連載 #4106の修正
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プロローグ ポイント ブランク PROLOGUE:POINT BLANK 溶鉱炉の内部、とでもいえばいいのか。 そこはまるで、荒らぶる神の怒りの発露ででもあるかのように、赤く、毒々しく、 凶暴に猛り狂い、うねり逆巻いていた。 音はない。 くふう、とタケルは息をつき、四囲をつつむ獰猛な世界にふさわしい、炎のような 視線で、うねくる朱の闇を睨めつけた。 灼熱し、どろどろにとろけた、刻々と変化しながら渦をまく山稜にも谷にも火の河 にも、おのれ以外の何者の姿もみとめられない。もとより――常なる人の、訪なうこ と能わぬ異界とはいえ。 ふう、う、と、もう一度、喉ふるわせる。獲物を求めて怒り狂う獣のように。 ぐねりと足下の赤い足場がうごめき、ゆらめきながらタケルを運ぶ。渦を描きなが らこの大地は、上下の区別さえなく一時たりとも留まることがない。おのれの位置が、 さきほどまでの頭上へとうねくりながら移動していくにつれ、視野にひろがる光景も また軟質の泥沼を攪拌するように、変化していく。 ふいにひくり、と頬がふるえた。 瞬時、光が見えたのだ。 うなりが野獣のように、タケルの喉をふるわせる。 たぎる獰悪きわまる殺気の放射は、周囲の赤い怒りの空間を圧しのけるほど強烈に、 届けられた。 「ひ、ふ、み……」 ゆっくりと口にし、朱い舌で唇を右から、左へ。 息を腹腔底深く吸いこみ……長く、長く吐きだす。 目を閉じた。 そのまま、荒れ狂う静寂のなかでタケルは深く、身を沈め―― ハウ! と雄叫びが同時に三つ。 あわせるように、三つのきらめきが頭上、右手、足下からのび上がった。 がきん、と剣身がふれ合う音が耳ざわりに辺りをとよもし、奇怪な模様の貫頭衣を 着た、浅黒い肌の三人の闘士の肉体が交錯する。 鉄の死線からわずかに身をそらしたタケルの体が、ひき絞られた弓のように弾け飛 んだ。 おおおお! 咆哮より速く、両の腕が突きあがり、逃げる闘士の強靱な肉体に、吸いこまれるよ うにして叩きつけられた。 胸から固まりを吐きだすような音を立てて、二つの褐色の肉体が弾け飛んだ。 残りひとつは――さらに反撃に出る。 弧を描く白刃の軌跡に朱線が疾りぬけ、タケルは跳びさがりざま、足を蹴あげた。 当たらず、ざんばら髪の闘士はニイと口端ゆがめつつ、軽い後退から閃光のような 突進へと、瞬時にその身をひるがえす。 腹から胸先まで、切り裂かれた皮一枚から血がにじむのにはお構いなし、タケルは 後ずさりつつ息を吸い、肉塊のごとき感触の大地にぐい、と両の足を踏んばった。 はおお、と叫びもろとも突入してきた両刃の剣を、くいと首傾けてやりすごし、掌 底を突きだした。 浅黒い顔が、裂けるような笑みをうかべた。 突きは脾腹をかすめてかわされ、くり出された蛮刀は後退のいきおいのまま、ノコ ギリを引くようにタケルの喉へと接近した。 「くお」 上体を不自然な形にねじりながらそれを避け、いきおいを借りて足を跳ねあげる。 嘲笑はそのまま、身をそらして弧襲をやり過ごし、その間に剣は、くるりとひるが えって急降下した。タケルはだん、と両足を蹴上げて後転し、かろうじて斬撃から逃 れる。 が、それを追うようにして残り二人の剣が、相ついで頭上から襲いかかった。 奥歯を噛みしめつつ、紙一重の差で連撃をかわし、ころがりつづけた。ただでさえ 上下がめちゃめちゃな異空間で、すでに感覚はいいように擾乱され、自分と三人の敵 との、空間的な位置関係などとうに意識の外だ。このままではやられる。 「かっ」 下腹から声をしぼり出しつつ後退をやめ、ぶざまに倒れこむ危険をおかして、タケ ルは矢庭に前方へと猛進した。 二本の剣がふり降ろされるのをかいくぐり、三人目の足もとに頭から突っこんだ。 嘲弄の顔が困惑へと変わるいとまもなく、闇雲な強襲を足下に受けたざんばら髪の 闘士は、タケルごと軟質の大地にダンゴになってころがった。 剣で、しがみつく肉体に打撃を加えようと、反射的にふりあげた。 それが間違いだった。 敵の腰にすがりついたままタケルはいきおいよく回転し、 「がうっ……ぎあああ!」 苦鳴とともに剣もろとも、闘士の腕がみずからの背中につぶされ、奇怪な角度にお れ曲がる。 痛撃に、えびのように男の身体が折れはじけ、タケルをほうり出した。 だん、と投げ出されざま後頭部をうち、タケルは瞬時、意識をうしなう。 鼻から脳天へと血臭がつきぬけ、視界を火花が明滅した。 首をふり払い、目をむく。 やすりにかけられたように朦朧と旋回する視野に、のたうちまわる闘士と、そして 怒りに燃えて突進してくる二人の姿とを、かろうじてとらえた。 立ちあがる。 痙攣する足に加え、振動する脳もまた足もとを定めようとせず、ぐらぐらとよろめ いた。 舌うちひとつ、バランスを回復させることを瞬時にあきらめて敵の侵入方向のみを 見定め――ひゅっ、と息を吸いこんだ。 左右からそれぞれ別の角度で剣がふり降ろされるのへ、みずから倒れこむ。――二 つのみぞおち目がけて、両の手刀を突き出しながら。 手ごたえ。 と同時に、左脚に衝撃。 中途半端な角度で入った剣は、骨にかえされ地に落ちた。だが、切り裂かれた肉が 痛みを主張することに変わりはない。 ついで、右肩にもう一人の肉体がどん、といきおいのまま倒れこんでくる。 「邪魔だ」 苦々しく吐き捨てながら、右手をみぞおちにずぶりとくいこませた敵の体を蹴りつ け、放り出す。どば、と血しぶきと内臓がまき散らされる間に、左手のもう一人の方 からもめり込んだ手刀をぬき出した。 途端、左拳から激痛が脳天に突きぬけた。 うめきながら右手をそえる。痛みの中心は、左手中指の付け根――脱臼か骨折か、 いずれにしろ左手は武器としてはもう使えない。 歯を食いしばりつつ涙のにじんだ目をむき――右肩を抑えつつ、憎悪にみちた眼で タケルをにらみつけながら、最後のひとりが立ちあがりつつあるのを確認する。 褐色の闘士は歯をむき出しながら周囲に目を走らせ、手近に落ちている剣をひろい あげた。 肩の付け根をおさえ、首をひねり、ついで右腕をぶん、と一度、さらに二度、三度 とふりまわした後、男は剣を右手に持ちかえながらニイと笑った。どうやら利き腕の 動きに支障はないらしい。 タケルは苦々しく奥歯をきしり――だらりと、左腕を放り出しつつ腰を落として身 がまえる。 数刻、うねる大地に二体の屍が横たわるのをかたわらに、二匹の野獣はにらみあい ―― 同時にたん、と地を蹴った。 ひらめきが頬をかすめると同時にタケルは、身をひねりざま倒れこみ、かけ抜ける 敵の足をわきに抱えこんだ。 直進は回転の力を加えられて大きく方向をねじ曲げられ、褐色の闘士は身をひねら れながら地に叩きつけられた。 だん、と柔らかい衝撃を受けて瞬時、意識に混乱が生じた。すぐに我にかえり、回 避行動に移ろうとする。が、その間もなくおのれの右腕が、ぐいとひねられるのを意 識した。 骨の砕ける音は、絶叫にかき消されたか。 背中に加えられた重量が退いた途端、ざんばら髪の闘士は絞りだすような悲鳴をあ げ、のたうちまわった。 倒れこんだ衝撃で脳までしびれそうな激痛を発する左拳をかばいながら数刻、タケ ルは転げまわる敵の姿を眺めおろしていた。 が、やがてその動作が緩慢になり、そして絶叫がすすり泣きに変わったころ、足も とに放り出された剣へと、手をのばした。 浅黒い顔が、涙と不安をその目にたたえつつ、タケルの挙動を見守った。 乱れる息のままタケルは、抜き身を手にして男に歩をよせる。 哀願をこめて弱々しく首を左右にふる男を、冷たく眺めおろした。 横むきに地に伏した姿勢のまま男は、腰と足でいざり、死神の鎌から逃れようと絶 望的な逃走を試みた。 タケルは、表情を凍らせたまま無言で首を左右にふり―― 銀の軌跡が、稲光のごとく弧を描いた。 褐色の肌は頸部で白刃に分断され――男は双の瞳に憎悪と、そして哀願とをたたえ たまま、息絶えた。 うう、と喉を鳴らしながら左拳に手をそえてタケルは腰をおろし、目の端に涙をに じませたまま、荒い息をつきつつ周囲に目をやった。 怒り狂う渦流はそのまま、世界は静寂をとり戻していた。 苦しげに絞り出される熱い呼気のみが、いつまでも一帯を占めているだけだった。 が―― その呼気が、ようやくのことでおさまりかけたとき。 ――ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………… と、はるか彼方から、獣の遠吠えのような声が、とどろいた。 おちつきかけていたタケルの顔が、その声を耳にした瞬間、泣きそうなまでに情け なげに、ひき歪んだ。 「犬吠え……トアラ……?」 食いしばった歯奥からしぼり出されたつぶやきも、どこか弱々しく。 そのまましばし、声の聞こえてきた方角に顔傾けていた。 ――ぉぉ、 ――ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………… もう一度、咆哮がひびきわたった。近づいている。 はああああと顔をくしゃくしゃにしながらタケルは、ため息とも泣き声ともつかぬ 声を出し――ふっ、と息をつくと、立ちあがった。 紅のはるかな闇を透かし見る。 かすかな、白い光を見た。 光の中心に、人影がいる。なめらかな曲線を描いたシルエットは、明らかに女のそ れだ。だが、その歩調はまるで、進軍する兵士のように力にみちて、威嚇的だった。 そしてトアラは、その歩調にふさわしく強靱で、危険な相手であることをタケルは 知っていた。 ずきずきと痛みのパルスを発する左拳を目の前に持ちあげ、近づく新たなる敵にち らりと目をやり、首を左右にふる。 そしてふと、頭上に目をやり、 「跳べるか?」 と口中でつぶやいた。 ふたたび犬吠えが辺りをどよめかせた。 女は立ちどまり、タケルに向かって、両の拳を威嚇的に突き上げた。 胸をそらし、腹の底から咆哮をとどろかせる。 間違いなく、獲物を追いつめたことに気づいている。 「跳ぶしかねえ、か」 短くつぶやき、悲愴な決意にみちた目をふたたび、頭上にすえた。 そして不意に瞑目し―― そのまま数瞬、カッと目を見ひらいた。 闇が、ゆらめいた。 ――TO BE CONTINUED.
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