紋の照合も進行中で す。」 柏木の口調ははっきりしていて、会議室に良く響いた。 「その包丁は、被害者の腹に刺さっていた包丁と同じものかい。」 署長が、又、嶋田を見た。嶋田は、今度は手帳を見ずに、代わりに白髪頭を かきながら喋った。 「被害者の妻、道江に包丁を見せましたところ、同じ造りだと認めました。巻 いていたタオルも、家で使っているものと同じ種類だそうです。」 「ふむ。犯行現場は、被害者の自宅と考えて良さそうだな。」 署長は、ここで話を切り、会議室をぐるりと見回した。 「さて問題の木村弦一について、報告を聞こうか。」 27 新宿 Cホテルのスタッフ室から、タワーのフロアマネージャに連絡が入ったのは、 もうそろそろ、午前十一時になろうかという頃だった。 「九〇四号室へルームサービスを届けた係員が、三十分経っても戻りません。 九〇四号室に、電話を何回か入れてみましたが、返答がありません。調べてみ てください。」 電話のスタッフの声に緊張感はなかった。むしろ、無責任な学生アルバイト に、いらいらしているような感じに聞こえた。 客とのトラブルになってはいないか。フロアマネージャは、その事がまず気 になった。客室表示パネルを見ると、九〇四号室は在室を示す赤ランプになっ ている。ルームキーがフロントに預けられると、青ランプに変わる仕組みにな っていた。 フロアマネージャは、マスターキーをもって廊下に出た。 九〇四号室の前には、ルームサービス用のカートが停まっていた。 なんだ、届けているところじゃないか。フロアマネージャは、安心した。 念のために、ルームサービス係の顔でも確認して行こうと、ドアを押した。 ところが、ドアはロックされており、開かなかった。ルームサービスや、ベッ ドメーキング時には、ドアを開放してサービスするのが決まりだった。これは、 厳重に注意しなければ。フロアマネージャは、ドアチャイムを押した。 部屋の中から応答はなかった。マニュアル通りに、三回押して、待った。や はり、なんの応答もない。やむなく、フロアマネージャは、マスターキーを使 ってドアを静かに開けた。直ぐに、洗面所のシャワーの音が聞こえた。フロア マネージャは、咄嗟に声を掛けた。 「失礼いたします、ルームサービスのトレイの回収に参りました。」 洗面所からの返答はない。覗くわけにもいかないので、フロアマネージャは、 そのまま進んだ。まず、手をつけられていない朝食のトレイが目に入った。そ してすぐに、ベッドのふくらみに気づいた。おや、客はまだ寝ているところだ ったのか。そう思いかけたフロアマネージャは、そのふくらみの向こうに猿ぐ つわをされた若い女の顔が突き出ているのに気づき、うわっと叫び、腰を抜か した。 若い女は、朝食を運んできたアルバイト学生だった。ベッドカバーの下は、 全裸だった。両手両足を、部屋備え付けの浴衣の紐で、ベッドに縛り付けられ ていた。 アルバイト学生の話では、部屋にいた女に、服を脱げといわれ、そして手足 を縛られたという。顔を見ると殺す、と言われたらしく、女の顔は全く見てい ない。声の感じでは、若い女だったとやっと話すと、後は、恐怖がよみがえっ たのか、助けられた安心からか、声を上げて泣きじゃくった。 幸い、服を盗られた以外は、この小柄なショートカットの女子学生には、外 傷は見当たらなかった。泣き続けるアルバイト学生に浴衣を羽織らせた後、フ ロアマネージャは、電話で、フロントに事情を説明した。 シャワーの音は続いていた。電話を置いたフロアマネージャは、怪訝に思い、 洗面所のドアを開けた。 奥のバスユニットで、シャワー栓にもたれるように、中年の男が背中を見せ ていた。よく見ると、男の背中には、ナイフが深々と突き刺さっていた。 うわあーっ。フロアマネージャは、驚きのあまり、変な叫び声を上げると、 床にへなへなと座り込んだ。 28 長津田 神奈川県警N署二階の大会議室で、捜査会議は続いていた。 嶋田が、手帳を繰りながら説明を始めた。 「木村弦一、三十五歳、独身。母親と一緒に暮らしています。カラオケスナッ ク、ミチが本業ですが、母親がもっぱら店に出ているようで、本人はブラブラ しているようです。被害者の妻の河田道江との仲は、近所でも噂されています。 ただ、これは、木村の一方的な思い入れで、道江の方は、調子を合わせていた だけという話もあります。道江本人は、特別な関係を否定しています。」 柏木が後を続けた。 「私には、道江が、河田の死亡を知っていたように、思えます。」 署長が、飛び上がった。 「どういうことだ。道江は、今朝は、横浜の実家へ行っていたのではないの か?」 柏木が、答える。 「横浜の実家へ行っていたのは、本当でした。ですから、おそらく、事件に直 接の関与はしていないでしょう。ただ、河田の死を告げられたとき、道江は、 ほとんど動揺を見せませんでした。おそらく、誰からか、河田の死を聞いてい たんだと思います。」 嶋田が、発言をはさんだ。 「道江が知っていたとすれば、教えたのは、木村だと思いますね。河田を刺 したのは、木村でしょう。木村が道江に、事前に漏らしていたなら、計画的な 犯行とも言えます。道江に、この線でもう少し食い下がってみます。 木村は、河田に呼ばれて行ったように、皆にわざわざ言いふらしていますが、 あれは、犯行を隠すための、木村の作り話かもしれません。」 何人かの背広が、同意するように頷いている。署長は、柏木の顔を見た。柏 木も、否定はしない。 「嶋田警部補のご指摘どおり、木村には、道江という動機がありそうです。」 柏木の同意の言葉を受けて、嶋田は続けた。 「木村は、河田に電話で呼ばれたと、今朝五時頃、出先から自宅の母親に電話 を入れています。」 柏木が、口をはさむ。 「木村は、河田の電話を出先で受けたと?」 「はい、木村は携帯電話を持ち歩いています。河田は、その携帯電話にかけた ということになっています。」 嶋田が、手帳をのぞき込んで答えた。若い背広が、手を上げた。 「自分が、木村の母親から事情を聞いてきました。木村は、今朝アルバイト先 で、河田から電話を受けたと言ったようです。木村は定職に付かず、普段は、 母親のカラオケスナックを手伝うくらいだったようですが、今朝は、たまたま、 カラオケの客にトラックの運転を頼まれたらしいんです。母親いわく、頼まれ るといやと言えない性格らしいです。」 柏木が、確認する。 「もし、木村の言うとおりなら、河田は、木村の携帯電話の番号を知っていた ということですね。」 「はい。」 若い背広が、頷く。その若い背広に、署長が質問した。 「浜村君、トラックの運転というと、長距離ではないのか?」 指された浜村は、背筋を伸ばして答える。 「いえ、母親によると、近所を回るだけということでした。ただ、朝が早い配 送なので、結構いい小遣いになると喜んでいたようです。」 署長が首をかしげた。 「休日の早朝に、トラックで配送するものって何だ?」 会議室が一瞬、静まった。署長の問いに答えるものはいない。 すると、突然、末席の栗原が椅子を蹴って立ち上がった。 「そうか、分かったぞ。」 栗原は思わず、叫んでしまっていた。会議室のみんなの目が、いっせいに、 この銀縁眼鏡をかけた、警視庁の若い警部補に注がれた。 「被害者、河田が、どうやって、中央林間始発の電車に座っていることができ たのか。やっと分かりました。」 栗原は、会議室中の視線を感じながら、一息にそう言った。 「始発電車の中で死体で発見された河田は、乗り合わせた会社員、山下玲二よ り先に座席に座っていたのが目撃されています。しかし、駅の改札員は、その 会社員、山下が今朝の一番乗りだと証言していました。他の電車からの乗り換 えも不可能な状況で、被害者がどうやってあの始発電車に乗れたのかが、大き な謎となっていました。しかし、先程の浜村刑事の報告で、その謎は解けまし た。」 (以下、連載第9回へ続く)
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