連載 #4220の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
その頃、番兵の服を奪ったクルーガとリイは城内の混乱に乗じて走り回って いた。「ランディール軍が攻め込んだ!」と口々に叫んで混乱を増長させなが ら。 「くそっ、セレナはどこにいるんだ」 壁にもたれかかって弾んだ息を落ち着かせつつ、クルーガが毒づいた。 「城内の構造を把握しておくべきだった」 リイが唇を噛む。 「仕方ないさ。しかし、もう潮時だろう」 クルーガが城内の声に耳を傾けてそう判断する。 「ああ。そろそろ混乱も収まってしまうだろうな。ここは再起を期して、脱出 したほうがいい」 そう言うと二人は再び走り出した。 「しかし、逃げるといってもどこへいけばいいんだ?」 クルーガがリイに聞く。 「任せとけ。我々の協力者はこの国の至るところにいる。クルーガも来い」 リイが明るい声で言う。 「そうか。有り難い」 そう答えつつ、クルーガは複雑な気分になる。これで俺は、ランディールの 手先になっちまうという訳か。 城壁の上まで、塔の螺旋階段を使って駆け上がる。途中、数人の騎士とすれ 違ったが、「城外への逃走を防ぐため」と説明すると、難無く通された。 城壁の上からは、暗闇に沈んだ市街地が一望に見渡せた。しかし、今はその 眺望に気をとられている場合ではない。 「行くぞ!」 リイはそう叫び、身を堀へと投げ出した。クルーガもそれに続く。 クルーガは着水した瞬間、地面に叩き付けられたかのような痛みを感じた。 息が詰まって、もがく。どっちへ向かって泳げばいいのか判らなくなった。 「こっちだ、クルーガ!」 どこからかリイの声が聞こえた。懸命に声のするほうへ泳ぐ。ふいに腕を掴 まれ、地上へと引き上げられる。 「泳ぎは苦手か?」 リイが笑みを浮かべてクルーガの顔を覗き込んでいた。 「そうでもないんだが……」 咳き込みながら答えたクルーガは、リイの余裕に溢れた態度を見て、彼の事 を見直た。「よし、急ごう。こんな格好を見つかったら一大事だ」 「そうだな」 リイの手を借りて、クルーガはふらふらと立ち上がった。 「俺達が逃がした人達、どうなったかな」 クルーガが城壁を振り返りながら呟く。 「ほとんどは捕まって斬られただろうな」リイが、恐ろしく冷静な声で答えた。 「だが、仕方が無かった。ああやって混乱を起こさなかったら、城内を走り回 って龍の子を捜す余裕なんて無かったんだから」 リイが歩き始めた。 「それも、今では無駄になってしまったが」 クルーガは重い足取りでリイに続く。ふと足を止め、再び城のほうを見た。 待ってろよ、セレナ。きっと俺が助け出してやる。 しかし、結果として彼等がセレナを見つけられなかったのは幸運でもあった。 何故なら騒ぎが始まると同時に、彼女の部屋の周囲は逆にアドリス騎士団によ る警備が強化されたため、もしそこに近づけば、例え番兵の格好をしていても、 二人の命はなかったであろうからだ。 城内のざわめきを聞きながら、「姫の間」のベットの上で不安な面持ちをし ていたセレナは、ドアがノックされると同時に開かれた事に気付いて顔を上げ た。 「あなたが、龍の子、ですか」 武装したコリンズ王子がセレナの顔を見てそう呟く。 「……」セレナは無言のままコリンズを睨みつけた。 「そう怖い顔をしないで下さい。ご心配なさらずとも、この騒ぎはじきに収ま ります。ただ、城内に内通者がいるらしい事がはっきりした以上、あなたには 一刻も早く役に立ってもらわねばなりません」 セレナが実の姉だと知らぬコリンズは、慇懃無礼を絵に描いたような態度で 彼女に接した。 「私に何をさせようというのです?」 「これより、聖域に行っていただきます。急いで出立の準備を」 コリンズはそう言って、侍女を二人、部屋へ招き入れた。 「出立? もう夜中ですよ」 セレナは驚くよりも先に呆れて聞き返す。声に侮蔑の色が浮かぶ。 「ともかく。あなたには一刻も早く役に立ってもらわねばならぬのです」 コリンズは気分を害した事を正直に顔に示し(このあたり、まだ彼は子供で ある)、そう繰り返した。 「そう。じゃあ、着替えますから、外に出ていてくれませんか、殿下?」 セレナは笑みさえみせてコリンズを部屋の外に追い出した。 (コリンズ殿下が、私の弟、か) セレナは奇妙な感覚にとらわれながら、侍女に手伝われて着替えを始めた。 クルーガは今どうしているだろうかと思う。正直なところ、国を敵にまわして まで自分を助けに来てくれるとは思えなかった。 「どうも、調子が狂うな。あれは、龍の子の性質なのだろうか?」 コリンズが廊下でゾルムントにこぼす。ゾルムントは「さあ」と肩をすくめ てみせた。が、二人の関係を知る彼にとってコリンズの態度は、もしセレナが 龍の子でなく、姫として育てられていれば、コリンズはセレナに頭が上がらな かったに違いない、と思わせた。(まあ、錯乱して泣き喚かれるよりも、あれ くらい堂々としてくれているほうが、こちらとしても扱いやすい) ゾルムントはそう考えてから、脱獄したクルーガとリイのことを頭の片隅で 意識していた。ランディール帝国軍だけでなく、バルメディの民衆をも敵に回 しかねない事態だけに事を急がねばならなかった。 そう思ったゾルムントは、捜索範囲を城外まで広げて、二人を絶対に捕らえ るよう部下に命じた。 〈九〉 リイがクルーガを連れて逃げ込んだのは、街の外周部に近いところに建つ武 器屋であった。武器屋といっても軍の御用達ではなく、もっぱら冒険者相手に 刀や盾を売りつけている店だ。その店の地下倉庫が、ランディール帝国情報部 の拠点の一つだった。表向きはリイの父親の武器屋と対立関係にあるとされて いるのだが、実は両者共に、ランディール帝国に協力しているという訳だった。 リイはこの店の主人と面識があった。 薄暗い倉庫の奥には、武器屋の主人だけではなく、数名の男達が集まってい た。 「心配するな。皆、バルメディに住み着いてランディールに情報を提供してい る者達だ」 武器屋の主人がクルーガにそう説明した。クルーガは、いよいよ後戻り出来 ぬことを悟り、覚悟を決めた。セレナを助けるためならば、ランディールにで も魂を売る、と。 「こいつはクルーガ。俺の脱獄に協力してくれたんで、ここに連れてきた。俺 よりもずっと腕が立つ」 リイが男達にクルーガを紹介した。顔見知りが中にいるらしく、親密な口調 だった。 「クルーガ=コーディッツです。最初、ランディールの黒装束達に襲われたか と思うと、アドリス騎士団に助けられ、でも今度は彼等に牢獄に入れられて、 その」 クルーガは自分の置かれた立場をうまく説明出来ず、口ごもった。 「まあ、なんだな」体格のいい中年の男がとりなすように言った。「ネズミを 捕るのが良い猫だ、ってことわざもある。もし、あんたがランディール帝国の 聖征の為に働いてくれると誓ってくれるのならば、我々は何も言わず歓迎しよ うじゃないか、なあみんな」 数名の男たちから同意の声があがった。 「ここにいるのは、多くがランディール生まれの者達だ。しかし、バルメディ が聖域における聖グラス騎士団連合の振るまいを座視している現状を憂い、ラ ンディールが聖域を解放するために戦うことを支援するため、この地に住み着 いて情報を送っているのだ」 武器屋の主人が説明する。無論、全てがそのような純粋な心から協力してい る訳ではないだろう。金で回収された者がいるかも知れないし、バルメディに 対する復讐心からランディールに加担しているだけかも知れない。しかし、ク ルーガにはそんなことはどうでも良かった。幼馴染みのセレナはアドリス騎士 団の手によって捕らえられ、故郷の村も彼等が占拠している。バルメディに対 する忠誠心など、かけらも残っていない。 「よろしくお願いします」 クルーガが頭を下げた。 「さて。クルーガ君はそれでいいとして、リイ、君はどうする」 武器屋の主人がリイに聞いた。男達の視線がリイに集中する。 「このまま引き下がるつもりはありません」 リイがきっぱりと言う。 「具体的には?」 「もう一度城内に侵入し、龍の子、セレナを奪還します」 「リイ……」 クルーガは思わず右手を差し出していた。セレナを助けるために危険を侵し てくれるのかと思うと、ただ嬉しかった。 「勘違いするなよ、俺はランディールの為に働きたいんだ。クルーガの幼馴染 みがどうこうって訳じゃないからな!」 リイがびっくりした様子で言い返す。が、その慌てぶりが滑稽で、その場に 居合わせた男達から笑い声が上がった。 そこに、一人の若い男が顔を出した。男達の顔がこわばる。 「心配ない。連中がここを嗅ぎつけた訳じゃない」 若い男の言葉に、安堵の空気が満ちる。 「今さっき、王城から馬車が出立した。アドリス騎士団の騎士が十名ばかり警 護についている」 若い男はそう続けた。 「こんな時間にか?」 武器屋の主人が自問する。現在の刻限は暮れ六つ半(午後十一時)。馬車を 出すような時間帯でないのは言うまでもない。 「それで、どっちの方角に?」 リイが若い男に聞いた。 「西だ。たぶん、聖域に向かっている」 「で、その馬車には、セレナが−−龍の子が乗っていませんでしたか?」 今度はクルーガが勢い込んで聞いた。若い男はクルーガの存在に疑問を感じ たが、その場の雰囲気から、新たな仲間なのだろうと見当をつけた。 「いや、そこまでは。しかし、それ以外に考えられまい」 「よし、行こう!」 リイが突然大きな声を出した。 「行くって、どこへ?」 「決まっているじゃないか。その馬車を追うんだよ。どういうつもりで馬車を 出したのか知らないが、チャンスだとは思わないか? 城内に潜入するよりも 確実に、龍の子を救出できる」 リイが胸を張って答える。 「随分と張り切っているな。しかし、今すぐ動くのは感心せんぞ。今晩はここ で充分に休め。連中も夜通しの強行軍という事もないだろう。慌てなくても追 い付ける」 武器屋の主人がリイをなだめる。 「……判った、そうするよ。その代わり、必要な装備を用意してくれないか?」 「出来れば、僕の分も」 クルーガが口を挟む。 武器屋の主人は二人を見比べていたが、やがて意を決したように大きくうな ずいた。 「言うまでもない事だが、アドリス騎士団を敵にまわすのは、危険きわまりな い行為だ」 「判っています。でも、僕はやらなくちゃいけないんです」 クルーガは間髪を入れず応じた。何としてもセレナを助けるんだという決意 が、全身にみなぎっていた。 時に聖暦一三三一年十月八日。ランディール帝国軍の聖征における最後の障 害、バルメディ王国との戦いは、戦時色の濃くなったバルメディ王国の日常の 裏で、静かに幕を開けていた。人々の多くは、漠然とした不安と根拠の薄い楽 観論を内心に同居させたまま日々を過ごし、現実に気付いていた者でさえ、殊 更にそれを他人に知らせるような真似はしなかった。 (続く) ←「飛龍輝光伝」の物語が続きます、という意味 3−9に続く
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