連載 #4211の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ちょっと思い立って本について書いたりする。 もちろん私の行動に深遠な計画などかけらもないから、どんな行動も発言も「ち ょっと思い立って」のことであるのは否定できない。 北原白秋> 急に北原白秋の詩が読みたくなったので本屋に行ったら詩のコーナーが存在しな かった。新進女性歌人の本とかはわさわさあるのにだ。 「ほかとわれ」というタイトルだったと思うその詩を探しているのだが、白秋そ のものが存在しないなら無駄なこと。図書館に行く暇が欲しい。千代田区の図書館 はどこにあるのだろうか。 詩と言えば漢詩で随分長い間探している詩があるのだが、それも見つからない。 教科書に載るくらいのだったから、有名なのだと思ったんだが。充分時間があり、 充実した図書館に通っていた時代は思い出しもしなかったのだから私は間抜けであ る。 山田正紀> SFDBで彼の大会が開かれている。これを機会に読もうかと思って本屋を巡っ たら、新書版以外見つからなかった。 私は新書版が嫌いなので買いたくない。高いし。 古本屋をのぞいてみたが、ない。 読みたい本は、読みたいと思ったときに本屋から消えてしまう。まるで私の心を 読んでいるかのようだ。 天河伝説殺人事件> を友人に借りて読んだ。 それを見つけた母が読んだ。いわく、「これ、電車で読めるし頭使わなくて読め ていいわ」なるほど、この手の本はそういう理由で受けているのだなあと再確認。 そういえば、私がライトノベルを読むのも電車で楽だからだなあと実感。 他のも読みたいと母が言うので「恐山殺人事件」を貸したら怒って返してきた。 いわく「推理小説だと思ったのに、いたこだの霊感だのが出てきてメロドラマみた いで面白くない」 うーん。子供の頃は「殺伐としてるから」と、推理小説を決して買ってくれなか った母であったのだが。 ちなみに当時の彼女の認識では、ホームズ・ルパンは冒険もの、江戸川乱歩は名 作の一種であったのではないかと思う。知らないって怖い。 高千穂遥> クラッシャージョウのシリーズを初めて読んだのは中学生になりたての頃だった。 ためしに一冊だけ買い、家に帰って読んだ。あまりのおもしろさに、暗い道を自転 車で本屋に走った。続きは買えなかった。本屋はもう閉店していた。 次の日本屋に向かうまでの辛く苦しかったこと。当時の私は小遣いをもらってい なかったので、親に泣きついてあと二冊買ってもらった。本当は全巻そろえたかっ たのだが、「そんなに速く読めるわけがない」として残り三冊は先送りになってし まった。 もちろん買ってもらった分は一瞬で読み終えてしまった。 「もっときちんと読みなさい」と怒られたが、スペースオペラを読むのに、これ 以上きちんと読む方法があるだろうか?夢中になってむさぼり読む。これが正しい スペオペの読み方である。 子供だから面白かったのではない。今、新作として読んだとしてもとんでもない 面白さだろう。けれど彼の新作はもう読まない。 理由?面白くないから。 子供時代のノスタルジア、昔は良かった、その時代を含めてその作品をいいと思 いこんでいるのではない。きっとない。 今、なぜだか高千穂遥は面白くない。 彼の執筆環境が充実すればするほど、彼の作品はつまらなくなってゆく。 栗本薫も、同じだ。 なんでだろう?書き飛ばしているから?ちょっと違う様な気がする。たしかに栗 本は書き飛ばしているような作品も見受けられるけども。 パソ通に入れ込んでいるのが原因だろうか? それもちょっと違うような気がするなあ。なんでだろう。 どうせ方向性が変わるなら、平井和正くらい変わってくれるとあきらめも付くん だがね。 とにかく私は一消費者として彼の本を買わなくなった。それだけ。 猫の件> 猫はなんと飼い主発見!やれやれ。ほっとしたあまり、¥15000取り立て損 ねた。どうしたもんじゃろ。
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